第60話:狼のミューズ
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三人組は最悪の状況に陥っていた。
三人はそれぞれ巨大な木の柱に縛り付けられ、奇妙な円形の広場の中央に並べられていた。周囲では、赤いフード付きローブを纏った無数の女たちが、松明を片手に無言で彼らを囲んでいる。
乾いた木材と油の臭いが空気に漂っていた。
ラスタバンは不安げに炎を見つめる。
ラスタバン:アラタ……俺たち、本当に焼かれるのか?
慌てたアラタは必死に女たちへ話しかけた。
アラタ:Miseremini! Non sumus mali… boni sumus!
女たちは顔を見合わせ、そのうちの一人が松明を突きつけた。
フードの女:Mendax!
ラスタバン:……つまり「却下」ってことか。
彼は何とか顔を上げる。
ラスタバン:聞いてくれ! 俺たちは悪人じゃない! ほら、誰一人として猫に手を出したこともない!
アラタは激しく頷いた。
ハストゥール:えっと……
妙な沈黙が流れた。
アラタはゆっくりハストゥールを振り向く。
アラタ:「えっと」ってなんだよ……?
ハストゥールは視線を逸らした。
ハストゥール:いや、その……昔ちょっと腹減ってて……
ラスタバンの顔から血の気が引いた。
ラスタバン:まさか……
ハストゥールは突然号泣した。
ハストゥール:そうだよ!! 食ったんだよ!! 俺は化け物だ!! 生きる価値なんてねぇ!! 俺はただの人間なんだぁぁ!!
その瞬間、リリスが背後に現れた。
リリス:うん、確かに一回猫食べてたわね。
アラタ:おいマジかよ!?
ラスタバン:もう兄弟じゃない!! この怪物!!
周囲の女たちがざわめき始める。
フードの女:Tacete!! Cum daemonibus oculorum imparium estis — nihil meremini nisi comburi!
アラタ:……どうやら狙われてるの、お前だぞハストゥール。
ハストゥール:なんでだよ!? 俺何した!?
リリス:ずっと「異なる瞳の悪魔」って言ってるわよ。
ハストゥール:差別だろそれ!! 目の色違うだけじゃねぇか!! バン! 何か言え!!
ラスタバンは涙目のまま震えていた。
ラスタバン:猫……なんで猫なんだ……他に方法あっただろ……
ハストゥール:そこじゃねぇよ!!
その時だった。
女たちのざわめきが止まる。
赤いフードの女たちが一斉に道を開け、一人の老女が杖をつきながらゆっくり現れた。
フードの女:Vetus decana...
老女はハストゥールの前で立ち止まる。
ハストゥール:うわ、ババ――
ゴンッ!
老女が杖を地面へ叩きつけた。
ハストゥール:いっっっってぇぇぇ!?
しかし杖は彼に触れていない。
それでも彼は股間を押さえて悶絶した。
???:誰がババアだ若造。
アラタは目を見開く。
アラタ:俺たちの言葉を!?
???:簡単な魔法さ。
老女は指で輪を作り、その中へ息を吹き込む。
すると色とりどりの泡が現れた。
???:これを飲めば状況が理解できる。
アラタとラスタバンは渋々従った。
だがハストゥールだけは激しく首を振る。
ハストゥール:絶対嫌だ。
彼は飛んでくる泡を避けようとする。
老女は再び杖を振った。
ゴンッ!
ハストゥール:あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁ!?
今度は明らかに急所へ直撃したかのような激痛が走った。
苦悶で口を開けた瞬間、泡がそのまま口の中へ飛び込む。
フードの女:遊ぶのはやめてください! こいつらは“上の悪魔”です!
ラスタバンが突然目を見開いた。
ラスタバン:おい! 今の言葉理解できたぞ!?
???:騒ぎすぎだよ、マルシャ。
老女はため息をつき、三人を見渡した。
???:私はこの地の長。ママラリア・マノン……まあ、“長老”と呼べ。
ハストゥール:なんだそのゴミみたいな名前――
ゴンッ!
ハストゥール:たまたまぁぁぁ!!
長老:よく聞け娘たち。この者たちは悪魔ではない。特にその異なる瞳の男……確かに“それ”に似てはいるが別物だ。
彼女はハストゥールを指差した。
長老:本物の悪魔はもっと大きい。こいつはただのチビだ。
ハストゥール:俺185あるんだが!?
長老は完全に無視した。
長老:だが……
彼女の表情が急に険しくなる。
長老:お前たちもあの口笛を聞いたのだろう……私も聞いた。
その目に涙が滲む。
長老:若い者たちは知らぬだろうが……あれは我らが失われた女王の口笛だ。私は決して忘れない。
村全体が静まり返る。
長老:こやつらをフェンリルへの供物にしよう。奴が腹を満たした後……この口笛の主を探るため周囲を調査する。
リリスはゆっくり後退しながら笑った。
リリス:いやぁ〜面白いことになってるわね。それじゃ私は帰るわ。ばいばい。
彼女はそのままハストゥールの中へ消えた。
その直後――
空が裂けた。
巨大な黒い影が凄まじい速度で村へ落下する。
ドゴォォォォン!!!
