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「ディアは、ミカが来てから、本当にお姉さんになったわね」
ある日の朝食の席で、マリアネラはそんなことを言っていた。
それにクリスティアンも同意する。
「本当にね。朝は早起きしてミカを起こしに行くし、毎晩本も読んであげてさ。家庭教師も早くつけてってお父様に願って、6歳から勉強まで始めて……お姉さんでいるために、涙ぐましい努力をしていると思う」
「……でも、お勉強は二つも下のミカとおんなじ内容なの。しかも、ミカの方が、ちゃんと覚えているのよ。私、お姉さん失格だわ」
クリスティアンの言葉にも、クラウディアの表情は浮かない。
年下のミカが自分より勉強が出来ることに、落ち込んでいるのだ。クラウディアの中の、かっこいいお姉さんのイメージに追いついている気がしない。
マリアネラは苦笑して、言葉を重ねる。
「あら、私はディアを褒めているのよ? あなたはミカの面倒をちゃんとみて、立派なお姉さんをしていると思うわ。ミカもそんなディアのこと、大好きだと思うわよ? 私ももちろんあなたを愛してるわ」
そして、横目でチラリとミカを見た。
ミカはそれに頷いて、クラウディアの手をそっと取る。
「私は、ディアと一緒で嬉しいよ?」
「私もよ、ミカ。ミカは天使だもの。可愛くて、きれいで、賢くて、世界で一番大切で大好きな私の妹よ。これからも一緒に、嬉しいこととか楽しいこととか、たくさんしようね」
クラウディアを慰めるつもりが、なんだかミカが褒められて終わってしまった。
「……うん。でも、危ないことはしないでね」
結構なお転婆であるクラウディアに、ミカは一応釘を差しておく。
時々彼女は、ミカがヒヤリとすることをするのだ。
巣から落ちた雛を戻そうと木に登ったり、一人で裸馬に乗ってみたり。
いくら動植物に愛されているクラウディアでも、危ないものは危ない、とミカは思う。
ミカは、クラウディアがもし大きな怪我をしたり、死んでしまったら、と思うと心の底から怖くなるのだ。
ミカにとっても、クラウディアは大切で大好きな女の子だ。
いつの間にか、一緒にいるのは当たり前で、クラウディアだけは、きっと何があっても自分を嫌いになったりしないと、無条件に信じられた。
クラウディアを見ていると、ミカは自分の感情に気がつくこともある。
ミカが楽しそうに笑うと彼女も嬉しそうに笑い、怒っていると眉を下げて困ったように笑う。痛そうにしているとそこに手を当てて心配そうに見つめ、悲しそうにしていると泣きそうな顔をしてハグしてくれる。
何も言わなくても、ミカの感情はクラウディアには伝わっていて、どんなときでも側にいてくれる彼女に、多分いつも甘えている。
でも、いつか……
クラウディアにとっても、ミカがそんな存在になれたらいいと思う。
ミカの存在が、彼女を幸せな気持ちにしてくれると良いなと、そんな願いを持っているのだ。
そしてミカは、そんな毎日がずっと続くと思っていた。
でも、子供達は成長する。
ミカが7歳を迎える年、クリスティアンが王都の学園に通うことになり、公爵領を出て学園の寮に入ることになったのだ。
彼が入学する聖オルビス学園は、王都にある貴族子女が通う学園だ。
13歳を迎える年に入学して、中等部が4年間。その後更に学びたい者は、高等部の専門課程に進学して2年間学ぶ。
全部で6年制の学園である。
中等部は、貴族としての一般常識や教養や作法を学び、多くの女子は中等部修了をもって実家に戻った後、社交界にデビューし結婚に備えるという。
学園で学ぶ一般常識と教養については、かなりレベルが高い為、個々の成績の差もでやすく、女子にはあまり重視されていない。
そして、作法に関しては、それぞれ家で叩き込まれているため、学園は実践の場として重きがおかれている。
つまり、貴族として生きていくためなら、中等部の修了で充分だ。
一方、家督を継いだり、王宮や役所や軍などで職を得る必要のある男子生徒達は、更に高等部2年間の専門課程で学び続ける者が圧倒的に多い。高等部に進級するためには、中等部の成績が大きく影響するため、総じて男子の方が勉強熱心だ。
クリスティアンもまた、6年間の学園生活を予定しているのだという。
学園に入学すれば、領地に戻ってくるのは、年に2回の夏と冬の長期休暇のみ。
中等部を修了して社交界にデビューすれば、クリスティアンの帰省は夏の休暇のみとなる。
クリスティアンが家を出る前、クラウディアは予想に違わず「寂しい」と言って、散々泣いていた。
ミカにとっては、確かに何処か物足りなさを感じたものの、クラウディアが涙するほどではない。
ただ、彼女の傍には自分がいるから、早く泣き止んで欲しいなと思っていた。
ミカがその時のクラウディアの気持ちを理解できたのは、4年後、クラウディアが学園入学の為に家を出ると告げられたときのことだったのである。




