第70章:底なしの深淵
アラタ:(ここはどこだ…? 俺、寝てたのか…? 今はそんな場合じゃない! 早く起きないと… 目を開けろ…)
アラタはゆっくりと瞼を開けた。
アラタ:「うわああ!!」
アラタは虚空に吊り下げられていた。すぐ足元には巨大な開口部が広がり、その手は空を切って激しく動くフェンリルの尾をしっかりと掴んでいた。
アラタ:「クソッ!」
彼はもう片方の腕でもすがりつき、獣の体を登り始めた。
アラタ:「体育の授業サボらなくてよかったぜ…」
それでも登るのは至難の業だった。割れかけた眼鏡のレンズにはピンク色の蒸気が付着し、視界を遮っていた。
アラタ:(何でこんなに眠いんだ… すごく暖かくて、心地いい感覚だ…)
アラタは即座に自分の唇を噛んだ。
アラタ:「やめろ、アラタ!! 立ち続けてなきゃダメだ!」
アラタは登り続けた。
アラタ:(この狼がでかいのは知ってたけど、ここまでとはな…)
アラタは下の虚空を見下ろした。
アラタ:(浮いてるのか…? いや… 違うな… さっきの跳躍だ。まだ着地してないんだ… これだけの巨体だと、重力すら追いつくのに時間がかかるみたいだ。)
アラタはついに頂上、狼の背中に到達した。眼鏡の曇りを拭い、腹を地面につけて四つん這いになり、獣の体毛にしがみつきながら前進した。
アラタ:(みんな無事なのか…? 何でこんなに眠いんだ… エファ… エファはどこだ?)
回想
エファ:「人生は私に残酷だったわ…」
エファ:「本当の困難は、倒れるたびに立ち上がることよ…」
現在へ戻る
アラタ:(エファ、約束するよ、絶対に元の君に戻してみせる!)
アラタは少しずつ狼の頭部へと近づいていった。遠くに、彼女が纏う赤いシルエットが見えた。
アラタ:「エファ!」
ハスターとラスタバンの側。
ハスター:(嫌だ… 何でこんなに暗いんだ…)
ハスターは遠くに壁が見え、その一番奥に何かがあるのに気づいた。
ハスター:(あそこに何かある。)
一歩、また一歩と、静かに青年は前進した。
ハスター:「俺たち、何をしてたんだっけ…」
彼の周囲を、色とりどりの鱗粉が舞い散っていた。
ハスター:(なんてきれいなんだ…)
薄暗がりの中、トンボたちが至る所で飛び交っていた。
ハスター:(そうだ、俺は… 俺は何をしなきゃいけなかったんだっけ…)
ハスターはさらに近づいた。
ハスター:「ここはどこだ?」
*ラスタバン* *エファ* *アラタ*
ハスター:(この声はどこから届いてるんだ…?)
ハスターが進むにつれ、壁がどんどん近づいてきた。
*ダンテ* *ハーヴェイ* *ドラン*
壁まであと三歩。
ハスター:(この名前たちは誰のものだ…)
壁まであと二歩。
*アルバート* *弁慶* *リリス*
ハスター:(あと少し… あと一歩だ。)
*黄衣* *ハスターは服を着ている*
ハスター:「壁の前に着いた。」
一枚の絵画。顔のない、座った女性の絵。
ハスター:(目がそれぞれ違う色をしている…)
*お前は誰だ?*
*ポクッ*
ハスター:「いってぇ!」
ラスタバン:「お前を起こすのがどんだけ大変だったか! 小石を十個以上投げなきゃならなかったんだぞ! それに寝息がうるさすぎる!」
ハスター:「ラスタバン…」
ハスターの表情が青ざめた。彼は衣類の襟を扉の取っ手に引っかけて吊り下げられており、その左手には分離した腕が握られていた… ハーヴェイの腕だ。
ハスター:「バン!! ハーヴェイが!! あいつ!! あいつ!!!」
そこは今や巨大な坑道のようになっており、至る所に様々な足場が張り付いていた。ラスタバンは数メートル離れた壊れた階段の上に腰掛け、身動きが取れなくなっていた。
ラスタバン:「ハスター、落ち着け! あいつは俺たちが救い出す! とりあえず、俺のところまで来い!」
ラスタバン:(たとえこれで命を落とすことになろうと… ハッ! 絶対にお前を救うぞ、ハーヴェイ!)
ラスタバン:「ハスター! 上を見ろ!」
ハスターが顔を上げると、上空で巨大な鳥たちが円を描いて飛んでいた。大気中にはピンク色の粒子のようなものも舞っていた。
ラスタバン:「壁や扉の突起を登ってこい!」
ハスターはその場を注意深く観察した。
記録
すべてのホールド(掴み手)の形状を記憶した。
ハスターは勢いよく跳躍し、窓の端を掴んだ。それと同時に、巨大な鳥が一羽、彼に向かって一直線に急降下してきた――彼は間一髪でそれを回避し、鳥はすぐさま上空へと急上昇した。
ハスター:(あの傷… 待てよ、見覚えがあるぞ!? ドリーム・デザートのハシビロコウか!?)
ラスタバン:「気をつけろ! そいつは動きを感知する! それ以外には反応しないぞ!」
ハスター:(いや、違うと思う… あのハシビロコウは慎重に狩りをしてるんだ… これは一筋縄じゃいかないぞ。)
ハスターは再び身体を揺らし、助走をつけて二度目の跳躍をした。
ハシビロコウが再び急降下を開始した。
ハスター:(あと少し…)
ラスタバン:「ハスター!」
ハシビロコウは青年を呑み込もうと大きなクチバシを広げた。
コピー:木の葉*
ハスターの身体は鳥の勢いによる風圧で吹き飛ばされた。
ハスターは紙切れのように舞い上がった。
ラスタバン:「お前は実に大した能力を持っているな。」
困惑したハシビロコウが急いで飛び去ろうとしたその時、深淵の底から凄まじい轟音が湧き上がった。ハーヴェイを呑み込んだ怪物が再び姿を現したのだ。怪物は鳥を丸呑みにすると、すぐさま再び深淵へと潜っていった。一方のハスターは羽毛のように静かに、バンがいる階段へと舞い降りた。
ハスターは深淵を見つめた。
そしてバンを見た。
ハスター:「バン… 俺たち、どうやって助け出せばいいんだ…」
薄暗く巨大な生物の体内にて、ハーヴェイは意識を失ったまま、胃液と思われる液体の中に浮かんでいた。
???:「ハーヴェイ…」
ハーヴェイ:(カグラ…)
???:「起きなさい、ハーヴェイ…」
ハーヴェイは重い瞼を開けた。
ハーヴェイ:「あっ…!」
彼は即座に飛び起きた。
???:「ようやくお目覚めね。」
ハーヴェイの顔は原型を留めぬほど青ざめていた… 蒼白になっていたのだ。
???:「どうしたというの? 幽霊でも見つめるような顔をして。」
ハーヴェイは即座に身構えた。
ハーヴェイ:「ぐっ…!」
ハーヴェイはついに、自らの右腕が存在しないことに気づいた。
額に汗を浮かべるハーヴェイ:「な… なぜ!! ここで何をしている! ヴァッサル(従者)!」
???:「あなた? 上司に向かってその口のきき方は、随分と不遜ね…」
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