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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第2部3話『不穏な影』
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第7幕『十字路の空白』


 村の空気は、相変わらず妙に乾いていた。


 人が減った村っていうのは、もっと別の感じになるものだと思っていた。

 戸が閉まったままでも、洗濯物が揺れてたり、鍋の匂いだけは残ってたり、そういう“暮らしの惰性”なんかは消えてるはずなのに。


 ここは違う。


 残ってる。

 でも、噛み合ってない。

 そのズレが、歩くたびに靴の裏へじわじわ張りついてくる。



 「セブン、さっきの轍。もっと詳しく繋げられるか?」


 《了承:地形情報を再走査する》



 刀身が手の中で、ごくわずかに振動した。


 足元の土、轍の沈み、道の傾き。

 人間の目だと“ただ荒れてる”で流れそうな地面を、セブンは容赦なく数字に変えていく。



 《北東外縁より侵入した車輪痕を基準に照合中。村内における断続的な圧痕を接続する》


 「断続的ってことは、途中で消えてるのか」


 《補足:人通りと日常の踏圧により一部が不鮮明化。完全追跡は不可。ただし……》



 少し間を置いて、セブンが続ける。



 《複数箇所に残存。動線の推定は可能》



 俺は頷いて、視線を上げた。


 村の道は広くない。

 家と家の間を縫うように伸びて、井戸と納屋と畑仕事の動線が、自然に十字やT字を作っている。


 外から来た何かが通ったなら、そこには痕が残る。

 逆に言えば、痕が不自然に切れる場所は、ただ通っただけじゃない。



 ……そういう場所を探す。



 俺とセブンが村の外寄りから線を拾い直している間、アリスは家の壁際や地面の継ぎ目を無言でなぞり、セレスは聞き取った証言と道の位置関係を頭の中で組み替えているようだった。


 エナは、ひとりだけ少し違う歩き方をしていた。


 地面を見ているというより、空気の中に残った“違和感”を探るみたいに、きょろきょろと首を巡らせている。


 そのエナが、不意に足を止めた。



 「あっ」



 声は小さかったのに、妙に引っかかった。

 俺たちが振り向くと、エナは村の中心寄りにある十字路の真ん中あたりで、しゃがみ込んでいた。



 「リクさんっ。ちょっと、こっちですっ!」



 呼び方の勢いにしては、自信満々って感じじゃない。

 “たぶん変”を見つけた時の声だ。


 俺たちはそっちへ寄る。



 「何かあったのか」



 そう聞くと、エナは困ったように眉を下げた。



 「その……うまく言えないんですけど……ここ、ちょっと変ですっ」



 十字路自体は、なんでもない場所に見える。

 村の真ん中寄り。四方に家があり、道幅は他よりわずかに広い。荷を抱えた大人がすれ違うにはちょうどいい、くらいの広さだ。


 

