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夜天幻時録  作者: 影光
第1章 春桜開花編
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第6話 夜天騎士団

 仄かに薄暗く、何処までも続く長い廊下を蝋燭の焔が怪しげに灯す。

 その廊下を、濃紫色の甲冑がカツ…カツ……と歩ていく。

 濃紫色の甲冑は、一つの部屋に入ると、一つだけ空席であった席に座った。

 最後の一人が座った瞬間、円卓の中央に並べられた十三本のランプに蒼い蛍火が灯る。

 その火の中から、男性の声が響く。

「こんにちは、諸君」

 その声音は七十か八十くらいの男性のものだ。

「皆、この日の為に集まってくれて、感謝する」

 声は聞こえるが、男性の姿は無い。

「そんな常套句はいらん、さっさと用件を言え」

 イラついたような口調で、九番目の席に座る少年 亜蒼(アソウ)晴(シン)が声を上げる。

「まあまあシンくん。落ち着いて………」

「そうだぞ。こんな暗いところに居て興奮してんのは分かるけど、今は自粛だ」

 二番目の席に座る女性 ニコ・スレイプニルが晴を宥めるが、五番目の席に座る少年 ヤマト・ヴィクタールが晴を逆に煽る。

「んな訳ねぇだろ!テメェと一緒にすんな。ヤマト」

「ははっ、謙遜すんな。人として生きてきた以上、これが性ってやつさ」

「何だ?喧嘩を売ってんなら、素直にそう言えよ」

「へっ、漸く理解したか。これだからチート野郎の相手は疲れるゼ」

 ヤマトの発言に完全にキレた晴は、立ち上がり拳を握って臨戦体勢に入る。

 その行動に、ヤマトも立ち上がり、椅子に掛けていた剣に手を添えた。

「いい加減しろ、二人とも」

 七番目の席に座る青年 クロノ・アシュナーが、二人を一喝する。

「スマン」

「ふんっ」

 すると、二人はやや不機嫌そうな面持ちで、荒っぽく席に座った。

「こ、こほん!話、続けていいかな?」

 統率のとれていない集団《夜天騎士団》。この騎士団では、こんなことが日常茶飯事で、特にこの二人の喧嘩は留まる所を知らない。

「スミマセン、我等が《皇》よ」

 十三番目の席に座る少年 トーマス・レイアームズが男性に話の続きを促す。

「助かる」

 男性は、トーマスに礼を言い、話し始めた。

「今日集まってもらったのは他でもない。我々の存在を世に知らしめる為、君たちには色々と動いてもらう為だ」

「漸くか………」

「ヨッシャっ!待ってました」

 晴とヤマトは同じように歓喜の声を上げる。

 こういったところは、二人とも瓜二つだ。

「それで、いったい俺たちは何を…………?」

 九番目の席に座る男性 リシュト・クロイスが訊ねる。

 すると、十三人全員の目の前に、一通ずつ封書が出現した。

「君たちには、その封書に記載された内容をこなしてもらう」

 男性の言葉に、騎士達は各々封書を読み始めた。

「期間はこの年の冬まで、終わり次第、また好きに過ごして構わない。では──」

 騎士達は封書を閉じ、立ち上がった。

「諸君らの健闘を祈る」

 そして、同時に封書を、目の前の焔にかざし、封書を燃やした。

 それが、騎士達の賛同の証。

 今、この時を以て、《夜天騎士団》は、全世界に向けて宣戦布告をしたのだった。



 《夜天騎士団》第一席 ヴィゼルド・アレスターは、自民防衛諜報局(通称:自衛局)に派遣員として勤務している。

 ヴィゼルドは、その自衛局の統括塔の最上階を歩いていた。

「おや、ヴィゼルドさん。統括塔(ココ)に何かご用事ですか?」

「はは、ええ。少し、双葉総帥に用事がありまして」

「そうでしたか。総帥でしたら、おそらく執務室で作業されてると思いますよ?」

「そうですか。ありがとうございます」

 通りかかった局員と別れ、ヴィゼルドは廊下を歩き始めた。

 ヴィゼルドは、執務室に到着し、その部屋の扉を二度ノックした。

「? ………はい、どうぞ」

「失礼します」

 中に入ると、部屋の奥の机に突っ伏して、一人黙々と作業していた。

