第5話 六導十八門
週明けになって、既に四日が経っていた。
日課としていた修練に、《烙封印》の鍛練を組み込んで、同じく四日が経つ。
しかし、その成果が実になる事はなく、ワタシは少し落ち込んでいた。
未だ、ワタシの脳内には『あの時』の記憶があり、胸中にはその時の恐怖が大きく渦巻いている。
正直、ワタシはこの《烙封印》に畏怖を抱いている。
それに、今のこの場所は『あの時』とは全く違う。
一部例外が混在しているが、この国の住人は殆どが一般人だ。
だが、その事は、今も昔も変わらない。
そして、『あの時』が不可抗力のようなものであったとしてとも、ワタシ自身が『人殺し』であることに変わりない。
「柚希…………?」
横から声を掛けられ、そちらを向いた。
そこには、同じ制服を着た咲良さんがいた。
咲良さんは、心配そうにコチラを見つめている。
「えと………何ですか?」
「ううん。何だか、深く考え込んでたみたいだったから。何を考えてたのかな?って」
「特には何も…………」
「そぉ?」
ふと、ワタシは頭上を見上げた。
そこには、空を覆う程に咲き誇った、満開の桜の花びらが舞っていた。
此処は、この國に幾つか存在する桜並樹の内の一つ《三倉並木》。
その並木道を通りながら、先週の休日の出来事を思い返した。
予定通り、《神桜樹》は咲いた。
しかし、それによって桜色の獣が出現し、その討伐後、咲良さんに出会った。
それが、必然なのか、偶然なのかは分からない。
だが、風音さんの反応から察するに、風音さんはこの事態を予想していたと思われる。
風音さんの予想通りに事が進んでいるのは癪だが、こればかりは仕方ない。
しかし……………、ワタシには、その《神桜樹》について幾つかの疑問があった。
それは、通常の開花とは明らかに違う方法での開花。
以前に関わった人達が、どのような手法を試みたのか分からないけど、おそらく、一般的に考えられる手法は全て試されているのだろう。
そして、それらの手法は全て惨敗している。
次に、何を思ったのか、予想打にできない風音さんの言動。
風音さんは、既に《神桜樹》とワタシの関係を関係を知っていた上で、ワタシを《秦》に呼んだ。
しかし、その点に関しても一つ疑問があった。
風音さんは、いったい何処からその情報を掴んだのか。何時、その関係性に気付いたのか。
だが、風音さんは政府の最高責任者 双葉聡一郎の一人娘だ。
そのような情報であれば、幾らでも仕入れることは可能だ。
それを踏まえると、今回の出来事は納得できるし、理解もできる。
「ねぇ?」
最後に、街中の桜についてだ。
あの時咲いたのは、桜公園の《神桜樹》だけだったはず。
しかし、その後から街中の桜は同じように咲いていた。
それが偶然で無い事は、ココまでの展開で予想できる。
だが、もしそれが必然であるならば、桜の開花がこの國だけで収まるはずがない。
それに、もし《神桜樹》を咲かせる事で、他の國の桜まで咲くのだとしたら、その《神桜樹》が数多の伝承に必ずと言っていいほど出てくる《世界樹》に類似されることとなる。
「ねぇ…………ば!」
……………………。
《神桜樹》と《烙封印》…………、《対魔術兵器遺失物》と《超古代遺失物》…………。そして、《秦》…………………。
それらの関係性は未だ不明確だが、恐ろしく嫌な関連性があるような気がする。
「みぉよ~~ん!」
「イッ!」
突如、旋毛に痛みが走った。
涙腺を出かけた滴を寸前で止め、隣の咲良さんに目をやった。
「戻った?」
「え、ええ」
恒例になりつつある展開に、飽きれを覚え抱きながら、クニャクニャに曲がったアホ毛を弄る。
「ところで…………」
