第21話 錬金術士の思想
老人は、碧髪の少女を連れ、神代港を訪れていた。
「待たせたな……」
老人は、先に神代港に来ていた男性に話し掛けた。
「アンタが、《ルヴァーチェ商会》の代表か?」
「ええ。お初にお目にかかります。マルクト・ルヴァーチェと申します」
老人の問いに、男性は短く答えた。
《夜天騎士団》第六席、マルクト・ルヴァーチェ。
彼は世界を股に掛ける貿易商人だ。
その商売の一環で、マルクトは老人───グラノ・B・ヴァインと対面している。
「どういうつもりだ?」
「何がです?」
グラノは、威嚇するような勢いでマルクトに食って掛かるが、それはマルクトが一番理解していた。
「アンタから預かっている機巧人形の内、すでに半分を失ってしまったぞ!」
グラノは訴え掛ける。
柚希に差し向けた機巧人形達は、別にグラノの指示ばかりで動いていた訳ではない。
その大半が、マルクトの指示によるモノだった。
「それも、コチラとしては想定の範囲内ですよ」
「なっ!?」
グラノは、驚きの余り目を丸くした。
「それでは、今後の作戦ですが───」
「こんな状況では、そんな事は出来ないだろうっ!!」
マルクトのあっさりとした話の切り替えに、グラノは怒鳴るように話を戻す。
しかし、そんな怒鳴り声にマルクトは魚籠つくことはなく、グラノに答えた。
「大丈夫ですよ。すでに、彼女達にはそういうふうに指示を出しておりますので………」
「なっ!!」
マルクトがそう言って向けた視線の先には、その場で立ち尽くしている碧髪の少女──機巧人形が居た。
彼女は、マルクトから渡された人形の内の一基で、先日まで、柚希達やこの街を襲撃した機械の軍勢の一指揮官でもある機巧人形だ。
「それに、貴方の目的は『彼』の研究成果の奪取でしょ」
「…………」
「でしたら、このままコチラの指示には従って頂きますよ。ワタクシの《計画》と、貴方の『目的』は一致しているのですから…………」
「わ、分かった……。今は、貴様の指示に従おう」
「助かります………」
マルクトは一礼し、グラノはやや不機嫌そうに鼻を鳴らしてマルクトと別れた。
映し出された光景は、一面を覆う深紅の赤だった。
その赤は、血と炎と憎悪。三つの『災厄』が入り雑じった、無垢なる業炎。
その炎は、触れたモノ総てを喰らい、飽くことなくその深紅の手を延ばす。
どんなに栄えた街であろうと、どんなにその炎に対抗しうる権能を持ち合わせていようと、炎は総てを喰らい、全てを蹂躙しつくしていく。
最初は、小さな小競り合いであった。
しかし、今となっては大陸全土を、世界全体を巻き込むほどの『戦争』となっていた。
だが、そんな『戦争』も、この惨状の前では、単なる虐殺に等しいだろう。
幾度となく繰り返された悲劇は、その首謀者を厭きさせることはなく、今宵もまた、新たな火種が世界の何処かで点こうとしていた。
ワタシはまた、夢を見ていた。
「これが、〈最終戦争〉…………」
繰り返された悲劇と、飽くことのない絶望。
その果てにたどり着いた答えは、ワタシにこの先の未来を暗示させていた。
これが〈虚幻計画〉。その終焉と根源となる出来事〈最終戦争〉。その戦争の参加者が携える武器が〈神威兵器〉で、〈神桜樹〉はその戦争のきっかけとなる存在。
ワタシの中では、少なからずそう連想させていた。
まだ、確定では無いものの、それが真実であると断言もさせていた。
それが、ワタシを造り出した人物の目的。
それはおそらく、《夜天騎士団》の《皇》も、《七罪聖典》の『オジサン』も、同じ『想い』で、同じ『人物』なのだろう。
しかし、ワタシはそれを苦だと思わなかった。むしろ、それが『役目』なのだと、認識した。
ワタシは、そもそも『兵器』で、それを叶える為だけの『人形』に過ぎない。
ならば、その意向に従い、その役目に殉死するのが、ワタシの在るべきモノだろう。
ワタシは制服に袖を通し、咲良さんの待つ玄関へと向かった。
「遅いよ」
先に玄関で待っていた咲良さんに怒鳴られた。
「すみません」
謝りながら、ふと考える。
咲良さんと《神桜樹》の関係……。
