第4話 烙封印の精魂
帰宅したワタシは、まず、風音さんに桜公園であったことを話をした。
風音さんは親身になって聞いてくれ、時折、深く考え込むような仕草をする。
「そっか…………」
報告を終え、次に、咲良さんの寝床を決めた。
何の反論も出来ることなく、何故か、咲良さんの寝床はワタシの部屋となった。
ワタシは諦めて、夕食を終え、自室に戻り早急に眠りに就いた。
翌日。この日から再び、登校日が始まる。
日課の修練を終え、素早く朝食を済ませて、家を出た。
その行動の要因は、当然《神桜樹》についてだ。
謎の多い《神桜樹》。
しかし、その謎を紐解く手懸かりが、決して『無い』というわけではなくなった。
朝礼が始まるまでの僅かな時間を利用して資料室に向かい、朝礼が終わった後も、資料室に向かい、手当たり次第資料に目を通した。
昼を跨ぎ、夕暮れが近付いた頃、ワタシは漸く糸口になりそうな資料を見付けた。
「虚歴千七百七十四年、五月二十二日。《天祭式》にて、空爆被害…………」
それは、十年前に起きた事件。
先日、最中さんの言っていた「十年前から、この状態」という言葉の意味と一致する。
もし、この事件が《神桜樹》を枯らせた要因であるならば、その時の状況から、枯れた原因が解るはずだ。
「……………」
その後、その前後の年の資料にも目を通したが、その事件に関する記述はその年のもの一つだけだった。
「ん~~」
しかし、その記述には『謎』という一文字だけで、いったいどのような事が起きたのかは記されていなかった。
ワタシは、頭を悩ませた。
そして、資料を本棚に戻し、中央階段を下った。
「あ!」
「へ?」
その途中、上ってくる女子生徒に出会した。
ワタシはその女子生徒に、どこか見覚えがあった。というか、朝見た…………。
その女子生徒は階段を駆け上がって来た。
「あ、咲良さん…………」
ワタシの隣で反転した女子生徒は、今朝、居間で別れたはずの百瀬咲良、その本人であった。
何故、彼女が此処に居るのか。
「えと、その制服どうされたんですか?」
その疑問よりも先に、ワタシの口から出たのはそんな言葉だった。
「ん? 双葉さんから頂きました」
「…………………」
また、風音さんかぁ~~!
そんなことを胸中で叫び、絶句した。
そして、少し冷静を取り戻し、現状を整理する為、咲良さんに質問した。
「それで、何かこの学園に用ですか?」
「ううん。『用』は学園じゃなくて、柚希にあるの」
咲良さんは、一片の考える素振りを見せることなく速答した。
…………ワタシ? いったい何だろう…………。
「ワタシ、ですか?」
「うんっ」
思い当たる節は一つしかない。
当然、《神桜樹》についてだろう。
「何ですか?」
「んん………。どう言えばいいかな? 貴女は分かってると思うんだけど?」
「えと……………」
おそらく正解だ。
しかし、本当に『そう』かはまだ分からない。
なので、一応、助け船を出す。
「えと、桜を開花させた件、ですか?」
「うぅん。それもあるんだけど…………」
なんだか端切れの悪い問答が、幾分か続いた。
「貴女の身体の事。変な『気』を纏ってるみたいだったから」
「…………ッ!!!」
ワタシは全身を強張らせた。
まさか、『その事』について問われるとは、思ってもいなかった…………。
「………………」
ワタシの周囲を回り、訝しげにワタシの身体を見詰める。
「それっ!」
そして、ワタシの左手を掴むと、袖の鈕を難なく外され、袖を捲り上げられた。
「ちょッ!」
ワタシが制すよりも速く、ワタシの腕が空気に触れた。
「これか…………」
納得したように、ワタシの腕を見つめる咲良さん。
そこにあるのは、忌まわしき『烙印』─────《烙封印》。
何を思ってか、咲良さんは、ワタシの腕を擦る。
まるで、そこにあるのを確認するかのように…………。
「やっぱり……………」
…………やっぱり?
