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ローゼンタール暦573年。
エディウスが15歳を迎えて間もなく、父であるユリウス国王の私室で、父と子の二人は向かい合っていた。
父のプライベートな空間に足を踏み入れるのは、エディウスにとって初めてのことだ。
重厚なソファーに腰を下ろすよう促され、エディウスは素直に腰かける。
向かい側には父が、玉座にいるときよりは幾分リラックスした表情で座った。
「……エディウス、ジョセフィーヌとセシルとは、どうだ?」
前置きなく告げられたその言葉に、エディウスは父の思惑を探りながらも、無難な答えを返す。
「どう……ですか。セシルとは時々話しますよ。学園でも出会いますし寮も一緒ですからね。
少し反抗期かな? 妃殿下との折り合いが今ひとつのようですね。
寮生活でこちらと少し距離が出来たせいか、私との関係はそう悪くないと思っておりますが……
妃殿下は、変わりませんよ。優しい義母上に見えます」
エディウスと、父の後妻であるジョセフィーヌに、ほとんど接点はない。一応義理の母子という関係ではあるが。
王宮に戻ってからは、すれ違うときに目礼程度、公式行事のときには定型文の挨拶を交わすくらいだ。
現在は学園に通っているためほとんど会うことはないが、王宮に戻れば遠目に見かけることはある。
一方学園では、二つ年下の腹違いの弟セシルと男子寮で会うことが多く、中等部の学園内でもたまに見かける為、時々言葉を交わしている。まあ、仲は悪くないと思う。
父は、フッと苦みを帯びた表情で皮肉げに笑った。
「見えます、ね。ジョセフィーヌは生まれながらの高位貴族の令嬢だった。社交も完璧に熟しているよ。シェブロン公爵の影響下でなければ、最上の臣下としての王妃としての役割を担うことに、申し分なかったのだがな。
そして、セシルの加護は「軍神」だ。戦争がないこの時代、為政者の適性はお前の方にあると、私は考えている。あの子はどうも素直すぎるところがあるからね。
ただ、今はお前を立太子することも出来ん。
シェブロン公爵家の影響は無視できないからな。そして公爵家に不穏な動きがあるのも、また事実。なかなか尻尾を捕まえられぬが」
(臣下としての、王妃ね……)
父は、エディウスの母であるアリア妃を心から愛していた。彼女はエディウスを産んだ後、産後の肥立ちが悪く儚くなってしまったと聞いている。
母は伯爵家の令嬢で、王族の妻としての後ろ盾が弱く、父は彼女が亡くなってそう時間を置かずに、シェブロン公爵家から後妻を迎えざるを得なかった。
哀しみの最中に後妻を迎えることを強要された父は、結局後妻として迎えたジョセフィーヌに心を許すことが出来ず、臣下として遇することで折り合いをつけたのだと思う。
そしてその後、ジョセフィーヌが男児を生んで間もなく、エディウスの食事に毒物が混入され、乳母が死に、シェブロン公爵の関与を疑い始めた。
それからの父とジョセフィーヌの関係は、あくまでも表面的なもので、寝室を共にすることもなかったという。
「……父上は12年前の乳母の毒殺事件……いえ、正確には私の毒殺未遂が、シェブロン公爵家の企みだと考えているのですね」
「状況的にも、タイミングもな。
私もアリアを亡くして、ずいぶんと悲嘆にくれていた。王太子としても、父親としても、あの頃の私は酷いものだった……防いでやれず、断罪も出来ず、すまなかった」
「いえ、私はファーレン公爵家で恵まれた幼少期を過ごしましたから」
「ああ、ラサニエルとマリアネラにも感謝している」
今なら父の気持ちも、あの時の状況も理解できる。
それに、結局はエディウスにとって、ファーレン公爵領で過ごす事が出来たことは幸せだったし、感謝しているのだ。
シェブロン公爵家は、王妃として娘のジョセフィーヌを王宮に送り込み、男児であるセシル誕生後、エディウスを排除しようとした。
その先に彼らが考えることなど、成人前のエディウスですら、簡単に推し量ることが出来る。
「父上……シェブロン公爵家の件、私が秘密裏に調査してもよろしいでしょうか」
「⁉ 危険だ。王宮内でもシェブロンの息のかかっていない者を見極めるのは難しい。ヤツは時間をかけてこの王宮に支持基盤を作り上げてきた。父の代からだ。そして今、国政への影響は大きい。下手に動けば、お前は……」
「粛清、ですか?」
「ヤツはおそらく、隣国ルーバストとの戦争を望んでいる。セシルが成人するタイミングを待ち、裏で手を回しているのだ」
「そうでしょうね」
加護は5歳の精霊儀式で本人が自覚する。セシルの加護が「軍神」なら、彼を国王に祀り上げるには、戦争は最も効果的だ。
「気がついて、いたのか?」
「……数ヶ月前、父上とザグレブ侯爵領の視察に同行させてもらいましたが、そこで領主が交易内容の記録をちらっと見せてくれたんですよ。その数字の違和感が気になって、クリスに頼んで、各地の税務記録とその収支と内容の記録を集めてもらいました。ざっとここ8年分」
