第7話 忍び寄る影
この《秦》に来て、十日の月日が経っていた。
今日は久々に学園に向かい、初めて授業に参加した。
久々と言えるほど、その空白が長かった訳ではない。日数にすれば、ほんの四日程のものだ。
しかし、久々に『授業』というものに出たが、退屈で仕方がなかった。
神代学園のシステムは一般的なソレとは全く違うが、やはり、授業は授業だ。正直、時間の無駄な行為だとしか思えない。
「次は、何処に行くの?」
隣の席で暇そうに読書に明け暮れていた咲良さんが、不意に訊ねてきた。
「そうですね……………」
訊ねられ、眉をひそめて考える。
この学園の授業は、全て移動受講というシステムだ。
生徒達は、自身が受けたい科目を選び、その時限、その教室にて、その科目を受講する。
なので、この学園では、受講自体を受けるか否かでさえ、生徒自身の任意で決められる。
故に、遅刻や早退などといった言葉が存在しない。
ちなみに、今日のワタシは、現国、西洋史、化学の順に受講している。
「では……………」
特に受講したい訳でもないが、ワタシは咲良さんにその科目を伝え、その教室に向かった。
この学園では、授業の日程はその半月前に決められ、その情報は下足場に設置してある掲示板に貼り出される。
その掲示板に貼り出されたプリントには、その科目が行われる場所と時限、授業内容、担当講師が書かれている。
生徒達はその情報を元に、各々が学びたい場所に移動し、受講する。
「はい。では、今日の授業はココまで」
担当講師の言葉と共に、受講していた生徒達が一同に席を立ち、教室から出て行った。
ワタシと咲良さんは、その団体を避けるように、少しの間を空けて教室を出た。
先程の授業で、午前中の授業は全て終了した。なので、次は、昼食を摂る為、食堂へ移動となる。
が────、
「人。多いみたいだね?」
「はい…………」
カウンターに並ぶ人集りと、埋まりきった席を見て、ワタシと咲良さんは、踵を返して食堂を出た。
「お?いたいた。お~い、柚吉~~」
と。校舎に入って早々、女子生徒に呼び止められた。
「えと…………『ユズキチ』とは、ワタシの事でしょうか?」
その女子生徒の方を向き、気になった点を訊ねた。
「他に誰がいんだ?」
ですよねぇ~。
ワタシは改めて、その女子生徒の方を見た。
よく見れば、その女子生徒の後ろには二人の女子生徒が立っていた。
半、お伴といった感じに見えなくもないが、目の前の女子生徒との雰囲気の違いから、後ろの二人はただの付き添いと窺える。
「えと、それで、ワタシに何か用でしょうか?」
ワタシは、改めて女子生徒に用件を訊ねた。
「ああ。だが、此処では話辛い事だから場所は移させてもらうぞ」
「それは構いませんが…………」
ワタシと咲良さんは、三人の後を追った。
食堂。
「あれ?おっかしぃなぉ~?確か、コッチに向かって行ったような気がしたんだけど…………」
柚希とすれ違うような形で姿を現した最中は、一人店内を見渡しながら、そう呟いた。
「オバチャン。にぎり、適当に繰るんで?」
「おっ、コッチじゃ食べないのかい?」
最中は、行列の途切れを利用して、カウンターの女性に質素な注文をした。
「うん。ちょっとした野暮用、でね…………」
最中は視線を校舎の方へ游がせ、カウンターの女性から大きな紙包みを受け取り、食堂から出て行った。
理事長室前。
「此処だ。さあ、入ってくれ」
女子生徒に言われるがまま、ワタシと咲良さんは、その部屋の中に通された。
「し、失礼…………しま~す」
はち切れんばかりの緊張を胸に抱きつつ、やけに暗く適度に生暖かい部屋の中へ足を踏み入れた。
部屋の扉が閉められると同時に、部屋の灯りが点き始め適度な明かりが、部屋の中を照らす。
「柚吉とサクランボはソッチのソファに座ってくれ」
「あ、はい」
女子生徒の指示を受け、ワタシと咲良さんは、二脚あるソファの内の一つに腰を降ろした。
その反対側に設置されたソファに、女子生徒の内の一人が腰を降ろした。
「………」
残りの二人は、その女子生徒の背後に立ちつくしたままだ。
ワタシは、その光景に疑問を抱いたが、その疑問は即座に解決された。
「意外と、早かったな」
奥の扉から、肥えた男性の声が聞こえ、一人の老人が姿を現した。
その老人は、一層高級そうな椅子に腰を降ろし、コチラに視線を向けた。
「君が、神威……柚希くん………だね?」
「へ?あ、はい!」
突然振られ、咄嗟に反応してしまった。
「すまないね。急に呼び出したりして」
「い、いえ………」
『呼び出された』というよりは『連れて来られた』の方が近いんじゃ……………?
