↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子の秘密の恋を守った皆様へ、後始末も皆様でどうぞ【連載版】  作者: 星渡リン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/37

第34話 間違えた礼

 リリアは、深く膝を折った。


 背筋を伸ばし、視線を伏せる。


 春の大夜会から何度も繰り返してきた、王族へ捧げる礼だった。


 広間の空気が、一瞬だけ止まった。


 北方の王弟夫妻は、リリアへ浅く頭を下げている。


 互いに同じ高さで交わすはずだった礼が、二人の間で合わなかった。


「どうぞ、お顔を上げてください」


 王弟妃が、穏やかに声をかけた。


 リリアは顔を上げる。


 王弟妃の表情に怒りはない。


 けれど、その隣にいる王弟より先に、彼女のほうが言葉を発している。


 予定にはなかったやり取りだった。


「ご婚約を、心よりお祝い申し上げます」


 王弟が続ける。


「ありがとうございます」


 リリアは今度こそ浅く礼を返そうとした。


 だが、すでに最初の礼を終えている。


 二度繰り返せば、どちらが正式な挨拶か分からなくなる。


 リリアは立ったまま、祝いの言葉を受けた。


 隣にいるアルフレッドが、彼女の手へ指先を触れる。


 止まらず進もうという合図だった。


 二人は長卓へ向かう。


 九脚並んだ椅子の前で立ち、国王夫妻が座るのを待つ。


 クラウディア。


 北方の王弟夫妻。


 アルフレッド。


 順に腰を下ろしていく。


 リリアも、自分の名札が置かれた椅子へ座った。


 入場は終わった。


 間違えた礼だけが、広間に残った。


     ◆◆◆


「先ほどの礼は、春の大夜会でお教えいただいたものです」


 最初の料理が運ばれる前に、リリアは隣のアルフレッドへ小さな声で言った。


「今日は違ったのですか」


「正式な婚約者となったため、外国王族には私と同じ礼を返す」


「ジェラルド様からも、深さが変わると伺いました」


 言葉では聞いた。


 衣装を整えながら、鏡台の前でも一度試した。


 それでも王弟夫妻を前にした瞬間、三か月間、体へ覚え込ませた動きが先に出た。


「私が間違えました」


「王弟殿下も、妃殿下もお気になさってはいない」


「そうでしょうか」


「あの程度で、両国の関係が悪くなることはない」


 アルフレッドは安心させようとしている。


 以前なら、その言葉にうなずいたかもしれない。


 殿下が大丈夫だと言っている。


 ならば、もう気にしなくてよいのだと。


「関係が悪くなるかどうかだけではなく、記録には残ります」


 リリアは答えた。


「あとで、正しい礼を確認させてください」


 アルフレッドは少し黙ったあと、うなずいた。


「女官長へ伝える」


     ◆◆◆


 第二長卓でも、同じ礼が話題になっていた。


「ずいぶん深くお辞儀をなさいましたわね」


 エレノアの向かいに座る侯爵夫人が、扇の陰で言う。


「まだ候補であると、思っておられたのかしら」


「婚約は、本日の王族会議で承認されたと伺いました」


 隣の伯爵夫人が答える。


「では、正式な婚約者としての礼を教わっていなかったのですね」


 声は抑えられている。


 それでも、同じ卓にいる者たちには聞こえた。


「春まで、どなたがリリア様の教育を見ていらしたのでしょう」


 侯爵夫人の視線が、エレノアへ向く。


「教師の方々です」


 エレノアは答えた。


「エレノア様も、学習予定をお決めになっていたのでしょう?」


「王太子殿下との関係を公にできる範囲までです」


「ですが、外国王族への礼くらいは」


 セドリックが、手元のグラスを卓へ戻した。


 小さな音に、夫人たちの言葉が止まる。


「本日の婚約が承認された時刻は、午後一時前と聞いております」


 セドリックは王族席へ目を向けた。


「春以前の教師が、今日決まった立場で行う礼を教えなかったことまで、問われるのでしょうか」


 侯爵夫人が扇を閉じた。


「私は、ただ残念に思っただけですわ」


「それならば、今夜の担当者も同じように残念に思っているでしょう」


 彼はそれ以上続けなかった。


 エレノアも、自分が教えていない理由を説明しなかった。


 給仕が次の料理を運んでくる。


 卓上の話題は、北方から届いた毛織物へ移った。


     ◆◆◆


 晩餐後の休憩で、リリアは王弟夫妻の控室を訪ねた。


 同行したのは、アルフレッド、クラウディア、女官長。


「先ほどは、候補として教わった礼を行ってしまいました」


 リリアは王弟夫妻の前で言った。


「本来の礼を、改めてお見せしてもよろしいでしょうか」


「もちろんです」


 王弟妃が答える。


