表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/4

 ぼくがびっくりしていると、水の中に潜っていなくなってしまった。赤い尾びれがひらひらと潜っていくのが見えて、なんとなく見送ってから、ぼくは慌てて来た道を戻った。


 山神さまだとか、金魚だとか、びっくりしたけど。

 それよりも帰れなくなるんじゃないかとか、遅くなって怒られるんじゃないかとか、それのほうが気になっていた。


 夕日の中を、虫取り網を振り回しながら汗だくで走る。

 見慣れた道に出たときは、すごくほっとした。なんとか暗くなる前に、ぼくの家のマンションについた。

 階段を駆け上がり、虫取り網を置いてから、勢いよく家のドアを開く。奥から、うるさい、とお姉ちゃんの声がした。


 ぼくは無視して靴を脱ぎ捨てると、エアコンの効いたリビングを駆け抜け、ベランダに向かった。


 金魚。

 この間の夏祭りで、金魚すくいをして連れて帰った金魚を、ぼくは飼っていた。水槽に入れて七日目に死んじゃったけど。


 お墓を作りたかったけど、うちには庭がない。

 こっそりマンションの植え込みに埋めようかと思っていたら、お母さんが、ガーデニングのお花の鉢寄せに埋めていいって言うから、そこに埋めることにした。

 ぼくが両手を伸ばしたくらいに大きい植木鉢だ。そこに金魚の死体をいれてお墓を作った。それからぼくは毎日、残った餌をお供えしていた。


 今お母さんは買い物に行っているのか、家にいない。ちょうどいい。ぼくは大きな丸い鉢植えを両手で掘り返した。

 だけど、掘っても掘っても、花の根が出てくるだけで、金魚の死体は出てこない。


「なにやってんの? あんた暑くないの?」

 きったないわねえ、とお姉ちゃんがぼくを見ている。


「ねえ、金魚、ここに埋めてたんだけど」

「あんたがお墓作った後、お母さんがこっそり掘り起こして、生ゴミで捨ててたわよ。虫がわくからって」


 生ゴミ。

 お姉ちゃんの言葉に、ぼくは掘るのをやめた。


 生ゴミ。ぼくの金魚も、死んだら晩ご飯の魚と同じで、生ゴミで捨てられちゃったのか。

 ショックなのかガッカリなのか、腹がたつのか、よくわからなかった。


 毎日餌をお供えしてたお墓は、からっぽだったというわけ。

 お姉ちゃんはからかうように笑って言った。


「燃やしたら良かったのよ」

「なんで」

「燃やしたら腐らないし。あ、本当にやるのやめてよ。火遊びして大変なことになったら、あたしのせいにされるんだから。あんたすぐ本気にするんだから」

「焼き魚になっちゃうだろ」


 まっかな金魚がこんがり真っ黒になるのを想像すると、ひどく残念な気持ちになった。

 とにかくわかったことは、ぼくの金魚はもう生き返らない。




 晩ご飯でみんながそろっているとき、ぼくはお父さんに聞いた。

「ねえ、人魚って、海の生き物だよね?」

 昔読んだ絵本も、アニメも海を泳いでた。

「さあなあ。海だとは思うけどなあ」


 お姉ちゃんはぼくをちらっと見て、鼻で笑った。

「人魚なんて架空の生き物でしょ。ほんとは船乗りが岩にぶつけて船を沈没させてたのを、人魚の仕業って怖がってただけって何かで見た」

「お姉ちゃん」

 お母さんがたしなめる。けどお姉ちゃんは口をゆがめてから、ご飯を口に放り込んだ。


 ぼくはお姉ちゃんを無視して、お父さんに話しかける。

「でも、半分魚だったら、川とか池にいても人魚だよね」

「下半身が魚だったら、海でも川でもいいのかもしれないなあ。どうした、川の探検で人魚でも見つけたのか」

 お父さんの言葉に、ぼくはびくりとしてしまった。


「うん。まあね」

 ぼくはご飯を口に放り込んで、ごまかした。

 大人に言ってもわかりっこない。


「ばかみたい」

 お姉ちゃんがしかめっ面で言う。またお母さんが、お姉ちゃん、とたしなめたけど、全然聞いていなかった。



 次の日、ぼくはまた用水路をたどって、なんとか山の池にたどり着いた。

