第13話 延期
王族会議が開かれたのは、アルフレッドが壇上でリリアへの愛を告げてから五日後だった。
王宮の円卓には、国王と王妃クラウディア、宰相、王族三名、法務官、財務官が席を並べている。
アルフレッドの前には、二つの議題が置かれていた。
一つ目は、グランフェルト公爵令嬢との婚約解消に伴う正式な説明。
二つ目は、リリア・ベルナール男爵令嬢を新たな王太子妃候補として審査する件。
婚約解消そのものは、すでに王家と公爵家の合意が整っている。
問題となっているのは、両家で定めた公表の手順をアルフレッドが守らず、エレノアが二人の恋を妨げていたかのような発表を行ったことだった。
「グランフェルト公爵家から、訂正を求める文案が届いている」
国王が、卓上の書面を示した。
「婚約解消は両家の合意によるものであり、エレノア嬢の行いを理由としたものではない。王家は七年間にわたるエレノア嬢の働きへ感謝する。これを王家と公爵家の連名で公表する」
アルフレッドは文案へ目を通した。
自分とリリアが耐えてきたことも、二人が愛を貫いたことも書かれていない。
「これでは、先日の発表をすべて取り消すように見えます」
「取り消すのではない」
国王の声は低かった。
「誤って伝わった部分を、正すのだ」
「私は、エレノアが私たちを妨げたとは申しておりません」
「リリア嬢は、エレノア嬢を苦しめたくないために二人で耐えてきた、と述べた。おまえはそれを訂正しなかった」
アルフレッドは言葉を失った。
あのときは、リリアがエレノアを気遣っていたことを伝えたかった。
二人の恋が軽率なものではないと、理解してほしかった。
けれど、聞いた者がどう受け取るかまでは考えていなかった。
「公爵家の文案に異議があるなら、今ここで述べなさい」
円卓に座る全員が、アルフレッドを見ている。
エレノアを婚約者へ戻したいわけではない。
婚約解消が彼女の責任でないことにも、異論はなかった。
「……ございません」
「では、訂正文を公表する」
国王が署名し、クラウディアとアルフレッドの前にも書面が回される。
アルフレッドはペンを取った。
自分の名を書き終えるまで、誰も次の議題へ進まなかった。
署名された書面を法務官が回収する。
続いて宰相が、二つ目の書類を開いた。
「リリア・ベルナール男爵令嬢に関する審査の状況をご報告します」
ベルナール家の家系、財産、領地経営。
リリア本人の教育。
将来、王太子妃の生家となった場合に、男爵家が負う役目。
王太子妃候補として公に紹介した際、国内外へ与える影響。
どの項目も、まだ調査が始まったばかりだった。
「リリア嬢本人の教育については、教師との契約を進めております」
クラウディアが言った。
「ただし、王太子妃候補としての適性を判断できる記録が整うまで、少なくとも三か月は必要です」
「三か月も?」
アルフレッドは思わず問い返した。
「リリアは、すでに二年近く学んでいます」
「王太子妃となることを公にせず、エレノア嬢の友人として受けられる範囲の教育です」
「教師たちの記録は、母上もご覧になったはずです」
「ええ。だからこそ、足りないものも確認できました」
クラウディアは声を荒らげない。
「外国使節への正式な応対。各地の領主から届く請願の扱い。王家の財産と私費の区別。宗教儀礼。慈善事業の監督。学んだことのないものを、学んだことにはできません」
アルフレッドの前へ、教育項目の一覧が置かれた。
一枚目だけでは収まらず、二枚目まで続いている。
「それらは、婚約してから学べばよいでしょう」
円卓の向かい側にいた老王族が、初めて口を開いた。
「婚約してから、適性がないと分かった場合はどうするのです」
「リリアには、適性があります」
「それを確かめるのが審査です」
淡々と返され、アルフレッドは黙った。
宰相がベルナール男爵家の財務記録を示す。
「男爵家の財産に不正は見当たりません。ただし、王太子妃の生家として必要になる支出を、現状の領地収入だけで賄うことは困難です」
「王家が支援すればよい」
「どの費目からですか」
財務官が尋ねた。
