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夜天幻時録  作者: 影光
最終章 冬郷輪廻編
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第76話 桎梏の晩餐

 身体の調子は、依然変わらずして良好である。

 が。この先なにがあるかは分からない。ということで、星界から帰ってきたからというもの、毎週のように健診を受けている。

「……………」

 沈黙が、少し痛い。

 一通りの検査を終え、対面に座らされた状態から数十分。長い沈黙が続いていた。

「異常、無いね……………」

 主治医は、残念そうに肩をおとす。

 健康であること自体は何の問題も無いのだろう。

 しかし、その主治医が定期的な健診を提案しているのには、訳があってのこと。

 確かに、『普通の人間』に関して言えば、現状何の問題も無いのが当たり前。

 だが、ワタシの場合はそうはいかない。

 そのはずでの提案は、見るも無惨にことごとくと否定され続いていた。

「…………」

 もう『人間(ヒト)』という概念を外れた以上、そこには確かな結論が出てくるはずであった。

 しかし、結果はご覧の通り。

 『人間』として検査を受けるも、その結果は『人間』と差して変わらない。まさに人間そのもの。

「柚希はさ。最近、『夢』を見ない?」

 唐突に、主治医は質問してくる。

「…………」

 問われて、しばし思考する。

 確かに、『夢』は見る。

 だが、それは『今』のワタシの夢ではない。

「…………」

 ワタシが、どの夢の事だろうか。と頭を悩ませていると、主治医は訝しげな表情でコチラを見つめていた。

「たとえば、家族が亡くなる夢とか」

 内容を限定され、ワタシは再び思考する。

 その手の『夢』は無いことはない。

 だが、それがはたして彼女の求めるモノとなるかは分からない。

「いいえ。ありません」

 なので、そう答えておくことにした。

「そっか………」

 それに対し、ハルナ・エルヴァールシュタインは何故か不満げだ。

「あ、ですが。『夢』と関係はないと思いますが、最近、とても身体の調子が良い感じがします」

 取り繕うように、ワタシは手を握り開きを繰り返しながらそう補足した。

 これは、嘘でもなければ比喩でもない。

 以前のワタシは、その強大過ぎる権能(チカラ)鎖環(クサリ)を使って無理矢理抑え込んでいた。

 その箍が外れ、権能そのものの制御に一段落着いているので、現状、検査結果に出るのは『人間』としての健康状態だけだろう。

「……まぁ、いっか」

 あ。何か諦めた。

 ハルナさんは、診断書を机の上へと投げ、椅子を反転させる。

「…………」

「…………」

 その後は、互いに何の会話もない。

 無言のままの静寂が、室内に充満していく。

 なんとなく、このまま此処にいるのは辛い。

 そう感じたワタシは、ゆっくりと腰を上げた。

「帰るの?」

「はい」

 訊ねられて、率直に即答した。

「そ………」

 何か言いたげな表情に見えたが、ワタシは一瞬脳裏を過った疑念を振り払い、踵を返す。

「あ、そうだ」

 その途端、背後から声がかかる。

 振り払った疑念を引き戻しながら、ワタシは再びハルナさんの方を向く。

「柚希。今の生活、どう?楽しい?」

「…………」

 正直、『どう』と訊ねられても返答に困る。

「楽しくない?」

 そう首を傾げられても、そもそもワタシには、その『基準』が曖昧なのだ。

「あ、ですが。《局》にいた時よりは、いくらか充実しているとは思います」

「そ。うん、参考になったよ。ありがと」

 そう言って、ハルナさんは再び机に向き直った。

 数秒待ってみて、ハルナさんが再び質問してこないことを認識すると、ワタシは再び踵を返し部屋を出た。


 一人部屋で取り残されたような状態となったハルナは、柚希の足音が完全に消えたことを認識すると、脱力したように突然机に突っ伏した。