地面が爆発した。
衝撃波が村全体を揺らし、土煙と石片が舞い上がる。赤いフードの女たちは悲鳴を上げながら吹き飛ばされた。
巨大なクレーターの中心で、一つの影がゆっくり立ち上がる。
ハーヴェイ:……くそっ。
ラスタバン:……ハーヴェイ?
ハーヴェイは勢いよく顔を上げた。
ハーヴェイ:バン?
長老:ハーヴェイ?
ハストゥール:俺?
アラタ:いやお前じゃねぇよ。
アラタ:どこ行ってた!? エファは!?
ハーヴェイは荒く息を吐いた。
ハーヴェイ:説明してる暇はない。
その時だった。
空気が震え始める。
巨大な影が村の周囲を高速で旋回していた。
その巨体にも関わらず、一切建物を破壊していない。
まるで風そのもののような滑らかな動きだった。
マルシャ:魔獣だ!! 全員避難!!
村人たちは一斉に逃げ出す。
ハーヴェイは腕を掲げた。
氷が収束し、槍と弩を融合させたような巨大武器が形成される。
ハーヴェイ:異常な強さだ……力を貸してくれ、仲間たち。
怪物はさらに加速した。
暴風で家々が軋み始める。
ハストゥールは拘束を一瞬で引きちぎった。
ラスタバンも同じく縄を破壊する。
アラタ:お前ら最初から抜け出せたのかよ!?
ラスタバンはアラタを解放しに向かった。
その間、ハストゥールはハーヴェイの隣へ並ぶ。
二人は空を見上げた。
ハストゥールの口元が吊り上がる。
ハストゥール:なんだあの化け物……。
彼の目が怪物の動きを追う。
ハストゥール:速すぎる……しかもあのサイズで衝撃がほぼゼロ……動きが完璧すぎる。糸みたいに滑らかだ。
笑みが深くなる。
ハストゥール:記録完了。
ハーヴェイは危険を察した。
ハーヴェイ:気をつけろ……
ハストゥール:安心しろ。
彼の瞳が変化する。
ハストゥール:コピー。
次の瞬間――
ドン!!
地面が爆発した。
ハストゥールは怪物と全く同じ軌道で空へ飛び出す。
数秒後、彼はフェンリルへ到達した。
そして見た。
怪物の口の中にいるエファを。
その瞳は開いている。
だが――何も映していなかった。
ハストゥール:エファ……!?
フェンリルの瞳孔が細くなる。
次の瞬間。
バゴォォン!!
空気が爆発した。
ハストゥールの姿が遥か彼方へ吹き飛ぶ。
アラタ:はぁぁぁ!?
ハーヴェイは即座に攻撃へ移った。
巨大な氷の槍が輝く。
ハーヴェイ:氷のアニマ!
無数の氷槍が暴風のように放たれる。
だがフェンリルは全てを流れるように回避し、そのままハーヴェイへ突進した。
ラスタバン:リベリオン・ドミニウス!!
紫色の物質が彼の腕を包む。
彼は真正面から怪物を受け止めた。
衝突と同時に地面が陥没する。
ラスタバンはフェンリルの首を両手で掴んだ。
紫の力に触れた瞬間、怪物の毛並みが逆立つ。
ラスタバンは咆哮した。
筋肉が膨れ上がる。
そして――
フェンリルを地面へ叩きつけた。
ドゴォォォォォン!!!
村全体が揺れる。
衝撃でエファが怪物の口から吐き出された。
長老:何をしておる!? 村が壊れるぞ!!
ラスタバン:黙ってろ!!
巨大な砂煙が巻き上がる。
アラタは即座にエファへ駆け寄った。
アラタ:エファ!! 大丈夫か!?
その瞬間。
エファが彼の腕を掴む。
その瞳は虚ろだった。
次の瞬間――
バァン!!
アラタの身体が凄まじい力で吹き飛ばされる。
アラタ:はぁ!?
彼は木柵を何枚も突き破りながら転がった。
そしてエファは再び口笛を吹き始める。
あの奇妙な旋律。
フェンリルはラスタバンの拘束を容易く振りほどいた。
ハーヴェイ:逃がすか……
氷が爆発的に広がる。
ハーヴェイ:運命の鷹!
巨大な氷の鷹がフェンリルへ襲いかかる。
だが――
エファが静かに指を折り曲げた瞬間。
鷹は消滅した。
まるで存在ごと消されたかのように。
ハーヴェイ:何……!?
フェンリルはエファを再び飲み込む。
そして足元に巨大な扉が現れた。
虚空に巨大な鍵穴が描かれる。
フェンリルは狐のように軽やかに跳躍した。
そのまま鍵穴へ吸い込まれるように――
姿を消した。
静寂だけが残った。




