第13話 初日の手解き
翌日から、風狼との修行は始まった。
「ていっ!」
眩い光が朝の森を照らす中、ルーカスは風狼を追いながら必死に木剣を振るっていた。
(遅い! 太刀筋がブレているぞ!)
「はいっ!」
風狼は軽やかな動きで剣戟を躱し、叱咤の声を響かせる。これでいて二百年以上生きているというのだから、他の魔獣とは格が違うのは目に見えてわかる。
そんな風狼の動きに翻弄されながらも、ルーカスは軽くはない木剣を両手で振るっていた。
初日から容赦なく実戦稽古。それが風狼の流儀だった。
その理由は単純で、ルーカスの素の戦闘能力がどれほどのものかを測るため。
強みに欠ける部分はどこか、歴戦の守護者の眼は鋭かった。
ゆえに、見切りをつけるのも早かった。
(ふむ、もう良い。締めに我の一撃を喰らってみろ)
「えっ⁉︎」
一振りを躱した風狼は、驚異的な脚力で地を蹴り、間合いを保ったままクロスした爪を振るった。ルーカスは咄嗟に剣を翳し、防御の体勢を取る。
側から見れば空振り。だが、それは確かな質量を持ってルーカスに襲いかかってきた。
「うわぁっ⁉︎」
瞬間、木剣が凄まじい圧に押され、ルーカスは尻もちをついた。木剣は木片を散らし、剣身にヒビを走らせていた。
(反射速度はまあまあだが……体幹が悪いな。もし今の攻撃が【魔力刃】だったなら、三枚、いや六枚におろされていたところだぞ?)
「は、はい……」
フィードバックを受けつつ、ルーカスは尻の痛みを堪えて起き上がる。
(稽古していてわかった。はっきり言おう。ルーカスには剣の腕が足らん。それだけではない。筋力も、瞬発力も十分でない)
風狼の指摘は手厳しい。当然、錬金術師の仕事柄ゆえ、率先して戦うことなどそうあるものでは無い。身体能力も、戦士と比べれば見劣りする。
だが、それでは駄目なのだ。強くなると誓った以上、仕事柄など関係ない。変わらなければならない。
自分自身を守るため。そして——大切な人たちを守るためにも。
「わかりました。筋力と瞬発力ですね」
ルーカスは胸ポケットからメモ帳とペンを取り出すと、指摘を受けた部分をササッと書き綴った。
(クロムがやってた鍛錬メニューをやってみようか……)
改善のために腕立て伏せと腹筋、そしてしていこうと決意した。
(とはいえ、比較的体力はある方だな。我の動きに長時間付いてこられたのは褒めてやる)
「普段の仕事の賜物だよ。重い背負子を背負ってるし、それに加えて走ることもあるからね」
(はは、それならば好都合だ。体力は戦士にとって重要な要素だからな。思いの外、成長は速いやもしれん)
反射速度と体力は風狼からお墨付きをもらえた。今後はそれらを洗練させつつ、足りない部分は訓練で身につける。当面の課題が明確になってきた。
(ところで、その背負子とやらはどこにある? 馴染みのない道具だ。少し見てみたい)
「わかりました。シルヴィのところにあるので、すぐ取ってきます」
風狼の言葉を受け、ルーカスは背負子のある場所へ向かった——その直後、突如身体がふわりと浮いた。
「うおっ⁉︎」
次の瞬間、凄まじい風圧がルーカスを吹き飛ばす。そして、受け身を取りきれないまま地面にダイブした。
単なる偶然ではない。突風を巻き起こしたのは風狼だった。
(あまい。簡単に背を向けるな。貴様の生命、戦場ならば今ここで尽きていたぞ。常に警戒心を持つことをゆめゆめ忘れるな!)
「は、はい……」
服に付いた土を払いながら、ルーカスは再び立ち上がった。風狼の言う通りだ。一瞬の隙ですら死に直結しうる。
警戒心を持って行動せよ。これでまた一つ学んだ。
ルーカスは早速実践に移し、風狼の気配に注意しながら背負子を取りに行った。
(吸収が早い……ふふ、なかなか育て甲斐のある若造よ)
風狼の表情が、微かに緩んだ。
しばらくして、ルーカスが背負子を背負って戻ってきた。
「持ってきました。こうやって収納棚を取り付けて持ち運んでいるんです」
(ほう。さながら商人道具よな)
「一応は薬売りですから。そういう設計で作ってます。普段は商品の薬品をいっぱいに詰め込んでるんですよ」
棚そのものは軽量であるが、そこにいっぱいの薬品——特に主力商品の瓶入りの傷薬などをざっと三百瓶ほど積むと、かなりの重さになる。
もっとも、今は手当て用の傷薬や湿布、採取用の道具くらいしか入っていない。持ってくるのは容易かった。
(ふぅむ……十、いや二十体は乗れそうだ……)
風狼はまじまじと観察するやいなや、ボソッと呟く。
(よし、ルーカス。次はその背負子を背負って走れ)
「はい!」
なんだ。そんなの容易いことだ。
背負子を背負って走るなど、ルーカスにとっては朝飯前だ——と思っていたその矢先、風狼が「ただし!」と一喝を入れた。
「へっ?」
すっかり安堵していたルーカスの表情が強張った。
なんと、風狼は纏った風から数匹の子狼を生み出したのだ。
「「「キャンキャンッ!」」」
子狼たちはふわっと浮かび上がると、風狼の指示に従って背負子にしがみついた。その姿は子犬のようで、愛らしさに溢れている。
(おまえには此奴らを背負いながら走ってもらう。我の使い魔でな。我からある程度離れると……)
そう言いながら、風狼はサッと距離を取った。
直後、ルーカスの頭部にピリついた痛みが走った。
(おまえの髪を引っ張るよう命令している)
「い、いててッ! こらっ⁉︎ 噛むな噛むな!」
(無論、加減するように言ってはいるがな)
「加減って! 髪の毛抜けそうなんだけどっ⁉︎」
可愛らしい子狼たちは、その愛らしさとは裏腹に暴力性をも秘めていた。加えて、離れれば離れるほど引っ張る力は強くなっていく、と風狼から告げられた。
つまり、次の訓練は……
(我から離れぬよう、森中を走り回るのだ。遅れをとると……大変なことになるぞ?)
風狼はそう言葉を残すと、風に乗るが如く地を蹴った。
「うわっ! イタッ⁉︎ ま、待ってくれぇ〜‼︎」
ルーカスは髪を引っ張られながら、風狼の後を追っていくのだった。