 その人物はこの自衛局の統括長兼、そこに所属する隊員達の総帥を務める双葉聡一郎、その本人だ。

「あれ、ヴィゼルドさん?どうかされましたか?」

「いえ。二つ程、ご報告がありまして…………」

「えと………、それは大変嬉しいのですが……、わざわざ私に、ですか?」

「はい」

「…………。な、何でしょう?」

「はい。私(ワタクシ)、ヴィゼルド・アレスター。明日より、一週間程北に向かおうと思っております」

「…………? えと………、それは、《局(コチラ)》から数名程の人員を貸せ。と申し出ておられるのでしょうか?」

「あ、いえ、そういう訳では」

「??」

 聡一郎は、ヴィゼルドの言いたいことが理解出来ず、深く首を傾げる。

「単なるご報告です」

「……………えと。それは、別に報告されなくても構わなかったのですが………」

「いえ、そういう訳にはまいりません。それに、もう一つ、お伝えしたいことがございますので…………」

「えと…………はい」

「実は、先日より『嫌な風』を感じるのです」

「……………」

 漸く理解したのか、聡一郎は深く考え込んだ。

「ですので、十分にお気を付け下さい」

「はい、分かりました。ご報告、ありがとうございます」

「それでは、私はこれで失礼致します」

「はい」

 ヴィゼルドは一礼し、執務室を後にした。

 その帰路の途中、ヴィゼルドは深く考え込んでいた。

(これが、《皇》の意向…………。我々の望みとはいえ、これは、流石に気が退けるな)

 そして、ヴィゼルドが自衛局を離れて二日が経った頃、予告通り自衛局にて事件が発生した。

 場所は監獄塔。ヴィゼルドの警告があってか、自衛局はこの事態に速やかに対応した。

「ど、どういう………ことだ…………」

 しかし、その対応も虚しく、多くの隊員達がその『敵』に対して手も足も出ずに次々と殺られていった。

「ご報告します!三階、四階の第八部隊が全滅しました!!」

「なんだとっ!」

(いつのまに下へ…………?)

 ここまでの戦況は、自衛局側の圧倒的な壊滅。

 その状況に、その場にいるどの隊員達を畏怖を感じ初めていた。

「敵は何人だ!」

 第一部隊隊長 ルグルト・ハワーが、自身の隊員に向かって叫ぶ。

「はい!今だ一人です!」

「っ!!いったい、どうなっているっ!」

 この事件に導入された部隊は、第一と、第六~第八、そして、第十三と第十五部隊。その総数は、しめて百四十人余り。

 それに対して、『敵』はたった一人。

「まさか、これ程の実力者がいたとは、いったい何者が…………」

 相手は全身を焦茶色の甲冑に覆われており、顔を全く確認出来ない。

「ご報告します!敵は、七階を突破。八階を目指して進行中ですっ!!」

「ナニっ!?」

「ご報告します!」

「今度は何だ!!?」

「敵は、囚人達を解放!」

「何っ!!?」

「囚人達は塔外を出たもようです!」

「くっ!」

 ルグルトは舌打ちをし、現状を整理する。

 そして、隊員達に指示を出した。

「総員。囚人達の捕獲にあたれ!途中、瀕死の者は、看護塔に搬送。いいな!?」

「は、はい!!」

 指示を受け、隊員達は通って来た裏口を使い、囚人達の確保に向かった。

「隊長はどうなさるおつもりで?」

 残っていた隊員がルグルトに訊ねる。

「私は今から上階に上がり、敵と交戦する」

「なっ!お一人では無理です!無謀すぎます!!」

「構わん。誰かが足止めせねば、この《局(セカイ)》は終わる」

「……………。で、では。私もご一緒いたします!」

「いや、君は皆の元に向かい、現状の収束にあたってくれ!」

「ですがっ!」

「グドイ!君は、そんなに私が信用出来んかね?」

「い、いえ。決して、そういう訳では……………」

「では、急ぎたまえ。事態がこれ以上悪化しては、自衛局(ワレワレ)の存亡に関わる」

「………。わ、分かりました。ですが隊長、ぐれぐれも無茶だけはしないようにお願いいたします」

「ああ、分かっている」

 最後の隊員が裏口へ走って行くのを確認したルグルトは、一呼吸置いて、敵の来訪を待った。

 カツン………。カツン………。カツン………。

(コイツが、敵………?)

