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愛する妹 ミカへ
ミカ、変わりはない? 元気でいるかしら?
ローゼンタールの王都は冬が明けて、私も高等部最後の学年が始まりました。
今年の年越し、うちの家族は珍しく王都のタウンハウスで過ごしたんだけど、なんだかここしばらく慌ただしくて、お父様もお兄様もすごく忙しそうにしていたから、家族であんまりゆっくり出来なかったの。
王都にいる生き物たちも、ずっと落ち着かなくて、ザワザワしてた。
とても心配だったけど、お父様達は大丈夫だって言っていたし、久しぶりにお母様が王都に出てきたから、一緒にたくさんお出かけして過ごしたわ。
ミカがいたら、三人で一緒にお買い物に行けたのに。
ねえ、ミカ。皆でファーレンで過ごした年越しが懐かしいね。
貴女はどんな年越しだった?
ミカは今年16になるのよね。
貴女はどんなレディになったかしら?
きっととっても美人になってるわね。
贈り物は、ミカの成人のお祝いに選んだの。気に入ってくれると良いのだけれど。
そうそう、お父様は、貴女がどこの国にいるのか教えてくれないけれど。
私ね、いつか外国にいる貴女とたくさんおしゃべり出来るように、外国語を勉強しているの。
ローゼンタール王国の周辺国の言葉は、どれももうちゃんと話せるようになったのよ。
貴女に会いたいわ、ミカ。
いつか、会える日がくるって、信じて待ってるわね。
どうか身体に気をつけて。
いつだって、ミカの幸せを願ってる。
貴女の姉 クラウディアより
同封されていたのは、プラチナの星と黄金の三日月をモチーフにしたブローチで、ブルーダイヤがアクセントになっている。エディウスの色を入れた上品なデザインだ。
成人の祝いにと、ずいぶんと高価な物を選んでくれたらしい。
星と月……
ファーレン公爵領の魔の森にあるエレフィン湖で、季節ごとに皆で夜空を眺めた。
春には朧月、夏は満天の星空と天の河、秋は澄んだ美しい満月、冬は流星群を。
精霊が棲む魔の森で、家族揃って湖のほとりの小さな邸宅で数日間を過ごすのだ。
「ねえ、ミカ。いつか私達が離れて生きていく日が来ても、私達はずっと仲の良い姉妹よ。
夜空は世界中どこからでも見上げることが出来るから、寂しくなったら空を見て、私のことを思い出してね。私もきっと貴女をずっと思ってる」
クラウディアと手を繋いで、家族で見上げた星空の記憶は、いつだってエディウスを癒してくれる。
「私も、ずっと会いたいと思ってる。やっと……もうすぐ、君に会いに行ける、ディア」
エディウスは、手の中にあるブローチにそっと唇を落とす。
この10ヶ月、エディウスとクリスティアン、そしてファーレン公爵ラサニエルは、各領の税収記録、輸出入を含む物流、この14年間の王宮の人事記録、犯罪記録など、様々な記録を集め、あるいは閲覧し、根気強く目を通しながら、細やかに分析した。
エディウスの加護を酷使し、シェブロン公爵領に潜入捜査の手を伸ばし、コツコツと積み上げた調査内容と記録が、シェブロン公爵の言い逃れを許さず追い詰めた。
年明けの議会で、シェブロン公爵の罪状を明らかにし、12年前の第一王子暗殺未遂、違法薬物の流通、自領軍による国境近くでの工作行為と戦争煽動行為などが詳らかにされ、当主と長子は毒杯を命じられた。
また公爵家は取潰しとなり、いったん王領預かりとなった。
当主の娘であるジョセフィーヌ王妃の関与は認められなかったが、自ら離宮への蟄居を申し出、第一線から引いた。
何も知らなかった孫にあたるセシル第二王子は、一連の事件に心を痛め、兄であるエディウス第一王子を立太子するよう父王に願ったという。
そして国内の貴族の派閥が刷新され、春にかけて様々な人事が動くことになった。
社交界を震撼させたこの出来事は、これまでシェブロン公爵の影響下にあった貴族には一大事であったが、その他の家々にとっては戦争回避は歓迎すべきことであり、身内から罪人を出すことになった王家に対しても、第一王子の功績を称え、概ね好意的な反応だった。
また、その後生じた王宮内や各役所の混乱にも、国王や第一王子が中心になり、事態の収拾を図った。
クラウディアの言う、「なんだかここしばらく慌ただしくて」や「王都にいる生き物たちもザワザワしてた」は、この騒動も原因の一つなのだが、外国人であると信じているミカに、詳細を明かす訳にもいかず、ということだったのだろう。
そして、ローゼンタール暦574年の初夏。
エディウス・ミカエル・ローゼンタール第一王子は16歳を迎え、成人と共に立太子され、ローゼンタール王国の王太子となった。
王宮では盛大な祝宴が開催され、最大の功労者として、ファーレン公爵家にも出席の要請があったが、長女であるクラウディアだけは、社交界にデビューしてはいないのと学業が忙しい為との理由で、不参加であった。
祝宴が盛況に閉会したあと、国王とエディウス、そしてクラウディアを除くファーレン公爵家が一同に会していた。
「ラサニエル、マリアネラ、クリスティアン、長きに渡って、エディウスを護り支えてくれたこと、心から感謝する。本当にありがとう」
「私からも、改めてお礼を言わせて下さい。本当にありがとうございました」
ユリウス国王とエディウスが、ファーレン公爵家の三人に心からの感謝を伝える。
「ミカ、いいえエディウス殿下。お礼なんていいんですよ。あなたが立派に育ち、こうして将来国を導いていくお立場に立たれたこと、本当に嬉しく思っていますよ」
「ええ、あなたはきっと、私達とも共に手を取り合って立派な国王になるわ」
