第28話 リリアの小さな茶会
春の大夜会まで、あと二日。
王妃宮の小客間には、四脚の椅子が並べられていた。
リリアは入口に立ち、何度目か分からない数を数え直した。
「一、二、三、四……三脚、足りません」
「招待状をお出ししたのは、三名ですね」
教師のマルグリットが尋ねる。
「はい。伯爵令嬢お一人、子爵令嬢お一人、男爵令嬢お一人です」
「それでは、なぜ七名になるのでしょう」
リリアは机に置いた出席の返書を開いた。
三名とも出席。
伯爵令嬢には母親が、子爵令嬢には叔母が付き添うと書かれている。男爵令嬢は姉と来る予定だった。
招待客三名。
付き添い三名。
主催者であるリリア。
「七名です」
「ええ」
「付き添いの方も、同じお部屋でお茶を召し上がるのですね」
マルグリットは答えず、最初に届いた返書を指した。
そこには、母と共に伺います、と明記されている。
リリアも昨日、その文面を読んだ。
けれど、招いた令嬢は三名だから、客も三名だと思ったまま準備を進めていた。
「椅子を三脚、追加していただきます」
王妃宮の女官へ頼もうとして、リリアは卓上の配置図を見た。
椅子だけを増やせばよいのではない。
茶器。
菓子皿。
名札。
七人が無理なく座れるよう、卓の位置も変える必要がある。
「お茶とお菓子も、三名分増やさなければ」
「厨房へ確認なさいますか」
「はい」
リリアは用件を書き留め、廊下に控えていた女官へ渡した。
五日前に招待状を出し、三日前に返事がそろった。
それでも、茶会当日まで気づかなかった。
この小さな茶会は、王太子妃候補として受けている教育の一つだった。
大夜会のように百人を超える客を迎えるのではない。
同年代の令嬢を三名だけ招き、自分で準備を確かめ、会話を進める。
招待状の書式と王妃宮の部屋だけは借りた。
茶と菓子、花、客を送迎する馬車の費用は、リリアの私費から支払うことになっている。
「三名分を追加した場合、予算を超えますか」
マルグリットに尋ねられ、リリアは見積書を開いた。
菓子は四種類。
春の花を使った卓上飾り。
招待客の家へ迎えに出す馬車が二台。
伯爵令嬢の家は自家用馬車を使うため、手配していない。
「少しだけ、超えます」
「では、どうなさいますか」
「不足分を、アルフレッド様にお願いすることは……」
言いかけて、リリアは口を閉じた。
アルフレッドに頼めば、払ってくれるだろう。
だが、これは自分の茶会だった。
自分で決めた人数さえ正しく数えられなかった結果を、彼の歳費へ移すことになる。
「花を小さくします」
リリアは花の見積書を取り出した。
「窓辺の二つを取りやめ、卓上のものだけにいたします。それで足りますか」
計算を担当する女官が、差額を確かめる。
「不足していた三名分の茶と菓子を追加しても、予定額に収まります」
「では、そのようにお願いします」
窓辺には、花のない小卓が二つ残った。
少し寂しく見える。
けれど、座る人の茶器がないよりはよかった。
◆◆◆
次に厨房から戻ってきたのは、追加費用の返事ではなかった。
「子爵令嬢のお付き添いである叔母君は、木の実を召し上がれないと伺っております」
女官が、菓子の一覧を示す。
四種類のうち、二つにアーモンドが使われていた。
「お返事に書かれていましたか?」
「記載はございません。厨房から各家へ最終確認を行い、分かりました」
厨房が尋ねなければ、木の実を使った菓子がそのまま卓へ並んでいた。
「別のお菓子へ変更できますか」
「一種類は、蜂蜜を使った焼き菓子へ変更できます。もう一種類は、すでに生地を用意しております」
「では、その方のお皿にだけ載せないように」
「同じ盆と器具を使って作った菓子も避ける必要があるか、確認いたします」
食べなければよい、だけではなかった。
リリアは招待客の一覧へ、新しい欄を加えた。
食べられないもの。
過去の茶会資料にも、同じ欄があるかもしれない。
「以前、エレノア様が開いてくださった茶会の記録を、見せていただけますか」
マルグリットは女官長へ確認し、王妃宮に保管されている写しを取り寄せた。
二年前、グランフェルト公爵邸で開かれた茶会。
リリアは、エレノアの友人として招かれていた。
記録には、八名の令嬢と、付き添いの夫人四名の名があった。
合計十二名。
菓子の好み。
食べられないもの。
馬車が必要な家。
会話に加わりやすい話題。
リリアの隣には、学院で面識のある子爵令嬢。
向かいには、押し花を趣味とする伯爵令嬢。
アルフレッドが立ち寄る時刻には、全員が庭へ移動しているよう予定が組まれていた。
当時のリリアには、何一つ見えていなかった。
招待状が届いたから出席し、用意された席へ座り、話しかけてくれた令嬢と押し花について語った。
偶然、会話が弾んだのだと思っていた。
