第26話 別々の招待状
春の大夜会まで、あと三日。
儀典部の確認机には、招待客から届いた出席の返書が家格順に並べられていた。
外国王族。
国内の王族。
公爵家。
侯爵家。
一通ずつ、名前と人数を出席者一覧へ移していく。
「アーデン侯爵夫妻、ご出席。お連れになるのはご令息一名」
書記官が読み上げる。
隣の官吏が三名と記し、席次表の第一長卓へ印を付けた。
次の返書が開かれる。
「フェルナー侯爵夫妻、ご出席。ご令嬢一名を同伴」
こちらも三名。
書記官が返書を読み進めたところで、声を止めた。
「どうした」
儀典部長が尋ねる。
「お礼の文面に、席についての記載がございます」
「読んでみなさい」
「第一長卓の上座をご用意いただいたことへ、重ねて感謝申し上げる、と」
儀典部長が席次表を見た。
第一長卓の上座は、アーデン侯爵家へ用意されている。
国王夫妻と王族が座る高座から一段下がった場所であり、国内の侯爵家へ割り当てられる席の中では最も高い。
「フェルナー侯爵家は、第二長卓の上座ではないのか」
「正式な席次表では、そのようになっております」
「では、返書の書き間違いだろう」
書記官はすぐにうなずかなかった。
「招待状へ第一長卓と記されていた、とございます」
儀典部長の手が止まる。
高位貴族の招待状には、通常、卓の番号までは記さない。
ただし、今回の大夜会では席次の変更が続いたため、王太子宮から個別に席を知らせた家があった。
「アーデン侯爵家の招待状にも、席の記載があるのか」
「確認いたします」
保管されている控えが運ばれてくる。
アーデン侯爵家へ送られた招待状には、余白へ一文が添えられていた。
『第一長卓上座にて、王家の客人をお迎えいただきたく存じます。』
王太子宮の正式な印。
発行日は六日前。
「フェルナー侯爵家へ、招待状の原本を確認させていただきなさい」
「すぐに使者を出します」
◆◆◆
原本は、昼を過ぎる前に王宮へ届けられた。
青い封蝋は割られているが、王太子宮の紋章がはっきりと残っている。
紙も、書式も、招待状に使われる正式なものだった。
本文の末尾には、アーデン侯爵家と同じ一文がある。
『第一長卓上座にて、王家の客人をお迎えいただきたく存じます。』
発行日は三日前。
アーデン侯爵家のものより、あとに作成されていた。
「偽造ではございません」
招待状を確認した王太子宮の文書官が言った。
「こちらの発行記録にも、フェルナー侯爵家へ一通と残っております」
「なぜ、同じ席が記されている」
「フェルナー侯爵家から、今回の大夜会で北方使節との挨拶の機会を求める書面が届いております」
フェルナー侯爵領では、北方へ輸出する穀物を生産している。
王太子宮は、交易について話せる位置を用意すると回答していた。
「話せる位置と、第一長卓の上座は同じではない」
「回答案を作成した者が、近い席として選んだものと思われます」
「作成者は?」
文書官が発行記録を開く。
草案を作成した書記官。
席次表を添付した侍従。
王太子宮の印を管理した文書官。
それぞれの名が並んでいる。
最後に、承認者の欄があった。
「ジェラルド・ハウゼン卿でございます」
儀典部長は、アーデン侯爵家の発行記録も開かせた。
こちらは、先日の席次会議が終わった直後に作成されている。
アーデン侯爵家は、同格の侯爵家の中で最も長く王家に仕え、当主は前回の大夜会でも第一長卓へ座っていた。
変更後も同じ席を用意するという回答を、王太子宮が送っている。
承認者。
ジェラルド・ハウゼン。
二つの発行記録に、同じ名があった。
「別々の書記官が、別々の日に作成したのか」
「はい」
「席次表は?」
「アーデン侯爵家の草案には、正式な第一案が添付されています」
「フェルナー侯爵家は?」
文書官が添付書類を確かめる。
「三日前の出席者一覧のみです」
そこには卓の番号がなく、招待客の名だけが記されていた。
フェルナー侯爵家へ回答を作った書記官は、第一長卓の上座がすでに約束されていることを確認できなかった。
けれど、最後に承認する者は、席次会議へ出席している。
「王妃陛下へ、ご報告を」
儀典部長は二通の招待状を重ねた。
「同じ席を、二家へお約束しております」
◆◆◆
午後、王妃宮の会議室へ関係者が集められた。
クラウディア。
儀典部長。
王太子宮の文書官。
席次を担当する侍従。
そしてアルフレッド。
卓上には、二通の招待状と現在の席次表が置かれている。
「どちらかを、第二長卓へ移すことは?」
アルフレッドが尋ねた。
「招待状に第一長卓と明記しております」
儀典部長が答える。
「あとから変更すれば、王家が一度与えた待遇を取り上げたことになります」
「では、第一長卓へ席を増やす」
「一席だけ増やせば、席の順序が変わります」
第一長卓には、八席が用意されている。
中央に外国王族。
その左右へ、国内の公爵と侯爵が家格順に並ぶ。
一人増やせば、末席の者を別の卓へ移さなければならない。
「アーデン侯爵とフェルナー侯爵の二人を、同じ上座として扱えないのか」
「椅子を重ねることはできません」
クラウディアが短く言った。
アルフレッドは口を閉じた。
同じ格だと説明しても、実際に座る位置は二つに分かれる。
片方は高座に近く、もう片方は遠い。
「両家へ事情を説明し、どちらかに譲っていただくほかございません」
儀典部長が言う。
「どなたが説明するのです」
クラウディアの問いに、文書官が発行記録を開いた。
「二通の招待状は、別々の担当者が作成しております」
「作成者に、二家への約束を決める権限はあったのですか」
「ございません」
「では、誰の承認で発行したのです」
会議室の扉が開いた。
呼び出しを受けたジェラルドが入室する。
クラウディアは、何も説明しなかった。
二通の招待状を、彼の前へ並べる。
ジェラルドは一通目を読み、次に二通目を手に取った。
どちらの末尾にも、自分の署名があった。