そんな疑問を抱きつつ、ワタシは老人の話に耳を傾けた。
「それで、急なんだが、コチラの依頼を受けてくれないだろうか?」
「へ?」
急な問いに、ワタシは自分の耳を疑い、目を丸くした。
「つい先日、この國の桜が一斉に咲いたと事は聞いているな?」
「あ、はい」
てか、その開花の要因はおそらくワタシ…………なんだよね。
「その開花の要因は今だ不明のようだが──」
当然だ。
今だ不明な事態をそう易々と好評はしない。
しかし、ワタシの中では、その要因に確かな確信がある。だが、その点に関しては、他人に理解させるのは難しい。
「四日程前、この國に大きな船団が入国した」
「え!?」
その言葉に、ワタシは悪寒を感じた。
「え、えと。それがどうかしましたか?」
少し深呼吸の間を置き、平想を装おって訊ねた。
「普通の入国であれば、コチラも歓迎はする。しかし、彼らの入国は、どうやら観光では無いようなんだ」
「………………」
それはつまり、その船団の人達の目的が観光以外ということだ。
観光以外となると、思い付くのは───
「『テロ』…………」
「ッ!!」
「?」
「そ、それはマズイ!早急に対策を立てねば」
「え?あ、いえ。予想の話でして、本当にそうなのかはまだ分かりませんよ!」
「そ、そうか………」
「あの、ちなみに人数などは伺っていますか?」
「え?あ、ああ。およそ五十人程だと、港の者は言っていたが」
「そうですか…………」
五十…………。
となると、テロの線は薄いかな。
テロを起こすにしては人数が少なすぎるし、少数精鋭という線では人数が多すぎる。
となると、もう一つの可能性───『商売』関係。
しかし、この老人がその線を疑わないということは、その船団は極秘裏な活動をしているのか。
だが、極秘裏であれば、そこまで堂々とした入国はしないはず…………。
「~~~」
混がらがってきた偶像に、ワタシの頭は警鐘を鳴らし始めていた。
「あ、あの」
「? なにかな?」
「此処で考えていても状況が全く整理出来ませんので、一度その場所に向かってもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないが…………二人で大丈夫かね?」
その質問、そのままお返ししますよ。
そんなこと言われたら、貴方はワタシを此処に呼んだのですか。ってなりますよ。
「その話、聞かせてもらったよっ!!」
突然開かれた扉と、飛んできた大声。
その不釣り合いな行動を起こした人物の姿を黙視で確認して、ワタシは頭を抱えた。
「だ、誰!?」
案の定、その『ノリ』に付き合う女子生徒。
ワタシは、嫌な予感が的中したことで、自身の聴覚を最大限まで閉じ、目を閉じて現実逃避する。
それから、約三十分くらい後の事だ───。
「それで、目的の場所は…………この先?」
涼しい風の吹き抜ける森の中で、一段暇そうに付いて来ている最中さんが訊ねてきた。
「えと……、そう……なります。………なりますよね?」
「いや、私に聞かれても…………聞いてるのは柚吉でしょ?」
「う。で、ですが、最中さんの方がこの國に関しては詳しいですよね?」
「いや、私でも港の場所までは知らないよ?」
「へ?」
ワタシは、目を点にしておにぎりを貪る最中を見やった。
そう。今のワタシ達は、先程神代学園理事長の話にあった《神代港》に向かっている途中なのだ。
「で。実際、コッチであってるの?」
最中さんの問いに、ワタシは冷や汗を流し言葉に詰まった。
「え………と。あってると……思い…たいのですが……………」
言葉にしながら、自分の方向音痴を嘆いた。
「ホント、風音の言ってた通りのキャップだよね?」
「え?」
ワタシは耳を疑った。両種の意味で…………。
風音さんが言ってた……………?キャップ…………?
