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王子の秘密の恋を守った皆様へ、後始末も皆様でどうぞ【連載版】  作者: 星渡リン


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15/18

第15話 削られた歳費

 翌朝、アルフレッドの執務机には、三冊の会計簿が置かれていた。


 一冊目は、王太子として公務に使用できる王室費。


 二冊目は、アルフレッド個人へ毎年支給される歳費。


 三冊目は、今後三年間に予定されていた私的な支出である。


 王宮財務局の監査官は、三冊目をアルフレッドの前で開いた。


 今年の夏に購入する予定だった新しい馬車。


 秋の狩猟で使用する猟銃。


 来年迎える競走馬。


 側近や友人を招く晩餐会。


 趣味で集めている古い地図。


 それぞれの項目に、細い線が引かれていた。


「すべて取りやめるのか」


「公務に必要な馬車と馬は、これまでどおり王室費から維持されます」


 監査官は一冊目の会計簿を示した。


「公式の晩餐会、外国使節への贈答、王太子殿下として必要な衣装も変わりません」


「では、削られるのは?」


「殿下個人がお選びになる品と、私的な催しでございます」


 アルフレッドは、線を引かれた予定を見た。


 王太子として暮らせなくなるわけではない。


 公務へ出るための馬車はある。


 外国使節を招く晩餐も開ける。


 ただ、自分が欲しいと思ったものを、これまでと同じようには買えなくなる。


「大夜会の不足費用について、今後三年間、殿下の個人歳費の三分の一を王室費へ戻していただきます」


 監査官が、年間の支給額へ線を引く。


 その下へ、減額後の額が記された。


「昨日確認した私的支出は?」


「当年までに積み立てられた歳費の残額から精算可能です」


 次の用紙には、密会のために増えた警備と侍従の手当、予定外の馬車、宿泊先への追加費用がまとめられていた。


 二年間の合計は、新しい馬車一台分に近い。


「これだけの額になるのか」


「一件ごとの額は大きくありません」


 監査官は、十七回と記された東庭園の記録を指した。


「同じ変更が重なった結果でございます」


 アルフレッドは合計額を見つめた。


 あの日、一度だけ庭園の警備を変えたときには、費用のことなど考えなかった。


 二度目も、三度目も同じだった。


 いつの間にか十七回になっていた。


「こちらへ、ご署名を」


 大夜会の不足分。


 二年間の私的支出。


 それぞれについて、支払い方法を確認した書面が差し出される。


 アルフレッドはペンを取った。


 署名しなければ、費用が消えるわけではない。


 王太子宮が支払ったままにすれば、私的な恋のために王室費を使ったことになる。


 自分の名を書き、二枚の書類を監査官へ返した。


「以上で、過去の支出に関する精算方法は決まりました」


「過去の、ということは、まだあるのか」


「今後の支出でございます」


 監査官は、新しいドレスの見積書を取り出した。


 リリアが大夜会で着るための衣装である。


 淡い青の生地に、銀糸で小花を刺繍する案が添えられていた。


 白いドレスほど高価な生地は使わず、装飾も抑えられている。それでも、短い期間で仕立てるための費用が加わり、男爵令嬢の普段着とは比べものにならない額だった。


 次に置かれたのは、三か月分の教育費である。


 作法。


 外国語。


 王国史と法。


 舞踏。


 それぞれの教師への謝礼と、教材、王宮までの馬車代が記されている。


「これも、私の歳費からか」


「婚約が正式に認められるまでは、殿下またはベルナール男爵家の私費から支払うと決められております」


「男爵家に、これだけの額を用意することはできない」


「すべてを負担するよう求めてはおりません」


 監査官は、ベルナール男爵家から届いた書面を差し出した。


 男爵家は、王国史と法を教える教師一名分の費用を負担すると申し出ていた。


 家計を調べたうえで、無理なく継続できる額が記されている。


「残りは、私が出す」


「その場合、減額後の歳費から、ドレスと三名の教師への費用を支払うことになります」


「足りないのか」


「今年分については、ほかの私的支出を見送れば」


 監査官が三冊目の会計簿を開く。


 競走馬の購入。


 秋の狩猟。


 友人たちとの晩餐。


 その三つを取りやめれば、必要な額へ届く。


「狩猟館の改修も、夏の離宮滞在もなくなった」


「そちらは、大夜会の不足分を王室費から捻出するための見直しでございます」


「私は、今年一年、何もできないではないか」


