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夜天幻時録  作者: 影光
第3章 秋星大祭編
75/102

第74話 季節外れの祭典~蔡鈴祭~

 十一月も終盤ということで、『何か』したいと言い出したリッチさん。

 それは、士気向上の為などではなく、単に暇だということの表れだった。

「それで、何がしたいですか?」

 ワタシがそう訊ねると、リッチさんから意外な言葉が返ってきた。

「え、えと……、何があるのでしょう?」

 なぜ疑問系?そして、それはリッチさん自身が考えておくべきモノです。

 そう脳内だけでツッコミを入れ、もう何度目かになる国の行事でない祭りの準備に取り掛かった。

 その祭りについて、内容どころか概要さえまだ決まっていない。

 ということで、まずは国民達の元へ聞きに廻って、大方の概要と祭りを行う上での人手を確保することとなった。

 何処へ行っても、人員は大切だ。

 人が集まらなければ、何の意味も無い。それはただの打ち上げだ。

 打ち上げ……、………打ち上げ…か。

 別にそれでも良いかな?と思う自分もいながら、何かしてあげたいと思う自分もいた。

 別に祭りにこだわる必要はない。

 ただ、それなりの事ができれば、それで満足だろう。

 そう思い込むことにした。───いや。そのはずだった。

「そうですか。結羽灯さんもいないんですか………」

 よく未美さんの元を訪れていた結羽灯さん。

 一応、彼女にも声を掛けておこうかと研究所を訪れたのだが、結果は留守。

「どうします?」

 とはいえ、ワタシも未美さんも、結羽灯さんが行きそうな場所にはまったく見当がつかない。

 仕方なく、別の場所を廻ることにしたワタシとリッチさん。

 そんなワタシ達に、どうせ国内を廻るんだからと、未美さんは自身に課せられていた買い出しの任をコチラに押し付けてきた。

 リッチさんは怪訝な表情をしたが、ワタシは特に感情を表に出すことなくそれを受諾した。

 手渡されたメモのような紙に書かれていた内容は、少し遠回りしなければいけなそうなものばかりだった。

 国内を一周するかたちで国民達に声を掛けていきながら、メモに書かれた品物を順当に揃えていく。

 徐々に手で持つことすら不可能な量に到達し、荷台でも山積みになるほどの御使いを済ませても、祭りに参加あるいは協力してくれそうな人員は一人も確保できなかった。

 結局、丸三日かけ国内を一周したが、祭りに賛同してくれる者は誰一人としていなかった。

 これは、別にワタシの人徳がどうこうという次元の話ではない。

 単純に、今の秦は新しい一歩を踏み出す為に、三国共に忙しいだけだ。

「人、集まりませんでしたね」

 未美さんから代替わりした任務を終え、帰路に着くその途中リッチさんが肩をおとすように呟いた。

「仕方ありません」

 ワタシは、その背を宥めるように、夕暮れ色の空を見上げる。

 任のついでに二人分の買い出しも済ませているので、今日はこれで反省会も兼ねた夕飯を予定している。

 今夜の夕飯は、二人では非常に消費に困りそうなほどの焼き肉だ。

「……………」

「…………」

 ワタシもリッチさんも、縁側で黙々とお肉を平らげていく。

 自身が言い出した事が無茶な要望だったと反省でもしているかのように、リッチさんは焼くお肉の順番の指定をするだけで、特に何かを喋ることはなかった。

 そして────。

 炭の火が消えかかっている頃、ワタシもリッチさんもただボーっとうっすらな雲の架かった夜空を見上げていた。

 不思議なことに、その雲が目の前の炭の煙なのか本物の雲なのか判別できない───いや。むしろ、判別するのも面倒になるような心地であった。

「こんばんは~」

 と。食後のひとときを邪魔するように、玄関から男の声が聴こえてきた。

 とはいえ、食後にこの夜風。

 ワタシもリッチさんも、一向に動こうという意思すら感じさせなかった。

「居るなら居るで、応対してほしいんですが………」

 二~三分後。

 声の主は、ワタシの返答を待たずして、居間にまで足を踏み入れ、呆れたようにため息をついた。

 その声の主とは、マルクト・ルヴァーチェ───《夜天騎士団》第六席に名を置き、今は各所で活動している他の騎士達へ物資を搬入する役目を担っている。

 そして、そんな傍らコチラに来た際にはよくワタシのところへ来るようになっていた。よく余り物や土産物を提供してくれるので、その点に関しては感謝しかない。

 しかし、今回はまたどういった用件なのだろうか。

「晩御飯、終わってしまいましたか?」

「はい、先程」

「そうでしたか…………」

 残念そうにガグリと肩を落とすマルクトさん。

 その姿に罪悪感を覚えるが、一向に動く気配のないワタシ。

 そんなワタシ達のことなどお構いなしに、マルクトさんは玄関の方へと声を掛ける。

「良いですよ。ちゃっちゃと運んで下さい」

 その言葉に疑念を感じるリッチさん。ワタシは大方の予想が付いていたので、動じず更に落ち着いた態度をとった。

 家の敷地内に進入してきたのは、百人近いルヴァーチェ商会の組員達とアウラ・オーだった。