ずっと、気になっていた。
何故、咲良さんは、ずっとワタシの側にいるのか。何故、あの桜色の化け物《魔桜獣》の存在を認知していたのか。
ワタシの中にあるその情報が、いったい何をどこまで教えてくれるのか、それも問題であった。
「ん?どうか、した?」
残るは、朱髪と緑髪の機巧人形。
「いえ、なんでも………」
その情報が報せる危険性も意味も、ワタシは十二分に察しているはずだった。
しかし、そんな声など届かぬかのように、ワタシは『情報の収集』という『責務』を殉死していた。
ワタシの中には『夢』や『理想』など、人が『人間』として持ち得るそれらは存在しない。
在るのは、『責務』を果たすための絶対殉死の『役割』と、『人形』としての唯一無二の『価値観』だけである。
ワタシは、その考えを替えるつもりなど無かった。
風音さんが、いくら曲げようと努力をしても、結果今のワタシは過去のワタシと何一つ変わらない人格を保っている。
それご何を意味するのか、それによって廻りにどういう影響を与えるのか十二分に理解している。
だからこそ思う。
変わることは単純だろう。
しかし、変わらないことで失うモノと、得られるモノがある。
今のワタシは、純粋にそれを求めている。
ならは、得る為の努力をしよう。ワタシは、改めてそう決断した。
学園への道のりは長かった。
《秦》へ来て、もう一月以上経っていた。
慣れてきだす学園生活は、ほとんど学園に通っていないため今だに緊張する。
なので、ワタシは相変わらず授業には出ず、校内を歩き回っていた。
生徒会室に寄ったが大した依頼は無いと言われ、中庭に出たがいつもの三人組の姿は無く、理事長室にわざわざ寄るような用事も無かった。
仕方なく、資料室へ向かった。
特に用事が無かったが、それ以外でも用事が無かったので、此処へ来て手当たり次第に歩き回って、目に付いた資料に目を通していった。
一度目の通したことのあるものはその場で再確認するように軽く見る程度で、初めて目を通す物には近くの椅子に座ってじっくりと目を通した。
そうして、三階ほどの書物を見回した時───、
「お、ホントに居た。お~~い」
人を呼ぶ声が、その階層中に響き渡った。
中央の吹き抜けと、その他の人混みが無いため、その声はよく響いていた。
ワタシは手に取っていた資料を元の場所に戻し、声のした方へと向かった。
「入衛さん……に、高塚さん………?」
本棚の波を出てすぐ、階層の入り口にその人物は居た。
その二人のすぐ後ろに咲良さんの姿が見えることから、二人は咲良さんの案内で此処へ来たのだろう。
「いや、未美で良いよ」
「そうですか?………分かりました」
いきなり訂正を受けたが、改めて入衛さん………もとい、未美さんに用件を訊ねた。
「特には無いかな?あれからどうしてるかと思って……」
「はあぁ…………」
「それに、トトロから聞いたよ?機巧人形を一機、ヤッつけたんでしょ?」
「え?ええ、まぁ…………」
それがどうなのかは分からないが、ワタシはとりあえず小さく頷いた。
「ちなみに、それって私といた時のヤツ?」
「いえ。蒼い髪と茶色の髪です」
「あれ?二機もヤッつけてたの?」
「あ、はい。先日ですが」
「そっか………。じゃあ、残るはもう二機?」
「おそらく、そうなります」
「…………」
未美さんは、考え込むように押し黙った。
ワタシはそんな彼女に以前からの疑問を投げ掛けた。
「その機巧人形についてなのてすが………」
「ん……?」
「機巧人形の製造者は、以前名前を挙げていた《白亜の殉教者》と謳われる人物なのでは無いのですか?」
「ん~、どうなんだろうね。人型の機械人形は以前から《聖皇教会》には存在していたらしいけど、その機械人形が自律型という点で見れば、機巧人形は世界初なんじゃない?」
「そうですか………」
ワタシが倒した機巧人形は、二機ともワタシの『中』に取り込まれた為、その機巧人形達が《白亜の殉教者》によって製造されたかは不明だ。
しかし、その機巧人形達は《聖皇教会》に所属しているであろう人物の指示で動いていることは明白である。
