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蒼の錬金術師~底辺生活の少年が【超越の錬金術】で人生逆転し、最強へと至るまで~  作者: 字書きサバ/Saba can
第1章 一輪の妖精少女

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第12話 風の気まぐれ

「さて、スープも出来上がったことだし、食事にしようか」


 ルーカスは背負子から紙に包まれた物体を取り出した。


「……土の……塊?」

「あはは……よく言われるけど、これ、ビスケットなんだよ」


 ルーカスが出したのは、一枚の厚めの土塊(つちくれ)……ではなくビスケット。“ハードタック”と呼ばれる、極力水分を抜いた保存食だ。


「これが……ビスケット? ビスケットって、もっとこう……サクサクしてるものなんじゃ……」

「これは保存食だからね……堅いけど、ちゃんと食べられるよ」


 ルーカスは指でコン、とその表面を叩く。枯木を打ち鳴らしたような乾いた音が響いた。とても、食べ物の立てる音とは思えない。


 その音を聞き、シルヴィは眉をひそめた。


「……どうやって食べるの……」

「スープに浸して、ふやかしてから食べるんだ。そうでもしないと歯が折れちゃうから」

「へぇ〜……」

 

 未だに疑いの目を向けるシルヴィを尻目に、ルーカスはスープをカップに注いだ。


「これ、シルヴィの分ね」

「あ、ありがとう……」


 戸惑いながらもカップを手に取るシルヴィだったが、手を伝う温もりと芳しい香りに、思わず笑みをこぼした。


「あったかい……」


 ルーカスもスープを注ぎ、ビスケットを浸した。匙を押し込むとパキッと割れ、黄金色のスープが瞬く間に染み込んでいく。


 そして、その味はというと……お世辞にも美味しいとは言えないものだった。スープは肉の出汁が効いているものの、薄味で水っぽさが残っている。

 

 流れでシルヴィにも分けてしまったが、人様に出す料理にしてはお粗末極まりない。そして、当のシルヴィは既にスープを口にしていた。


「こんなものしか出せないけど……薄かったかな?」


 ルーカスが不安げに尋ねる。それに対して、彼女はコクリと短く頷いたが、「だけど……」と言葉を紡ぐ。


「このスープ、初めて飲むはずなのに、懐かしい……」


 やわらかな眼差しで、彼女はそう言った。その様子はまさに天使のようでいて、どこか妖艶さを残している。


 シルヴィ生来のものであろう優しい空気が、その場を包み込んだ。


 森に安らかな静寂が訪れた。


 そして———風切り音が静寂を破った。


 轟ッと風が吹き荒び、草木が靡く。


「うわっ⁉︎」

「ふ、風狼⁉︎」


 やってきたのは銀色の毛並みの守護者・風狼だった。


(ルーカス‼︎ この熊、よくわからんが格別に美味いぞ‼︎ 何か細工をしたのか⁉︎)


 口元に大熊の肉を咥えた風狼から、念話でそう伝わってきた。


「いきなりなんだと思ったら……どう美味しくなってるんですか?」

(なんというか…こうなっ、舌がヒリヒリする! だが塩気と合わさって美味いのだ!)


 興奮気味に「脂も乗っていて美味い‼︎」と付け加える。それを聞いて、ルーカスは合点がいった。


「ああ、バーンの実を使ったからですね。油こってりで、辛味があるんです」

(ほう‼︎ そんな代物があったとは‼︎ 人間の食い物は実に面白い!)


 大半の動物にとって辛味は毒物として認識されるものだ。けれど、二百年あまりを生きている風狼は身体の構造が特別なのだろうか。辛味が新鮮な刺激となったようだ。


 今もなお、ご満悦の様子で肉をしゃぶり尽くしている。


「そういえば、あの大熊を倒すとき、『バーンの実を粉末にする』って言ってたよね? どうやって粉にしたの?」

「それはね……これを使ったんだ」


 シルヴィの問いに対して、ルーカスが取り出したのは……


「ビスケット?」

「そう。錬金術で粉末化してから、バーンの実の辛味油と混ぜ合わせたんだ」


 砕いた焼き菓子は油をよく含む。そこへ可燃性の辛味油を混ぜ込めば、扱いやすい火種となる。


 ルーカスが作ったのは、言ってしまえば“燃える粉末油”だ。


「よくお菓子を作る知り合いから教わったんだけど、まさかあの場で使えるとは思ってなかったよ」

「へぇ……」


 ルーカスは照れくさそうに笑った。

 

 シルヴィは感心したように彼を見る。錬金術のことはよくわからない。だが、あれほどの調合を咄嗟にやってのける難しさくらいは理解していた。


(我も長年生きてきたが、ここまで創造力に富んだ錬金術師には会ったことがない。誇るといい)

「ありがとうございます」

(はは、そう畏まるな。おまえはもはや我が友よ!)


 珍味を口にしたせいか、風狼は妙に上機嫌だった。態度だけ見れば、守護者として威厳に欠ける。さながら餌を与えられた犬のような、愛想の良さを見せている。


(よし! 気に入った‼︎ これから森を歩き回るときは、ルーカスの用心棒になってやろう!)

「そ、そこまでしなくても……」


 もはや舌が止まらない。どうやら機嫌が良い時は、とことん気前が良くなる性格らしい。守護者の隠れた一面だ。


(ただし! これからもっと辛い肉を捧げるというなら、の話だがな?)


 ……違う。


 交渉を仕掛けてきていた。


「に、肉?」

(そうだ。褒美を求めるのは当然であろう?)


 言っていることは至極ごもっともだ。だが、そんなものでいいのかと拍子抜けしてしまう。


 けれど……ルーカスはふと思う。これは「転機」なのではないか? と。


「うん、わかったよ。お安い御用さ」

(おお! 本当か!)

「けど、こっちも条件を出すよ」


 交渉を持ちかけられたのならば、彼も有益な条件を提示する権利があるはず。その条件とは——


「用心棒はしなくてもいいけど……その代わりに——僕に、闘い方を教えてほしい」

(ほう……何故に我に頼むのだ?)

「強くなりたいんだ。この先で、また魔物と遭遇しても生き残れるように。だから、魔物の視点から改善点を教えてほしい」


 今までの闘い方は、ただ生き残るためのものだった。だが、大熊との死闘ではっきりと理解した。


 最低限では、生き残れないのだと。


 これでは、ジンの言う通りまるで役立たずである。生き残るための力なしに、あの二人組から孤児院を守れるなど、決してあり得ない。


 ゆえに、ルーカスはここで変わりたかった。その覚悟を、真正面から風狼へぶつける。


 風狼はじっと彼を見つめた。そして、瞳の奥から滲み出る覚悟を汲み取ったのか、短く頷いた。


(ふむ。よかろう。おまえの指導役、しかと引き受けよう!)

「ありがとう。これからよろしく、風狼!」

(こちらこそ。美味い肉をたんまり食わせてくれ!)


 これも風の気まぐれか。


 二人の間に奇妙な絆が生まれた。


「わ、私も……」


 シルヴィはすっかり蚊帳の外だった。


 なお、勇気を振り絞って風狼に話しかけ、ぎこちなく交流を始めるのはまた別の話である。


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