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王子の秘密の恋を守った皆様へ、後始末も皆様でどうぞ【連載版】  作者: 星渡リン


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18/21

第18話 王太子の謝罪文

 春の大夜会まで、あと十二日。


 王太子宮の執務机には、三枚目の書き損じが置かれていた。


『このたびは、突然の発表によって君を驚かせてしまったことを――』


 アルフレッドは、そこまで書いてペンを止めた。


 驚かせた。


 それだけではない。


 エレノアは婚約が解消されることを知っていた。知らされていなかったのは、公表の日時と内容だ。


 最初の便箋を脇へよける。


 二枚目には、別の書き出しが残っていた。


『私とリリアの言葉が、結果として誤解を招いてしまい――』


 誤解。


 その言葉にも、何かが違うと感じて線を引いた。


 あの夜、外国使節まで集まる壇上で、誰かを傷つけることを恐れて恋を隠してきたと語った。


 リリアが、エレノアを苦しめたくなくて二人で耐えてきたと言ったときも、訂正しなかった。


 招待客がエレノアへ向けた視線は、聞き手の勝手な誤解ではない。


 自分たちの言葉が、そう受け取らせたのだ。


 アルフレッドは二枚目の便箋も裏返した。


 三枚目は、まだ宛名しか書かれていない。


「ジェラルド」


 執務机の向かいに控えていた側近が顔を上げる。


「通常、こうした文書は誰が整える」


「王太子殿下から公爵令嬢への正式な書簡であれば、書記官が草案を作成し、法務官が表現を確認いたします」


「では、書記官を呼べ」


 ジェラルドは返事をしなかった。


「どうした」


「国王陛下から、殿下ご自身のお言葉で、と命じられております」


「内容を決めるのは私だ。書き方だけ整えさせる」


「整えた者の言葉が混ざります」


 静かな返答だった。


 以前なら、ジェラルドはすぐに書記官を呼んだだろう。


 アルフレッドの考えを聞き、相手の機嫌を損ねない表現へ直させ、最後に署名だけを求めたはずだ。


「君なら、どう書く」


「私には書けません」


「何も思いつかないのか」


「いいえ」


 ジェラルドの視線が、二枚の書き損じへ落ちる。


「私も、あの場で最初に拍手をいたしました。エレノア様へお詫びすべきことはございます。しかし、それを殿下のお名前で書くことはできません」


 アルフレッドはペンを置いた。


 ジェラルドを部屋から出したところで、白紙が文字を埋めてくれるわけではない。


「あの夜の記録を持ってこい」


「夜会の発言記録でございますか」


「それと、公爵家との合意書もだ」


「承知いたしました」


     ◆◆◆


 二つの書類は、半刻ほどで運ばれてきた。


 一つは、婚約解消に関する合意書。


 もう一つは、王宮記録官が作成した夜会の発言記録だった。


 合意書には、王家とグランフェルト公爵家の印が並んでいる。


 公表は、アルフレッド王太子殿下からエレノア・グランフェルト公爵令嬢へ直接説明したのち、両家の名で行う。


 その下には、互いの名誉を損なう発言をしないという一文もある。


 アルフレッドは、隣へ夜会の記録を置いた。


 私は、リリア・ベルナール嬢を愛している。


 誰かを傷つけることを恐れ、私たちは自分の気持ちを隠してきた。


 だが、これ以上、自分の心に嘘はつけない。


 続いて、リリアの言葉。


 エレノア様を苦しめたくなくて、私たちはずっと耐えてきたのです。


 その直後には、ジェラルドの発言も記されていた。


 リリア嬢との誠実な恋を貫かれたご決断を、心より支持いたします。


 誰が拍手を始め、誰が続いたかまでは書かれていない。


 けれど、アルフレッドは覚えていた。


 自分は安堵していた。


 皆が祝福してくれたことに。


 リリアとの恋が、軽率なものではないと認められたことに。


 そして、エレノアが壇上の前へ進み出たときには、彼女も祝福してくれると思っていた。


 君ならば理解してくれると思っていた。


 実際に、そう口にした。


 七年間、王太子妃となるために学び、王家の仕事を支え、自分とリリアのために人知れず手を尽くしてきた相手へ。


 事前の説明をしなかった直後に。


 アルフレッドは新しい便箋を取り出した。


 書き始めては止まり、夜会の記録へ目を戻す。


 インクが乾くまで待ち、次の一文を書く。


 一度、リリアを守るためだったと書いた。


 読み返し、その行を消した。


 何を守りたかったかは、エレノアに負わせたものを軽くしない。


 一度、悪意はなかったと書いた。


 それも消した。


 問われているのは、心の中に悪意があったかどうかではない。


 やがて、午後の鐘が鳴った。


 アルフレッドは、書き直した文面を最初から読み返した。


『エレノア・グランフェルト公爵令嬢へ。


 私は、両家で定めた約束を破り、あなたへ直接説明する前に、夜会の壇上で婚約解消を公表しました。


 また、私とリリアがあなたを傷つけないために恋を隠してきたかのように語り、リリアの発言も訂正しませんでした。そのため、あなたが私たちの関係を妨げていたという、事実と異なる印象を与えました。