聞こえてきた呟きに、首を傾げる。
「コレ、どうしたの?」
唐突な疑問に、ワタシの顔は青ざめる。
「えと……………」
どう説明したものか。
正直、一番知られたくない『秘密』だ。
ワタシ自身、《烙封印》のことはいっさい分からないし、《烙封印》のおかげで嫌な思い出が沢山ある。
「何故、貴女が《烙封印》を継承されているのか分かりませんが───」
「えっ?《烙封印》の事、ご存知何ですか!?」
「え? えぇ…………」
ワタシの言動に、大きく後ずさる咲良さん。
「はわわわっ!す、スミマセン!!」
「あ、いえ。それより《烙封印》…………」
「あ、《烙封印》ですね?」
ワタシは、タイツを脱ぎ、制服をたくしあげて、お腹と脚を露出させた。
「これは…………」
咲良さんは、ワタシの肌を見て言葉を詰まらせた。いや、正確には、《烙封印》を見て絶句したのだ。
咲良さんは言葉を絞り出すように口を開いた。
「もしかして、貴女…………」
「はい…………、全身に刻まれています」
正直に言うと、咲良さんは顔を青ざめて、桜色の瞳を見開いた。
当然の反応だろう。
全身に痛々しく刻まれた烙印。
どんなに、そのようなものを見慣れた人物でも、やはり、実物を目の前にすると気味が悪いものだ。
「………………」
しかし、ふと思った。
咲良さんは何故、《烙封印》の存在に気付くことができたのだろうか。
自身の名前以外、何も覚えていなかった咲良さん。
彼女と《烙封印》にいったいどんな関係が……………。
いやしかし、一つだけおかしな点がある。
咲良さんと出会った場所は、東方。
ワタシが《烙封印》を刻まれていたのは、北欧。
距離にすれば、何万キロメートルも離れているし、そもそも、大陸自体が違う。
だが、以外な共通点が一つだけあった。
それは、ワタシが生まれた年と、《神桜樹》が枯れた年が同じだということだ。
「では、貴女はソレを使いこなしているのですか?」
「へ?」
咲良さんの唐突な質問に、ワタシの頭は真っ白になった。
……………使う?それって、いったいどうやって…………。そもそも、《烙封印》って使用することができるの………………?
「えと、いえ……………そもそも、《烙封印》が何なのかさえ、ワタシ自身理解していないのですが…………」
少し弱きな態度で返答する。
「えっ?そうだったの!?」
咲良さんは桜色の瞳を大きく見開き、驚いた。
ワタシはこのタイミングを、チャンスと捉えた。
「あの…………。咲良さんは、《烙封印》についてどの程度の知識をお持ちなのですか?」
ワタシの問いに、咲良さんは考えるような素振りを見せた。
「ん~~。ワタシもそこまで多くの事を覚えてる訳じゃないけど、《烙封印》がワタシの記憶しているモノと全くの同じモノであれば、その『顕現』の仕方くらいかな?」
「ケン、ゲン………………?」
知らない言葉に首を傾げる。
「まぁ、簡単に言ってしまえば、《烙封印》に封じられたモノを『解放する』っていう事なんだけど…………」
「解放、ですか……………」
今度は記憶にある言葉だ。
しかし、その言葉の意味の方は、全く理解できなかった。
『顕現』だの『解放』だの、わけの分からない言葉が並ぶ。それだけ、複雑な問題なのか。あるいは、咲良さん自体の記憶に、ちょっとした欠損箇所があるのか。
今の状況では、どちらとも言えない。
そういえば………………。
「あの…………」
「何?」
…………話しても良いよね?