それが何を意味するかはまだ分からないが、少なからず、ワタシ達は複数の組織を相手にしなくてはいけなくなった。
だが、その相手に関しても今は多少の打開策が打てた。
「あの、訪ねて来たついでに一つ、良いですか?」
「何?」
首を傾げる三人の反応を他所に、ワタシはとある場所へと向かった。
古海町海岸線沿い。
ワタシは三人を連れ、その町を散策していた。
しかし、その町は今、爆炎と砂塵の渦に埋め尽くされていた。
「今度は、何が起きてるの………?」
呆れ気味に、未美さんが呟く。
「えと。おそらく、お祭り事でないかと………」
「いや、どう考えても奇襲でしょ!!?」
ワタシが面倒事を回避しようと試み適当な対応をすると、後ろで雅さんが吼えた。
「奇襲かぁ~~。じゃあ、助太刀に行く?」
「どちらに、ですか?」
どう考えても面倒な気がしていたので、ワタシは未美さんの言葉を濁すように話を繋げる。
「え?あぁ……、じゃあ、あの娘の方?」
そう言って未美さんが指を指したのは、最近よく見る機械の軍勢の中で一人格闘する最中さんの姿だった。
「では、行きますか?」
そう発言しておいて、ワタシはふと気付いた。
「そうだね。なんだか、見たことあるメイド服の奴いるし………」
そう、その機械の軍勢の中には、先日未美さんと対峙した赤髪の機巧人形の姿があった。
「なに、悠長な事を言ってるの!さっさと助けに行くよ!!」
特に何処に被害が出るという訳では無いが、最中さんも結羽灯さんも一応は知り合いだ。助ける義理はあるだろう。
そう思い至り、ワタシと未美さんは急いで剣を抜き、先攻する雅さんの後を追った。
ワタシは《全能虚樹》の『根』に回路を接続し、“対戦術覇戒兵装”を起動する。
一度に六つの拘束を外し、力を込めた一陣で多くの機械達を一掃した。
「相変わらず凄いね。じゃあ、私もッ!」
未美さんは、ワタシの攻撃を見て感化されたのか、その手に握る鉛筆のような形状をした槍剣に、もう片方の手に握られた小瓶の中身を掛ける。
小瓶の中身である紅い液体は、槍剣の刃を真紅に染め、禍々しい気配を放つ。
「『色彩術式』、“紅月禍斬”!!」
槍剣から放たれた真紅の刃は、多くの機械達を横殴りに斬り飛ばした。
大半の機械の軍勢を一掃したことで、最中さんとの距離が容易に詰められるようになった。
「大丈夫!?」
真っ先にその隣に到着した雅さんが、最中さんに声を掛けた。
「え?………あ、うん」
心此処に在らずといった感じの反応だったが、最中さんは遅れて到着したワタシの姿を視認し我に戻った。
「今回は、大丈夫そうですね……」
辺りの気配を感じ、ワタシはそう呟く。
「うん。とりあえずは大丈夫みたい」
最中さんは、ホッと胸を撫で下ろす。
「どうやら、随分と苦戦しているようだな………」
最中さんからの状況報告を受けていると、機械の軍勢の背後から声が聞こえた。
「この声って………」
「む。どのような者に苦戦してるかと思えば、《灰》と《煌魔》の二人とは………」
「《教授》………」
機械達が開けた道をゆっくりと進みながら、その老人は紡ぐ。
その老人の姿に、未美さんが呟く。
「知り合い……みたいですね」
未美さんだけでなく、雅さんも同じ反応をしていることを考慮すると、目の前の老人が現状の機械の軍勢の指揮者と思われる。
「グラノ・B・ヴァイン。通称《霧の錬金術士》………」
「…………」
未美さんの紹介?に、ワタシは改めて目の前の老人に目をやった。
あれが、未美さんや結羽灯さんとは違う〈錬金術士〉。
その存在も謎だが、その行動理由も謎のままであった。
「《北》にある支部で、錬金術の研究をしている人物で、《聖皇教会》では《教授》という愛称で知られる人物………」
ワタシが首を曲げていると、雅さんがそう補足説明をしてきた。
「《教授》………」
ワタシは、そう呼ばれた人物をジッと見つめた。
その顔立ちに確かな面影があるが、その人物が、以前夢の中に出てきた中年の男性と微かな結び付きがあると感じた。
グラノ・B・ヴァイン………。《霧の錬金術士》……………。
…………あれ?