 今度は、深く膝を折らない。


 アルフレッドと並び、片足を半歩だけ引く。


 相手と同じ深さで、頭を下げる。


 王弟夫妻も礼を返した。


 四人の動きが、今度はそろった。


「先ほどのことは、私どもから問題にするつもりはありません」


 王弟が言う。


「本日、立場が変わったばかりと伺っております」


「ありがとうございます」


「ただし、次にお会いするときには、今の礼をお願いいたします」


 穏やかな声だった。


 許されたから消えるのではない。


 次は正しく行うよう求められている。


「必ず」


 リリアは答えた。


 控室を出ると、クラウディアが女官長へ告げる。


「最初の礼と、訂正した礼。どちらも今夜の記録へ残しなさい」


「承知いたしました」


「王弟殿下のお言葉も、省かないこと」


 女官長が手帳へ書き留める。


 リリアは止めなかった。


     ◆◆◆


 王妃宮の記録室では、祝賀会が終わる前から報告書の草案が作られていた。


 入場時刻。


 婚約発表。


 外国王族との挨拶。


 晩餐の進行。


 北方交易に関する報告。


 リリアの礼については、二行だけ記されていた。


 王太子婚約者リリア・ベルナール、北方王弟夫妻への礼を誤る。


 原因――正式婚約者としての礼法習得が不十分であったため。


「王妃陛下は、最初と訂正後の礼をどちらも残すよう命じておられます」


 女官長が草案へ赤い印を付けた。


「訂正後の礼と、王弟殿下のご発言を追記します」


 記録官が新しい行を加える。


 だが、原因の一文は残った。


 礼を間違えたのは、リリアである。


 教師から正式婚約者の礼を教わった時間が短かったことも事実だった。


 問題は、それだけが原因なのかということだった。


 婚約の承認は、当日の午後。


 入場方法の変更がリリアへ伝えられたのは、開場まで一時間を切ってから。


 衣装を整えながら説明を受け、広間で練習できたのは一度だけだった。


 それらは、原因の欄に記されていない。


「王太子宮へ確認を求めます」


 女官長は草案を閉じた。


     ◆◆◆


 報告書がアルフレッドのもとへ届いたのは、祝賀会の最後の舞踏が始まる直前だった。


 ジェラルドが、確認のため草案を差し出す。


「王太子宮からの入場変更時刻と、練習記録を添付しております」


 アルフレッドは、二行の原因を読んだ。


 正式婚約者としての礼法習得が不十分であったため。


 その下には、ジェラルドが添えた時刻が並んでいる。


 婚約承認 午後零時五十分。


 席次変更通知 午後一時十五分。


 本人への入場変更説明 午後四時十分。


 広間での確認 午後四時四十分より一回。


 祝賀会の開場は、午後五時だった。


「こちらへ、確認のご署名を」


 ジェラルドがペンを差し出す。


 アルフレッドは受け取らなかった。


「この原因では、足りない」

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

新作の連載を始めました!


『乙女ゲームの悪役令嬢の継母に転生しました。娘が可愛すぎるので、嫌われ役の舞台ごと壊します』


七歳の娘が、震える声で「悪役令嬢の台詞」を練習させられていた。

そんな場面で前世を思い出したのは、娘を冷たく育て、最後には見捨てるはずの継母でした。


娘の教育を止め、まずは一緒に安心して暮らそう。

ところが教育係の帳面には、娘の悪口だけでなく、それを聞いたヒロインの反応まで書かれていて……。


子どもたちに嫌な役を押しつけた大人を、見過ごすつもりはありません。


娘との不器用な距離の縮め方や、少しずつ育つ子ども同士の友情、そして証拠を揃えて反撃する継母のお話です。

▼新連載はこちら

https://ncode.syosetu.com/n0056mu/


こちらの作品とあわせて、新しい母娘の物語も楽しんでいただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
記録記録記録記録 この国は潤沢に紙?があるんですね。前にも一行書き仕損じては次の便箋次の便箋って手紙の書き方してましたし。 黒板書き写してノート取ったと満足して内容理解してない読み返しもしない身に付か…
たかが礼?されど礼。決まった型ってそれが身分制度・ひいては政治に必要だから在るんですよね。 誤った結果には原因が確固としてあるのはアルフレッドが言っているけれど、気づけるかな。 王弟夫妻には悪くないア…
この国の将来が心配になってきた。無能なのは側近たちだけでなく王族会議もだった。重要な儀礼がある直前に婚約を承認するってバカなの? それによって婚約者候補だったリリアの対応も変わるのが解りきっているのに…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。