「公務は、すべて行えます」


 監査官の答えは変わらなかった。


 アルフレッドは会計簿へ目を落とした。


 自分が何もできないわけではない。


 リリアのドレスを贈る。


 教師を付ける。


 大夜会を当初の規模で開く。


 選んだことは、すべて行われる。


 その代わり、別のものを手放さなければならないだけだった。


「競走馬と狩猟を取りやめる」


 アルフレッドは言った。


「晩餐会は、回数を減らせば残せないか」


「年に一度であれば可能です」


「それで計算し直せ」


「承知いたしました」


 監査官は競走馬と狩猟の項目へ、正式な取消印を押した。


 晩餐会は六回から一回へ書き換えられる。


 空いた額が、リリアの衣装と教育へ移された。


「ジェラルド」


 アルフレッドは、部屋の隅に控えていた側近を呼んだ。


「狩猟へ招いていた者たちへ、中止の連絡を」


「すでに日程を空けている者もおります」


「分かっている」


「理由は、どのように?」


 アルフレッドはしばらく考えた。


 王太子の都合。


 大夜会の準備。


 いくらでも曖昧に書くことはできる。


「私的な支出を見直したため、と伝えろ」


 ジェラルドは一瞬だけ目を上げたあと、頭を下げた。


「承知いたしました」


     ◆◆◆


 午後、リリアは衣装係と共に王太子宮を訪れた。


 卓上には、淡い青のドレスの見積書と、三か月分の教育費が並べられている。


「こちらのドレスで、注文を出そうと思う」


 アルフレッドが見積書を示す。


「君が選んだ青だ」


「はい」


 リリアはすぐには笑わなかった。


 見積書の合計額を確かめ、その隣にある歳費の内訳へ目を移す。


「このドレスのために、競走馬をお取りやめになったのですか?」


「ドレスだけではない。教師たちへの費用も含まれている」


「アルフレッド様は、その馬を楽しみにしておられました」


 以前、北方から迎える予定の若い馬について、何度も話を聞いた。


 どのような毛色で、父馬がどの競走に勝ったのか。届けばリリアにも見せたいと、嬉しそうに語っていた。


「また機会はある」


 アルフレッドは見積書へ署名しようとした。


「お待ちください」


 リリアが止める。


「やはり、ドレスはもっと簡素なものにいたします」


「遠慮する必要はない」


「遠慮ではありません」


 リリアは、衣装係が持ってきた意匠を見比べた。


「この刺繍を半分にしても、大夜会へ出られるでしょうか」


 衣装係は少し考えた。


「銀糸の小花を裾だけに残せば、十分にふさわしいものになります」


「では、そうしてください」


「リリア、私が贈ると言った」


「はい。ですから、殿下に贈っていただける範囲のものを選びたいのです」


 はっきりとした声ではなかった。


 アルフレッドの機嫌を損ねないか確かめるように、リリアの指は布見本の端を握っている。


 それでも、決めたあとに視線をそらさなかった。


 アルフレッドはペンを置いた。


 衣装係が新しい見積もりを計算する。


 減った金額は、競走馬を迎えられるほどではない。


 けれど、以前よりは小さくなった。


「この内容で、注文を」


 アルフレッドが署名する。


 今度の注文書には、色も、意匠も、代金も記されている。


 注文主の欄には、最初からアルフレッドの名があった。


 衣装係が書類を持って退出すると、リリアは教育の日程を手に取った。


「最初の授業は、明日なのですね」


「作法の教師が、戻ってくれることになった」


 エレノアが以前選んだ三名のうち、返答を待っていた教師だった。


 授業は朝九時から正午まで。


 午後には、自習の内容も指定されている。


「三時間も……」


 リリアの顔に、不安が浮かんだ。


「難しければ、時間を短くさせよう」


 アルフレッドが言うと、リリアはすぐにはうなずかなかった。


 日程表の一番下には、授業後、本人の理解度を記録する、とある。


 秋の審査へ提出される記録だった。


「まず、受けてみます」


 リリアは予定表を折らずに両手で持った。


「短くしていただくかは、そのあとで決めます」

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― 新着の感想 ―
男爵家には諸々負担できないんだから結婚か認められたとしてもこれからずっとお小遣いは無しでドレス作らないとね
現実がのし掛かって来ましたね.面白い。続きが楽しみです(^^)
王太子が数年越しのローンで払う金額をエレノア嬢のご実家はこれまで払ってくれてたんだね
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