長く続いていた桜並樹。その終点が見えだした辺りで、咲良さんが訊ねてきた。
「何処に行くの?」
「ふぇ?」
唐突な質問で、一瞬思考が麻痺してしまった。
思考が戻ったところで、改めて前方を見る。
終わった並木道。その先に映る景色は、昨日までとは全く違うものだった。
「此方は、学園に向かう道じゃないよね?」
「そうですね」
ワタシは、立ち止まることなく、その先を進む。
「少し、気になることがありまして」
「気になること?」
「ええ」
「学園の書廊で探していたのと同じ事?」
「はい」
その行き先は、当然………………。
「此処は?」
目的地に到着し、咲良さんは訊ねた。
ワタシは、後ろの咲良さんの質問に答えず、その建物の中に入った。
此処は、この國唯一の聖堂《亜原大聖堂》。
先日、風音さんに訊ねたところ、この國に関する大体の資料は、この聖堂に保管されていると言う。
「ひろ、い……………」
咲良さんは呟き、ワタシの後ろを追てくる。
聖堂と言うだけあってか、中の構造は教会に類似するところがある。
等間隔に設置された長椅子を何気なく数えながら、聖堂の奥に進んで行く。
「あら、お客さん?」
ふと、奥からシスター服に身を包んだ女性が、姿を見せた。
その風貌や態度から、その女性がこの聖堂の管理人と窺える。
「今日はどのようなご用件でしょうか?」
女性は持っていた花を奥の壇上に設置された花瓶に活ける。
「お祈りですか?それとも、懺悔ですか?」
「いえ、此処に保管してある書物を幾つか拝見したくて伺いました」
「書物………? それは、どのような内容の物でしょうか?」
「えと、この國に起きた最近の事件について、なのですが…………」
「??? 別に構いませんが、一つ、伺っても宜しいですか?」
女性は先程までにない、怪訝な表情を浮かべている。
「あ、はい?」
知られたくない事柄なのか、それほど危険のある内容なのか、それは現状では全く予想もつかない。
しかし、誰でも手の届く学園の図書館ではなく、限定された人物のみが手の届く聖堂に保管してあるということは、幾らか怪しげなニオイを漂わせているのだろう。
「どうして、そのような情報を欲するのですか?」
今だ、親切面を続ける女性。
そのような訊かれ方をされては、大抵の者が不信感を抱くであろうに…………。
「えと、つい先日咲いた桜について、幾つか不審な点を発見しまして、ある方にそれを訊ねたところ、聖堂を紹介されまして」
あえて、含みのある言い方をし、相手の出方を待つ。
この女性に対して特に嫌悪感のようなものは感じないが、念には念を入れる必要性があると感じたからだ。
「そうですか、分かりました。では、案内致します」
特に変わった様子を見せることなく、女性はワタシ達を奥の部屋に通した。
「ありがとうございます」
通された部屋は、少し古びた本棚が並び、その中に沢山の書物が収められている。
「コチラが、おっしゃられていた棚です。過去三十年程の書物が収められています」
「ありがとうございます」
「では、何かありましたらおっしゃって下さい」
「はい、分かりました」
女性は一礼し、部屋を出て行った。
ワタシは改めて案内された棚に視線をやる。
「……………」
「それで、どう探すの?」
隣で、咲良さんが訊ねる。
棚と言ってもそこまで高い訳ではない本棚。
しかし、その棚に収められた書物はどれも薄く、数も多い。
全てを見て廻ると、余計な時間が掛かりそうだ。
とりあえず、当初の予定通りの物を探す。
「えと、ひとまず、十年前の書物を………、特に大きな事件のようなものから詮索してみましょう」
「分かった」
咲良さんに指示を送り、黙々と作業に移った。