 アウラさんはワタシの隣に座り、組員達はマルクトさんと共に火を起こし始める。

 既に風前の灯火と化していた炭を種火に、源火材料となる樹皮や木の実で炭を覆い、僅かにできた隙間に竹筒で軽く空気を送る。

 そうすることで、炭に仄かに残っていた火は舞い上がり樹皮や木の実に着火される。

 樹皮や木の実には僅かながらに油が存在しており、それに着火した蛍火にも満たない火は微かにその手を挙げる。

 後は、空気の通りを造るように中くらいの枝木などを投下し、最後に薪木を入れそれにも引火すれば下準備は完成となる。

 とはいえ、ウチには一台しかその器具はない。無論、それを読んでいないマルクトさんではない。

 組員の内一割ほどが似たような器具を少し離れた場所に設置し、既に火が全体に行き渡った薪木を順当に自身の器具に引火させていく。

 その手際は、すごく手慣れているように感じられた。

 二十台近く配置された器具の上に、鉄板や鉄網がそれぞれ設置される。

 それが終わった頃、残りの組員達が肉や野菜を台所で仕度を済ませていた。

 運ばれた下拵えの済まされた食材達。

 それらは総て、マルクトさんやアウラさんを含む組員達によって綺麗に平らげられていった。

 その時間はおよそ四~五時間ほど。

 これは決して速い時間ではないだろう。

 しかし、まるで彼らは今まで体験できなかった事を存分に謳歌するかのように、激しくそして派手にドンチャン騒ぎでそのまま朝を迎えた。

 ワタシもリッチさんも、そのドンチャン騒ぎが始まるより前に自室に戻っていたので、会場となった中庭でどんな事が行われたのかは想像も付かない。

 ただ一つだけ。朝起きて見れば、中庭にはそんなお祭り騒ぎのような惨状は跡形もなく、縁側の隅にワタシ達が使用した一台だけの器材が綺麗に天日干しされていたことだ。

 それに当然、マルクトさんやアウラさん、それに組員達の姿も気配も、まるで昨夜の出来事が夢であったかのように綺麗サッパリ無くなっていた。

 まぁ、それを当然だろう。彼らの『立場』を考えれば、むしろこれが普通なのだ。

 そう思い込むことにし、ワタシは、いつもの『日常』へと戻っていった。


 『日常』は、平穏を象って着々と過ぎていく。

 何も無い穏やかな日々。

 けれど、それはまさに嵐の前の静けさ。一時の安寧でしかない。

 そしてワタシは今、神成神社に来ている。

 此処へ来る用事は、そのほとんどが名代としてだ。個人的な用事で来ることは、まずほとんど無い。

 そんなワタシの用件は、神代宝に頼まれて時々此処を訪れること。

 とはいえ、此処を訪れたところで何が出来るわけでも、何をしに来たわけでもない。

 やることと言えば、ただの境内の掃除くらいだろう。

 それでも、宝さんの悩みを薄れさせることくらい はできる。

「今日もお疲れ様です」

 そう言って、この神社の主・神宮寺阿莉子は、労いの言葉を述べ、ワタシとリッチさんに粗茶を差し出す。

 こうしていれば、何の変哲もない彼女の彼女なりの流儀。けれど、そんな彼女が一度神代家の面々の前に顔を出せば、また変わった一面が見られる。

 きっと、それが阿莉子さんの本性なのだろう。

 だけど、そんな一面は本人が一番認めない。

 なにせ、その阿莉子さんは意地っ張りだ。というより、少し頑固かもしれない。

 そういうところは姉妹揃って同じだと、時々思う。

 阿莉子さんが差し出した粗茶と茶請けを適当に胃の中に放り込み、妥当な時間を潰した後、神社を後にした。

 境内の掃除を終えても、その後に貰った茶菓子のお陰か、現状昼前というのにお腹の減りは全くと言っていいほど変化ない。

 ワタシの人生も、まさにそんな感じだ。

 一仕事終え、小さな休憩を挟み、大きな仕事をこなして長い休息を摂る。

 それを繰り返していくうち、何時しかそんな生活がワタシの『日常』となっていた。

 これが普通(・・)なのかは分からない。

 だけど、これで良いんだと思う。むしろ、この方が気楽だ。

 今更どう変えようとすぐに変えられるはずもないし、そんな気さえ全然感じない。

 そんな『日常』でも、少しずつだが変わっていることもある。

 その主な例は、この国の情勢。

 今までは、どこか急拵え感のあった三国の内情。

 三国それぞれの国主が代わったことで、国内でのいさかいは最小限に留まり、その先行きは磐石なものと言っていいだろう。

 しかし、それでも不安は尽きない。

 その一番の要因は、旧帆の国主にあった。

 旧帆の国主、鳴滝火垂。

 彼女は毎日のようにカジノに赴いては、イカサマでもしているのかのように勝ち続け、歓楽街をちょっとした事件にする始末。その為、国家間の会議にはほとんど、というか全く顔を出さないらしい。

 というか、この不安要素(・・・・)が一番面倒くさい。

 ワタシは特に何もすることが無いので、まぁ良いのだが。

 毎度毎度、呼びに行くコチラの身にもなってほしいものだ。

 そして今日も、境内の掃除を終え、雅さん達のお店(ところ)で昼食を摂った後の帰路で、偶然にも蕩花さんと殊葉さんに遭遇し、火垂さんを連れて来るように依頼されてしまった。

