第54章 ハーヴィーの記憶《愛》
アンナの誕生は、一族のすべてに歓迎されたわけではなかった。
いや、それどころか――その誕生はラピスラズリ家を真っ二つに分裂させる原因となった。
ハラルド・ラピスラズリ:
「ジョージ、その子はどこの子だ?」
ジョージ:
「私の正当な娘です、ハラルド叔父上。」
???:
「ご挨拶申し上げます、ハラルド様。私はカグラ、この子の母で――」
ハラルド:
「今度はどこの女を孕ませた!?
ラピスラズリの名には守るべき名誉があるのだぞ!!」
ジョージ:
「その言い方はおやめください、叔父上。
この女性は私の愛する人です。
亡き妻を失って以来、私はもう二度と幸せにはなれないと思っていた。
だが彼女が現れ、そして私に最高の贈り物を与えてくれた。」
ジョージは赤子を抱き上げた。
「この子の名はアンナ。
この子こそ、ラピスラズリ家の新たな女家長となる。」
ハラルド:
「なにだと!?」
その時、私は部屋に入ったばかりだった。
状況が理解できず、ただ黙ってその場を見ていた。
静かだった屋敷は、いつの間にかざわめきに包まれていた。
――新しい女家長だと…?
――だがハーヴィーがいる…
――しかも年上だ…
――そんなの認められるわけがない…
ハラルド:
「ラピスラズリ家の後継はすでに決まっている!
ハーヴィーだ!」
――そうだ
――それが当然だ
――事実は変えられない
ジョージ:
「その子は呪いだ。
あれを当主にすれば、この家は滅びる。
あれは私の最大の恥だ。」
その言葉は、氷のように胸に突き刺さった。
……だが、驚きはしなかった。
父にそう言われることには慣れていたからだ。
むしろ――
言葉を向けられただけで、少しだけ認められた気さえしていた。
ジョージ:
「アンナが次の当主だ。」
ハラルド:
「いいや、ハーヴィーが継ぐ。」
こうして、ラピスラズリ家の二つの派閥の争いが始まった。
その日から、叔父ハラルドの教育はさらに厳しくなった。
すでにアニマを扱えていた私は、他の者より一歩先にいたからだ。
ハラルド:
「進め!
日が沈むまでに頂上へ辿り着けなければ、獣の餌にしてやる!」
私は十本の松の幹を身体に縛り付けられたまま、山を登らされていた。
ハーヴィー:
「うあああああ……!!」
ハラルド:
「ハーヴィーは決して私を失望させない。
期待しているぞ。」
そんな日々が続いた。
秋になると、カグラ――アンナの母が、よくハラルド叔父の領地を訪れた。
いつもアンナを連れて。
叔父の派閥にとっては、敵の様子を知る絶好の機会だった。
ある日、アンナが生まれて半年を祝う宴が開かれた。
豪華な灯りに照らされた大広間の中央で、カグラは椅子に座っていた。
その姿は眩しいほど美しく、周囲の視線をすべて集めていた。
彼女の腕の中には、小さな赤ん坊。
アンナは目を開けていたが、静かだった。
私は気になって、近づいた。
カグラはすぐに気づき、優しく手招きした。
カグラ:
「ハーヴィー?」
ハーヴィー:
「は、はい…」
カグラ:
「この子、かわいいでしょう?」
ハーヴィー:
「……はい」
カグラ:
「抱いてみる?」
ハーヴィー:
「え!?い、いや……」
カグラは微笑んだ。
「お願い、ハーヴィー。抱いてあげて。」
その声はあまりにも優しくて、断ることができなかった。
私はそっとアンナを抱いた。
……小さい。
壊れてしまいそうなくらい小さい。
こんな存在が……
敵のはずなのに。
その瞬間、アンナが泣き出した。
ハーヴィー:
「ち、違います!何もしてません!」
カグラは小さく笑った。
私は慌ててアンナを返した。
彼女はすぐ泣き止んだ。
ハーヴィー:
「……嫌われてる」
カグラ:
「違うわ。」
優しい声だった。
「赤ちゃんは純粋なの。
悪意なんてないのよ。
ただ、まだあなたを知らないだけ。」
少し間を置いて、彼女は続けた。
「きっと、そのうち仲良くなれるわ。」
そして――
「私も、あなたが嫌いじゃないわ。
むしろ……好きよ、ハーヴィー。」
ハーヴィー:
「……どうしてですか。
ほとんど話したこともないのに…」
カグラは微笑んだ。
「あなたは私の夫の息子。
アンナのお兄ちゃん。
それだけで、愛する理由には十分よ。」
「血なんて関係ないわ。」
「私はあなたが好き。
あなたを、自分の息子だと思っているの。」
その言葉を聞いた瞬間――
涙が溢れた。
止めようとしても止まらなかった。
何度拭いても、次から次へと流れてくる。
カグラはそっと私を抱きしめた。
カグラ:
「泣いていいのよ、ハーヴィー…」
その時――
長い間凍りついていた私の心が、
少しだけ、温かくなった気がした。