ワタシの極度の方向音痴を知っているとは、いったい、どの程度までの情報が開示されているのだろうか?───いや、それよりも…………
「えと………、もしかして、『ギャップ』でしょうか?」
「ん?あぁ、かな?」
「そんな雑談は後にしてください。どうやら、着いたみたいですよ?」
先程まで無言でおにぎりを食べていた咲良さんの言葉で、ワタシと最中さんは視線をその先に向けた。
開放されたその場所の半分が、碧い世界で覆われた場所。ワタシ達は『神代港』に到着していた。
「此処が…………」
「へぇ~~。けっこう大きな場所だね」
上空を飛び回る白い鳥と、その遥か高くにある蒼い空。耳を澄ませば聞こえる、白い鳥の鳴き声と清らかな潮の音。時折、鼻を突き刺すように伝わる潮の匂いに、微かに薫る鉄と油の臭い。
「あれが、貿易船………」
港の端に停められた大きな黒い船。
「あの、すみません」
ワタシは意を決して、その船の前で他の人達に指示を出している人物に声を掛けた。
「はい?」
その人物は、キョトンとした面持ちで振り返り、ワタシ達を見回した。
「何か、御用ですか?」
その人物の人相は、目尻の吊り上がった化け狐のような顔に、この場には不釣り合いなスーツ姿。その見た目は、まるで貿易商人を思わせる。
「コチラには、何をしに?」
ワタシの問いに、狐目の男性は不適な笑みを見せた。
そして、淡々と答えた。
「勿論。『商売』ですよ」
その男性が嘘を吐いているは分からないが、その言動から何か嫌な予感を感じたのは確かであった。
「《秦》には何時まで?」
「それを、貴女が知ることだと?」
「いえ、この國のお偉いさんに頼まれまして…………」
「そうですか。…………そうですね。まぁ、もう後二・三日程でしょうか」
「そうですか、分かりました。その方にはそのようにお伝えして安心させて頂きます」
「助かります」
ワタシは、咲良さんと最中さんを連れ、その場を離れた。
「あれが……………」
狐目の男は、柚希達の去っていった方を眺め、そう呟いた。
「ルヴァーチェさん。搬入、終わりました」
「御苦労様です」
「どうしますか?今すぐにでも出航しますか?」
「はい、お願いします。それと、例の《玩具》をコチラに降ろして下さい」
「それは構いませんが、いったい何をなさるので?」
「貴殿方には関係の無いことです。それよりも、荷の運搬に抜かりの無いように」
「はっ!心得ております」
男は甲板に戻り、船を出航させた。
「さて。では、《計画》の余興と致しますか」
そう呟き、狐目の男は森の中へと消えていった。
一時学園に戻ったワタシ達は、理事長に先程した話を簡潔に伝えた。
「そうか。すまないな、こんな事を頼んで」
「いえ、そ───」
「ホントだよ。何も無かったから良かったけど、もし、一悶着でもあったら───」
「も、最中さん!」
「それは、申し訳ないことをした」
「柚吉が港の一つや二つ吹き飛ばしてたよ」
「なっ!」
「も、最中さんッ!」
デタラメにしては、突拍子も無い嘘を吐いて場を凍り着かせた最中さん。
案の定、驚きの眼差しはワタシに向けられ、ワタシは必死に身振り手振りで否定することしか出来なかった。
こうした出来事の後は、定番と言っていいほど何かしらの事件が起こるものだ………………。
その翌日の事だ───。案の定、事件は起きた。
「グアッ!!」
「最中さんッ!!」
敵の回し蹴りを腹部に受け、最中さんは後方へと飛ばされた。
とある森の中。敵の数は、およそ四。
豪胆な者や長身な者、小柄な者に頭脳派系な者と、その体格や所持している武器も様々な面子が、ワタシ達の目の前に立ちはだかっていた。
「だ、大丈夫大丈夫」
最中さんは心配なさそうに答えるが、その顔色から察するに正直、この戦況に辛いものを感じる。
「それで?次はどうするの陰謀」
………………………ああ、
「もしかして、参謀……ですか?」
「んあ?ああ、そうだったかな?どうやら、二つ足んなかったようだ」
こんな時にまで、こんなやり取りが出来るとは…………少しは大丈夫そうだ。
「では、少し無茶をしましょう」
「合点了解ッ!」
最中さんが、立ち上がり臨戦体制に入ったことを確認すると、ワタシ達はその『無茶』を実行した。
「ハァハァ………ハァハァハァ…………」
しばし森の中を走ったワタシは、手頃な樹の陰に隠れ息を整える。
右目に意識を集中させ、状況を見極める。
右目に映し出された微かな反応から、どうやら、敵の誘導には成功したようだ。
「この辺りで、良いのかな?」
敵の姿を肉眼で確認し、改めて《ark follche》の『根』に回路を接続する。
“ulkce orum”…………!!
第九、第八、第七、第六鎖環、解除……………。
「───ッ!!」
六番目の鎖環を外した途端、ワタシの身体に違和感のある痛みが走った。
この反応はおそらく烙封印であろうが、ワタシはその痛みを堪え、《ark follche》の『根』に残り二つの回路も接続する。
“minis vrun”……………。“dmita glud”………………。
「……………」
『無茶』を承知で行う人体操作。
その結果、自身の身体に異変が生じた。
唯一見える右目に雑影が走り、血管内の血が沸騰したように熱くなっている。
「ははっ………、少し……無茶、し過ぎ………た…かな?」
視界は不安定で、身体には疲労感で出始めている。
それでも、やらなければならない。
目的が何であれ、敵が『敵』として存在している以上、コチラもそれなりの対応を強いられる。
「…………。ッ!」
小さく深呼吸し、地を蹴って敵の元へと跳躍した。




