第23話 一緒に学ぶ
翌朝九時。
王妃宮の学習室には、机が二つ並べられていた。
一つはリリアの席。
もう一つは、アルフレッドの席だった。
壁際に見学者用の椅子はない。
それぞれの机へ、同じ教材と記録用紙が置かれている。
「本日の授業へ参加を許可していただき、感謝する」
アルフレッドが言うと、教師のマルグリットは一礼した。
「王太子殿下には、三時間すべてを受講していただくと伺っております」
「その予定だ」
「途中で公務の連絡が入った場合は、退出時刻を記録いたします」
「分かった」
記録係の女官が、授業開始の欄へ九時と書く。
アルフレッドは隣を見た。
「おはよう、リリア」
「おはようございます、殿下」
昨日の稽古以来、二人だけでは話していない。
リリアはいつものように微笑もうとしたが、うまく形にならなかった。
アルフレッドも、それ以上は続けなかった。
「本日は、外国使節から申し出を受けた場合の返答を確認します」
マルグリットが、三枚の札を二人へ配った。
その場で約束できること。
確認してから回答すること。
担当者へ引き継ぐこと。
「同じ申し出でも、受けた方の立場によって使える返答が異なります」
女官長が外国使節役として、二人の前へ進み出る。
最初に向き合うのは、リリアだった。
「我が国の商人が、王家の管理する橋を冬季にも使用したいと願っております。通行料を半額にしていただけないでしょうか」
最初の授業であれば、リリアは王家から支援できると答えていた。
今回は、三枚の札を見比べる。
「ご希望を、王妃陛下へお伝えいたします」
選んだのは、担当者へ引き継ぐ札だった。
「なぜ王妃陛下へ?」
マルグリットが尋ねる。
「私は、通行料を決められないからです」
「決められないことは正しいでしょう。ですが、橋の管理を担当するのは王妃陛下ですか」
リリアの指が止まる。
昨日読んだアルフレッドの予定表には、交易局から橋の使用について報告を受ける時間があった。
「交易局の方へ、お伝えします」
「ベルナール嬢が、直接交易局へ命じるのですか」
「いいえ。女官長様へお伝えして、担当の方へつないでいただきます」
「その返答で結構です」
記録係のペンが動いた。
一度目の答えは、すべてを王妃へ渡そうとした。
説明を受け、二度目に担当を選び直したことも記される。
「次に、王太子殿下」
女官長が、アルフレッドへ同じ願いを述べた。
「橋の通行料を半額にしていただけないでしょうか」
「冬季の交易を支えるためであれば、交易局へ通行料の減額を命じよう」
「そこまでです」
マルグリットが止めた。
アルフレッドが眉を寄せる。
「私は王太子だ。交易局へ調査と対応を命じる権限はある」
「調査を命じることと、減額を決定することは同じでしょうか」
アルフレッドは、三枚の札へ目を落とした。
「王家の橋なのだから、王家が決められる」
「橋の通行料は、何へ使われておりますか」
「維持と警備だ」
「半額にした場合、不足する維持費をどこから支出なさいますか」
答えはすぐに出なかった。
王室費。
交易局の予算。
利用者の増加によって補える可能性もある。
どれも、今この場では確認できない。
先日の王族会議で、ベルナール男爵家への支援について尋ねられたときも同じだった。
王家が支援すればよい。
どの費目からか。
そこで答えられなくなった。
「減額が可能か調べるよう、交易局へ命じる」
アルフレッドは札を一枚選び直した。
「維持費への影響と、冬季の利用台数を確認したあと、正式に回答する」
「結構です」
記録係が、アルフレッドの最初の発言も消さずに書き残す。
「私も、間違えましたね」
休憩へ入る直前、リリアが小さな声で言った。
「ああ」
「殿下も」
「……そうだな」
アルフレッドは、自分の用紙に増えた二行を見た。
