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少し時間は遡る。
それはエディウスが王宮に戻って、1年半程が過ぎた13歳を迎えるしばらく前のことだ。
王宮に戻ってからというもの、エディウスには各方面の家庭教師がつけられ、王族として必要な教育が施されていた。
それは長期間王宮を離れていた第一王子に、これまでの遅れを取り戻す勢いで行われていたのだが……
「素晴らしいです、殿下。得られた知識をこのように応用されるとは。本当に素晴らしい、この理論は画期的ですな」
(それは紙面上のことだから、可能なだけだよ)
目の前で課題に目を通していた家庭教師が、感動したようにこぼした言葉に、エディウスは心のなかでつぶやいた。
本や論文は一度読めば記憶出来る。教師から教わることも同様に。
記憶した内容を整理して、組み合わせ、共通点や矛盾点から新しい知見を導き出すことも、まあ出来る。
だけど、身体を使うことはなかなか大変だ。
ファーレン公爵領でクリスティアンやクラウディアと散々遊び回ったから、体力もあるし運動神経も悪い方じゃ無いけれど。剣術などはいくら理論や型を知っていても、やはり力もいるし身長が足りないせいもあって、理想通りに動くことは難しい。
マナーやしきたりなどはともかく、ダンスに至っては、音楽と合わせたりパートナーとも息を合わせる必要がある。
(もう少し身体を鍛えよう。筋力をつけて体幹がしっかりしてくれば、どちらも理想通りに動けそうだ……音楽は……あまり才能なさそうだからな)
そこまで考えたエディウスは、ふとクラウディアがよく歌ってくれた子守唄を思い出す。
「ミカ、今日も一日楽しかったわね。また明日も一緒よ? よく眠れたら、すぐにまた会えるわ」
クラウディアは読んでいた絵本を閉じてサイドボードに置くと、エディウスの手を握る。
そうしてゆっくりと息を吸うと、抑えた声で歌いだす。
夜の帳が下りてきた
森の精霊達も、街の人々も
幸せな夢の中に
月と星が見守る優しい眠りに
おやすみなさい
愛する子たちよ
クラウディアの声は、透き通った水のようにきれいで穏やかで温かい。
彼女のそばには、よく動物たちも集まってきていたけれど、皆彼女の歌声が好きだったようだ。
エディウスもまた、一日の最後に聴く子守唄が大好きだった。自然とやって来る眠気に、そのまま身を任せる。
たまに彼女もそのまま寝落ちて、朝目覚めたらクラウディアとテトに挟まれていたこともあった。
(優しくてこの上なく幸せな時間だった。今ごろそれを嫌というほど実感するなんて、な)
「殿下?」
「ああ、すまない。少し考え事をしていた。今日はもう、いいだろうか?」
「ええ、間もなく学園に通われることになりますが、この履修状況ですとかなり物足りないでしょうなあ」
「父上からは、勉学以外の目的で通うように言われている」
「もちろんです。王族として必要なのは、知識だけではありませんからね。
特に殿下は、王宮に戻られてからまだ公式行事の参加もされておりませんから、学園では各家のご子息やご令嬢方と交流を図るのが一番の目的になるでしょう」
「ああ、わかっている」
教師が去っていく後ろ姿を眺めながら、エディウスは大きく息を吐き出した。
自分の生まれについては、承知している。
幼い頃、この王宮でどのように過ごしたかも憶えている。
何故王宮を出され、また戻されることになったのかも、きちんと理解はしている。
わかってはいるが……
(学園で、側近候補と婚約者候補を見つけて来いってことだろうな)
本当にままならない。
今の自分は、ただ流されて生きているようだ。
自分の足で立っているような気がしない。
「人は皆、役割を持って生きている。望んでそうなる場合もあるし、自分では選べないこともある。
私も君も、クリスやディアにも。
その役割にはちゃんと意味があって、人っていう生き物は、皆それぞれの立場で精一杯それをつとめて生きているんだよ」
ファーレン公爵は、かつてそう言っていた。
今は第一王子としての役割を。そして、将来は国王という役割を担うことを、父は多分望んでいる。
それは自身で選ぶことは出来ない生まれ持った役割だけど、でも、もし王妃という役割を誰かに与える権利があるなら、それはクラウディアに受け取って欲しい。
そうしたら、いくらでも頑張って、良き国王になれるよう努力するから。
クラウディア、君に会いたい。
さみしい……の意味は、もう充分わかったから。
ただ、妹として戻りたいわけじゃない。
君の隣で、今度は手を引いてあげたい。
あ、ディアは大人しく手を引かれているタイプじゃないか。
ならば手を繋いで、ずっと一緒に。
いつも前向きで優しくて温かい君と、ずっと仲良く笑いあって、毎日を過ごしていきたい。。
君の一番近くで、ずっと。
その権利がもらえるなら、窮屈なこの役割を、いくらだって完璧に演じてみせるから。