「はぁあ~。やっぱり私って、母親失格なのかな?」

 そして、唐突にそう呟く。

 自室のような状態となっている診療室のベッドに、ハルナはうつ伏せでダイブした。

「ユウヤ…………」

 そう呟き、今度は仰向けになった。

 その内、自然と片腕が天を掻く。

 あそことは違うセカイ。けれど、この部屋の内装はあの頃と何一つ変わらない。

 その見慣れた天井も、医療器具も、ほぼ瓜二つなモノばかり。

 それは、ハルナにとって最も安心できる状態。

 そう思っていた。

 だけど、今は違う。

 どれだけ、あの時と同じ物を揃えても、どれだけいつも通りで周りに接してきても、ハルナの傍には、ハルナが一番大切にしてきたモノはもう存在しない。

『ユウヤッ、ユウヤッ!』

 ハルナの脳裏に、あの時の出来事が木霊する。

 あの時は届かなかった。あの時では到れなかった〈人智〉の限界。

 ハルナは、その時の経験を経て、組織に《神々の叡智》をもたらした。

 それが、組織崩壊の元凶だった。

 結局救えなかった『小さな命』。

 ハルナが手を伸ばした先には、もう人智では到れない軌跡があった。

 自身の命も名声も省みず、ハルナはがむしゃらに駆け抜けた。

 そのお陰か、このセカイが創造されてしまった。

 結論としては、それは妥当な判断だろう。

 しかし、ハルナにはどうしてもこの結果に対して罪悪感を感じてしまう。

 それを引き金としたのは数多あれど、ここまで来てしまえば、もう手後れ。

 だが、これで最期だと判断されている。それが本当に成功するかは、別の問題だが。

「…………」

 そして、ハルナはベッドの上で仰向けのまま、そっと目を閉じた。

 それは、先程脳裏を過った過去を思い出す為であった。

 ゆっくりと復元される、過去の記憶。

 その始まりは、なんとも残酷な少女の叫び声からだった。

「ユウヤッ。ユウヤッ!!」

 少女は、溢れる涙を堪えることなく、昂る感情のままに現状に起きている悲劇を必死で否定し続けていた。

「よせッ、ハルナ」

「離して、離してよッ!」

 そんな少女を、三人の男達が説得しつつ抑える。

「ユウヤがッ、ユウヤがッ!」

 それでも、少女はがむしゃらに足掻き続けた。

 少女達の前には、特殊なガラスで四辺を覆われた小さな箱がある。

 その箱に繋がれた無数の管。

 管の先には、これまた特殊な機械が無数に存在している。

 少女は、必死にその箱にしがみついていた。

 当然、その箱の中には、先程から少女が叫んでいる名の人物が存在する。

 が。その『容態』は良くない。

「いいからッ。一度落ち着けッ」

 男の一人が宥めるも、少女はずっと酷く取り乱したままだった。

「どうして、あの子が………。なんで、こんな子にまで…………」

「ハルナ…………」

 男達の力業でようやくケースから離れた少女は、その場に座り込んしまった。

 透明なガラスケースの中にいるのは、小さな命。それも、少女にとっては自分の命にも等しい存在。

「ハルナ。もう解っているんだろ?」

「…………」

 男が諭すように少女に語りかけるが、少女は現実からの逃避行に浸るばかりだった。

 少女に再び、その事実が伝えられる。

 それは、最低で最悪な現実。

 目を背けて、その過去を忘れてしまえば、何事も無かったことにできる。

 だけど、今の少女にはそんな事ができようはずもなかった。

「ユウヤは、死んだんだ」

「────ッ!」

 男の言葉が、少女の胸にぐさりと深く突き刺さる。

 少女達の目の前にあるガラスの中の赤子は、もう還らぬ人。

 産まれて数日で命を落とした、儚き命。

 だからこそ、少女は認めたくはなかった。

 そしてそれは、男達も同じであった。

 そして、同刻。いや。少しずれての同時期。

 そんな病院でのやり取りの報告を受けていた組織の長は、深くため息を吐いていた。

「まぁ、我が子が亡くなったんだから仕方ないと言ってしまえばそうなんだろうが。やはり、現状の世の中の在り方を呪ってしまうな」

