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夜天幻時録  作者: 影光
第3章 秋星大祭編
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第75話 最後の聖夜祭

 刻は、十一月下旬。

 ここまで来ればもう、後悔も焦りも感じてはいられない。ただ、待ち望むのみだった。

 そう。総ては、『あの日』に終わって(・・・・)しまったのだから…………。




 数日前の、無界。

 数日、数ヶ月に渡って繰り広げる、()兄妹の二人。

 けれど、今は違う。

 もう、『あの頃』には戻れない。『今』では、二人は敵同士。

 互いに譲れないモノがあって、互い抱いた想いがあって………。

 だから二人は対立している。

 自身を証明(・・)し、相手を説得(・・)させようとしている。

「どうして、コレ程のチカラがあって───ッ!」

「違いますッ。『コレ程のチカラ』があっても(・・・・)、なんですッ!」

 無駄だと解っていても、それが決して無駄には(・・)ならないと信じているから。

 彼らは、一度として『兄妹喧嘩』などしたことがなかった。

 それは当然のことだろう。

 なにせ、彼らはほとんど一緒にはいてこなかったのだから。

 それを、はたして兄妹と呼べるのか?否。呼べるはずがない。

 だが、それは当然(・・)のこと。

 なぜなら彼らは、本当の兄妹ではないのだから。

 だからこそ、意見が割れ、対立する。

 一度は同じ方向を向くと決断した彼ら。しかし、現状はそう甘くなかった。

「どうして、そうまでしてアイツの肩を持つッ」

 誰かを信じ、大切なモノを守ると決めたはずなのに、その結果がコレだ。

「それでも、信じる意味があるからですッ!」

 ティオは、必死に食らい付く。

「なら、教えてくれッ。オマエの考えをッ、オマエの理想をッ。そして証明してみせろ、アイツの〈夢〉をッ!!」

「─────ッ!」

 もう、前のような『仲良しな兄妹』には戻れない。

 それは解っている。理解しているからこそ、〈決断〉したのだ。

「……………」

 そうだ。もう戻れないんだ。

 だったら────

 バババババッッ…………!

 と。その刹那、二人を包むように数メートルほどの範囲に、複数の爆撃が飛来した。

 何者かによるその攻撃に、二人は咄嗟に大きく距離をとった。

 攻撃はすぐに止むわけではなかった。

 曲線を描くように飛来する爆砲は、まるで二人の位置を正確(・・)に把握しているかのように数分間続いた。

 爆撃は途端に止んだが、二人の間には、白黄色の煙幕が張られている。

 この現象(・・)に、微かに覚えのある二人。けれど、それが誰のものかはすぐには見当が着かなかった。

「いったい、二人ともなにをしているの?」

 その時、頭上からどこか聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 その声は、別に怒っているわけではなく、普段の声音で訊ねるように二人の間に降りてくる。