 今日は地図を書きながら来たから、今度はまっすぐ家に帰れるし、また来るときも間違えずに来られる。


 人魚は昨日見たときと同じように、池のふちの石にもたれて、手をぶらぶらさせていた。

 ぼくを見て、びっくりしたみたいだった。

 昨日みたいに強い言葉を投げられるかと思ったけど、人魚はにっこり笑った。クラスの女子と同じ、普通の女の子みたいに。


「なんだ、また来たの」

 家の金魚の話をすると、池の人魚は、あきれかえった顔でぼくを見た。


「あたしの話聞いてなかったの?  あたしがとても美しい金魚だったから、山の神様がこうして変化させてくださったのよ。あたし以外の、その辺の平凡な金魚なんか、助けてもらえないわ」

 人魚は自慢げな顔で言った。


「それにあたしは死にかけたけど死んでなかったの。死んだら手遅れでしょ。ばかね」

「……それもそうか」

 人魚はけっこうおしゃべりで、ぼくに自分のことをいろいろと話した。


 去年の夏のお祭りで、町の子供に連れて帰られたこと。

 ちゃんと水槽に入れてもらえなくて、すぐに死にかけたこと。

 そして、用水路に捨てられたこと。


「藻に絡まってぶらぶら揺れてたら、山神さまが見つけてくださったの。水でも空気の中でも生きていけるようにしてくださったのよ。わたしの尾びれは美しいから、そのまま残してくださったの」

「でも、それって」


 人魚は、池の水をすいすいと泳ぐ。

 自由自在に、ぼくがみたことがないくらい、のびのびと泳ぐ。外は暑いし、ぼくはいつも汗だくだし、気持ちよさそうでうらやましいけど。


「それって、意地悪じゃない?」

「なんでよ」

 人魚は急に不機嫌になった。

「だって」


 尾びれがあるから、人魚はこの池にいないといけない。ずっとずっとここから出られない。

 中途半端に、半分だけ人間になって、そりゃあ水槽に入れてもらえなくて死ぬことはないだろうけど、そのせいでここに閉じ込められてる。


 お祭りの金魚すくいで獲られて、人間の家の水槽に飾られるか、山神さまの池に飾られるか、結局あんまり変わらないような気がする。こっちの方がずっと広いし、外だし、泳いでるのは気持ちよさそうだけど。

 ぼくが来て話し相手になってあげないと、自分から誰かに会いに行くこともできないじゃないか。


「山神さまは、よく来るの?」

「ばかね、神さまはそんなに軽々しく姿をみせたりしないの」

「じゃあ、君はいつもどうしてるの? ひとりぼっちなの?」


 少女は真っ赤な顔をした。

 頬を膨らませて、眉をつりあげた。

「そんなことないわよ!」

 叫んだ声が、木の間に響いた。


「蛙もいるし、蝶も鳥も来るし、ひとりぼっちじゃないわよ!」

「でも、話せないんだろう? 君は虫とか鳥の言葉がわかるの?」

 おやゆび姫とか、童話の中では蛙とおしゃべりしてたけど。

 少女は口を閉ざしてしまった。



「ねえ、名前は?」

 あるの? っていいかけて、やめた。


 少女は、頬を膨らませたまま答えてくれなかった。

 怒らせてしまった。もう口をきいてくれないのかもしれない。


 ぼくがあきらめて家に帰ろうと背中を向けると、小さな声が聞こえた。ぱしゃん、と音がして振り返る。

 少女の尾びれが、水面を揺らしていた。


「あけ、って」

 ふくれた顔で人魚がつぶいた。

「山神さまが、美しいあけって言ってくださったの。だから、わたしの名前はあけよ」


「あけ……?」

「赤色ってこと」

「……それって、名前?」

 少女の眉毛がぎゅっと寄る。ぼくはすぐ、しまった、と思った。


「わかりやすくて、いい名前だね」

「わかりやすいってなによ。もっと他に言いようないの」

「うん、ええと。いいんじゃないかな。ぴったり」

 ぼくが言うと、人魚は「そうでしょう」とうれしそうに、顔いっぱいに笑った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