 あなたが二年間、私たちの関係を守り、リリアを支えていたことを知りながら行ったことです。


 私は、あなたならば理解してくれると考えていました。


 それは信頼ではなく、何をしても最後にはあなたが整えてくれるという、一方的な甘えでした。


 七年間、王太子の婚約者として務めてきたあなたの名誉を損ない、最後に交わした約束まで破ったことを、謝罪します。


 明日、王家より訂正文を公表します。そこには、婚約解消が両家の合意によるものであり、あなたの行いを理由としたものではないことを明記します。


 この手紙への返答も、今後の協力も求めません。


 アルフレッド』


 美しい文章ではなかった。


 同じ言葉が近い場所にあり、王太子の書簡としては飾り気もない。


 書記官へ渡せば、もっと滑らかな文面になるだろう。


 アルフレッドは直さなかった。


 署名の下へ日付を入れる。


 封蝋を落とし、王太子個人の印章を押した。


「ジェラルド」


 呼ばれて入室した側近へ、封書を差し出す。


「グランフェルト公爵邸へ届けてくれ」


「受領のご返事をいただいてまいります」


「返答は求めないと書いた」


 ジェラルドの手が止まる。


「では、公爵家の書記官から、封書を受け取ったという記録のみを」


「それでよい」


 封書がジェラルドの手へ渡る。


 そのまま扉の向こうへ消えても、アルフレッドの胸は軽くならなかった。


 机には、消した言葉の残る便箋が三枚置かれている。


 アルフレッドはそれらを捨てず、合意書と夜会の発言記録の間へ挟んだ。


     ◆◆◆


 日が傾く前に、封書はグランフェルト公爵邸へ届いた。


 王太子個人の印章を見た父は、開封せずにエレノアへ渡した。


「読まなくてもよい」


「いいえ。受け取ります」


 エレノアは書斎の机で封を切った。


 読み終えるまで、父は何も尋ねなかった。


 最初に目へ留まったのは、直接説明する前に公表した、と書かれた一文だった。


 次に、事実と異なる印象を与えたという言葉。


 最後まで読んでも、アルフレッドとリリアの恋を理解してほしいとは書かれていない。


 大夜会のために戻ってほしいとも。


 もう一度だけ助けてほしいとも。


 そして末尾には、返答を求めないとあった。


「何と?」


 父が尋ねた。


 エレノアは手紙を机へ置いた。


「約束を破ったことと、私の名誉を損なったことへの謝罪です」


「許しを求めているのか」


「いいえ」


 その答えを口にしてから、エレノアはもう一度、末尾の一文を見た。


 公爵家の抗議へ返すための、整った公式文書ではない。


 インクの濃さが途中で変わり、わずかに文字の間隔が乱れている。


 アルフレッドが自分で書いたのだろう。


 これは、あの夜より前に届くはずだった言葉の代わりにはならない。


 遅れた謝罪を受け取ったからといって、壇上で向けられた視線が消えるわけでもなかった。


 それでも、エレノアは手紙を破らなかった。


「受領したという記録だけ、お返ししてください」


「それだけでよいのか」


「はい」


 許すとも、許さないとも書かない。


 今後も王家を支えるとも書かない。


 父はしばらく娘の顔を見たあと、家令を呼んだ。


 短い受領書が作られ、王太子宮の使者へ渡される。


 エレノアはアルフレッドの手紙を折り直し、合意書の控えと同じ書類入れへ収めた。


 その翌朝。


 王都の掲示所と各国の使節館へ、王家とグランフェルト公爵家の名が並ぶ訂正文が届けられることになっていた。

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― 新着の感想 ―
まあ自分のやらかしを手紙を書くことによって自認できただけでも進歩したと言っていいかね、バカ王子。
 グランフェルト公爵家では、北方三国の使者を招いた催しは行わないのだろうか?  王家主催の夜会よりは、本当に重要な人物が来そう。
あまりにも今までがあれだったからか マトモな文かけるじゃん!って感動を覚えてしまった(笑)
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