第四話 商人の戦争
朝日が昇る頃。
パンの香りが村中に広がっていた。
病に倒れていたパン職人は仕事へ戻り、鍛冶屋には新しい注文が入る。
以前まで静かだった村に、少しずつ活気が戻っていた。
レオンは広場を見渡し、思わず笑う。
「村が生き返ってる。」
岡崎も頷いた。
「金が増えたんじゃない。」
「仕事が増えたんだ。」
そんな村へ、一台の馬車がやって来る。
荷台には大量の布や塩、道具。
行商人だった。
男は村人を見るなり大声で叫ぶ。
「今日は特別に安く売るぞ!」
村人が集まる。
だが、岡崎は男の荷物を見て違和感を覚えた。
(価格が安すぎる。)
利益が出る値段ではない。
男は赤字覚悟で売っている。
レオンも気付いた。
「何か変だ。」
岡崎は静かに答えた。
「あれは商売じゃない。」
「……戦争だ。」
夕方。
行商人は酒場で村人に話しかけていた。
「そういえば最近、この村で金を集めてる男がいるらしいな。」
村人たちが岡崎を見る。
男は笑う。
「気を付けろ。」
「金を預けるなんて馬鹿がすることだ。」
「逃げられたら終わりだぞ。」
酒場の空気が重くなる。
レオンは立ち上がろうとした。
しかし岡崎が止めた。
「まだだ。」
翌日。
岡崎商会。
預けていた銀貨を返してほしいという村人が三人訪れた。
不安になったのだ。
レオンは焦る。
「どうする?」
「全部返したら、もう貸せる金がない。」
岡崎は帳簿を閉じた。
「返そう。」
「え?」
「信用は預かった金じゃない。」
「返せることだ。」
村人は銀貨を受け取り、驚いた。
「本当に返すのか?」
「もちろんです。」
「預かった金は、あなたのものです。」
その噂は一日で村中へ広がった。
「あの男は返してくれる。」
「無理に預けさせない。」
「本当に信用できる。」
翌日には、返した以上の銀貨が集まっていた。
レオンは目を丸くする。
「増えてる……。」
岡崎は微笑む。
「人は金じゃなく、安心できる場所に集まる。」
数日後。
行商人は村を去る準備をしていた。
しかし荷台には商品がほとんど残っている。
「馬鹿な……。」
村人は以前のように飛び付かなかった。
安いからではなく、
「誰から買うか」
を考えるようになったからだ。
行商人は岡崎を睨む。
「お前、何をした。」
岡崎は静かに答えた。
「何も。」
「村人が自分で選んだだけです。」
行商人は悔しそうに馬車へ乗り込む。
「覚えてろ。」
「この話は親方の耳にも入る。」
馬車は砂煙を上げて走り去った。
その夜。
アルベルトは酒を飲みながら笑っていた。
「ようやく始まったな。」
岡崎が聞く。
「何がです?」
老人は空を見上げる。
「商売の世界ではな。」
「一人でも敵を作った瞬間から」
「それは戦争になる。」
岡崎は静かに頷いた。
銀行員だった頃も知っている。
競争は数字だけでは終わらない。
信用を奪い合う戦いなのだ。
遠く離れた町では、一人の大商人の机に報告書が届いていた。
『ラグナ王国北部の村にて、正体不明の商人が商売を始める。』
男は報告書を閉じる。
「辺境の村だ。」
「放っておけ。」