 ゆっくりと近付く焦茶色の甲冑に、ルグルトは腰に携えた警剣を抜いた。

 焦茶色の甲冑は一瞬立ち止まると、間合いを詰めんと一気に突進してきた。

「ぐっ!」

 ルグルトは、相手の剣を受け止めるが、相手の力量はルグルトの予想するソレを凌駕していた。

 ルグルトの警剣は安易に弾かれ、敵の右足がルグルトの腹部にめり込む。

「グハッ!」

 その衝撃で、ルグルトの身体は大きく後方へ蹴り飛ばされる。

 壁が大きく凹み、ルグルトはその場に倒れた。

「つ、強い……………」

 ルグルトは力なく呟き、眼前の敵を見つめる。

 その時、ルグルトは、ふと思った。

(あの『槍』…………、どこかで、見覚えが…………)

 それは、焦茶色の甲冑が持っている紫紺色(バイオレット)の長槍。

 その長槍は、ルグルトの持つ警剣に類似する武器の一つだ。

 しかし、その思考はすぐさま中断される。

 ルグルトはよろめきながら立ち上がると、焦茶色の甲冑はゆっくりと近付いて来た。

「くっ!」

 ルグルトは唇を噛み締め、改めて警剣を構える。

 力量差を実感してはいても、やはりルグルトは《局》の人間だ。

 その事に、ルグルト自身は強い意思のようなものを持っている。

 故に───、

(いったい、何だってんだよっ!!)

 ルグルトが敵に踏み込もうとした刹那、

「な、何っ!?」

 焦茶色の甲冑は、ルグルトの懐にまで、その長槍を伸ばしていた。

「グハッ!カッ!!」

 再び、ルグルトの身体は大きく後方へと弾き飛ばされる。

 しかし、ルグルトはその事を認めず、何度も立ち上がり、焦茶色の甲冑に向かって猛攻を繰り返した。

 無駄のような時間が幾分か続き、その間に圧倒的な反撃を受ける。

「グアッ、クッ!…………ハァハァハァ、ハァハァ」

 ルグルトは脱力したように肩で息をするが、その瞳は未だ闘志を失ってなどいなかった。

 その闘志を感じてか、焦茶色の甲冑は長槍を大きく振りかざし、ルグルトに向かって突撃してきた。

「くっ!」

 その攻撃に対抗しようと、ルグルトが腰を上げるが、いっこうに上がらず、その行動よりも速く、焦茶色の甲冑の長槍がルグルトに迫る。

「っ!!」

 敵の長槍が、ルグルトに触れる直前────、

 ───ガキンッ!!

 と。その寸前で、長槍が止まった。

 いや、その長槍は、強く弾かれたのだ。

「…………。え?」

 ルグルトは、片目を開いて、その現状を確認する。

 そして、その現状に目を見開き唖然とした。

「大丈夫ですか、ハワーさん」

 ルグルトの目の前に立つ人物が、ルグルトを心配そうに声を掛ける。

「そ、総帥…………?」

 その人物は、自衛局の統括者 双葉聡一郎であった。

「どうして、此処に?」

「先程まで、現場の指揮をしていたのですが、先程、貴方の部下が、貴方が一人で敵の相手をしている伺いましたので、現場の指揮はアルスに頼んでコチラに急行した次第です」

「い、いえ、私が言いたいのはそうではなく───」

「ハワーさん。動けますか?」

「え?あ、はい。何とか」

 そう言って、ルグルトはゆっくりと立ち上がって見せる。

「では。急ぎ現場へ向かって下さい。コチラは私が引き継ぎます」

「で、ですが…………」

「ご自身の部下と同じこと言わないで下さい!」

「っ!! わ、分かりました。コチラはお任せします!」

 聡一郎の言いたいことを理解したルグルトは、踵を返して裏口へ向かって走り去っていった。

 ルグルトを見送った聡一郎は、改めて目の前の敵を見据える。

(あの武器……警槍か?)

 聡一郎は剣を構え、焦茶色の甲冑の持つ武器に目をやった。

(たが、警槍にしては、色見も形状も違う)

「君は、いったい何者なんだ!?」

 聡一郎は剣を振り上げ、地を蹴って、焦茶色の甲冑に攻撃を仕掛けた。

(くっ!やはり、ハワーさんを押し退ける程の実力者なだけはあるな…………強い)

 猛攻を繰り出す聡一郎の攻撃を、焦茶色の甲冑は意図も容易く受け流し、数度に渡る小さな反撃を与える。

 その攻撃の仕方は、まるで狩りを楽しむ野獣のようだ。

(しかし、この槍術………。やはり、見覚えがある)