「はい……」

 報告をしてきた男が、相づちを打つ。

「それで、あの子は何と?」

「それが………」

 言いにくそうに、男は軽く頬を掻く。

「捜し物があるらしく、外国への渡航を希望しているようですが」

「そうか……。期間は?」

「え、えと。捜し物が見つかるまで?」

「何故、疑問系なんだ?…………というか、その口調いい加減やめないか?」

「え?いいじゃないか。風格があって」

「…………。いやだが、俺は『王』を認めたわけじゃないんだがな?」

「いやでも、その『王』ってのは間違いじゃないだろ?」

「いやまぁ、それもそうだが………まぁいいや。彼女には許可を出しておいてくれ」

「良いのか?」

「どうせ、可能性はゼロなんだ。だったら、とことんまでやらせてあげればいいさ」

「酷な言い方だな?」

「仕方ないさ。そもそも、死者を生き返らせる(・・・・・・)なんてこと出来るはずがないだろう」

「だが、あの子はやる気みたいだが?」

「…………そぉなんだよ。それが一番面倒なんだよなぁ」

 長は、呆れたように遠い目をする。

 しかし、少女が『決断』した以上、組織はその道を進むと既に確約していた。

 そして、少女は奔走した。

 見つかるはずのない糸口。その可能性を。

 だが、それは都合良く少女の前に現れることなく、総ては無駄骨と終わった。




 虚空城 《ヴァルゼイド》。

 そこは、黄昏の大地の中にある幻影の古城。

 その城を、二人の少女が訪れていた。

「此処が、目的地?」

「ええ。別名、『影牢の宮殿』と呼ばれている場所」

「カゲロウの、宮殿?トカゲのオウ国、ってこと?」

「いやいや。それを言うなら、トンボだから。…………じゃなくて、影牢ッ。影の牢獄」

「んん~。やっぱりよく解んないや」

 しばし思考して、きっぱりと答えた。

「……。まぁ、いいけど」

 黄金色に煌めく陽のような光が、二人の少女が歩く瓦張りの廊下を焼くように照らす。

 オレンジ色にも見える光をもってしても、二人の少女が歩く廊下には完全な(・・・)陽が当たっていない。

 だが、少女の一人はその道先を知っているかのように、スタスタと廊下を歩き続ける。そのすぐ後ろを、もう一人の少女が若干の小走りで着いていく。

「あ、そうだ。集合の時間までもう少しあるし、ちょっと寄り道しない?」

「え?あ、うん。………いいけど」

 方向転換するように歩き出す二人。

 二人が向かった先は、この城の中でも最も立ち入りが禁じられている場所だった。

「此処って………」

 そこは、十六畳分ほどの駄々ッ広い部屋。

 広さではなく、雰囲気はどこかの怪しげな施設を彷彿とさせる。

 広いわりに大小さまざまな機械があちらこちらに点在し、部屋の一番奥には天井を突き抜けそうなほどの巨大な容器が鎮座している。

 その容器の大きさは、縦五メートル、横三メートルもあり、円柱状の形をした仄かに見覚えのある巨体。

 部屋中にある総ての器機から伸びているやや太めの管が、その巨大な物体の足元と連結している。

「此処はいったい、何の施設だったの?」

 少女の一人は歩き回り、部屋の中を満遍なく見渡してから、もう一人に訊ね掛ける。

「さぁ?詳しくは知らないけど、何かの実験(・・)施設であったことは確かみたい」

「実験、施設…………」

 少女は復唱し、深く思考する。

 それは単に、この場所に心当たりにも似た違和感を感じていたからだった。

 だが、それと同時に胸の奥が『何か』に蝕まれる(・・・・)ような感覚を覚えた。

「ん。とりあえず、(じかん)は潰せたみたいだから、さっさと出よう?」

 それを察したもう一人の少女が、それっぽい理由を吐いて、少女の手を引いて部屋を出た。

 少女の用事は、ほどなくして行われた。

 それは、《計画》の終局を匂わせる怪しげな会合(・・)であった。


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