片方だけの手袋屋
僕の仕事は、片方だけの手袋を届けることだ。
正確には——
手袋を片方だけ落とした人を探し出し、落とした方の手袋を届ける。
そうすれば、ペアが揃う。
完璧だ。
◆◆◆
最初の客は、若い女性だった。
僕は、彼女が落とした赤い手袋を見つけた。
駅のホームに落ちていた。
僕は、彼女の家まで届けた。
「あ、これ……」
女性は、手袋を受け取った。
「ありがとうございます」
僕は、満足して帰った。
◆◆◆
数日後、同じ駅のゴミ箱に、その手袋が捨ててあった。
両方とも。
僕は——驚いた。
なぜ?
せっかく、ペアが揃ったのに。
◆◆◆
二人目の客も、同じだった。
受け取る。
そして、すぐに捨てる。
僕は——理解できなかった。
なぜ、捨てる?
◆◆◆
ある客に、直接聞いてみた。
「なぜ、捨てるんですか?」
客は、困った顔をした。
「だって……片方落とした時点で、もう使わないですから」
「でも、ペアが揃ったじゃないですか」
「いや……気持ち的に、もう嫌なんですよ。片方落としたって時点で」
客は、正直に言った。
「それに、もう新しい手袋、買っちゃったし」
◆◆◆
僕は、ショックを受けた。
誰も、片方だけの手袋を求めていない。
落とした時点で、諦めている。
新しいのを買っている。
僕の仕事は——意味がないのか?
◆◆◆
開業から半年。
僕は、もう限界だった。
倉庫には、届けられなかった片方の手袋が山積みになっている。
届けても、捨てられる。
届けなくても、誰も困らない。
この仕事——本当に、必要なのか?
◆◆◆
ある日、僕は決めた。店を畳もう。
この仕事は、需要がない。
片方だけの手袋なんて、誰も欲しくないんだ。
◆◆◆
閉店セールとして、僕は倉庫の手袋を全部、無料で配ることにした。
街角に、段ボールを置いた。
「片方だけの手袋、ご自由にどうぞ」
でも——
誰も、取らなかった。
みんな、素通りしていく。
片方だけの手袋なんて、誰も要らない。
◆◆◆
夕方、一人の老人が立ち止まった。
「片方だけの手袋か……」
老人は、段ボールを覗いた。
そして、一つの手袋を取り出した。
老人は、それをはめてみた。
「ちょうどいい」
老人は、微笑んだ。
「私、左手がないんです。だから、右手だけでいいんですよ」
僕は——驚いた。
そういう人も、いるのか。
「片方だけの手袋、実は探してたんです。でも、どこにも売ってなくて」
「そうなんですか」
「ええ。普通の店は、ペアでしか売らないから。片方だけ、無駄になっちゃうんですよね」
老人は、手袋を見つめた。
「ありがとう。助かりました」
◆◆◆
その翌日。
若い男性が、段ボールの前に立った。
「おお、これいいじゃん!」
男性は、色違いの手袋を二つ取った。
右手に赤、左手に青。
「片方ずつ、違う形の手袋って、今流行ってるんすよ」
「え?」
「おしゃれなんです。SNSでも人気で」
男性は、嬉しそうにはめてみた。
「普通の店だと、ペアでしか売ってないから、二組買って片方ずつ使うしかなくて。もったいないなって思ってたんすよね」
「そうなんですか……」
「これ、マジで助かります! 他にも色違いあります?」
男性は、段ボールを漁り始めた。
◆◆◆
僕は——考えた。
片方だけの手袋を欲しがる人は、確かに少ない。
でも——いるんだ。
必要としている人が。
老人のように、片手だけ必要な人。
若者のように、おしゃれのために違う色や形を組み合わせたい人。
◆◆◆
その日から、僕は方針を変えた。
「片方だけの手袋、専門店」
片手を失った人、片手だけ使う人。
色違いを楽しみたい人。
そういう人たちのための、店。
需要は、少ない。
でも——確実に、いる。
僕の仕事は——間違ってなかった。
ただ、ターゲットが違っただけだ。




