表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第2部4話『境界の救命戦線(サルヴェージライン)』
94/99

第5幕『バイタル』



 「……子どもは?」



 セレスの問いに、ガルドたち三人の顔がまた少しだけ強張った。


 でも今度のそれは、さっきみたいな“言いたくない”じゃない。

 “どこから言えばいいか分からない”の方だった。


 先にミラが答える。



 「……います」



 声が掠れていた。



 「まだ、小さい子で……ずっと熱っぽくて……

 さっきから、奥で寝かせてます」



 「熱っぽい?」


 俺が聞き返すと、ユリウスがすぐ首を振る。



 「分からないんです。

 熱があるのか、弱ってるだけなのか……

 ずっとぼんやりしてて……水も、あんまり飲めなくて」



 ガルドが低く続けた。



 「この場所に連れてきてから、あまり動かしちゃいない。

 奥の部屋に、寝かせてる」



 ——奥。



 さっきから視界の端に入っていた、壁沿いの扉が並ぶ方だ。

 俺がそっちへ目をやった、そのタイミングで。



 「リク」



 背後から、短い声が落ちた。


 振り返る。

 アリスだった。


 いつの間に降りてきたのか、搬入口の影のところに立っている。

 長い黒髪の先だけが、遅れて揺れた。


 その姿に、ミラが小さく息を呑んだ。

 ユリウスも一瞬だけ目を見開く。



 ——まあ、驚くよな。



 けど、アリスが俺たちのすぐ横まで来ると、二人ともそれ以上は騒がなかった。

 少なくとも、“こっち側”だとは分かったんだろう。


 アリスは三人へ向けて、ほんのわずかに頭を下げる。



 「型式番号LC-01-A-03。コードネーム、アリス・リドルです」



 ミラがぱち、と瞬く。



 「……かたしき?」


 「いや、そういうのはいいから」



 俺はすぐ挟んだ。



 「アリスって呼んでやってくれ」



 アリスが一瞬だけこっちを見る。

 でも訂正はしなかった。



 「奥を確認しました。

 敵性反応なし。生活反応……一件、微弱です」


 「子どもか?」


 「はい」



 一拍。



 「単独での移動は困難と推察します」



 ……やっぱり、かなり弱ってるのか。



 「案内、頼めるか」


 「了解」



 アリスはそう言って、すぐ奥へ向かう。

 歩幅は小さいのに、妙に速い。

 俺も立ち上がった。



 「ガルドさんたちは、ここで休んでてくれ」



 ガルドが反射的に何か言いかけたが、先にセレスが入る。



 「大丈夫。私たちが見るわ」



 仕事の声だった。

 押しつけじゃない。安心させるための断定だ。

 ミラが、唇を噛んでから小さく頷く。



 奥の通路は、手前よりさらに暗かった。


 壁は白い。

 白いはずなのに、光が足りないせいで妙に青白く見える。


 足音が響く。

 床も、壁も、天井も、全部が固い。音の逃げ場がない。


 並んだ扉のひとつが、少しだけ開いていた。

 アリスがその前で止まる。



 「この中です」



 中は、小さかった。


 というか……

 たぶん、本来は人が寝るための部屋じゃない。


 物を置くための空間に、無理やり毛布を敷いた感じだ。

 壁際に寄せられた箱。開かない棚。意味の分からない金属の台。

 その隙間、床に近いところで、毛布がひとつ膨らんでいた。



 「……っ」



 こっちの気配に反応して、毛布の奥がわずかに動く。


 細い指が、端を少しだけ握る。

 そのあとで、ようやく顔がのぞいた。


 小さい。


 十歳……いや、もっと下かもしれない。

 頬は少しこけて、髪は額に張りついてる。


 でも、目だけはちゃんと起きていた。


 いや、“起きようとしている”の方が近い。


 俺たちを見てる。

 けど、見えてるものの意味が、まだ追いついていない。



 「……だれ」



 小さな声だった。

 それでも、その場にいた全員がちゃんと聞いた。


 視線は、真っ先にアリスへ向いていた。

 この中じゃ一番背丈が近いし、前に出ていたのもアリスだ。

 少なくとも、このメンツの中では一番親しみが持てるんだろう。


 アリスが、一歩だけ前に出る。

 いつも通り、まっすぐだった。



 「わたしは、型式番号LC-01-A-03。コードネーム、アリス・リドルです。

 あなたの安全確認を担当します」



 ……硬い。


 毛布の中の子どもの目が、ぱち、と瞬いた。