 「たしかに……ちょっとだけ広いな。この辺」



 ただ、エナは首を振る。



 「広い、のが変じゃないんです。

 広く“した”感じがするんですっ」



 「……どういう意味だ?」



 エナは、道の端を指さした。



 「あれですっ」



 指の先には、箒とちりとりがあった。


 投げ出された、みたいに壁際へ転がっている。

 別に珍しい道具じゃない。村ならどこにあってもおかしくない。


 でもエナは、そっちじゃなく、その反対側を見ていた。



 「こっち、汚れてるじゃないですか」



 十字路の片隅。

 土の色が少し黒ずんでいて、細かい野菜くずみたいなものが混じっている。乾いた葉、藁くず、灰っぽい粉。



 「たぶん、普段ここにごみを寄せてるんだと思いますっ。

 お掃除の途中で集めたり、畑のいらないの置いたり……そんな感じの、"いつもの場所"ですっ」



 言われて見れば、確かに“汚れ方が落ち着いてる”。

 たまたま散らかったんじゃなくて、繰り返しそこに何かが寄せられてきた色だ。


 アリスがすっと屈みこんだ。



 「成分採取、実施します」



 指先で土をすくい、つまんで擦り合わせる。

 数秒後、彼女は顔を上げた。



 「植物性廃棄物、灰分、獣毛、微量の腐敗有機物。日常的な廃棄集積箇所と推定します」



 「だよねっ!おねーちゃん!」



 エナが少しだけほっとした顔になる。



 「なら、箒とちりとりって、本当はこっちにある方が自然だと思うんですっ」



 俺は、転がっている箒を見た。


 道を挟んだ反対側。

 壁際に半端に投げ出されて、ちりとりは口を上に向けたまま土を被っている。


 使って片付けた置き方じゃない。

 邪魔だから放り投げた、みたいな置かれ方だ。



 「……なるほど」



 セレスが小さく呟いた。

 そのまま、今度は別の場所へ視線を移す。



 「それだけじゃないわね」



 彼女が指したのは、道の脇に寄せられた木箱だった。


 村の他の場所でも見かけた、野菜や道具を入れる粗い箱。

 でもここにあるやつだけ、積み方が雑だった。縦横も揃ってないし、一つは逆さま、もう一つは蓋が半分開いたまま突っ込まれている。



 「この村、片付けが雑なわけじゃない」



 セレスは、箱から視線を外さないまま言う。



 「さっき見た家もそうだけど、生活は貧しくても、置き方はちゃんとしてる。

 なのにここだけ、どかしたものを“とりあえず寄せた”みたいになってる」



 年長者の落ち着いた声で言われると、妙に現実味があった。

 たしかに、これは乱雑さじゃない。

 片付けの性格が雑なんじゃなくて、急いで空けた痕だ。



 《照合完了》



 セブンが割って入る。



 《外縁部より検出した車輪痕、および村内残存圧痕を接続。

 当該十字路への収束率、高》


 「……ここか」


 《推定:高確率で、来訪者は本地点に到達している》



 俺は十字路を見回した。


 広いけど、家屋に隠れて目立たない。

 でも、広いだけに何かを置くなら都合がいい。周りの生活動線を少しどかせば、さらに使いやすくなる。

 エナが気づいたのは、まさにそこだった。


 “ここにあった日常”が、少しだけ脇へ押しやられている。


 アリスが地面へ片膝をつく。



 「追加分析を行います」



 今度はごみ溜めの跡ではなく、十字路の中央寄り。

 土の表面を薄く削り、指先で触れ、匂いを確かめるみたいに顔を近づけた。


 しばらくして、彼女はわずかに目を細める。



 「検出」


 「何があった?」


 「外部由来と思われる付着物です」



 アリスは削った土を見せた。



 「この村の生活圏に一般的ではない、精製度の高い樹脂成分。

 加えて、金属塩類と微量の粉末鉱石」



 セレスの表情が変わる。



 「……なにかの、術式触媒?」


 「可能性があります」



 アリスが頷く。



 「自然混入ではなく、意図的に加工・携行された物質の残留と推察します。

 術式補助、あるいは装置作動時の消耗材。そのどちらか、または両方」



 触媒。装置。

 その言葉だけで、さっきまで土の上に転がっていた箒や箱が、急に別の意味を帯びる。


 ここはただの十字路じゃない。


 生活のど真ん中だ。

 人が通って、荷を運んで、たぶん子どもも走り抜けるような場所だ。


 なのに、その真ん中にだけ、村のものじゃない何かが残っている。


 俺は、ゆっくり息を吐いた。


 外から来た何かは、この村をただ通ったんじゃない。

 ここで止まった。

 ここで、周りの暮らしを少し押しのけて、場所を作った。


 箒をどけて。

 木箱をずらして。

 いつものごみ捨て場さえ、少しだけ脇へ追いやって。


 その上で——



 「……ここだな」



 口にすると、声が思ったより低く出た。

 全員の視線が集まる。



 「ここで、何かやった」



 少しだけ、その場を歩き回る。


 十字路の中心から、半歩。

 もう半歩。

 木箱の寄せられた側、ごみ溜めの跡の側。

 目に見えるものは、もう出尽くしている気がした。



 ——でも……まだ、ある気がする。


 

 俺は、もう一歩だけ中央へ踏み出した。



 《警告:現在位置を維持》



 唐突に、セブンの声が割り込む。



 「うおっ!?」



 思わず足を止める。



 「なんだよ急に」



 《補足:現在位置にて、微弱な空間歪曲を検出》



 ……空間?



 「いや……別にそんなの……」


 《訂正:ごく微細な変動。通常観測では識別不可》



 一拍。



 《当ユニットの高解像度走査により、初めて検知された》



 背筋が、じわりと冷える。



 「……どのへんだ」


 《現在位置より、半径〇・八メートル圏内。特に中心点にて強度上昇》



 俺は、ゆっくりと視線を落とした。

 何もない。

 ただの土の道。

 さっきと同じ、十字路の真ん中付近。



 「……エナ、アリス。何か感じるか?」


 「いえっ……今は、特に……?」


 「異常検知なし。先ほどの成分以外、変化は確認できません」



 セレスも、わずかに眉を寄せるだけだった。



 「こっちも何も感じないわ」



 ……俺の周りだけ、か?



 「セブン、本当にここだけか」


 《肯定》



 一拍。



 《リク・ミナセが当該領域に接近した場合に限り、空間揺らぎの発生を確認》



 ……は?



 「待て、それって……」


 試しに、一歩だけ後ろへ下がる。



 《観測値、消失》



 もう一歩、前へ出る。



 《再検出》



 心臓が、一拍遅れて強く鳴った。


 もう一度、位置をずらす。

 半歩外れると消えて、中央へ寄ると戻る。



 エナが、そっと一歩前に出て、同じ場所に立つ。



 《同様の反応なし》



 アリスも同じだ。

 セレスも。



 《同様の条件下において、他個体による再現性なし

 結論:当該現象は、ユーザーに対してのみ発生》



 空気が、ひとつ重くなる。誰も何も言わない。

 ただ、視線だけがこっちに集まる。


 俺は、ゆっくりと息を吐いた。

 さっきまでの“場所の違和感”が、形を変えてこっちを見ている気がする。


 ここで何かが起きたのは間違いない。


 でも、それに”俺だけ"が引っかかる理由はなんだ……


 考えた瞬間、さっきの“黒いヒビ”の言葉が頭をよぎる。


 すぐに振り払う。

 まだ繋げるには早すぎる。


 俺は、足元の何もない場所を見たまま、小さく呟いた。



 「……つまり、俺がカギか」


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