第15話 思い出の証
僕が錬金術に興味を持ったのは、父の影響だった。夜中に目が覚めて水を飲みに下に降りたとき、偶然、父が錬金術をやっている姿を目にした。
「父さん。何してるの?」
「ん? これはね、【錬金術】っていう、お金を生み出せる凄い魔法なんだ」
「お金を生み出せるの⁉︎ 凄いね!」
幼かった僕は純粋に興奮した。けれど、父はすぐに「冗談だよ」と言った。
「ははは、本当はお薬を作っていたんだよ」
「な〜んだ。錬金術なんて嘘っぱちじゃないか」
父の軽口に乗せられ、僕は落胆した。いっそ本当に黄金を生み出せたほうが有益だと思った。僕の家は、お金がなかったんだ。
でも、父は続けてこう言った。
「嘘っぱちか……たしかに嘘ではあるな。昔の人は色々試したんだが、結局、黄金は作れなかったんだ」
「じゃあ、なんで“錬金術”って名前なの?」
「それはね——価値を生み出すものだからだよ」
思わず、僕は首を傾げた。そこに、父は質問を投げかけた。
「ルーカス。なんでお金を払えば、パンや道具が買えるのか、考えたことがあるかい?」
「……ない。でも、お金は何にでも交換できるでしょ? きっと、特別な価値があるんだ」
「それじゃあ、隣の家のアレックスの豚に金貨を見せたら、喰らいつくのか?」
「それは……ないよ。だって金貨は食べられないし」
「その通りだ。わかってるじゃないか」
父は優しい手つきで僕の頭を撫でてくれた。そして、笑みを浮かべながら、こう話してくれたのを覚えている。
「豚は、自分が食べられる餌にしか興味を示さない。だから、幾ら綺麗な黄金も、豚にとっては何の価値もないんだ。
でも、人は黄金に惹かれた。だから、“人々の間で”価値が生まれたんだ」
幼かった僕は首を傾げた。そんな僕を見て、父は続けてこう言った。
「お金だって銅貨や銀貨がある。黄金でできた“金貨”でなくとも、物を交換するために使われている。それは、人々が“価値がある”と信じているから、価値が生まれて使われ続けてきたのさ」
父は瓶入りの薬を何本も箱に詰めていた。ランプの光に照らされて、その小さな瓶の一つ一つから、エメラルドグリーンの綺麗な薬液が輝いていたのを、今でも覚えている。
「たしかに、錬金術は黄金を作れなかった。だけど、この薬みたいに人々の役に立つ物——“価値のあるもの”を生み出してきた。その価値は時に金貨数百枚でも測りきれないことだってあるんだよ」
その言葉が、僕の心の中に火を点けた。黄金なんかよりももっと煌めく光が、未知の世界への道を切り拓いた瞬間だった。
「父さん……僕、錬金術やってみたい!」
もはや喉の渇きなんて忘れていた。溢れんばかりの好奇心が、その渇きを潤してくれた。
「そうかそうか。ルーカスも錬金術を使ってみたいか。そりゃあ父さんも助かるよ」
父は僕の要望を快く受け入れてくれた。後から知ったことだが、錬金術は冒険者時代からの副業で、父が少しでも家にお金を残せるように、と手をつけた仕事だそうだ。
片手間で錬金釜を使って調合する父は、名のある錬金術師ではない。けれど、錬金術師としての父の姿は、僕の胸に深く刻まれた。
「それじゃあ、これをルーカスにやろう」
そんな始まりの錬金術師は、一冊の本をくれた。
「これなに?」
「初級の錬金術書さ。父さんが冒険者の頃に使っていたものでね、簡単な薬の作り方や錬金術の扱い方が書かれているんだ。
これでいっぱい勉強して、父さんを越える錬金術師になってくれよ!」
「うん! ありがとう!」
ここから、僕の錬金術師としての人生が始まった。
毎日のようにその本を読み漁って、錬金術の世界にのめり込んでいった。もちろん、覚えることはとても難しくて、理解するには時間がかかったし、実践でも失敗することも多々あった。
それでも、コツコツと経験を積み上げて、ついに、六歳になって簡単な塗り薬を作れるようになった。
品質はお世辞にも良いとは言えなかった。だけど、僕が初めて錬金術で薬を作ったと知った父と母は、一緒に喜んでくれた。
錬金術で“価値を生み出す”ってこういうことなんだって、喜んでもらえるのがこんなにも気持ちのいいものなんだって、新鮮な気分を味わった。
——誰かにとっての、価値を生み出せる——
それが、僕が錬金術師としての一歩を踏み出した瞬間だったんだ。
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「この錬金術書は……大切な思い出だから、肌身離さず持っているのさ」
ルーカスはそう言いながら、古びたページをそっと捲る。載っているのは数種類の薬の作り方だけ。
けれど、その一ページ一ページには父と過ごした日々や、胸を躍らせながら学んだ記憶が詰まっていた。
(ほう……ルーカスにとって、父親は立派な錬金術師だったのだな)
風狼の言葉を聞き、シルヴィは小さく呟いた。
