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王子の秘密の恋を守った皆様へ、後始末も皆様でどうぞ【連載版】  作者: 星渡リン


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25/25

第25話 二つの噂

 王都で広がっている噂は、一つではなかった。


 グランフェルト公爵家の家令が集めた報告を、エレノアは父の書斎で読んでいた。


 一つ目は、王太子とリリアの恋を支持する者たちの間で語られているものだった。


 エレノアは、アルフレッドの心が完全にリリアへ移ったことを知り、嫉妬した。


 そのため、春の大夜会とリリアへの支援を突然打ち切った。


 王宮が混乱し、リリアが大夜会で失敗すればよいと考えている。


 二つ目は、リリアとの婚姻へ反対する者たちの間で語られていた。


 エレノアは、表向きには婚約解消を受け入れながら、ベアトリス公爵夫人たちと密かに手を結んだ。


 リリアを候補から外す請願を準備している。


 いずれ自分が王太子妃へ戻るつもりでいる。


「ずいぶんと器用な娘になったものだ」


 父が、二枚の報告書を机へ置いた。


「同じ時期に、感情のまま仕事を放り出し、冷静に婚姻阻止を企てているらしい」


 二つの噂は、同時には成り立たない。


 けれど、社交界では別々の場所で語られている。


 アルフレッドとリリアを祝福した者にとっては、役目を返したエレノアは嫉妬した元婚約者だった。


 二人の婚姻へ不安を持つ者にとっては、エレノアは反対派の中心であるほうが都合がよかった。


「王家の訂正文を、もう一度配らせるか」


「婚約解消が私の責任ではないことは、すでに公表されています」


「では、ベアトリス公爵家から返答を出させる」


 三家へ送った書面には、エレノアが請願を行っていないことが明記されている。


 その受領記録も届いていた。


「返答を求めれば、その間にも別の話が増えます」


「放置するのか?」


 エレノアは、同じ机に置かれていた別の予定表を開いた。


 北方交易に関する正式協議。


 冬季輸送に使用する橋と国境検査所について、交易局から承認を受ける日である。


 参加者は、グランフェルト公爵家、北方商人組合、交易局、輸送業者、染料工房。


 説明用の資料は、すでに整っていた。


「協議を公開いたします」


「誰に対してだ」


「王都の商会と、希望する貴族家の実務担当者へ」


「噂を否定するために、交易を使うのか」


「いいえ」


 エレノアは、協議の議題を父へ示した。


「試験取引には、王家の橋を使用します。通行料と検査方法を決める以上、関心を持つ商会へ説明する理由がございます」


 聞かれて困る内容はない。


 誰が提案し、誰が承認し、誰が費用を負担するのか。


 すべて書面に記されている。


「私が現在、何をしているかを公にいたします。それ以上の説明はいたしません」


 父は予定表を読み、家令へ渡した。


「交易局へ、傍聴者を入れられるか確認しなさい」


「承知いたしました」


     ◆◆◆


 説明会は、春の大夜会を四日後に控えた午後に開かれた。


 交易局の会議室では席が足りず、隣の記録室まで扉が開けられている。


 王都の商会から十二名。


 国内の貴族家から、領地経営や会計を担当する者が九名。


 北方三国の使節団からも、二名が傍聴に訪れた。


 セドリックは北方商人組合の代理人と同じ卓に座っている。


 エレノアの前には、清書された協議書と輸送路の地図が置かれていた。


「本日は、北方の毛織物とグランフェルト公爵領の染料を扱う試験取引について、ご説明いたします」


 エレノアが立ち上がる。


 最初に示したのは、事業へ関わる者の一覧だった。


 事業発案者 エレノア・グランフェルト公爵令嬢


 契約承認者 グランフェルト公爵、北方商人組合代表


 生産担当 北方二工房、グランフェルト公爵領染料工房


 輸送担当 北方商人組合指定業者、グランフェルト公爵家指定業者


 橋および検査所 王宮交易局


「取引を始めるのは、どなたの許可によるものですか」


 王都の商人が尋ねた。


「公爵家側は、グランフェルト公爵。北方側は、商人組合の代表です」


「では、エレノア様の権限は?」


「試験計画の作成と、公爵家側の実務調整です。契約の最終承認はいたしません」