決定的な記事は見付からなかったものの、思っていたよりも大きな手懸かりとなりそうなものは、なんとか見付けることができた。
「『《天祭式》にて、謎の発行。その後、二人の少女の消失、二百人以上が大怪我、四十人程が死亡』」
作業を始めて三十分程。
見付かった記事はこれだけ。
しかし、その記事に書かれた『謎の発行』をいう文字が、ワタシの脳裏に強い不信感を抱かせている。
それが開花した際と同じものであるかは不明だが、現状、最も答えに辿り着いた情報と言えるだろう。
「これ以上は何も出そうにありませんね」
そう言い残し、ワタシは部屋を出た。
聖堂を出たところで、石畳の廊下を掃き掃除していた女性に出会した。
「あら、もうお帰りですか?」
「はい」
「そうですか。探し物は見付かりましたか?」
「はい、おかげさまで」
「それは良かったです」
女性はにこやかに微笑んだ。
「あの、宜しければ、また入らして下さい」
「へ?」
突然の言葉に、ワタシは首を傾げた。
「聖堂、あまり人が立ち寄らないでしょ?」
確かに、聖堂に立ち寄るような人は、その関係者を除いてそうそういないだろう。
「ですから、最近は暇でして」
しょんぼりしたような表情で、ワタシに訴えかける女性。
「そうなんですか」
正直、そうとしか言いようがない。
「では、また何かありましたら、コチラに寄らせて頂きます」
「はい、ありがとうございます。何時でも、お待ちしておりますね?」
正直、そんな予定は無い。
しかし、無駄話程度であれば良いだろう。何か、別の情報が聞けるかもしれないし。
「はい、今日は、本当にありがとうございました」
「はい。コチラこそ」
女性に一礼し、ワタシ達は帰路を歩き始めた。
「それで、次は何処へ行くの?」
明らかに、帰路では無いと判断したのだろう。咲良さんが訊ねてきた。
「桜公園です」
「? 《神桜樹》でも見に行くの?」
どう答えれば良いのだろう。
「えと、そんなところです」
「??」
咲良さんは眉をひそめ、怪訝な表情をする。
その表情に胸中を痛めながら、ワタシは今だ慣れない住宅街を通り、町外れの桜並樹を歩く。
「……………」
何処までも続く長い道。
初めて通った時は枯木状態だったその木々達も今では何事も無かったかのように咲いている。
両側で咲き誇る桜は、この間とは全く別物のようなものにさえ見える。
「見るのは二度目だけど、これは何回見ても飽きないよね?」
桜公園に到着し、咲良さんは歓喜を挙げて喋り出す。
ワタシは奥へ進みながら思った。
当然の如く咲いている《神桜樹》。
その《神桜樹》を包むように咲いている桜の樹。
初めて来た時は、粘土土のような状態だった地面は薄緑の雑草が生えている。
そして、そんな桜公園の中を自由奔放に走り回る桜髪の少女──百瀬咲良。
それらの関係も原因も分からないままではあるものの、今の咲良さんを見ていると考えるだけ無駄な現状がバカらしく思える。
「ッ!!」
そう思考を改めようとした瞬間。嫌な気配を察知した。
「コレって……………」
それは、開花時にも感じた気配。
だが、今回のコレは、その時とは違ったニオイ………というか、感覚を感じる。
「咲良さん!!」
ひとまず、咲良さんを呼び、状況を把握する。
咲良さんが、ワタシの言葉に気付き、振り向いた刹那───。
バキバキバキバキバキバキッ!!!!
凄まじい轟音と共に、桜の林の奥から気配の正体が姿を現した。
「くっ!」
ワタシは、舌打ちをして地面を蹴り、咲良さんの元へ向かった。
しかし、距離では、ワタシより相手の方が近い。
「仕方ないッ!!」
全神経を集中させ、《ark follche》の三つ目の『根』に回路を接続する。
“ulkce orum”!!
