第67章:守護者の胎内
混沌はあらゆるところに満ちていた。王国の各領地にある、すべての都市や村々で。ある者は何も持たずに避難所へと走り、ただ事態が早く収まることだけを願っていた。またある者は、できる限り多くの荷物を持ち出そうと躍起になっていた。
不変の領地において、その状況はとりわけ複雑を極めていた。
男1:「誰かこの荷物を運ぶのを手伝ってくれ! 一人じゃ無理だ!」
そこへ、もう一人の男が怒りをあらわにして近づいてきた。
男2:「お前、一体何をしているんだ!? 恥ずかしくないのか!」
男1:「放っておいてくれ! 緊急事態が宣言されたのが見えないのか!」
男2:「緊急事態だと!? これを緊急事態と呼ぶのか!?」
男は、人々が押し合いへし合いする道路の真ん中に立ち塞がった。
男2:「みんな、聞くんだ! 数週間前のあの事件以来、無能な我らがヴァッセルとヴァイス・ヴァッセルは私たちを見捨てて姿を消し、統治者のいない状態が続いている……。だが、もしかしたら、あの方は私たちのために来てくださるのかもしれない! 分かっているのか! 私たちの王が直々に会いに来てくださるというのに、お前たちは逃げ出すというのか!」
群衆の動きが止まり、ざわめきが広がった。
――でも、あいつの言うことも完全に間違いってわけじゃ……。
――確かに……。
――今日まで、王様がいるなんて知りもしなかったな……。
男1:「誰が、どこから、何のために来ようと知るか! 警報が鳴ったんだ! お前は好きにすればいい、だが俺は死にたくないんだよ!」
次の瞬間、そこら中で大混乱の逃走劇が始まった。逃げるなと引き止める男の側に立つ者もいれば、それに反対する者もいた。あちこちで小競り合いが起き、押し合い、殴り合いが始まった。逃げようとする者と、それを阻止しようとする者たち。四方八方が混沌に包まれたその時、突然、すさまじい轟音が響き渡った。
全員の視線がその音の源へと向けられた。
すらりと背が高く、力強い、一頭の荘厳な馬が現れた。その背には謎めいた男がまたがり、背後には小さな一団を従えていた。
――あいつは一体、誰なんだ……?
馬の上の男が口を開いた。
「我が名は……ジャン=マルク・テルーク。この王国で最も名高いギルドの創設者だ」
――え? この王国にギルドなんてあったか?
それは、かつて主人公たちが遭遇したあの『神話の創造者』のギルドだった。
ラスト:「ボス……ちょっと、うざいです」
マリーヌ:「同感……。はぁ、この街は本当に陰気ね。全体が灰色だし、いつも雨ばかり降ってる……」
ジャン=マルク:「お前たち、やめなさい!」
男1:「あんたたち、旅人か!? どうせ中央領地から来たんだろう……。とっとと失せろ、これ以上トラブルは御免だ。こっちは忙しいんだよ!」
――そうだ、あいつらここで何やってんだ!
ジャン=マルク:「突然の不躾な無礼をお許しいただきたい。だが恐れることはない! 私たちは争いを好まない……。それより、そこの勇敢な者たちよ、ヴァッセルとその司令部は何をしているのだ? このような事態に対処するのは彼らの役目のはず。ペレリアに何が起きている?」
――ふん、やっぱりそうか。中央領地の特権階級め。お前たちも他のみんなも、俺たちのことなんてどうでもいいんだ。あんたらの目には、俺たちが王国の正式な一員だなんて最初から映っちゃいないんだろ……。
カンタン:「おい、何を勝手なことを……!?」
男1:「ふん! 知りたいなら教えてやるが、うちのヴァッセルはとっくの昔に、あのヴァイス・ヴァッセルや司令部全員を連れて消えちまったよ! 全員煙のように消え去って、この不変の領地には今や統治者なんて一人もいないんだ!」
――俺たちは見捨てられたんだ! 粗大ゴミみたいにな!