リリアの記録だけではない。
自分の記録にも、説明を受けて返答を修正、と書かれている。
◆◆◆
二つ目の練習では、北方の商人が王国内で倉庫を借りたいと申し出た。
リリアは、また交易局へ引き継ぐと答えた。
「倉庫を所有しているのは、交易局とは限りません」
マルグリットに指摘される。
王都の商会、個人の貴族、港を管理する自治組合。求める場所と広さを聞かなければ、担当者を決められない。
「先に、どの地域の倉庫をお望みか伺います」
リリアは答え直した。
アルフレッドは王家の空き倉庫を提案したが、そこには大夜会の食器と調度品が収められていた。彼も、確認してから回答する札を選び直す。
三つ目の染料輸出では、リリアは条件を聞かず担当者へ渡そうとし、アルフレッドは希望量を尋ねたところで輸出可能量を知らないことに気づいた。二人とも、途中で返答が止まった。
それでも、最初の授業のように、リリア一人だけが何度も扉の前へ戻ることはなかった。
アルフレッドも同じ机で、同じ問いを受けている。
「殿下」
リリアが、自分の三枚の札を見ながら尋ねた。
「分からないことが二つある場合は、どちらの札を選べばよいのでしょう」
「確認してから回答する、だろう」
「誰に確認するかも分からないときは?」
アルフレッドは答えかけ、マルグリットを見た。
「私も、そこまでは分からない」
「では、先生へ伺いましょう」
二人の視線が同時に向けられる。
マルグリットは、新しい札を一枚ずつ配った。
申し出の内容を記録し、回答できる者を確認する。
「担当者が分からない場合に、分かったふりをする必要はございません」
リリアは四枚目の札を、最初に見える場所へ置いた。
アルフレッドも同じ位置へ置く。
◆◆◆
三時間の授業が終わると、二人分の記録が机へ並べられた。
リリア。
約束できる範囲の理解――要復習。
適切な担当者の選択――要復習。
説明後の修正――良好。
アルフレッド。
王太子権限と各局の決定権の区別――要復習。
費用確認前の回答――要注意。
説明後の修正――良好。
「王族会議へ提出されるのは、私の記録だけです」
リリアは、アルフレッドの用紙を見た。
「殿下の記録は、どちらへ?」
「王太子宮の公務記録として保管いたします」
女官長が答える。
「大夜会までに必要な復習項目は、側近と交易局にも共有されます」
アルフレッドは、自分の記録を最初から読んだ。
費用確認前の回答――要注意。
その一文で視線を止めたあと、末尾へ署名する。
リリアも自分の用紙へ署名した。
「昨日は、すまなかった」
アルフレッドが言った。
リリアの手が止まる。
「君の授業を知らないまま、私が合図すればよいと簡単に言った」
「私も、殿下なら何でもお答えになれると思っておりました」
謝罪を受けたからといって、昨日の言い合いがなかったことにはならない。
それでも、リリアの声から硬さが少し抜けた。
「次の授業も、いらっしゃいますか」
「毎回は難しい」
アルフレッドは、自分の予定表を確かめた。
「週に一度なら、時間を作る」
「では、それ以外の日の記録もお読みになりますか」
「読む」
今度は、ジェラルドへ要点だけを聞くとは言わなかった。
マルグリットが、次回の予定へ二人分の名を書き入れる。
◆◆◆
同じ日の午後、グランフェルト公爵邸へ三通の招待状が届いた。
差出人は、いずれも国内の高位貴族だった。
春の大夜会を前に、王国の将来について意見を交わす小さな茶会を開きたい。
婚約を解消したエレノアへ、ぜひ出席してほしい。
丁寧な文面の末尾には、三通ともよく似た一文があった。
リリア・ベルナール男爵令嬢を次代の王太子妃とすることへ、同じ憂慮を抱く者として。
エレノアは、三通の招待状を机へ並べた。
自分は、その憂慮を口にした覚えがなかった。




