第16話 半人前の戦士
それからというもの、ルーカスはほぼ毎日のように森に通った。週に二回、工房からの依頼と薬の取引で向かえない日はあったものの、ルーティンの鍛錬メニューは継続している。
そのおかげもあってか、ルーカスの継戦能力は徐々に向上していった。
「ていっ! はぁっ!」
本日も朝から実戦稽古。軽々と身を動かす風狼を追いながら、ルーカスは木剣を振るう。それなりに重いはずの木剣も、今は片手で触れるようになっていた。
(いいぞ。その調子だ。太刀筋も良くなってきた!)
もっとも、そう言いつつも風狼は余裕の表情で剣閃を捌いている。
(防御はどうかなっ!)
風狼は大きく跳び退くと、いつかの時のように爪をクロスさせながら振るった。歪んだ風の刃は、ルーカス目掛けて飛んでいく。
ルーカスは咄嗟に錬金短剣を引き抜き、魔力を流し込んだ。
「っ⁉︎ 展開——【風刃】ッ‼︎」
コォォッ! と気流が刃に纏いつく。風狼の刃が飛んでくる直前に、ルーカスは短剣を横に振るった。
凄まじい風圧の衝突。その余波で土埃が舞う。
(ふむ。ちとやり過ぎた——むッ⁉︎)
地に脚を着けた風狼は目を見開いた。
土埃の中からスパークが走ったその直後、岩杭が大砲のように迫ってきた。小型魔剣——【錬成剣】による魔法だ。
ズガンッ‼︎
重い音が鳴る。岩杭は命中した——が、風狼は無傷だった。風のプロテクターが岩杭を弾いたのだ。
(ぬぅ……やりおる……)
風のプロテクターを解除しながら、風狼は辺りを見渡す。だが、土埃が晴れた先にルーカスの姿はなかった。
(ほう……姿を眩ませたか……)
感心している暇もなく、不意に背後から気合いの声が聴こえた。
「はぁっ!」
ルーカスは脚を爆発させるが如く地を蹴り、横薙ぎの構えで迫ってきた。風狼は口角を上げながら背後を振り向く。
(……見事だっ!)
ちらりと覗かせた口の奥では、奇妙な歪み——圧縮された風の塊が渦巻いていた。
(しまった! あのときと——)
狂爪大熊のときと同じ光景。好機と踏んで越えてしまった瞬間と酷似している。
けれど——
(——いや、もう違うんだ‼︎)
ルーカスは怖気づくことなく、勢いのままに木剣の切先を突きつける。同時に、風狼の渦巻く風弾が放たれた。
両者の衝突。刹那、衝撃が草木を靡かせた。
「うぐっ⁉︎」
風弾を見事に突いた木剣は——捻じ曲げられる形で粉砕された。バキバキバキィッ! と響く破砕音。
それは、木剣の生命の終わりを告げる泣き声だった。
だが、荒ぶる風塊もまた、跡形もなく霧散していった。
ルーカスは地面を削りながら、風圧に押されていく。かつては吹き飛ばされていたところだが、今は体勢を整えつつ受け身を取ることができた。
(はは……我の【烈風弾】を破ったか……なかなかやりおるな)
「た、たまたまですよ……勝手に……本当に勝手に身体が動いたんです」
肩で息をしながら、ルーカスはそう言った。事実として、ルーカスのあの判断は感覚に基づいたものだった。戦闘訓練を通じて開花した“勘”としか言いようがない。
「あの判断をもう少し深掘りできれば……」
(その必要はない。むしろ、勘のままで良い。戦場において、呑気に考えている暇などないのだからな)
コンマ数秒が生死を分ける戦闘において、深掘りなどしていられない。それは風狼の言う通りである。
(大切なのは、お前の言う“深掘り”の分まで勘づけるよう、感覚を研ぎ澄ませることだ。ルーカスの判断はまだ未熟だが、伸び代がある)
「は、はい!」
(戦闘の数を重ねて磨き上げていくこと。判断力を磨くにはそれが一番と言ってもよい)
戦いにおける技術は日々の鍛錬によって養える。だが、実戦経験は現場に立ち会うことでしか養えない。ルーカスに足りないのは、圧倒的にこの“実戦経験”だった。
流石は歴戦の守護者。慧眼である。
(ルーカスの基礎能力はだいぶ固まってきている。太刀筋も良くなっているうえ、瞬時に魔道具と組み合わせて立ち回れるようになっている。少なくとも、大熊と互角に渡り合えるほどにはなっているぞ)
「そうですか……? あまり実感が湧きませんけど……」
(ふっはっは! 我の眼を信じろ!)
半人前とはいえ、あの狂爪大熊と良い勝負ができるとは、にわかに信じ難かった。けれど、幾多もの修羅場を駆けてきた風狼が言うのならばと、ルーカスは素直に受け止めることにした。
(もっとも、まだまだ半人前ではあるがな。だが心配はいらん。我が直々に稽古してやってるのだ。一人前の戦士に仕上げてやる)
「は、はい……」
「本業は錬金術師なんだけどな……」とは言えなかった。頼み込んで稽古してもらっているのだから、認められるまで続けるのが筋というものだ。
(さて……取り敢えずこの辺りで休憩としようか。腹が減ったのでな。例の味付け肉を所望するぞ!)
「そうだね。僕もお腹が空いたし、お昼の準備をしよう」
表情を緩めた二人は、シルヴィの待つ大樹の元へと向かっていった。