 ワタシは、一瞬イヤそうな表情をするも、すぐにそれを了承し、火垂さんの元へと向かった。

 火垂さんのソレはいつものことであるが、ワタシはそこに出会す度にいつもため息を出てしまう。

「え。いやだ」

 今回は、速答で拒否されてしまった。

 いつもの事のように拒否され続けているので、他の人達からは飽きれを通り越して、もはや諦めかけられている。

 それに、ワタシも既に諦めかけている。

 それを踏まえ、ワタシは早々にその場を離れ、任務失敗の報告をするべく、御三家が会議を行っている会場へと向かった。

「仕方ないなぁ、あの方は…………」

 一応、それなりの奮闘も添えて報告すると、蕩花さんは飽きれ果てたようにため息を着いた。

 そして、蕩花さんはとんでもないことを言い放った。

「じゃあ、仕方ない。柚吉。火垂様の代打で会議に出て」

「ふぇっ?」

 何故、ワタシが……?それに、代打、って…………。

 どう考えても答えを見出だせないので、ここはひとまず乗っておくことにした。

 そう思い込むことにして火垂さん用に用意されていた席に座ろうとした刹那───

 ババンッ、と勢いよく会議室の扉が開かれた。

 当然。室内にいた全員の視線が、扉の向こう側にいる『人物』が、仁王立ち(・・・・)で立っていた。

 その人物とは無論、鳴滝火垂だ。

「ハァ、ハァ、ハァ……………ふぅ」

 火垂さんは、荒い息を一喝するように調える。それは、最も扉の近くにいるワタシと蕩花さんにしか気付かれていないことだろう。

「申し訳ありません、遅れてしまいましたッ」

 火垂さんは、外行き用の態度で、ワタシの隣に立つ。

「ようやく来られたのですか?」

「これでようやく、マジメ(・・・)な会議が始められるね」

 神代宝も水瀬葵も、それぞれの意見した述べる。

 そこに嫌みは無い。ただ、二人共ずっと火垂さんを待ち続けていた。

 小さな淀みと懸念はあっと言う間に取り除かれ、これ以降は御三家共に良好な関係を築きつつあった。

「それで、今日はどうしたんですか?」

 会議が終わった帰り道。ワタシは、火垂さんに今回の心境の変化について訊ねた。

「ん?何が?」

 火垂さんは、いつも通りの口調で返答する。

 その理由はとても単調だった。正直、バカらしいと個人的には思う。

 それでも、彼女にとっては深刻な問題なのだろう。

 そして、今回の一件で、火垂さんの心境に大きな変化が見られた。





 妖界。三幡谷(みはたや)神社。

「此処が、妖皇(ティオル・スー)の住み処?」

「そういう言い方はどうかと思うけど」

 伊織達、説得組は、《魔轟獣(キメラル)》の

眼を潜り抜け、この地で最も重用な(・・・)場所に来ていた。

「外見(そとみ)では何とも言い難いですが、ひとまず、中に入ってみましょう」

 神社と言えば、普通は神聖な場所。

 関係者以外の者が中へ入ることはご法度であるが、現在は伊織がいる。

 それに、此処は伊織の自宅でもあった。

 知って勝手たる元自宅。数ヶ月ほど離れていただけとはいえ、入ってみると何とも懐かしいものだ。

「やはり、誰も居ませんか………」

「ティオさまッ。ティオさまぁ~ッ」

 伊織は、自宅の中を駆け回り、総ての部屋を確認していく。

 しかし、どれだけ駆け回っても、その人がいようはずもない。

「ティオさま…………」

 一度、境内で落ち合うことにした一道。

 その中で、伊織だけが酷く落ち込んでいた。

 唯一無二に思っていた、大切な『家族』。

 その感覚に嘘偽りが無いからこそ、誰よりも胸が引き裂かれるような想いでいっぱいなのだ。

「………ッ!」

「ナニかが、コチラに近付いてくるッ」