胸中で小さく深呼吸をして話した。
「ワタシは………二年前に、とある研究所に居ました。もちろん、そこでは、研究員の一員ということではなく、其所で行われていた実験の実験体として」
「研究……………」
《烙封印》を見つめたまま、咲良さんはそう呟く。
「そこでの実験は幾年も続きました。ですが、ワタシ自身、物心ついた時からその研究所に居ましたので、何時からかは分かりませんが」
「それで、二年前にいったい何が?」
そこで初めて、咲良さんが質問してきた。
「風音さんたち《第零号自衛小隊》によってワタシ達被験者は救助されました」
「ワタシ、達……………?」
「えと、救助された時の事は何一つ覚えていません。ワタシは救助された日から、半年後に目を覚ましましたので」
「そっか……………」
咲良さんは悲しげな顔をしている。
納得してもらえないだろうと鷹を括って話したが、まさか、ここまで親身に受け取ってもらえるとは思ってもいなかったので、正直、逆に辛い。
「えっと……………。もしかして、その研究所内でも、救助された後でも、一度も《烙封印》を顕現していない…………ってことで良いんだよね?」
「あ、はい」
「そっか…………」
今度は、深く考え込む咲良さん。
「今は?」
「へ?」
「今は、何ともないの?」
「……………そう、ですね。今は、何ともないみたいです」
思わず、露出した左腕を見ながら、そう答えた。
「??」
「いえ、救助される直前までは、酷く暴走していたそうなので」
「暴走…………」
「あの……………それで、《烙封印》はいったい何なのでしょうか?」
この際なので、思い切って質問した。
「それ?うぅん。ワタシの記憶に正式な名称は残って無いけど、此方で言うところの《対魔術兵器遺失物》っていうやつかな?」
「アーティファクト………………」
確か、人工製造物の総称だったような。
「それに、《烙封印》自体が強力な代物だから、一人一つまでが限界だったはずなんだけど……………」
疑いの目をした桜色の瞳が、ワタシの左腕に向けられた。
「そうなんですか!?」
「うん。因みに、《烙封印》の適合者は他にもいるの?」
「えと…………」
そう言われて、思い出したくなかった『過去』を思い返してみる。
「いえ、おそらくいなかったと思います」
「そう」
咲良さんは、安堵したように胸を撫で下ろした。
「じゃあ、今《対魔術兵器遺失物》を継承しているのは、貴女だけってことで良いのよね?」
「…………はい、おそらく」
「………なんだか、少し腑に落ちない返答だけど…………ま、いっか」
正直、素直に返答できない。
それは、ワタシ自身が他の子達の安否を全く聞かされていないからだ。
あの時、唯一頼れた風音さんに何度かその話を持ち掛けたが、返答は常な「心配無い」の言葉だけだった。
なので、あの後、他の子達がどうしているのか、訊ねようにもその手段は皆無に等しい状況だ。
それは、今も『前』も、何一つ変わらない。
「それで、ワタシはどうしたら良いのでしょうか………?」
若干、路線が外れ初めているのが気になったが、気にしないことにした。
「そうね…………。まずは、《対魔術兵器遺失物》を難なく顕現出来るようにしないとね」
いきなり、『難なく』かぁ…………、何だか、先が思い殺られそうだ。
その日の夕方から、咲良さんによる《烙封印》顕現の為の修練が始まった。
始めは、やはり暴走。
しかし、予想打にしていなかったのか、咲良さんは酷く驚いた顔をしていた。
「やっぱり、全部を顕現しようとするんじゃなくて、最初は小さく顕現した方がいいのかな?」
そう簡単にはいかないことは、誰にだって分かることだったはずだ。
しかし、咲良さんはそのことに気付いていないらしく、『顕現』というものに思考を囚われていた。
その後も、幾度となく挑戦した。
なんとか、形状を調整することは出来たものの、その形状を維持することは出来ない。
再度、意識を整えて挑戦する。
体内に流れる『気』を左手に集め、『過去』の記憶の通りに習って、剣刃を生成する。
「……………っ。だ、ダメ……………」
しかし、幾度やっても、生成される剣刃は刃渡り四十センチ程の小さな短剣。
咲良さんの話では、継承者が思い描けば、その形状は剣にも弓にもなるらしい。
