沈黙職人
僕の仕事は、沈黙を作ることだ。
正確には、「完璧な沈黙の部屋」を設計し、施工する。
一切の音が入らない。
一切の音が出ない。
究極の静寂空間。
それが、僕の商品だ。
◆◆◆
最初の客は、会社員の男性だった。
「毎日、騒音に悩まされているんです。電車、工事、人の声……もう、うんざりで」
男性は、疲れた顔で言った。
「静かな場所が、欲しいんです」
「かしこまりました」
僕は、設計図を描いた。
防音材、吸音材、二重壁、特殊ガラス。
あらゆる技術を使って、完璧な沈黙の部屋を作った。
◆◆◆
一週間後、部屋が完成した。
男性は、喜んで使い始めた。
最初の数日は、満足そうだった。
でも——
一ヶ月後、連絡が来た。
「すみません……やっぱり、少し音が欲しいです」
「音、ですか」
「はい。完全な無音だと……逆に、気になって。もう少し、何か……川のせせらぎとか」
僕は、頷いた。
結局、男性の部屋には小さなスピーカーが設置された。
微かな自然音が、流れるようになった。
◆◆◆
二人目の客は、作家の女性だった。
「執筆に集中したいんです。でも、家はうるさくて」
「完璧な沈黙の部屋、いかがですか?」
「それです! それが欲しいんです!」
女性は、目を輝かせた。
◆◆◆
部屋が完成し、女性は使い始めた。
でも——
二週間後、連絡が来た。
「静かすぎて……書けないんです」
女性は、困った顔をした。
「なんだか、自分の呼吸音が気になって。心臓の音も聞こえるし……」
「そうですか」
「カフェくらいの雑音が、ちょうどいいかもしれません」
結局、女性の部屋にも音が追加された。
◆◆◆
三人目の客は、老人だった。
「年を取ると、耳が敏感になってね。小さな音も、気になるんだ」
「完璧な沈黙の部屋なら、何も聞こえませんよ」
「それが欲しい」
老人は、静かに言った。
◆◆◆
部屋が完成し、老人は使い始めた。
でも——
数日後、老人から電話があった。
「やっぱり……少し音があった方がいいよ」
「寂しいですか?」
「ああ。音がないと、生きている感じがしない」
老人の部屋にも、鳥のさえずりが追加された。
◆◆◆
それから、何人もの客が来た。
みんな、完璧な沈黙を求める。
でも——
みんな、結局は音を追加してほしいと頼んでくる。
人間は、完全な沈黙には耐えられないのだ。
適度な音。
それが、人間には必要だった。
◆◆◆
ある日、施工中にトラブルがあった。
客が、現場に立ち会っていた。
僕は、いつものようにイヤホンをして作業をしていた。
その時——
工具に引っかかって、イヤホンが外れた。
瞬間、爆音が響いた。
ヘビーメタルの轟音。
客は、驚いて僕を見た。
「え……今の音……」
「あ、すみません」
僕は、慌ててイヤホンを拾った。
「いつも、音楽を聴きながら作業してるんです」
「爆音ですね……」
「はい」
僕は、少し恥ずかしそうに言った。
「静かだと、落ち着かないんです」
客は、呆れたように笑った。
「沈黙を作る職人なのに?」
「はい。皮肉ですよね」
僕も、笑った。
◆◆◆
仕事が終わった後、僕は自分の部屋に戻る。
僕の部屋も——
完璧な防音室だ。
自分で設計し、施工した。
外には、一切音が漏れない。
だから——
僕は、爆音で音楽を聴く。
ヘビーメタル、ロック、パンク。
耳が痛くなるくらいの、爆音。
壁が震えるくらいの、音量。
でも、外には聞こえない。
完璧な防音だから。
僕は、沈黙を作る職人。
でも——誰よりも、音を愛している。