 白黄色の煙幕は虚空へ呑まれ、二人の視界はすぐさま鮮明となる。

「トキ……」「トキ、お姉さん………」

 二人とも、その見覚えのある顔と懐かしき再会に、やや唖然となる。

「二人とも、セカイが大変だって時にいったい何をしているのやら………」

 トキは、呆れるように言葉を紡ぐ。

「だが、現にセカイはこんな状況だ」

「でも、シリウスだってユウヤがこんな事をするはずい、って解ってるでしょ?」

「それは………」

「確証はない。だけど私達は、信じる(・・・)って決めたでしょ?なのになんで…………」

「それでも、どうしても確めたい。アイツが何を考え、何を成そうとしているか、それだけでも聞ければ………」

「それはもう(・・)、無理な事だよ」

 それは既に手遅れ(・・・)な事態、現状であった。

「どういう意味だ?」

「そのままの意味。まぁ、ずっと傍にいた私ですら気付けなかったんだから、私も同罪かな?」

「お姉さん………」

「そうだ、ティオちゃん。貴女は妖界(むこう)に戻ったほうが良いよ?」

「で、でもッ………」

「ここは私達だけで何とか出来る。貴女は、妖皇(アナタ)にしか出来ないことがあるでしょ?」

 優しく話すトキ。ティオは気付いている。

 これは説得であり、今の自分では力不足だと自ら悟らせようとしている。

 そして、これは戦力外通告ではない。あくまで、今の自分達に『今』出来る事を役割分担してやろうと、遠回しに言っているのだ。

「う、うん…………」

 何時だってそうだった。

 自分は《十三皇(きょうだいたち)》の中では末っ子にあたる。

 それゆえか、いつも足手まといのようだった。

 それでも、ティオは信じていた。

 自分にしか出来ない事。自分が皆の役に立てる事を優先することで、やっと自分が『家族』に必要な存在だと認識してもらえるように。

 ティオは、ずっと頑張ってきた。

 伊織を預かったのも、そのためだった。

 そして、ティオはトキの言葉を渋々受け、無界を去り、妖界へとむかった。




 虚界、鴬亭。

 人類の文化の中、自身あるいは相手の誕生日を祝うバースディパーティというものがある。

 それは当然、宝さんや火垂さん、リッチさんにもある。

 しかし、ワタシにはその誕生日が無い。

 いや。正確には、その日を定められないのだ。

 ワタシの『製造日』などもっての他、それを定めてしまえば、ワタシが造られた存在(・・・・・・)だと自他共に認めてしまうことになってしまう。

 それは、誰も望んでいないこと。

 けれど、もしそれでも自分のことを誰かに祝ってほしいと願うなら、それを除外した理由を当て付けるしかない。

 だけど、それは誰にも見当さえつけられなかった。

 所詮、祝い事などそんなモノ(・・・・・)だ。

 その人が騒ぎたいが為に、他人を利用しているに過ぎない。

 ならば、そんなモノに何の意味がある?

