第九話 信用の道
秋も深まり始めた頃。
岡崎商会には、村の外からも客が訪れるようになっていた。
「隣村から来ました。」
「預かり証って、本当に使えるんですか?」
「この村なら使えます。」
岡崎は正直に答えた。
旅人は首をかしげる。
「この村だけ?」
「ええ。」
「町では?」
「まだ使えません。」
旅人は残念そうに帰っていった。
その様子を見ていたレオンが尋ねる。
「どうして町でも使えるって言わなかった?」
「使えないからだ。」
「でも、その方が儲かるだろ?」
岡崎は首を振る。
「信用は嘘から始めちゃいけない。」
その夜。
岡崎は机に地図を広げていた。
ラグナ王国北部。
村。
町。
街道。
商人が行き来する道。
アルベルトが後ろから覗き込む。
「何を考えてる?」
「信用の道です。」
「道?」
「預かり証は便利です。」
「でも、一つ欠点があります。」
レオンも近づく。
「何?」
「使える場所が少ない。」
「だから価値が広がらない。」
岡崎は地図の一点を指さした。
「隣村にも商会を作ります。」
翌日。
三人は隣村へ向かった。
しかし、そこで待っていたのは歓迎ではなかった。
「帰れ。」
村長が冷たく言い放つ。
「うちはギルドに逆らえない。」
「商売をするつもりはありません。」
岡崎は頭を下げた。
「商売ではありません。」
「信用を届けに来ました。」
村長は苦笑する。
「信用?」
「腹は膨れん。」
その言葉に、岡崎は何も返せなかった。
帰り道。
レオンが肩を落とす。
「追い返されたな。」
「そうだな。」
「やっぱり無理じゃないか?」
岡崎は少し歩みを止める。
街道を荷馬車が通り過ぎる。
荷台には大量の小麦。
だが車輪が泥にはまり、動けなくなっていた。
岡崎たちはすぐに駆け寄る。
三人で荷馬車を押す。
近くの農民も手伝う。
ようやく荷馬車は動き出した。
商人が何度も頭を下げる。
「助かった!」
「礼をさせてくれ!」
岡崎は首を振った。
「困った時はお互い様です。」
商人は少し考え、一枚の紙を差し出した。
「じゃあ、これを受け取ってくれ。」
それは町の商人が発行した荷物の受領証だった。
「町へ行けば、銀貨五枚と交換できる。」
レオンが驚く。
「紙じゃないか。」
商人は笑う。
「銀貨を持ち歩くより安全なんだ。」
荷馬車は走り去っていった。
岡崎は、その紙を見つめていた。
「……そういうことか。」
アルベルトが聞く。
「何が分かった?」
「紙じゃない。」
「人は昔から、信用を使っていた。」
「え?」
「ただ、それが繋がっていないだけだ。」
岡崎の目に光が宿る。
「村ごと。」
「商会ごと。」
「国ごと。」
「信用がバラバラなんだ。」
「だから流通しない。」
レオンはまだ理解できない。
岡崎は笑った。
「道を作ろう。」
「銀貨の道じゃない。」
「信用の道だ。」
その頃。
商人ギルド本部。
バルドは部下の報告を聞いていた。
「岡崎は隣村で失敗しました。」
「そうか。」
「では問題ありません。」
しかし部下は続ける。
「ですが……」
「帰り道で旅商人を助けたそうです。」
バルドは眉をひそめた。
「それが何だ。」
「助けられた商人が、岡崎の話を町中で広めています。」
「『利益より信用を選ぶ男』だと。」
部屋が静まり返る。
バルドは初めて表情を曇らせた。
「……厄介だな。」
「金ではなく、人の心を集め始めたか。」
夜。
岡崎商会。
レオンが寝静まったあと、アルベルトが静かに言う。
「岡崎。」
「はい。」
「お前が作ろうとしているものは銀行じゃない。」
岡崎は振り向く。
「世界そのものだ。」
岡崎は苦笑した。
「そんな大それたことは考えていません。」
アルベルトは窓の外を見ながら、小さく呟く。
「いや。」
「いずれ、お前も気付く。」
「信用は国境を越える。」
「その日から、本当の戦争が始まる。」