アルフレッドはすぐに答えられなかった。
大夜会の不足費用。
リリアの教師。
新しいドレス。
すでに自分の個人歳費から支払うものが増えている。
「支援を禁じているのではありません」
財務官は続けた。
「王家と男爵家のどちらが、何を、いつまで負担するかを決める必要がございます」
必要なのは、また書面だった。
誰かが用意してくれるものではない。
「以上の理由により」
宰相が審議書へ視線を落とす。
「リリア・ベルナール男爵令嬢との正式な婚約について、本日の会議で決定することはできません」
アルフレッドは椅子の肘掛けをつかんだ。
「先日の発表を、なかったことにはできません」
「なかったことにはいたしません」
クラウディアが答える。
「あなたがリリア嬢を愛していると公表した事実は残ります」
「ならば、婚約を認めても同じでしょう」
「同じではありません」
国王が短く告げた。
「おまえに許したのは、リリア嬢との婚姻を王族会議で審議することだ。婚姻そのものではない」
「ですが、皆の前で――」
「おまえが審議の前に発表したのだ」
その一言で、アルフレッドは口を閉じた。
国王は宰相へうなずく。
「次の審議は、秋の王族会議とする」
「秋まで?」
「三か月分の教育記録、ベルナール男爵家の財政計画、国内外への説明状況を確認する」
春の大夜会で、リリアを正式な婚約者として披露することはできない。
夏の行事でも、王太子妃と同じ扱いにはならない。
秋まで、リリアは候補の一人だった。
「延期の決定を記録します」
書記官の声と共に、審議書へ日付が入れられた。
アルフレッドの目の前で、正式婚約の欄には承認ではなく、延期と記される。
◆◆◆
会議を終えたアルフレッドは、王太子宮の小客間でリリアと向かい合った。
リリアは、新しい衣装係とドレスの色を相談していたところだった。
卓上には、青、黄色、淡い緑の布見本が並んでいる。
アルフレッドの顔を見たリリアは、衣装係を退出させた。
「会議は、いかがでしたか」
「婚約の審議は、秋まで延期された」
リリアの手から、淡い緑の布が落ちた。
「春の大夜会で、ご婚約を発表するのではなかったのですか」
「私はそのつもりだった」
「王妃陛下も、国王陛下もご存じなかったのですか?」
「婚姻を審議することは認められていた」
「審議することと、決まったことは違うのですね」
エレノアの温室で見た、二枚の短い覚え書きを思い出したように、リリアは目を伏せた。
「何が足りないのでしょう」
「君の教育記録と、男爵家の財政計画。それから、国内外への説明だ」
「私が学べば、秋には認めていただけますか?」
アルフレッドは、必ずとは言えなかった。
王族会議は、必要なものがそろえば承認すると約束したわけではない。
その時点で、改めて審議すると決めただけである。
「できる限りのことはする」
リリアはすぐには答えなかった。
やがて床へ落ちた布を拾い、皺を伸ばして卓上へ戻す。
「大夜会には、出席してもよいのでしょうか」
「母上の客人として」
「殿下の隣ではなく?」
「まだ、決まっていない」
リリアは三色の布見本を見た。
白いドレスの代わりを選ぶために用意されたものだった。
けれど、どの色を選んでも、王太子の正式な婚約者として着ることはできない。
「少し、一人で考えたいです」
アルフレッドが手を伸ばしかけると、リリアは布見本を抱えて立ち上がった。
拒むような仕草ではなかった。
ただ今は、慰めの言葉を受け取る余裕がないのだろう。
扉の前で、リリアが振り返る。
「秋までに必要なものを、私にも見せてください」
そう言い残し、小客間を出ていった。
入れ替わるように、ジェラルドが一冊の厚い帳面を抱えて入室した。
「殿下。王族会議から、追加の命が届いております」
帳面の表紙には、王太子殿下の私的依頼および支援記録、と記されていた。
「リリア嬢との関係を公にするまでの二年間、王家または殿下のお名前で行われた手配を、すべて提出せよとのことです」
最初の頁には、すでにいくつもの名が並んでいた。
依頼者の欄に最も多く記されていたのは、アルフレッドだった。