 伊織以外の全員が、近付いてくる者の気配に即座に対応する。

 だが、この気配に対しては、伊織が真っ先に気が付くべきであった。

 それほどまでに、その気配の持ち主はこの場にいる全員にとって、ある意味(・・・・)重要な人物であった。

「妖皇………?」

「え………?」

 微かに外の空気を感じていた伊織は、その単語に反応してゆっくりと顔を上げる。

「あ………」

「い、おり……、ちゃん………?」

 数ヶ月ぶりの再会となる二人。

「ティオ、さま………」

 その再会に感窮まった伊織は、妖皇の胸に飛び込もうと地を蹴る。

 ────が。

「…………(バタッ!)」

 その刹那。妖皇はその場に倒れてしまった。


「ん……。此処、は………。ワタシの、部屋……?」

 妖皇は、眼を覚まして早々に辺りを見渡す。

 その部屋の匂いも間取りも、懐かしさを感じてしまうほどに慣れしたしんだ場所。

 『失われた場所』の代わりに用意した、仮初めの居場所。

「お兄、さん………」

 妖皇の瞳から、自然と透明な滴が溢れ出す。

「………。 ?」

 強く、布団を握り絞める妖皇。

 しかし、その布団から微かな重みを感じた。

「伊織、ちゃん…………」

 ふと、視線を落とすと、布団の隅、掛布団の上に身体を半分ほどだけ乗せて眠っている伊織の姿があった。

 懐かしきその存在に、妖皇は仔猫のように丸まって寝ている伊織の頭を優しく撫でた。

「ん………」

 くすぐったそうにしながらも、どこか嬉そうに頬を綻ばせる伊織。

 その光景はまさに、母娘のようである。

「あ。目を冷ましましたか」

「……ッ」

 不意を突かれたように声を掛けられ、咄嗟にビクつく妖皇。

 妖皇がソチラに眼をやると、部屋の入口には数人の少女が立っていた。

 無論、妖皇には彼女たちの顔に見覚えはない。だが、彼女たちから感じられるその気配にはどこか懐かしさを感じた。

「アナタたちは…………、《華騎隊(アルカディア)》……?」

 一瞬、出そうになった名前を呑み込み、別の名前を口にした。

「はい。具合の方は、どうですか?」

 博姫花(プリムラ)の問いに、妖皇は再び手を伊織にやり、ぽんぽんっと軽く撫でる。

「んっ、んん…………」

 くすぐったそうにしながらも、どこか嬉そうな寝顔を魅せる伊織。

 そんな表情をする伊織に、妖皇は罪悪感を覚える。

 妖皇は、伊織に話していないことがある。

「ん、ん……あ………。ティオ、さま…………」

 しかし、それは決して公言できない事。

 現状を再確認しながら、伊織は眼を覚ます。

「ティオさまッ!!」

 妖皇の存在に気付いた伊織は、その胸に飛び込む。

「伊織ちゃん…………」

 伊織は、妖皇の身体を強く、もう二度と離さないと言わんばかりに力強く抱き締めた。

 それに対し、妖皇は微かに振るえていた伊織の身体を優しく抱き返す。

「あの、それで…………。一つ、聞きたいことがあるんですが……」

「はい」

 伊織は咄嗟の判断で妖皇から離れ、少し離れた位置にちょこんと正座した。

 妖皇は改めて博姫花たちに身体を向ける。

 博姫花は、『一つ。聞きたいことが』と言った。

 それはつまり、このセカイのことでも、互いの利害でもない。

 そして、博姫花はソレを妖皇に訊ねる。

 当然、それは妖皇にとって、『決して』話してはならないこと。知らないふり(・・・・・・)をしていなくてはならない。

 それが、『約束』であり、唯一残されている途切れ掛かっている『絆』であった。


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