「クリスティアンか……彼は、王宮の文官になり、税務を担当しているのだったか?」
エディウスの6歳上の頼りになる兄クリスティアンは、ファーレン公爵領にいた頃からエディウスの事情を知る一人だ。そして、エディウスの絶対的な味方でもある。
「ええ、クリスには違和感の理由を伝えて、私の権限で内密に閲覧させてもらいました。数字は膨大でしたが、気を付けてみれば、目立たぬようにシェブロン公爵家に流れている武器や物資、不自然な金の流れが見えてきましたよ。
セシルの加護が明らかになってから、時間をかけて準備していたのでしょう」
持ち出しの出来ない台帳だった。8年分の記録をひたすら記憶し、後からその数字を書き起こして、時間をかけて分析したのは、かなり骨の折れる作業だった。
エディウスは続ける。
「もともと公爵は、南のシェブロン公爵領と国境を接する南国ルーバストを手に入れたかった。あの国は海に面していますからね。ただ、他国への侵略戦争は、精霊王の意志に反します。またルーバストの武力も侮れない。
だから、表立って開戦準備は出来ませんが、時間をかけて内密に準備していたということです。
政治を掌握し、武器を集め、兵力を強化し、戦争の理由を作るための工作を。
道理で私がこちらに戻ってから、そうそう危険な目にも合わずに過ごせているわけです。
もちろん父上のご助力もあるのでしょうが、セシルの功績があれば、最終的に私を引きずり落とし、彼を立太子させることが可能だからですよ」
「ヤツは、ルーバストが危険思想を持っていると、巧みに貴族会議で刷り込んでいてな」
「そうですか。しかし、戦争に利はありません」
「わかっている。しかし……」
国王の権力で出来ることは多いが、今の国の中枢部の状況だと、表立って動けばシェブロン公爵の妨害に合うだろう。
「父上、シェブロン公爵の企み、私が止めて見せましょう。
私はまだ未成年です。それに動かせる人間など居ないと思われている。きっと、私には何も出来ないと思われているでしょう」
「……お前なら目立たず動けると?」
そう、おそらくシェブロン公爵は、エディウスのことをそれなりに認めているが、危険を犯してまで歯向かうとは思っていないだろう。
それが、エディウス自身や周囲の危険に繋がるだろうと彼に思わせる程度の警告は、さり気なく受けていたからだ。
「ええ。ですが、条件が一つ。この企みが成功した暁には、クラウディア・エマ・ファーレン嬢に求婚することをお許し下さい」
この条件に、父が瞠目する。全くの予想外だったらしい。
「クラウディアに? しかし、彼女はマリアネラの血を引いている」
父は、精霊王の血を引くクラウディアの寿命が我々よりも長いこととその性質について、思うところがあるのだろう。
「ええ、もちろん彼女の意志に反することはしませんよ。大地の精霊王の怒りをかうようなことをするつもりも、ありません。
ただ、シェブロン公爵の件が落ち着いたら、クラウディアに求婚を受け入れてもらえるよう努力したいのです。可能ならば、彼女と共に生きていきたい。それまで、私に婚約者をあてがうことはやめて欲しいのです」
ファーレン公爵家で、エディウスの事情を知らないのは、クラウディアだけだ。
当時、生命の危険があったエディウスを徹底的に隠し通し、王家とファーレン公爵家との繋がりを辿らせないために、わざわざ女児としてファーレン公爵家に迎え入れてもらったのだ。公爵家の後継であり、年も上だったクリスティアンには真実が明かされたが、クラウディアは当時幼すぎたし、隠し事には向かない性格だ。
彼女はずっと、「ミカは外国の生家に帰り、事情があって公に出ることが出来ない」という嘘を信じている。
手紙のやり取りさえも、公爵からクリスティアンを経由して、こっそりとやり取りしているのだ。
シェブロン公爵とのことが解決するまで、本来の姿で彼女に出会うことすら出来ない。
万が一にも、エディウスの事情に巻き込み、クラウディアを危険に晒すことは出来ないからだ。
だから、未だにクラウディアにとって、エディウスはミカのまま。第一王子とは別人だと思われている。
こちらも、17歳になった彼女を学園で稀に垣間見る事はあっても、言葉を交わしたことはない。可愛らしく成長したクラウディアを見かける度、名乗り出たくて堪らなくなった。
そろそろ、我慢の限界だった。
父は大きく息をつくと、仕方なさそうに微笑んだ。
「わかった。やってみなさい。ファーレン公爵にも、相談してみるといい。
ただ充分気をつけてくれ。お前もセシルも、私にとっては失えない大切な息子だ」
「はい、父上。
セシルはおそらくシェブロン公爵の企みを知らない。まだ子供らしく正義感の強いあの子に、謀を隠しておける裁量はありませんからね。可愛い弟にキズがつかないよう、最大限努力しましょう」
エディウスにとっても、セシルは王家のために失えない弟だ。
エディウスの頭の中で、作戦のための計画が緻密に練られていく。
クラウディアに笑顔で再会するために……そう思えば、いくらでも頑張れそうな気がした。




