第24話 反対派の誘い
三通の招待状のうち、最初の日付を指定していたのはベアトリス公爵夫人だった。
先代国王の従妹にあたり、長く王族会議にも意見を求められてきた女性である。
エレノアとは、王太子妃教育の一環として何度も顔を合わせていた。
「お断りになってもよろしいのですよ」
招待状を読んだ父が言った。
「三家とも、同じ目的でしょう」
「はい」
「ならば、返事も同じで構わない」
出席しない。
同じ憂慮を抱いているという表現を認めない。
その二点だけを記して返せばよい。
エレノアは、三通を日付順に並べ直した。
「一度、お話を伺います」
「利用されると分かっていてか」
「何へ利用なさるおつもりなのか、まだ書面にはございません」
招待状に記されているのは、王国の将来について意見を交わしたいという言葉だけだった。
リリアを候補から外したいのか。
アルフレッドの王太子としての立場まで問うのか。
それとも、単に王家から何らかの譲歩を引き出したいのか。
目的が違えば、公爵家の対応も変わる。
「ベアトリス公爵夫人の茶会へだけ出席いたします」
「ほかの二家には?」
「先に招待を受けているため、返答を待っていただきます」
父はすぐには賛成しなかった。
やがて家令を呼び、エレノアの返書を届けるよう命じる。
「侍女だけでなく、当家の女官を二名連れていきなさい」
「承知いたしました」
「その場で、何へも署名しないこと」
エレノアは、招待状の最後にある「同じ憂慮」という一文を見た。
「そのつもりはございません」
◆◆◆
茶会は、王都にあるベアトリス公爵夫人の邸で開かれた。
招かれていたのは、エレノアを含めて六名。
いずれも公爵家か侯爵家の夫人であり、娘や姪を王太子妃候補として推せる立場の者たちだった。
「来てくださって、うれしく思います」
ベアトリス公爵夫人が、エレノアを自分の隣へ座らせる。
銀髪を隙なく結い上げ、濃紺のドレスを身につけた夫人は、以前と変わらない穏やかな声で話した。
「先日の王家の訂正文も拝見しました。あなたの名誉が正しく示されたことに、安堵しております」
「お気遣いに感謝いたします」
「けれど、あの訂正だけで終えてよい問題ではありません」
ほかの夫人たちがうなずく。
「王太子殿下は、両家で定めた手順を破り、王族会議の審査前にリリア嬢との未来を公表されました」
「その件については、国王陛下から処分と訂正が行われております」
「個人歳費を削っただけです」
向かいに座る侯爵夫人が言った。
「王太子妃にふさわしい教育を受けていない男爵令嬢が、秋には正式な婚約者となるかもしれません」
「秋に、改めて審議されると伺っております」
「審議が形だけにならない保証はございますか」
エレノアは答えなかった。
保証はない。
秋の会議が必ずリリアを認めるとも、退けるとも決まっていない。
それを判断するのは、エレノアではなかった。
「本日は、何をお求めでしょうか」
問いかけると、ベアトリス公爵夫人が女官へ目を向けた。
茶器が下げられ、代わりに薄い書類入れが運ばれてくる。
「王族会議へ、請願を出そうと考えております」
最初の書面には、リリアを王太子妃候補から外すよう求める文面が記されていた。
理由は四つ。
教育が十分ではないこと。
生家の財政基盤が弱いこと。
外国使節の前で正式な手続きを経ない発表が行われたこと。
王家と高位貴族の信頼が損なわれたこと。
「教育と財政については、秋まで審査が続きます」
エレノアは書面を机へ戻した。
「審査で確認することを、今の段階で不適格の理由になさるのですか」
「だからこそ、秋まで待つ必要はないと申し上げています」
ベアトリス公爵夫人が、二枚目を示す。
「王国には、すでに必要な教育を終えた方がいらっしゃるのですから」
そこには、エレノアを王太子妃候補として再び推挙する文面があった。
七年間の教育。
外国使節との交流。
王家との共同事業。
グランフェルト公爵家の財政と領地経営。
婚約解消前までエレノアが担ってきたことが、彼女を推す理由として並べられている。
「アルフレッド殿下との婚約は、双方の合意によって解消されました」
「再び結ぶことを禁じる条項はありません」
「殿下はリリア様との婚姻を望んでおられます」
「王太子の婚姻は、望みだけで決めるものではないでしょう」
夫人の声は冷静だった。
リリアを嫌って感情的に追い出そうとしているわけではない。
教育、家格、財産、外交。
測れるものを並べれば、エレノアのほうが安全だと考えている。
その判断を王族会議へ通すために、本人の名を必要としていた。
請願書の署名欄が開かれる。
一番上だけが空白だった。
その下には、ベアトリス公爵夫人をはじめ、今日の出席者たちの名が並んでいる。
「最初の欄は、あなたのために空けてあります」
「私が、この請願の発起人となるのですか」
「当事者であるあなたの名が最初にあれば、王族会議も無視はできません」
「こちらの文面を作成したのは、どなたですか」
「私どもです」
「リリア様を候補から外すことも、私を再び推挙することも、私が求めたものではございません」
「ですが、あなたのためでもあります」
エレノアは、空白の署名欄を見た。
名を書けば、請願の責任者になる。
質問はエレノアへ届く。
リリアを退けようとした理由も、アルフレッドとの再婚約を望んだ理由も、自分の言葉として扱われる。
「署名はいたしません」
侯爵夫人の一人が扇を止めた。
「なぜですの? 殿下のなさったことを、お許しになったのですか」
「許したかどうかと、再び婚約を望むかは別のことです」
エレノアはベアトリス公爵夫人を見た。
「私は、王家へ一度お返しした役目を、別の方から渡されるつもりはございません」
「では、リリア嬢を支持なさるの?」
「王族会議の審査を受けることに、異議はございません」
「それは支持と同じです」
「いいえ」
エレノアは、二枚の請願書を重ねた。
「認めるか、認めないかを判断するのは王族会議です。私は審査する者でも、候補を選ぶ者でもございません」
「何もおっしゃらなければ、殿下のなさったことを受け入れたと思われますよ」
「私が何も申し上げていないのであれば、何も申し上げていないとお受け取りください」
署名欄は、空白のままだった。
◆◆◆
公爵邸へ戻ったエレノアは、その日のうちに三通の書面を作成した。
『私は、リリア・ベルナール男爵令嬢を王太子妃候補から外す請願を行っておりません。
また、私自身を王太子妃候補として再推挙するよう求めておりません。
「同じ憂慮を抱く者」という表現について、事前に同意した事実はございません。』
同じ内容を、ベアトリス公爵家と、招待状を送ってきた二つの家へ届ける。
茶会へ同行した女官二名の名と、出発、到着、帰邸の時刻も記録へ残した。
翌朝。
王都の貴族たちの間では、別の話が広がっていた。
エレノア・グランフェルトが、王太子の婚姻へ反対する三家と秘密の茶会を開いた。
リリアを候補から外し、自ら王太子妃へ戻るための請願を準備しているらしい。
家令が持ち帰った噂の控えには、そう記されていた。
エレノアが出した三通の書面より、噂のほうが早く王都を回っていた。