「お父さん……か……」
その瞬間、彼女の脳裏に朧げな光景がよぎる。
優しく微笑む女性。その隣で手を振る誰か。
どこか懐かしいはずなのに、輪郭だけが霞んでいる。
——直後だった。
「うっ……!」
鋭い痛みが頭を貫いた。
「ぐぅっ……!」
「シルヴィ!?」
異変に気づいたルーカスは、慌てて荷物を漁ると、小瓶に入った飲み薬を取り出した。
「これを飲んで!」
シルヴィは震える手で瓶を受け取り、一気に中身を飲み干す。やがて薬が効き始めると、頭を締め付けていた痛みは少しずつ和らいでいった。
「あ……ありがとう……助かった」
「効いたみたいで良かった。でも、何があったの?」
シルヴィは脂汗を拭い、息を整えてからこう答える。
「……私の昔の記憶……なのかな。見覚えのある男の人と女の人がいて……はっきりと見えそうだったのに……」
「……それってもしかして」
きっと、失われた彼女の記憶の断片なのだろう。だが、シルヴィが言うには、その像がはっきりとしかけた瞬間に頭痛に襲われたのだという。
「誰かが邪魔してきたみたい……」
両親の顔を思い出そうとすることが、何か禁忌に触れる行為なのだろうか。
もちろん、そんなことはシルヴィにもわからない。
そこに、風狼が割って入りこんなことを言った。
(そういえば言い忘れていたが、小娘……シルヴィと言ったか。見たところアルラウネのようだが……)
「えっ? 私が……アルラウネ?」
(うむ。魔力の気配がアルラウネそのものだ)
突然告げられた真実に、シルヴィは目をぱちくりと瞬かせた。どうやら自覚はなかったらしい。
ルーカスも薄々感じていた。だが、風狼の言葉でそれは確信に変わった。植物を操る魔法自体は植物に精通していればできてしまうが、“なんとなく”でできるのが妙に引っかかっていた。
その一方で、どうして特定の人間しか扱えない回復魔術も使えるのかという疑問がある。
シルヴィは力が抜けたようにその場へ崩れ落ちた。
「私……私は……人間じゃないの……?」
彼女の脳裏に、今までの出来事が流れ出した。ずっと、暗闇の中で眠っていたこと。光に導かれるように目覚めたこと。
そして、見知らぬ森でルーカスと出会ったこと。
「私……ば、化け物になっちゃったの……?」
彼女の目から雫が溢れ落ちる。人ならざるもの——魔物に変わり果ててしまったことが、認め難かった。
だが、そこに優しい声がかかった。
「……シルヴィ。君は……化け物なんかじゃないよ」
「ひぐっ……え……?」
顔を上げるシルヴィ。その視線の先には、柔らかな笑みを浮かべたルーカスがいた。
「だって、僕が死にかけたときに助けてくれたじゃないか。それはきっと、優しい心があったからだろ?」
「……」
「誰かが傷つくのを見過ごせなくて、勇気を振り絞って動いたんだろ? それができるなら、君は化け物だなんかじゃない。少なくとも、僕はそう思うよ」
「ルーカス……」
彼女の心に温かな感覚が染み渡る。風狼も優しげな表情で彼女に声をかけた。
(ルーカスの言う通りだ。それに、シルヴィの魔力からは他のアルラウネとの繋がりが感じられん。きっと、なんらかの事情で支配を逃れているのだろうな)
「そうなの……かな?」
シルヴィは不安そうにルーカスを見上げた。彼女の視線に、ルーカスは短く頷いた。
「僕の認識が正しければ、アルラウネって死者の魂が植物に宿って生まれる精霊、なんだよね……」
(ふむ。その認識で相違ない)
「ってことは……私……」
シルヴィの記憶には、まだ明かされていない謎がある。その先に答えが眠っているのかもしれない。
シルヴィは決意を固めた。
「ルーカス……私、自分が何者なのか知りたい」
「シルヴィ……!」
そこにあったのは、絶望に歪んだ涙目ではない。どんな痛みを伴おうとも、真実を掴みたいという意志だっだ。
その様子を受けて、ルーカスは思わず胸が熱くなった。
「わかった。僕も協力するよ」
(ふふ、せっかくの機会だ。我も付き合ってやるとしよう)
風狼もキリッと口角を上げてそう言った。
「二人とも……」
シルヴィの表情が少しずつ柔らかくなる。胸を締め付けていた不安は薄れ、代わりに温かなものが心を満たしていった。
「僕はシルヴィのことをもっと知りたい。だから、改めてよろしく!」
熱意に突き動かされるように、ルーカスは手を差し伸べた。
「ルーカス……」
「……はは、これからは“ルカ”って呼んでよ。そのほうがしっくりくるんだ」
シルヴィは目を丸くした。
「……うん! 改めてよろしく、ルカ!」
彼女はルーカスの手を取り、満面の笑みで切り株から立ち上がった。互いの手はしっかりと握られていた。その温もりは、不思議な安心感を与えてくれる。
(はは! 強い心の共鳴というものは、実に心地よい!)
これも風の気まぐれか。
何気ない思い出が、錬金術師と妖精少女の“絆”を作り出した瞬間となった。