だが、何度やっても、出来上がるのは小さな武器のみ。
「ふはぁあぁぁ……………」
大きくため息を吐き、休憩わ兼ねて近くに設置された木製の長椅子に腰を下ろした。
そして、ふと空を見上げた。
空は満天の星空。
途方もなく遠くから放たれているはずの大小様々な小さな光。その一つ一つに小さな『世界』があり、その一つ一つに沢山の『存在』がある。
そんな、星々の伝承を思い出しながら、今の自分の状況を考える。
それは、当然の如く《烙封印》のことだ。
咲良さんは、《烙封印》を《対魔術兵器遺失物》と呼んだ。
だが、実質、その存在は伝承の中にのみ存在するもので、現実には存在していない。
それに、その伝承の中では、《対魔術兵器遺失物》は、武器を仕舞う『蔵』のようなもので、現在、ワタシが生成しようとしているもののようなモノは、《超古代遺失物》と呼ばれている。
もし、そのような代物を顕現させられるのだとすれば、《烙封印》は伝承に存在するモノと同一視できる。
そうであれば、《烙封印》の顕現は幾らか楽になるだろう。
しかし、それを踏まえても、不明瞭な点が幾つか存在する。
伝承に登場した武器や人物に関する伝書は数多く存在するが、その特性や人物像はどの伝書にも記されてなどいない。
どのみち、解決策も打開策も打ち出せないというのが現実だ。
「休憩?」
声が聞こえ、視線を横に移した。
そこには、小さな紙袋を抱えた咲良さんが居た。
「咲良さん………」
「どう、いけそう?」
「ダメです。なんと形状は造れるのですが、維持が出来ません」
「そっかぁ~、はい」
「え?あ、はい」
咲良さんは、紙袋から串焼きを二本取り出し、ワタシに差し出した。
てか、串焼きって…………。
ワタシ、鳥好きだと思われてるのかな?いや、今のワタシが臆病に見えてるのかな?
鳥肉だけに………………。
「………………(ズゥゥン)」
言ってて悲しくなってきた。
「どうしたの?」
「いえ、自分に失落していただけです」
「そぉお?」
思考が詠まれているのか、咲良さんは疑いの目を向けていた。
「そっかぁ~~、無理かぁ~~~」
咲良さんは夜空を見上げ、そう呟いた。
その時、ワタシの心の中に、申し訳なさが生まれた。
ムダな期待に違いない思いを、ワタシは素直に汲めなかった。いや、汲みたく無かったのだ。
『過去』のワタシを知れば、誰しもが《烙封印》の存在を怖れるだろう。
それに、ワタシ自身…………どこまで『制御』できるか分からない。今は、それが恐ろしいのだ。
「………………」
ワタシは、咲良さんに習い、夜空を見上げてそっと左手を天高く伸ばした。
届くはずもない星々が、ワタシの手中に収まる。
そして、思った。
もしかしたら、今までも、これからも、何一つ変わらない日常になるかもしれない。
今はまだ、暴走せずにいるが、それもどこまで保つか分からない。
「ふぅ~~」
ワタシと咲良さんは、帰路を歩いた。
真っ暗な夜道。その静けさも、その涼しさも、今のワタシには、不安しか感じなかった。
自室に戻ったワタシは、そのまま眠りに就いた。
明日から、また似たような日々が始まる。
そう思うと、何時までも悩んでなどいられなかった。
《烙奴隷》の氾濫─────。
それは、三年前に起きた至上最悪の事件。
それに参加した五千を超える大軍勢は、一夜にして壊滅した。
その後、幾日か続いた戦況。
負傷者三万を超えるまでに確認された《烙奴隷》の数はわずか、三人。
その三人はいずれも七・八歳程度の少女で、彼女達の身体には、小さな烙印が刻まれていた。
その烙印が、鷹のような形状をしていたことから、政府は彼女達の存在を《紅翼鷹》と呼んだ。
《紅翼鷹》の活動範囲は、とうとう政府内部にまで進行していた。
その時はまだ、偶然政府を訪れていた一人の男に助けられ、大きな被害は出ていなかった。
しかし、その最悪の事件からおよそ一年後、政府は《烙封印》を研究していた施設を発見、そして、即座にその施設を叩いた。
大きな致命傷を負っていた政府は、渋々、その作戦に《第零号自衛小隊》を起用した。
その結果、作戦は成功には至ったものの、《第零号自衛小隊》以外の隊員は、全員帰らぬ人となった。
それが、ワタシが救助された際の事件。
そして、ワタシが政府から疎まれている原因だった。




