第3幕『プライオリティ:レスキュー』
「……セブン」
喉が重い、って感じはなかった。
ただ、状況が多い。
目の前には、かろうじて息をつないでるやつがいる。
その周りは、形だけ整った空っぽの街。
で、その奥には……帰れるかもしれない手がかり。
全部、同時に転がってきてる。
——こういうときに、まとめて考えると大体ろくなことにならない。
ひとつずつ切る。
目の前で、苦しげに息をしてる人。
空っぽの街。
その奥にあるかもしれない手がかり。
——『そういう時はまとめて抱えんな!!
パンクするぞ!』
なんかのとき、そんな親父の声が飛んできたことが、不意に脳裏に浮かんだ。
確か大会のコースで、一人落ちて、周りが一気にざわついたときだったか。
コースも観客も審判も全部視界に入ってきて、身体が固まってた……。
だから、順番をつける。
上から、ひとつずつ。
「周囲、人影。……スキャンできるか」
短く言う。
《……》
一拍。
《実行保留》
いつも通り、淡々とした声。
《優先順位が未確定。
当ユニットは現在、複数の高重要タスクを同時に認識している》
予想はしてた。
《帰還経路の特定、および本領域の構造解析。
生存者の探索および救助。
いずれも高優先度タスクであり、同時実行には制約がある》
「……分かってる」
理屈は全部分かる。
ここは“当たり”の場所だ。
帰るための手がかりがあるなら、なによりそこを押さえるのが正しい。
奥歯が少し噛み締まる。
——ただ。
視界の端で、さっき水を飲ませた男の胸が、小さく上下する。
途切れそうで、まだつながってる。
どっちも重い。
どっちも、後回しにしたくない。
「セブン」
もう一度呼ぶ。
「生存者、先に拾う」
結論だけ言う。
迷ってる時間が一番無駄だ。
《……確認》
わずかな間。
《当該判断は、帰還経路特定の遅延を招く可能性がある》
「知ってる」
即答する。
「でも今、優先順位決めろって言われたらこっちだ」
一拍。
「目の前で死にかけてるやつ、後回しにする探索じゃない」
言い切る。
《……》
短い沈黙。
《承認》
セブンの声が、わずかにだけ硬さを変える。
《優先順位を暫定的に再構成。生存者探索を実行する》
「頼んだ」
今度は素直に言葉が出た。
《スキャン開始。範囲:半径三百メートル》
数秒。
《検出》
即座に結果が出る。
《前方、三ブロック先。
複層階構造物内部にて、人型動体を確認》
「何人だ」
《計測:四》
《うち三体は比較的活発。
残る一体は動作極小。生命活動の低下を示唆》
「……場所」
《方位:前方左。
距離:約一二〇メートル。
対象構造物:低層商業施設と推定》
頭の中で、さっき見た通りの配置がつながる。
通りを抜けて、三つ先。
シャッターが半分降りてた並び、その奥だ。
《補足》
セブンが続ける。
《動作極小個体のサイズは小。推定:子供》
「……子供、か」
短く息を吐く。
その瞬間、頭の中で勝手に繋がるものがある。
囲炉裏の横に残ってた、片方だけの靴。
「アリス」
名前を呼ぶ。
「先行できるか?」
アリスはすでに通りの奥を見ていた。
「可能です」
即答。
「ワイヤーによる屋上経路を確保します。
敵性反応があった場合、即時離脱も可能です」
「頼む」
「了解」
短く返して、すぐに動く。
ワイヤー射出。
細い体が、音もなく上へ消える。
「エナ」
「はいっ!」
間髪入れず返ってくる。
「こっちの人、任せていいか」
「任せてくださいっ。
呼吸、安定させます!」
しゃがみこんで、さっきの男の体を支え直す。
手つきはもう迷ってない。
「セレスは後ろ見ててくれ」
「ええ。挟まれたら洒落にならないものね」
すぐに立ち上がって、路地の外側に視線を向ける。
「四人、ね」
ぽつりと落とす。
「……少ないわね」
俺も同じことを考えてた。
「セブン」
すぐに呼ぶ。
「範囲、広げてくれ」
《……》
一拍。
《再スキャン実行》
今度は、ほんの少しだけ時間がかかる。
《範囲拡張:半径二キロ》
静かに、結果が落ちる。
《……》
《検出なし》
「……四人だけか」
確認するみたいに呟く。
《肯定》
セブンが続ける。
《当該範囲内において、人型反応は前述の四体のみ。
追加の生存・死亡個体ともに検出されず》
セレスが、わずかに眉を寄せる。
「……合わないわね」
エナも、ちらっと顔を上げる。
「他の人、いないんですか……?」
「……いない、ってより」
俺は、路地の外を見た。
空っぽの通り。
整いすぎた建物。
「ここに“残ってる”のが、その四人だけって感じだ」
口に出してみて、しっくり来る。
街はある。
形も、配置も、全部揃ってる。
なのに、その中にいる人間は……四つだけ。