 完全に意味が分かってない顔だ。


 だろうな。

 俺だって初見なら分からん。



 「いや、だから名乗りが硬ぇんだよ」



 思わず口を挟む。

 アリスが、無言でこっちを見た。

 金色の目だけが、じとっと細くなる。


 その圧を無視して、俺は子どもの目線までしゃがみこんだ。



 「悪い。こいつ、ちょっと最初だけこうなんだ」



 アリスを親指で示す。



 「アリス。名前はアリスでいい。

 ちゃんと味方だから、安心してくれ」



 一拍遅れて、エナもひょこっと顔を出す。

 大きい図体のくせに、出方だけ妙に遠慮がちだ。



 「え、えっと……あたしはエナですっ。

 こわくないですよっ」



 その言い方のせいで、逆にちょっと怖がられてないか心配になる。

 いや、まあ、今さら見た目のインパクトはどうしようもないんだけど。


 セレスは少し後ろで膝を折って、声だけを柔らかくした。



 「セレスよ。大丈夫、今は無理に起きなくていいわ」



 最後に、俺が自分を指す。



 「で、俺がリク」



 短く、それだけ言う。



 「助けに来た。ほんとに」



 子どもは、毛布を握ったまま、順番に俺たちを見た。


 アリス。

 俺。

 エナ。

 セレス。


 その視線の動きが遅い。


 けど、ちゃんとひとりずつ見ている。


 「……リク」



 まず、俺の名前を繰り返した。

 次に、アリスを見る。



 「……アリス、おねえちゃん?」



 横で、アリスの動きが一瞬だけ止まった。

 で、たぶん本人の中では訂正しないと気が済まなかったんだろう。



 「訂正します。

 おねえちゃんではありません。アリスです」


 「そこ訂正するんだ……」



 思わず漏れる。

 子どもは意味が分からないまま、でもちょっとだけ口元を緩めた。


 たぶん、俺たちが言い争ってるんじゃない、ってことだけは分かったんだと思う。



 「君、名前は?」



 そう聞くと、少しだけ間があいた。

 自分の名前を言うだけなのに、息を整えるみたいに時間がかかる。


 それから、ようやく。



 「……ルカ」



 小さく。

 でも、今度はちゃんと聞こえた。



 「ルカ、か」



 俺が繰り返すと、ルカはこくりと頷いた。

 その頷き方も、力が足りない。

 首が重そうだ。


 アリスが、そこでしゃがみこむ。



 「ルカ。接触判定を行います」



 言ってから、一拍。

 さすがにそのままだと伝わらないと判断したのか、珍しく少しだけ言い直した。



 「……体の具合を、確認します。

 痛みがあれば申告してください」



 ルカは、ぼんやりしたまま頷く。


 アリスの冷たい指先が、額に触れる。

 次に首筋。手首。


 ルカがびくっとするかと思ったが、そうはならなかった。

 むしろ、冷たさが気持ちよかったのか、少しだけ目を細める。



 「バイタル確認」



 アリスの声が、機械みたいに落ちる。



 「脱水症状、中度から重度。栄養状態、低下。

 軽度の発熱を確認。感染症の兆候はありません。

 現時点での断定はできませんが、ストレスと消耗と推察します」



 セレスがすぐに拾う。



 「歩かせるのは?」


 「非推奨です」



 一拍。



 「短距離なら運搬補助前提で可能。

 ただし、自力歩行は、かなりの消耗をまねくと推察します」



 ルカは、話の半分も分かってなさそうな顔で、ただアリスを見ていた。


 それから、ふっと小さく言う。



 「……つめたい」



 アリスが、ぴたりと止まる。

 言い返すかと思ったが、今回はしなかった。


 ルカの口元がまた少しだけ動いた。

 笑った、ってほどじゃない。

 でも、さっきよりほんの少しだけ、顔から怯えが引いていた。


 よかった。


 とりあえず、ここまでは。


 目の前のこの子は、まだ“無事”とは言えない。

 でも、ちゃんと名前があって、受け答えができて、俺たちを見てる。


 それだけで、こっちができることは全然違ってくる。



 「ルカ」



 できるだけ、低くしすぎない声で呼ぶ。



 「あとで、ここから出る。

 そのために、もうちょっとだけ頑張れそうか」



 ルカはすぐには答えなかった。

 でも、毛布の端を握ったまま、ゆっくり頷いた。


 そのあとで、息の隙間みたいな声で、小さく足す。


 「……がんばる」


 その動きの小ささが、逆に重かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