第八話 商人ギルド
朝。
村に一枚の紙が張り出された。
赤い印章が押された正式な通達。
レオンが読み上げる。
「ラグナ王国北部商人ギルドより通達。」
「ギルドの許可なき金融行為および商取引を禁ずる。」
「違反した者には罰金、財産没収、営業停止を命ずる。」
村人たちがざわめいた。
「金融って何だ?」
「岡崎のことじゃないか?」
「これじゃ商売ができない……。」
岡崎は紙を見つめた。
「金融。」
思わず苦笑する。
(銀行なんて存在しない世界なのに、都合のいい時だけ新しい言葉を作るか。)
アルベルトが腕を組む。
「ギルドらしいやり方だ。」
「法律じゃない。」
「ただの脅しだ。」
「だが、多くの商人は逆らえない。」
昼。
村唯一の雑貨屋の主人が訪ねてきた。
「すまない、岡崎。」
「どうしました?」
「もう、お前の預かり証は受け取れない。」
レオンが立ち上がる。
「なんでだよ!」
主人は俯いた。
「ギルドに逆らえば、町で商品を仕入れられなくなる。」
「家族がいるんだ。」
岡崎は静かに頷いた。
「分かりました。」
責めなかった。
責めても解決しない。
問題は店主ではない。
仕組みそのものだった。
その夜。
岡崎商会。
レオンが机を叩く。
「こんなの卑怯だ!」
「俺たちは何も悪いことしてない!」
岡崎は帳簿を閉じた。
「悪いことはしていない。」
「でも、既得権益を壊している。」
「きとく……?」
アルベルトが説明する。
「今まで楽に儲けていた連中の利益を奪った。」
「だから潰しに来た。」
レオンは拳を握る。
「じゃあ戦うしかない!」
岡崎は首を横に振る。
「違う。」
「勝つんだ。」
「戦うことが目的じゃない。」
翌日。
岡崎は町へ向かった。
今回は商品を持たず、一冊の帳簿だけを持って。
商人ギルド本部。
石造りの三階建て。
受付で名を告げる。
「岡崎です。」
「ギルド長のバルドさんに会いに来ました。」
数分後。
重厚な扉が開く。
部屋の中央に座る男。
四十代半ば。
高価な服。
鋭い目。
この地方最大の商人。
バルド。
「お前が岡崎か。」
「初めまして。」
「座れ。」
岡崎は椅子へ腰掛けた。
「本題に入ろう。」
バルドは切り出す。
「お前の商売は面白い。」
「ありがとうございます。」
「だが、困る。」
「何がです?」
「秩序が乱れる。」
岡崎は笑わなかった。
「秩序ですか。」
「ああ。」
「価格は統一。」
「仕入れ先も統一。」
「商人同士は争わない。」
「だから安定する。」
岡崎は静かに聞いていた。
そして一言だけ返す。
「それは安定ではありません。」
バルドの眉が動く。
「停滞です。」
部屋が静まり返る。
バルドはゆっくり立ち上がった。
「若い。」
「理想だけでは商売はできん。」
岡崎も立つ。
「理想ではありません。」
「数字です。」
「競争がない市場は、必ず価格が上がり、品質は落ちます。」
「最終的に損をするのは民です。」
バルドは初めて笑った。
「なるほど。」
「銀行屋らしい考えだ。」
岡崎の表情が止まる。
「……今、何と?」
「銀行屋。」
「意味をご存じなんですか?」
バルドは少し考え、首を振った。
「昔、旅の学者から聞いた言葉だ。」
「意味は忘れた。」
「だが、お前を見て思い出した。」
岡崎は心の中で引っ掛かった。
(まただ。)
(老人も、バルドも、『銀行』という言葉だけは知っている。)
(偶然とは思えない。)
話し合いは決裂した。
帰り際、バルドが背中越しに言う。
「最後に忠告だ。」
「町で商売をするなら、ギルドへ入れ。」
「断れば?」
「お前は、この地方で商売ができなくなる。」
岡崎は振り返らない。
「なら、商売の仕組みを変えます。」
静かに部屋を出た。
その夜。
レオンが尋ねる。
「どうだった?」
岡崎は窓の外を見ながら答えた。
「思ったより手強い。」
「でも敵じゃない。」
「え?」
「本当の敵は、人じゃない。」
「古い仕組みだ。」
アルベルトは小さく笑った。
「だからお前は面白い。」
「相手を倒そうとしない。」
岡崎は静かに言った。
「仕組みを変えれば、人は変わる。」
遠く離れた王都。
豪華な屋敷。
一人の青年が地方の報告書を閉じる。
「ラグナ北部で、面白い商人が現れたか。」
青年は笑みを浮かべる。
「岡崎……。」
「覚えておこう。」
名前だけが、初めて王都へ届いた。