そう唱え、全身を覆う『鎖環』を外していく。
ワタシの身体は所以あって、九つの『鎖環』で覆われている。
それは、『過去』の忌まわしき呪い《烙封印》を押さえ付ける為でもある。
第九鎖環、第八鎖環…………解除。
二つの『鎖環』を同時に外したらことで、ワタシの血液が活性化し、身体が軽くなる。
その途端に歩幅が大きくなり、『敵』との距離が一気に縮まる。
「とうッ!」
ギリギリのところで咲良さんと『敵』の間に入り込んだワタシは、その勢いで『敵』の振り上げた腕を、左の拳で打ち落とした。
「柚希…………?」
その場にしゃがんでいた咲良さんが、ワタシの存在に気付き、恐る恐る立ち上がった。
ワタシは咲良さんを背にして眼前の『敵』を見据える。
『敵』の大きさは約四メートル。フサフサとした桜色の毛に、真紅の瞳。今にも襲い掛かってきそな程の荒い息遣い。
「クマ…………?」
この間と同じように、一見すると分かりづらい風貌をしたその『敵』は、明らかに書物などに出てくる一般的な『ソレ』に類似していた。
「………………」
えと………。
「ぐぉおぉぉぉぉ!!」
考える暇もなく、その『敵』はワタシ達に向かって、左腕を振り上げた。
「ッ!!」
ワタシは、咄嗟に防御姿勢を取り、その攻撃を受け止め、流れるような動作で『敵』を後方へと投げ飛ばす。
『敵』は、一瞬戸惑うような素振りを見せたと思ったら、咄嗟に立ち上がりコチラに向かって威嚇を始めた。
その勢いは、今にも襲い狂いそうな程だ。
ワタシは、相手が動くよりも速く、地を蹴って『敵』に突進する。
『敵』がワタシの存在に気付く前に、ワタシは『敵』の懐に飛び込む。
そのまま勢いを殺さず、『敵』の右肩に拳を当て肩を外す。
『敵』が、肩が外れたことに気付く前に、『敵』の背後の回り込み、『敵』の首筋に回し蹴りを与える。
「す、スゴい……………」
その光景を見ていた咲良さんが、少し離れた場所で呟いた。
「グッ!」
慣れない肉体還元に、身体が強く悲鳴を上げる。
おそらくは、《烙封印》が強く反応しているのだろう。
意識を強く保って、その痛みに耐える。
中途半端な肉体還元と、中途半端な武術。
その両方を同時に用いた事で、身体に多大な負荷が掛かる。
それは、少し前にも経験した苦痛。
だが、今は違う。
あの時は、周りには誰も居らず、好き勝手に立ち回れた。
しかし、今は咲良さんが居て、《神桜樹》が存在する。
あまり大きく立ち回れば、周りに大きな被害が及ぶ。
そこで、思い付いた武術《六導十八門》。
これは、《烙封印》を制御し、ソレに頼らない為に、独自に編み出した武術。
《局》に居た頃は、色々な先生や書物を見て覚えるモノであったが、ワタシの《六導十八門》は、そのどちらもし辛かった為、現地の現場で修練し、《六導十八門》を編み出したのだ。
《六導十八門》とは、六つの技法と十八の武器からなる単調な武術。
それ故に、その応用は幾らでも利くが、その法則性は容易く崩れやすい。
一挙取一統即である《六導十八門》は、他の武術に存在する『型』や『式』等にバラけが存在し、その統一性も至って疎らだ。
「今回は…………うまく、いった……………かな?」
そう呟き、両手を眺める。
今は何とも無いこの身体。
以前のワタシであれば、少なからず何かしらの暴走を引き起こしていた。
そう考えると、今回の事は単なる偶然か、改善の兆候か、あるいは、ありふれた必然か…………しかし、今のところ、何とも言えない。
この武術、幾つか改善が必要…………かな?
そう結論し、ワタシは咲良さんと共に帰路を進んだ。
不自然と起こる桜色の獣の出現。
此度で二度目になるが、その関連性も、その出現理由も、今だ不透明だ。
この《秦》でいったい何が起こっているのか、この《秦》でいったい何が始まろうとしているのか、嫌な予感が幾日か続くが、その答えは見出だせるのだろうか。