その時、ワタシの脳裏に小さな疑問が浮かんだ。
「あの、雅さん………」
ワタシは、一触即発のような表情をしている未美さんを気にし、一歩下がって後ろの雅さんに話し掛けた。
「何?」
「未美さんの話では、あの人の後ろにいる機械達は《白亜の殉教者》と謳われる人物によって製造されたそうですが、その機械達を指揮しているのは《北欧》から来られたようですが、これは………?」
「……………」
その問いに、雅さんは黙り、目の前の状況を見つめていた。
「お久しぶりです……。《教授》殿」
未美さんが、嫌みのように口を開く。
「もう、五年になるか………」
「そうですね……。《ミュゲール戦争》以来ですか……」
《ミュゲール戦争》…………。
それは、約六年程前に《北欧》で起きた戦争の名前だと、以前《局》の資料を読んだことがある。
内容としては、〈帝国〉と〈連邦〉との間の戦争で、原因は不明。そして、その戦地となったのが〈旧公都市ミュゲール〉であった。
「さて。では、そちらの《人工生命体》を渡してもらおうか?」
しばし続いた昔話から、グラノ教授は手短に要件を口をした。
「サンプル………」
グラノ教授の言葉が気に食わなかったのか、未美さんの周りの空気が低迷した。
「教授は、本気で言ってるの?」
「? 当たり前だろう。私達錬金術士にとって、《人工生命体》など、ただの『道具』であろう」
「…ッ!!」
ドゥウゥゥゥ………ン!!!と、未美さんが自身の足に力を入れ、足下を砕いた。
「貴方は、何を目論んでいるのッ!!?」
未美さんが、啖呵を切る。
「未美………」
「何故、そんなに怒る?その娘は、師法隆充が遺した至高の《人工生命体》だぞ」
「違う!この娘は、私達と同じ『情』を持つ、『女の子』だよッ!!」
「…………。仕方ないな………。『炎精基』、お前は、研究所へ向かえ」
「………(ペコッ)」
イフリートと呼ばれた赤髪の機巧人形は、小さくお辞儀をすると、結羽灯さんがいるであろう研究所へと向かった。
「──ッ!柚希と最中は、研究所へ向かって!」
「え?あ、はい!」
「わかってるよ!」
ワタシと最中さんは、慌てて赤髪の機巧人形の後を追い、研究所へ向かった。
「貴様は、此処で捕らえさせてもらう」
そう言って、グラノ教授は大型の機械に指示を出し、大型の機械の巨大な銃口がワタシに向けられた。
しかし───、
「させないよッ!」
未美さんが、大型の機械の攻撃を足止めした。
「くっ……!」
「早く行って!」
「待て!逃がすか」
「貴方の相手は、私と雅がやるよ!《錬金術士》の不祥事は《聖皇教会》が取らないとね」
「入衛……」
ワタシと最中さんは、見失った赤髪の機巧人形を追い、研究所に突入した。
「くっ、見失った………」
最中さんが、舌打ちをしてぼやく。
「最中さんは左からお願いします。ワタシは右へ行きますので」
「分かった」
二手に別れ、改めて機巧人形を追う。
「──ッ!」
その途中、微かに焦げ臭い匂いを感知した。
「逆かッ!」
そう判断して踵を反した刹那───、
ドゴォォォオォォォォォォォォォ………ン!!
凄まじい爆撃音が、研究所内に響いた。
急いで音のした方へ向かうと、一室全体を真っ黒な煙が覆いつくしていた。
「最中さん………!結羽灯さん……!」
その中に見知った人物の面影を見つけ、その名を叫びながら近付く。
その刹那───、
黄金色に煌めく陽炎のようなの一線が、横殴りに突きだして来た。
「───ッ!!」
ワタシは、瞬時に背を反らし、その刃を交わした。
「外した……?」
爆塵の奥から、どこか聞き覚えのある声が聞こえた。
煙幕の奥から振り回される『炎の刃』が、辺りを破壊するようにコチラを縦横無尽に食らい付く。
「ッ………。ッ!!!」
その時、────ドクンッ!!とワタシの鼓動が何かに反応した。
「ウグッ!ガッ、アアッ………」
それと同時に、ワタシの全身は激しい激痛に襲われた。
「あ、アアッ、アア、アッ。アアァアァァァァァァ……………ッ!!!」
その激痛に耐え兼ね、ワタシは大きな咆哮で吼えた。
何処までも響くほどのワタシの咆哮は、建物をその存在ごと崩落させた。
その崩落は、外で戦闘していた未美達の元にまで響いていた。
「な、何!?」
「いったい………、あの中で何が……」
「それより。この後はどうするの!?」
「…………」
「未美!!」
「分かってる!だけど……」
未美は決断出来なかった。
それは、以前柚希と真正面から戦ったことのある未美だからこそ判断できる要因があった。
そして、それは『畏怖』にも似た思想だった。
「──ッ!!教授!」
未美は叫び振り向くが、そこに直前までいたはずの人物の姿は無かった。
「くそっ、逃げられた……」
「え?………じゃあ」
「ま。やるしかないか………」
未美は大きく息を吐き、その『化け物』を見据えた。
止まない激痛は、紅き血潮を逆流させ、ワタシの思考を狂わせ、意識を途絶えさせた。
今までの知識と経験は、その一切が通用せず、ただワタシという存在が上書きされていく。
以前もこんな事があったはずなのに、ワタシは何故……対応出来ないのだろうか………。
微かな意識の中、ワタシは僅かな思考を回す。
今、ワタシは自分の意識の中にいる。
これも、何度目だろうか……。
あいかわらず何の変哲も無い景色は、ワタシに余計な茶々を与えることなどなかった。
見飽きた景色に失望を抱きつつ、今の自分の状況を模索する。
「柚希………?」
「え?」
人の声に聞こえた声に、ワタシは咄嗟にその声の方へ振り向いた。
「咲良……さん?」
そこにいたのは、研究所の外にいるはずの咲良さんだった。
それよりも、何故、咲良さんが此処に………?
何も無いはずの場所に、予想外の『異物』が紛れ込んでいる。
この状況が何を意味するのか、よく解らない…………。