男2:「だが、あの希望に満ちたメッセージが発せられた。これで風向きは変わるはずだ」
ラストは大声で笑い飛ばした。
「希望のメッセージだって!? あれはただの警告アラームだろ!」
男2:「黙れ! お前に何が分かる!? 私たちの王だぞ、私たちの苦しみを感じ取ってくださったのだ! この不条理を打ち砕きに来てくださるのだ!」
群衆の一部が叫んだ。
「そうだ!!」
しかし、すぐに他の者たちがそれに大声で抗議し、再びあっという間に混沌が戻りかけた。その時、新たな馬蹄の響きがその喧騒を鋭く切り裂いた。
ジャン=マルク:「よく聞きなさい! この不毛な争いはもう十分だ。ラスト、私の前に来なさい」
ラストは指示に従った。
「了解、ボス」
ジャン=マルク:「数メートル下がりなさい」
ラストはまた従った。
群衆は当惑していたが、目の前の圧倒的な威厳に気圧され、誰一人声を上げられずにいた。
ジャン=マルク:「警告が出ているにもかかわらず、ここに残りたい者は、ラストの背後に並びなさい」
男1:「だが、いつからあんたが俺たちに指図する権利なんて――」
フシュ。
ジャン=マルクの刃が、いつの間にか男の肘のすぐ横に突きつけられていた。
男1:「ひぃぃぃぃ!」
ジャン=マルク:「私はお前たちの意見など、誰一人として求めていないのだが……」
馬上の男を強力な威圧感が包み込み、その口調は完全に冷徹なものへと変わっていた。
マリーヌ:「わぁ、かっこいい! 今の決め台詞、しびれましたボス!」
ジャン=マルクは刃を引くと、一転して全く異なる明るいトーンで応じた。
「決まってただろ!? 本当は『ここで決めるのは私だ!』にしようと思ってたんだが、今の台詞の方がずっと良かったな」
再び、静まり返る一同。
ジャン=マルク:「コホン! コホン! とにかく、先へ進めよう。避難勧告に従う者は、私の背後に並びなさい!」
それから数分後、その膨大な数の群衆は、驚くほどきれいにラストとジャン=マルクの背後へと二つに分かれていった。
ジャン=マルク:「よろしい。私の後ろにいるグループを最優先とする。必要なものをすぐに準備し、避難所へ向かいなさい。ラスト側のグループの者たちは、そこに残り、余計な干渉はしないように」
人々は見事に指示に従い、秩序は少しずつ取り戻されていった。
カンタン:「ボス、あなたは本当に生まれながらのリーダーですね」
マリーヌ:「まあね……。でもボスが解決したのはこの街の一部だけでしょ。田舎の方なんてまだ手もつけられてないんだから……」
ジャン=マルク:「先は長そうだな……。悪い予感がする……。エファちゃんや、他の仲間たちは無事だろうか?」
マリーヌ:「もう、ボスったら……心配しすぎよ。あの子たちがどれほど強いか、私たちが一番よく知ってるじゃない。きっと何とかするわよ」
ジャン=マルク:「その通りだな。だが、それにしても……一体何が原因でこんな事態になってしまったのだろうか?」
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[主人公たちサイド]
そこには、言葉を失った一同を包む死のような静寂が広がっていた。
地面に据え付けられていた巨大な扉は今や開け放たれ、その先には何も見えなかった。まるで底のない、巨大な奈落のようだった。
アラタは何度も自分の目をこすった。度重なる疲労で疲れ果てたハーヴィーは、力なく自嘲気味に笑っていた。ハスターはといえば、道標の鳥に近づき、じっと見つめた後、乱暴に掴み上げてその口を無理やりこじ開け、中を覗こうとしていた。
ラスタバンはしばらく沈黙を保っていたが、やがて口を開いた。
ラスタバン:「きっとダンテだ。俺たちにそこへ行けと言っている」
そして、心の中で思った。
ラスタバン:(なぜかは分からない……だが、あの鳥から伸びてきたあの腕……妙に見覚えがあるような気がする……)
ハスター:「まあ、どうせ行くなら、さっさと入ろうぜ」
ラスタバン:「待て、ハスター! 飛び込む前に、最低限の準備が必要だろ――」
時すでに遅く、ハスターは飛び降りていた。
満身創痍のハーヴィーも、慌てて後を追うように駆け出す。
ハーヴィー:「あいつらを追いかけないと」
ラスタバン:「待てって!」
残されたのは、残りの二人と村の女性たちだけだった。
ラスタバン:「やれやれ、お前だけでも残っていて助かったよ、サクライ。あいつらみたいに何も考えずに飛び込むなんて――」
言い終わる前に、アラタもすでに穴の中へと落ちていた。
アラタ:「バン、向こうで会おう!」
ラスタバン:「あいつら、本当にどいつもこいつもバカばっかりか!」
彼はゆっくりと扉の縁に近づいた。
ラスタバン:「当然だけど、底なんて全く見えやしない……」
飛び込むのを躊躇していると、背後からドヨエン(長老)に杖でドンと突き飛ばされた。
