第三話 信用の値段
岡崎が村に来てから二週間。
村人たちは、まだ岡崎を完全には信用していなかった。
当然だった。
今までこの村で金を扱ってきた人間は、
「貸した金は必ず返せ」
「返せなければ土地を渡せ」
という者ばかりだった。
金を持つ者が強い。
金を持たない者は従う。
それが、この世界の常識だった。
しかし。
岡崎は違う方法を提示した。
「金を貸す相手を選ぶ」
ではなく。
「未来を作れる人間に投資する」
という考え。
それは、この世界の誰も知らない考え方だった。
「岡崎」
レオンが帳簿を持ってくる。
「今、集まった金は?」
「銀貨三枚」
「少なすぎるだろ」
レオンは呆れた顔をする。
岡崎は笑った。
「銀行を作るには十分だ」
「これで?」
「最初に必要なのは金じゃない」
岡崎は帳簿を見る。
「信用だ」
岡崎が最初の融資相手に選んだのは、鍛冶職人だった。
名前はハンス。
村で唯一、鉄製品を作れる男。
しかし。
店は苦しかった。
理由は材料費。
良い鉄を仕入れるには町へ行かなければならない。
だが、旅費も仕入れ代もない。
「俺に金を貸す?」
ハンスは疑う。
「俺は何年もこの村で鍛冶をしている」
「だが、金を貸してくれる奴はいなかった」
岡崎は答える。
「なぜだと思います?」
ハンスは黙る。
「あなたが信用されていないからじゃない」
「?」
「あなたの未来を判断する仕組みが、この世界になかったからです」
ハンスは理解できない顔をする。
岡崎は続ける。
「俺はあなたの商品を見る」
「腕を見る」
「そして、人を見る」
融資額。
銀貨十枚。
期間。
三ヶ月。
条件。
利益の一部を返済に回す。
ハンスは契約書を見る。
「契約書?」
「文字に残すためです」
「口約束では駄目なのか?」
岡崎は首を振る。
「人間は忘れます」
「だから記録する」
「記録が信用を作るんです」
一ヶ月後。
村に変化が起きた。
ハンスの鍛冶屋から、新しい農具が出た。
今までより丈夫。
使いやすい。
農民たちは喜んだ。
結果。
商品は売れた。
利益。
銀貨二十枚。
村人たちは驚いた。
「本当に増えた……」
「預けた金が……」
「働いて戻ってきた」
岡崎は黙って帳簿を書く。
だが。
内心では確信していた。
(この世界には需要がある)
(ただ、それを繋ぐ仕組みがない)
前の世界では当たり前だった。
企業。
投資。
融資。
金融。
この世界では未知の力だった。
その夜。
ハンスが岡崎の店へ来た。
「岡崎」
「はい」
「これ」
差し出された袋。
銀貨。
「返済分だ」
岡崎は受け取る。
しかし。
袋の中には予定より多い金額が入っていた。
「これは?」
「感謝の分だ」
岡崎は首を振る。
「必要ありません」
ハンスは驚く。
「なぜだ?」
岡崎は答える。
「約束通り返してくれた」
「それだけで十分です」
ハンスはしばらく黙る。
そして笑った。
「変わった商人だな」
その出来事は村中に広がった。
「あの男は金を奪わない」
「あの男は話を聞く」
「あの男なら預けてもいいかもしれない」
少しずつ。
人々の考えが変わっていく。
岡崎は気付いていた。
最初の銀貨三枚より。
今集まり始めた信頼の方が価値がある。
しかし。
全員が喜んでいるわけではなかった。
隣町。
最大の商人組合。
そこへ一人の男が報告を受けていた。
「辺境の村で妙な商売を始めた男がいます」
男の名前はバルド。
この地域を支配する大商人。
「何をしている?」
「金を集めています」
バルドは笑う。
「金貸しか」
「違います」
部下は首を振った。
「彼は……」
「人間の信用を集めています」
バルドの笑顔が消えた。
「信用?」
「意味が分からんな」
部下が説明する。
「村人から少額の金を集め」
「それを職人に渡し」
「利益を皆で分けています」
バルドは鼻で笑う。
「馬鹿な」
「商売は弱肉強食だ」
「金を持つ者が利益を得る」
「それが自然だ」
その頃。
岡崎は新しい計画を考えていた。
村だけではない。
もっと広げる必要がある。
しかし。
問題がある。
信用できる人間を増やさなければならない。
そこで。
岡崎はレオンを見る。
「レオン」
「何だ?」
「俺の助手にならないか」
少年は驚く。
「俺が?」
「読み書きができる」
「人を見る目もある」
レオンは笑う。
「俺、まだ子供だぞ」
岡崎も笑う。
「俺も完璧じゃない」
「だから一緒に学ぶ」
しばらく沈黙。
そして。
「分かった」
レオンは頷いた。
「俺は岡崎の弟子になる」
その夜。
アルベルトは一人で酒を飲んでいた。
「始まったか……」
老人は古い帳簿を見る。
そこには昔、自分が作ろうとして失敗した計画が書かれていた。
「信用を中心にした商売」
「昔の俺には、人を信じる覚悟が足りなかった」
アルベルトは窓を見る。
「岡崎」
「お前は最後まで信じられるか?」
数日後。
岡崎商会の前に、一人の男が現れる。
高級な服。
整った髪。
周囲の商人とは明らかに違う雰囲気。
男は看板を見る。
まだ粗末な木の看板。
しかし。
そこに書かれた名前。
『岡崎商会』
男は微笑む。
「なるほど」
「これが……新しい金の扱い方か」
その男の名は。
まだ誰も知らない。
後に岡崎最大のライバルとなる男。
カイル・グレイヴ。