「今日も、こちらと同じ方々をお呼びすればよかったのでしょうか」
「その方々は、エレノア様のご友人として招かれた方です」
マルグリットが答えた。
「リリア様がご自身の客人としてお招きになるなら、改めて関係を築く必要がございます」
名前だけを、以前の一覧から借りることはできない。
リリアは今日の三名を見た。
学院で同じ授業を受けた者。
以前の音楽会で、短く言葉を交わした者。
王妃宮の授業で、模擬の挨拶相手を務めてくれた者。
親しい友人と呼べるほどではない。
だから、まず三人を招いた。
「エレノア様をお招きする案もございました」
女官長が、準備段階で作成された候補者一覧を開いた。
最初の行に、エレノアの名がある。
「王太子妃教育を受けた方が同席なされば、会話が滞った際にも支えていただけると」
リリアは、その名を見つめた。
「お呼びしなくて、よかったと思います」
「なぜですか」
「私の茶会を整えていただくためにお呼びするのであれば、以前と同じです」
マルグリットは何も褒めなかった。
候補者一覧からエレノアの名を消し、今日の出席者だけを残した。
◆◆◆
茶会は、予定より四分遅れて始まった。
追加した椅子の位置を直すのに、時間がかかったためである。
リリアは最初に遅れを詫び、客を席へ案内した。
伯爵令嬢を右へ。
その母親を、客間の上座に近い席へ。
子爵令嬢と男爵令嬢は、学院で受けた授業の話をしやすいよう隣同士にした。
最初の十分は、天候と大夜会の衣装の話で進んだ。
話題が途切れる。
リリアは用意していた質問を思い出した。
「皆様は、大夜会でどの舞踏へ参加なさいますか」
尋ねた直後、男爵令嬢の表情がわずかに曇った。
彼女は喪に服す期間を終えたばかりで、今回は舞踏へ参加しないと返書に書いていた。
「私は、見学だけの予定です」
「……そうでした。申し訳ございません」
別の話題へ移ろうとして、焦る。
そのとき、男爵令嬢が窓辺へ目を向けた。
「小卓には、お花を置かれないのですね」
飾り忘れたと思われたのだろう。
リリアは一瞬迷い、正直に答えた。
「出席人数を間違えてしまいまして。皆様のお茶とお菓子を増やすために、窓辺の花を取りやめました」
三人の令嬢が、そろって窓辺を見た。
伯爵夫人が扇の陰で、ほんの少し口元を緩める。
「そのほうが、よろしいでしょうね」
叱るような言い方ではなかった。
「わたくしも、初めて開いた茶会では、母の友人まで数えるのを忘れました」
「お母様も、こちらへいらしたのに?」
伯爵令嬢が驚いた顔をする。
「あなたたちだけでお茶をすると思っていたのよ」
伯爵夫人の失敗をきっかけに、話題はそれぞれが初めて任された仕事へ移った。
招待状の宛名を間違えたこと。
刺繍糸を一色多く注文したこと。
慈善市で、売る菓子より箱を多く用意したこと。
リリアは聞きながら、ときどき質問した。
会話を整えるための完璧な言葉はなかった。
ただ、次に聞きたいことは、少しずつ見つかった。
◆◆◆
最後の客を見送ったあと、リリアは七人分の茶器を数えた。
割れたものはない。
ほとんど手を付けられなかった菓子が一種類。
蜂蜜の焼き菓子は、すべてなくなっていた。
女官が、実際にかかった費用をまとめた用紙を持ってくる。
花を減らしたため、当初の予算よりわずかに少ない額で収まっていた。
「こちらへ、主催者としてご署名ください」
リリアは、椅子の追加、菓子の変更、開始が四分遅れたことまで記された報告を読んだ。
その下に、自分の名を書く。
「以前の茶会にも、このような費用報告があったのですよね」
「ございます」
女官長が、先ほどの記録の最後を開いた。
支払者は、グランフェルト公爵家。
依頼者は、アルフレッド。
その下に、もう一枚の覚え書きが添えられていた。
『リリア嬢が社交の場で孤立しないよう、今後も折々にご配慮ください。』
クラウディアの筆跡だった。
費用を誰が負担するか。
何度まで頼むのか。
どの立場でエレノアが引き受けるのか。
何も記されていない。
ただ、配慮を求める一文だけが残っていた。
「王妃陛下は、こちらをご覧になっていますか」
「監査の際に、支払者まではご報告しております。ただ、この覚え書きと一緒には確認されておりません」
リリアは、自分の茶会報告と二年前の記録を重ねた。
「一緒に、お渡ししてください」
◆◆◆
クラウディアは、その日の執務を終える前に二つの報告を読んだ。
七名の小さな茶会。
十二名を招いた二年前の茶会。
リリアの署名。
エレノアの署名。
そして、自分が書いた一枚の覚え書き。
クラウディアは、明日の予定表を開いた。
「朝一番の予定を空けなさい」
女官長が、記入のためにペンを取る。
「どなたへ、面会をお申し込みいたしますか」
「グランフェルト公爵家へ」