ラスタバン:「うわぁ!?」
ドヨエン:「他のみんなはもう行ったんだよ。ここで意気地なしのフリをしてる場合じゃないだろう」
ラスタバン:「あ、あああああああ!」
ラスタバンは十秒ほど奈落を落下し、ようやく地面に叩きつけられた。
ラスタバン:「痛てて……」
アラタ:「あ、バン、やっと来たか……」
そこに着いたラスタバンは、目の前の光景に唖然とした。そこは、極めて異様な空間だった。
上から下へ、斜めに、垂直に、あらゆる方向に無数の階段が走り、海の中の魚の数ほどに膨大な数の扉が並んでいた。周囲には奇妙なクリーチャーたちがうごめいている。ライオンの頭を持つバッタ、顔の描かれた立方体、巨大なイッカク、その他にも数え切れないほどの異形の存在。さらに、そこにはどこまでも続く非常に長い道路や、トンネルがあった。まるで、すべての道が交差する巨大なジャンクションのようだった。
ラスタバン:「一体、何なんだここは……!? どこに来ちまったんだ! っていうか、こんな場所でどうやってエファを探し出せばいいんだよ?」
ハスター:「分からない。あの道標の鳥も全く反応しなくなって、サクライの肩に掴まったまま動かないしな」
ハーヴィー:「徹底的に調べるしかない」
アラタは近くの階段に飛び移り、一枚の扉を開けた。すると、そこには鏡があった。近づいて覗き込むと、映っていたのは自分の姿ではなく……白い髪に、ピンク色の瞳を持つ一人の女性だった。
彼女は、足首まで届く純白のロングコートドレスを身に纏っていた。袖は長く、少し広がっており、高めの襟が彼女の首元を包み込み、高貴な佇まいを際立たせている。生地は厚手で高級感があり、黒いボタンと細い暗色のラインが、鮮やかな白との美しいコントラストを描いていた。コートの内側は暗い色合いになっており、裾が揺れるたびに深みのある陰影を生み出していた。
若きアラタは、驚きのあまり言葉を失った。鏡の向こうの彼女は、宙に浮いた椅子の上で、膝を胸に抱えるように丸くなって座っていた。
アラタ:「あ、あ、あ……」
???:「驚いた? アラタ」
アラタは叫んだ。
「え、ええ!? こいつ、俺の名前を知ってるのか!?」
その大声を聞きつけて、他の仲間たちも慌てて駆け寄ってきた。
鏡の中の姿を見た一同は全員衝撃を受けたが、ハスターだけは例外だった。
ラスタバン:「うわぁ!」
???:「みんなも揃ってるのね。奇遇じゃない……フフフ」
ハスター:「アラタ、おい……まさか、あの子が誰だか分からないなんて言わないよな?」
アラタ:「誰だと思ってるんだ! もし一回でもこんな美人に会ってたら、忘れるわけないだろ!」
ラスタバン:「そうだよ、ハスター。お前はサクライを過小評価しすぎだ……。で、結局誰なんだ?」
ハスター:「いや、みんな……確かにこの『本当の姿』を見たことはないかもしれないけど、声を聞けば分かるだろ……」
ハーヴィー:「いや、それでもまだ誰だか見当がつかないが?」
???:「ひどい言われようね、みんな……」
ハスター:「リリスだよ、リリス!」
ラスタバン:「リリス!?」
アラタ:「リリス!?」
ハーヴィー:「あの虫か!?」
ハスター:「リリスは虫じゃないよ……僕の使い魔の体を依代にしてただけでさ……」
ハスターは鏡に近づき、触れようと手を伸ばした。
ハスター:「鏡の向こうで、一体何をしてるんだ……」
しかし、触れた瞬間、強力な力で弾き飛ばされた。
リリス:「そこには触れない方がいいわよ……」
ハーヴィー:「残念だが、ここで油断している時間はない! 早くフェンリルとエファを見つけ出さなければ!」
リリスは、彼らの正面、遥か先にある一本の長いトンネルを指さした。
「あの子なら、あの先にいるわ……」
アオウゥゥゥゥゥゥ!!!
その瞬間、トンネルの奥から凄まじい咆哮が轟いた。
ハーヴィー:「どうやって……」
彼は、笑みを浮かべたままのリリスを一瞥すると、迷わずトンネルに向かって駆け出した。
アラタ:「待て、ハーヴィー! 畜生、お会いできて光栄でした、お嬢さん!」
アラタとラスタバンも、ハーヴィーを追いかけて走り去った。
最後に行こうとしたハスターが背を向けたその時、リリスの手が鏡を突き抜けて伸び、ハスターの手を強く掴んだ。
リリス:「気をつけなさい……」
ハスター:「ふん、僕を誰だと思ってるんだ……」
ハスターが歩き出そうとすると、リリスは背後から最後の言葉を投げかけた。
リリス:「あなたたちは今、アビサエルの中にいるのよ。もっと優しくしなさい! フフフ」
ハスター:「え!? もっと大声で言ってくれ! 何を言ってるのか、さっぱり聞こえなかったよ……」
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