 自分の名が最初にあるからといって、すべてを決められるわけではない。


 反対に、家長ではないからといって、何もしていないわけでもなかった。


 次に、十二枚の見本が配られる。


 均一に染まった青。


 縮みの大きかった紫。


 洗浄方法を変えて、もう一度試す予定の布。


「紫を販売予定から外した理由は?」


 別の商人が尋ねる。


「北方の二工房で、染め上がりに差が生じたためです。洗浄工程を確認し、同じ品質を続けて作れるまでは試験用といたします」


「見本としては、美しく染まっております」


「次も同じ品を納められるとは、まだ申し上げられません」


 会議室の後方で、誰かが書き留める音がした。


 エレノアは冬季輸送の地図を開く。


 最初の計画では、西側の街道を一年中使う予定だった。


 冬には峠が閉ざされると北方側から指摘を受け、東側の低地街道へ切り替えた。


 積雪の知らせ。


 途中で荷馬車を替えられる箱。


 追加費用を現地責任者が判断できる範囲。


 修正した箇所と、提案した者の名も示される。


「最初の計画に、不足があったということですか」


 貴族家の実務官が尋ねた。


「はい。夏の調査記録を、冬季にも使用できると判断しておりました」


 エレノアは答えた。


「北方側の指摘と輸送業者の運行記録に基づき、修正しております」


 失敗していないように見せる必要はなかった。


 どこが足りず、誰の情報で直したのかが残っていればよい。


     ◆◆◆


 一時間ほどで説明を終えると、質問の時間が設けられた。


 商人たちからは、販売開始の時期、予定価格、扱える量について尋ねられた。


 貴族家の実務官からは、橋の通行料と冬用の箱の費用について質問が出る。


 最後に、後方の席にいた若い貴族が手を上げた。


「グランフェルト公爵令嬢へ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」


「取引に関することであれば」


「この事業は、王太子殿下との婚約解消後も、王家と公爵家の共同事業として続くのでしょうか」


「いいえ」


 エレノアは、協議書の契約者欄を示した。


「北方商人組合と、グランフェルト公爵家の取引です。王家には、橋と国境検査所の管理者としてご協力いただきます」


「婚約解消後に、王家の事業から外されたのですか」


「最初の計画段階から、公爵家の染料を扱う事業として進めておりました。婚約解消に伴い、曖昧だった契約主体を明記したものです」


「では、リリア・ベルナール嬢への支援を打ち切られた理由について――」


「本日の議題ではございません」


 質問した若い貴族が口を閉じる。


「婚約解消の経緯については、王家とグランフェルト公爵家が公表した訂正文をご確認ください」


「反対派の請願には、参加しておられないのですか」


「同じ回答を、すでに関係する三家へ書面でお伝えしております」


 それ以上は話さなかった。


 交易局の官吏が、質問と回答を協議記録へ残す。


 説明会の終了後、出席者全員へ記録の控えが渡されることになった。


 会議室を出る際、セドリックがエレノアの隣へ並ぶ。


「噂について、二つしか答えませんでしたね」


「本日の仕事は、噂を数えることではございませんので」


「では、十分だと思います」


 彼はそれだけ言い、北方商人組合の代理人と共に使節団の席へ戻った。


 翌朝、公爵邸へ届けられた社交報告には、まだ二つの噂が残っていた。


 だが、その下に新しい一文が加わっている。


 エレノア・グランフェルト公爵令嬢は、北方交易の発案者として公開説明を行った。


 説明会の協議記録は、希望者が交易局で閲覧できる。


 噂のどちらが消えるかは、まだ分からない。


 少なくとも、エレノア自身が名を記した事実が、その隣に置かれていた。

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― 新着の感想 ―
あんなことされて 支援するやついる? そもそも婚約者(主人公)が 婚約者だった王子の浮気相手の男爵令嬢を わざわざ支援してた?っていうのも かなりオカシイのに、、 この国の常識モラルやルールは破綻して…
王太子とリリアを支持する輩がいることに驚きです。 こんなバカ2人を応援しても旨味なんて無かろうに……。
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