ラサニエルもマリアネラも、笑顔だった。
ずっと心配してくれていたのだと思う。本当に家族として、愛してもらっていた、とエディウスはもう一度胸に手を当て、丁寧に頭を下げる。
「そうあれるように、努力していきます、ラサニエル殿、マリアネラ殿」
エディウスの言葉に、クリスティアンもどこかホッとしたように微笑んで、エディウスの手を取った。クリスティアンにとってエディウスは、クラウディア同様、大切な家族であり、守るべき者だ。
「本当に立派になったよ、殿下。クラウディアもきっと喜ぶ」
クリスティアンの手を握り返しながら、エディウスも表情を緩めた。クリスティアンにも、たくさん協力をしてもらった。彼がいたからこその、立太子だったと思う。本当にいつも、敬愛する兄として、時として絶対的に信頼できる部下として、エディウスの支えでいてくれた。
「そうであったらいいと思うよ、クリス。でもディアにとって、私は妹だから」
そしてこの場にはいない、大好きなクラウディアを想う。
「まあ、そうだな。でも、もう事実を伝えても大丈夫だろう? シェブロン公爵の脅威は去ったし、殿下の立場も盤石なものになった。ディアに危険が及ぶことはないだろう」
「そうだな。やっと、だ。本当に長かった」
5年間だ。
同じ学園内にいながら、性別も異なり、2学年違えば校舎も違う。本当にごく稀に、一方的に彼女を見かける程度だったのだ。
でも、それも、やっと終わる。
エディウスは、姿勢を正すと公爵夫妻に向き直った。
「ファーレン公爵、並びにマリアネラ殿、私に、クラウディアに求婚する許可をいただけないでしょうか?」
「「え?」」
夫妻が口を揃えて、固まった。
「……あの、殿下、クラウディアはその……」
ラサニエルが少々狼狽えたように、エディウスを見る。
その視線をしっかりと受け止めて、エディウスは応えた。
「承知しています。クリスとディアが、マリアネラ殿の血を引いていることも、私達と寿命が違うことも。また二人が持つ力のことも。
でも、私はずっとディアのことが好きでした。家族としても、そして女性としても、ディア以上に想える人は、きっとこの先現れることはありません。
このまま彼女に正体を明かし、かつての妹として愛されて生きることも考えました。でも、無理なんです。何度考えてみても、私は結婚を考えるなら、やっぱりクラウディアがいい。
だから、どうか、彼女に求婚……いえ、まずは男として彼女に愛を伝えることを許して下さい」
真剣な表情で気持ちを伝えるエディウスに、夫妻は顔を見合わせて頷きあった。
口を開いたのは、マリアネラだ。
「殿下、お気持ちはわかりました。でもね、きっとあの子に、そういう男女の恋愛に対する情緒は育ってないと思うわ。
私達は種族的に、晩熟というか……きっと寿命が長いせいね。
それに、後継を残さなければいけないクリスと違って、あの子はこの先ファーレン領で暮らすことになるだろうからと、社交界に出すつもりはなくて……」
クリスティアンは、ファーレン公爵家の長子であり、ラサニエルの後継としてローゼンタール王国の貴族として必要な教育は受けていた。
将来はファーレン公爵領の領主となるが、それまでは王都で勤めながら伴侶を探す予定だ。
貴族の長子として22歳になるクリスティアンに婚約者がいないのは異例だが、彼は長命だ。彼の事情を知った上で、全てを受け入れて伴侶になってくれる女性をゆっくり探せばいい。
しかし、クラウディアは違う。
彼女はいずれ魔の森の近くで、人と精霊を繋ぐ者として生きていきたい、という希望があり、そのために学んでいる。
彼女の高等部での専攻は、外国語と医療だ。
人とは異なる立場で、でも人が好きで、関わり合うことを望んでいる。
「はい、それも、クラウディアと交わしている手紙で知ってはいるのです。
そして、精霊の血を引くものは、人の事情に囚われず、心から愛する者と生涯をともにすることも……
でも、どうかお願いです。
私にチャンスを下さい。
もし、この想いが叶わなくても、そう、たとえクラウディアに同じ想いを返してもらえることがなくても、この国の為に誠心誠意尽くすことに変わりはないと、誓いますから」
そう、もしクラウディアと結ばれることがなかったとしても、この国が彼女の生きる場所であるのなら、エディウスはちゃんと護っていくと誓えるから。
家族として、ファーレン公爵家の皆を愛していることに変わりはないのだ。
「ラサニエル、私からも頼む。エディウスに機会を与えてはくれないだろうか? この子は、その為に今回力を尽くしたのだ」
父である国王までも共に、ラサニエルに願ってくれた。
「ユリウス、わかったよ。
このことに関して、私達は殿下の手助けも邪魔もしない。どちらの道にも、同じだけの試練や苦労があると考えているからね。ならば、自身の道は、それを歩むものが決めるべきだ。
最後に二人の幸せに繋がるのなら、私達はその選択を喜んで祝福しよう。
殿下、いや、ミカ。私達家族は、ディアと同じように君のことも愛しているからね。君も幸せに生きることを望んでいるんだよ?」
確かに、クラウディアと共に人生を歩むにしろ、別の道を行くにせよ、エディウスの現在の立場とクラウディアの出生を考えれば、同じだけの苦難が待っているのだろう。
でもそれならば、愛する人と共に乗り越える苦難の方がずっといい。
だから、誠意をこめて彼女の愛情を乞おう。
「はい、お父様。そして、父上も。ありがとうございます」
エディウスは、もう一度心からの感謝をこめて、頭を下げた。