 焦茶色の甲冑の正体に気付いた聡一郎は、率直にその答えを訊ねた。

「お前。もしかして、イクスか?」

 その問いに、焦茶色の甲冑は答えなかったが、その行動が微かにおかしかったのを、聡一郎は見逃さなかった。

「何とか言ってみたらどうなんだ。イクス!!」

 聡一郎は、その『イクス』なる焦茶色の甲冑に斬り掛かった。

 焦茶色の甲冑は、涼しげな空気で聡一郎の猛攻を全て警槍で受ける。

「……………ッ」

 その対応が気に喰わないのか、聡一郎は攻撃の手をいっそう強めた。

 理性を欠いたことで、聡一郎の攻撃は大振りになった。それによって出来た小さな空白を突かれ、聡一郎の身体は後方へ大きく弾き飛ばされた。

「グハッッ!!」

 聡一郎は身体に大きな激痛を感じ、吐いた唾には微かに血が混じっていた。

「もう少し、こういう場合のシチュを読んでくれねぇかな?聡一郎」

「ッ!」

 焦茶色の甲冑が発した突然の台詞に、聡一郎は目を丸くして驚いた。

 その言動から、聡一郎はその人物が自身の予測していた人物と一致していると確信した。

 しかし、その聡一郎にはその人物に対してとある疑問があった。

「イクス…………。お前、八年前に《北》で亡くなったはずじゃ…………」

「それは、《皇》が行った偽造の報告だ」

「なっ!」

 聡一郎は驚いた。

「さて、計画に多少の支障がでたが、アイツの性格を考慮すれば妥協の許される結果か…………」

 一人で納得している、焦茶色の甲冑に身を包んだイクス。

 それに対して反論したいが、聡一郎は身体を思うように動かせないでいた。

「…………」

 一方、イクスは天井を見つめ、考えるような素振りをしていた。

「……………。そろそろ頃合いか……………」

 イクスがそう発言すると、微かにしていた地響きが止んだ。

 それは、地上での騒動が収まった証拠だ。

「それじゃあな、聡一郎。また会えると良いな」

 イクスは、心にも無いことを口にする。

「ま、待て!イクス、今のお前はいったい…………」

 聡一郎は痛みを振り払い、イクスに訊ねた。

「そうだな。最後の別れをしてなかったもんな、俺たち」

 イクスは足を止め、聡一郎に向き直った。

「今の俺は、《夜天騎士団》に席を置いている」

「ヤテン……、キシダン………………?」

 どこか聞き覚えのある名前に、聡一郎は疑問を抱いた。

「じゃあな、聡一郎。良い隊員を持ってるな」

「は?」

 そう言い残し、イクスは虚空へと姿を消した。

 それを計算していたかのように、先程地上へ送り出したルグルト・ハワーが姿を見せた。

「大丈夫ですか!総帥」

「だ、大丈夫です。それより、現場の方はどうなりましたか?」

 微かに聞こえていた地響きが止んだということは、騒動が収まった証拠ではあるが、聡一郎はその結果が気にかかっていた。

「す、スミマセン。数人程島外に逃げ込まれ、数人程殺害してしまいました」

「そうですか……………。自衛局(コチラ)の被害は?」

「約二割程になります」

「………………」

「総帥…………?」

「ハワーさん。本部に向かい、動ける者に招集を掛けてもらえますか?」

「招集…………ですか?」

「ええ………」

「わ、分かりました」

 ルグルトは慌てた様子で、地上へと向かった。

 聡一郎は、その背中を見つめながら、その場からゆっくりと立ち上がり、その後を追った。

 三時間後、聡一郎の指示によって、局員の大半が運動場に集められた。

 そして、その局員達は、聡一郎の言葉に耳を疑い、自衛局全体に破門の声が上がった。

「本日。只今の時刻を持って、自民防衛管理局は解体する!よって、皆は、週末までに荷を纏め、各々帰郷するように!!」

 ソレが、聡一郎が決断した自衛局(セカイ)の反抗(コタエ)だった。



 暗がりの中に潜む、一つの影。

 その影である少年は、女性からの報告を受けていた。

「ああ、分かった。では、引き続き任務を続行してくれ、《占騎士》」

「はい、かしこまりました」

「……………………。ふぅ~」

 女性の気配が消えたことを確認した少年は、深いため息を吐いてどっしりと椅子に腰掛けた。

「………………」

 そして、何かを思い出しかのように立ち上がり、その場を離れ、巨大な円柱状の水槽の前に立った。

「これで、良かったんだよな……………ユウヤ」

 少年は、水槽の中にいる人物に言葉を投げ掛ける。

 その人物は、少年と瓜二つの姿をした少年。

「…………………」

 水槽の中の少年は、決して身体を動かすことの無い屍のような状態。

 それは、少年が一番理解している。

「お前が集めた、四つの欠片《超神基(グラマ・シャトー)》。お前が造り出した『第五世代』。お前が助けた、『彼ら』。その大半が我が下に集まった。後は、その烽煙と演目を上げるだけだ」

 少年は、高らかな笑いを上げた。

 まるで、自分が主役であるかのように。

 まるで、自分の存在に気付いていないかのように……………。


 虚歴千七百八十四年、四月十七日。

 世界の地軸が一変して変動した日となった。


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