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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第2部4話『境界の救命戦線(サルヴェージライン)』
92/99

第3幕『プライオリティ:レスキュー』



 「……セブン」



 喉が重い、って感じはなかった。

 ただ、状況が多い。


 目の前には、かろうじて息をつないでるやつがいる。


 その周りは、形だけ整った空っぽの街。

 で、その奥には……帰れるかもしれない手がかり。


 全部、同時に転がってきてる。



 ——こういうときに、まとめて考えると大体ろくなことにならない。



 ひとつずつ切る。


 目の前で、苦しげに息をしてる人。

 空っぽの街。

 その奥にあるかもしれない手がかり。



 ——『そういう時はまとめて抱えんな!!

 パンクするぞ!』



 なんかのとき、そんな親父の声が飛んできたことが、不意に脳裏に浮かんだ。


 確か大会のコースで、一人落ちて、周りが一気にざわついたときだったか。

 コースも観客も審判も全部視界に入ってきて、身体が固まってた……。


 だから、順番をつける。

 上から、ひとつずつ。



 「周囲、人影。……スキャンできるか」



 短く言う。



 《……》



 一拍。



 《実行保留》



 いつも通り、淡々とした声。



 《優先順位が未確定。

 当ユニットは現在、複数の高重要タスクを同時に認識している》



 予想はしてた。



 《帰還経路の特定、および本領域の構造解析。

 生存者の探索および救助。

 いずれも高優先度タスクであり、同時実行には制約がある》


 「……分かってる」



 理屈は全部分かる。


 ここは“当たり”の場所だ。

 帰るための手がかりがあるなら、なによりそこを押さえるのが正しい。


 奥歯が少し噛み締まる。


 

 ——ただ。



 視界の端で、さっき水を飲ませた男の胸が、小さく上下する。


 途切れそうで、まだつながってる。


 どっちも重い。

 どっちも、後回しにしたくない。



 「セブン」



 もう一度呼ぶ。



 「生存者、先に拾う」



 結論だけ言う。

 迷ってる時間が一番無駄だ。



 《……確認》



 わずかな間。



 《当該判断は、帰還経路特定の遅延を招く可能性がある》


 「知ってる」



 即答する。



 「でも今、優先順位決めろって言われたらこっちだ」



 一拍。



 「目の前で死にかけてるやつ、後回しにする探索じゃない」



 言い切る。



 《……》



 短い沈黙。



 《承認》



 セブンの声が、わずかにだけ硬さを変える。



 《優先順位を暫定的に再構成。生存者探索を実行する》


 「頼んだ」



 今度は素直に言葉が出た。



 《スキャン開始。範囲:半径三百メートル》



 数秒。



 《検出》



 即座に結果が出る。



 《前方、三ブロック先。

 複層階構造物内部にて、人型動体を確認》


 「何人だ」


 《計測:四》


 《うち三体は比較的活発。

 残る一体は動作極小。生命活動の低下を示唆》


 「……場所」


 《方位:前方左。

 距離:約一二〇メートル。

 対象構造物:低層商業施設と推定》



 頭の中で、さっき見た通りの配置がつながる。


 通りを抜けて、三つ先。

 シャッターが半分降りてた並び、その奥だ。



 《補足》



 セブンが続ける。



 《動作極小個体のサイズは小。推定:子供》


 「……子供、か」



 短く息を吐く。


 その瞬間、頭の中で勝手に繋がるものがある。

 囲炉裏の横に残ってた、片方だけの靴。



 「アリス」



 名前を呼ぶ。



 「先行できるか?」



 アリスはすでに通りの奥を見ていた。



 「可能です」



 即答。



 「ワイヤーによる屋上経路を確保します。

 敵性反応があった場合、即時離脱も可能です」


 「頼む」


 「了解」



 短く返して、すぐに動く。


 ワイヤー射出。

 細い体が、音もなく上へ消える。



 「エナ」


 「はいっ!」



 間髪入れず返ってくる。



 「こっちの人、任せていいか」


 「任せてくださいっ。

 呼吸、安定させます!」



 しゃがみこんで、さっきの男の体を支え直す。

 手つきはもう迷ってない。



 「セレスは後ろ見ててくれ」


 「ええ。挟まれたら洒落にならないものね」



 すぐに立ち上がって、路地の外側に視線を向ける。



 「四人、ね」



 ぽつりと落とす。



 「……少ないわね」



 俺も同じことを考えてた。



 「セブン」


 すぐに呼ぶ。


 「範囲、広げてくれ」


 《……》


 一拍。


 《再スキャン実行》



 今度は、ほんの少しだけ時間がかかる。



 《範囲拡張:半径二キロ》



 静かに、結果が落ちる。



 《……》


 《検出なし》


 「……四人だけか」



 確認するみたいに呟く。



 《肯定》


 セブンが続ける。


 《当該範囲内において、人型反応は前述の四体のみ。

 追加の生存・死亡個体ともに検出されず》



 セレスが、わずかに眉を寄せる。



 「……合わないわね」



 エナも、ちらっと顔を上げる。



 「他の人、いないんですか……?」


 「……いない、ってより」



 俺は、路地の外を見た。


 空っぽの通り。

 整いすぎた建物。



 「ここに“残ってる”のが、その四人だけって感じだ」



 口に出してみて、しっくり来る。


 街はある。

 形も、配置も、全部揃ってる。

 なのに、その中にいる人間は……四つだけ。


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