 一年に一度しかない誕生日?そんなモノ、結局はこじつけだ。言い訳だ。

 そうやって、皆その本人を蔑ろにしてきた。

 騒ぐだけ騒いで、自分達が十分に楽しめれば、『また来年ね?』と言う。

 そんな遣り口で口実(ともだち)を作り、自分達の日常に彩りを加えていく。

 そんな日々で利用されてきた者の心境も知ろうともしないで…………。

 だからだろう。

 ワタシは、今目の前で起こっていることがまったくと言っていいほど理解できていない。

「柚希、ソレは奥の方にお願い」

「はい」

「柚希さん。お料理の味付けはこのくらいでよろしいでしょうか?」

「え?……あ、はい。今行きます」

 一人だけ、せっせこと宅内を駆け回っているワタシ。

 自分の家とはいえ、その広さはどこぞの豪宅ほどもあるのだ。

 部屋から部屋へと往き来するだけで、普段しないような運動量と同等の体力を消費する。

「柚希~」

「ゆっずき~ッ」

 しかし、そんなことなどお構い無しに、ワタシは働かされ続けた。

「……………」

 ワタシは、一人になれる場所で一段落着き、ボーっとするように空を見上げていた。

 ワタシの視界を覆うのは、赤茶けた茜空。その中央には紅蓮色の暁が存在している。

 どうやら、今は夕暮れ時の真っ只中なようだ。

 一段落着けることは良いことなのだろうが、その度にどうしても、路頭に迷った時ような手持ち無沙汰で違和感がある。

 ワタシには、趣味も夢もない。

 あるのは、身に過ぎたこの権能(チカラ)くらいだ。

 《計画》を完遂する為に必要な権能。

 今は難とか制御しきれている。

 だが、《竜皇(ディエルゴ)》と《神桜樹》。二つの権能を合わせてもまだ足りない。

 もう一つだけ、制御しきる必要がある存在があった。

 それさえ制御出来れば、『真の敵』に打ち勝つことができる…………はず。

 そう断言しきれないほどに、その相手は強大だという。

「…………」

 と、まぁ。とは言え、とりあえずは今日だ。

 今日。十一月二十四日は、世界規模で有名な日らしく、何でも、このセカイに暦という概念を取り入れた人物の誕生日だそうだ。

 それこそ、真面目にやらなければいけないイベント事のはずなのに、どうしてかこう……オマケ感が凄い状態となっている。

「……あ。コチラにいらしたんですね?」

 暁が沈んでいくのをボンヤリと眺めていると、後ろから声が掛かった。

「………」

 振り返れば、そこにはリッチさんが立っている。

 彼女の姿を認識した時、ワタシの脳裏に『今』ではない過去の記憶が過った。

 それはきっと、ワタシが忘れてしまっていた記憶の一つ。

 けれど、ワタシはそれを思い出そうとすることすらしない。

 だってソレは、『今』のワタシの記憶ではないのだから。

「また、何か考え事ですか?」

 リッチさんは、ワタシに飲み物を渡すと、そこが定位置であるかのようにワタシの隣に座った。

 ここにいるということは、リッチさんも向こうに居づらくなったということだろうか。

 此処、踊り場の下には、小さな湖畔が広がっている。いわゆる、池だ。

 普段ほ来ないようなこの場所も、今回のような場合にはありがたい。

「ホント、このお家は広いですね?」

「…………」

 リッチさんは、感心したように辺りを見渡しながらそう呟く。

 それは、温かな言葉。

 けれど、それと同時にどうしてもその言葉を重く感じてしまう。

「ところで、柚希さん…………」

 ふと、リッチさんはあからさまに話題を変える。

「いえ。大丈夫です」

 ワタシは、彼女の意図を悟り、それを即座にお断りした。

「は、早いですね」

 リッチさんは、轟沈したように眼を点にした。

 その感覚は、残念そうに落胆しているのと同じに見える。

「…………」

 そう。ソレは、『()』は必要ないのだ。

 そう思考し、ワタシは再び沈みゆく暁を見上げた。

 『今』では懐かしく見えるこの空も、もう見られない(・・・・・)かと思うと、何だか心の内が妙にざわめく感覚がした。




 黄昏の大地。

 この世界には、もう何も無い。

 それは、唯一残されていたカウントダウンすら欠き消してしまうほどに忘却の地と化してしまっていた。

「此処が、始まりにして終わりの地」

 そんな地に、一人の少年がやって来ていた。

 少年は、この地へ来るのは初めてのはずなのに、どこか懐かしげな表情をしていた。

「何だ。もう来ていたのか、修哉」

 と。そこへ姿も気配も見せず、声がかかる。

 それは、認知の所業。

 そして、少年はその存在に驚きの素振りすら見せずに反応する。

「もう、逝ったか?」

「ああ」

 少年の問いに、その存在は淡白に答える。

「なら、もう最後の《計画》を完遂するのみだな」

「ソッチは、もういいのか?」

 その問いに、少年は小さなため息を吐き口を開く。

「終わってなかったら、こんなとこに来てないだろ?」

「……それもそうか」

「…………。それで?この後は………」

「ああ。もう少しだけ時間(・・)が掛かる」

「なら、もう〈方舟〉は出来ているということだよな?」

「いや。さすがに今回は(・・・)〈方舟〉を用いない方向でいく」

「大丈夫なのか?」

「……まぁ。急拵えなのだからしょうがないとは思うがな」

「…………。わかった。なら、コチラはもう少し下準備の方を積めておくよ」

「ああ、よろしく頼む」

「…………」

 少年は、一向に動く気配を見せなかった。

「なぁ?本当に、《計画》は成功すると思うか?」

「どうだろうな」

 解らない。だが、それが当然であった。

 《計画》は、幾度も失敗してきた。その度に、多くの命を犠牲にしてきた。

「やはり、心配か?」

「……………」

 『幾度も失敗している』。

 それだけで、不安要素は充分だった。

「それでも、やり抜く。そう『決断』したから」

 そう。全ては決まった事。

 もう誰にも、止められようはずがなかった。

 そうして、最期の《影皇》織詠修哉は、最後の《計画》に臨む。


「待ってて、必ず、助けてみせるから…………」

 そう胸に抱いた〈約束〉は、いつしか虚う夢の中へと消えていった。


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