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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第2部3話『不穏な影』
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第6幕『WhoとHow』


 セレスと合流したのは、村の中央へ戻る途中だった。


 昼の光はまだあるのに、村の中だけ妙に音が薄い。

 戸の軋みも、鍋の鳴る音も、子どもの泣き声もない。


 ……さっきの家の三人の顔が、まだ頭に残っていた。



 残された側も、消えた側も、どっちもたまったもんじゃない。

 昨夜まで隣にいたやつが、朝にはいない。しかも血も悲鳴もない……

 悪夢としても質が悪すぎる。



 「……おかえり」



 先に口を開いたのはセレスだった。

 手帳は閉じているが、顔つきはまだ仕事のままだ。



 「そっちは?」


 「こっちも一通り。で、結果だけ言うと……

 嫌な感じに噛み合ってる」



 俺がそう返すと、セレスの眉がわずかに寄った。



 「先に言っとくと……“殺された形跡”はなかった。

 それと……」



 俺はセレスに、手短に伝える。


 血も争った跡もないこと。

 車輪の轍のこと。

 そして……それ以外が、何も見つからなさすぎること。



 言葉にすると簡単だが、並べれば並べるほど、まともな形にならない。


 セレスは途中で口を挟まず、最後まで聞いた。

 それから、さらに眉を寄せる。



 「……殺されたわけでも、運び出されたわけでもない?」


 「いまのとこ、そういうことになる」



 言いながら、俺は喉の奥が少し重くなるのを感じた。



 「アリスの再調査でも、家の内外に暴力痕はなし。

 エナも、騒ぎの残り香みたいなものは薄いって言ってた」


 「薄い、というより……変ですっ」



 エナが小さく手を挙げる。



 「十人近くいなくなったのに、村じゅうが“怖かった”みたいになってないんです……」



 その言い方が、妙に引っかかった。

 怖がってないんじゃない。

 ……怖がる暇が、なかったみたいな。



 セレスは、そこで初めてほんの少しだけ目を細めた。



 「……なるほどね」



 理解した、というより、不可解さを呑み込んだ顔だった。

 俺は息をついて、さっきから引っかかっていることを口にする。



 「セレス。この世界って、人をまとめて移すような……転送魔法ってあるのか?」



 セレスは即答しなかった。

 数歩ぶん黙って、それから口を開く。



 「あるにはあるわ」



 でも、その言い方は「ある」で話を終わらせる声じゃなかった。


 「ただし、国家事業級よ。

 高位術者、固定設備、高価な触媒、大量の魔力、事前の座標調整……その全部がいる」



 一拍。



 「少なくとも、“人攫いが気軽に使うもの”じゃない」


 「……だよな」


 「当然でしょ」



 少しだけ呆れたように言って、セレスは続けた。



 「そんなものが簡単に使えたら、街道も港も補給基地も、戦争の前線も、何もかも前提から壊れるわ。

 兵も物資も一瞬で送れるなら、世界のあり方そのものが変わってる」



 その通りだった。


 この世界でも、荷馬車が泥道に車輪を取られて、伝令が何日もかけて走って、それでようやく国が回ってる。


 不便だからこそ、街道が要る。

 遅いからこそ、砦も補給線も意味を持つ。



 ……ファンタジーの定番だし、こっちの世界に来てポンポン巻き込まれてたから、麻痺しかけてたけど。


 もし“運搬という概念”そのものがなくなったなら、それはもう便利な魔法じゃない。

 世の中の仕組み自体が、俺たちの世界と全く違うものになってるはずだ。


 でも、この世界はそうなっていない。



 「それと」



 セレスが声を落とした。



 「転移なら、位相波が立つわ」


 「……いそうは?」


 「空間を捻じ曲げた時に出る、魔力場の脈動みたいなものよ。

 規模が大きければ大きいほど目立つ。

 魔導機関は王国のほぼ全土に、位相波の観測網を敷してるわ」


 「……そこまでか」


 「当然でしょ」



 セレスは、少しだけ呆れたように続ける。



 「転移は、それだけで“戦略そのものを壊す手段”よ。

 見逃す理由がない」



 俺は少しだけ目を見開く。

 ……でも、考えてみれば当たり前だ。

 

 転移で、他の国家に悟られず侵入できるなら、

 隠密の軍事行動も、スパイもやり放題になる。


 そんなもんを放置して国が回るわけがない。


 相手に"転移"って手段が存在するなら、当然対策だって必要不可欠だ。



 「じゃあ……」


 「ええ。事実、あなたたちが王都へ転送された時は記録も残ってる」



 ……で。



 「その位相波が、今回はないってことか」



 セレスが、短く頷いた。



 「少なくとも、わたしの権限で見られる記録上の範囲ではね」



 風が吹いた。

 干し布の端だけが、弱く揺れる。



 村は静かなままだった。


 転送じゃない。

 少なくとも、"俺たちが知ってる"転送じゃない。


 でも、運んだ形跡もない。



 ——残された人たちは、今もこの村で待ってる。



 消えた人たちが戻るかもしれないって、たぶん、どこかでまだ思ってる。


 ……だったら。


 ここで「調査しましたが、わかりませんでした」で引くのは、"なし"だ。



 「セレス」


 「なに?」


 「これ、たぶん普通の失踪じゃない」



 セレスは少し間を置いて、ため息を吐いた。



 「見れば分かるわ」


 「いや、そういう意味じゃなくて」



 俺は村外れの方を見た。


 あの轍。

 重さの変わらない往復。

 音もなく、人だけが消えた夜。



 「“連れ去った”って考え方自体が、もうズレてるのかもしれない」



 言った瞬間、自分でぞっとした。


 運ばれていない。

 でも消えている。

 その間を埋める答えは、たぶん碌でもない。



 セブンが、短く割って入る。



 《評価:既知の手段との一致率は低。

 補足:本件は搬送そのものが偽装の可能性もある》



 ……見えない搬送。


 そう呼ぶのが一番近いのかもしれないが、近いだけだ。

 正体には、まだ全然届いていない。


 セレスは一度だけ息を整えてから、こちらを見た。



 「……こっちからの話、まとめるわ」



 いつもの柔らかさはない。

 完全に、“現場を預かる側の顔”だ。



 「まず、村長から追加の話は引き出せなかった」



 短い。けど、十分すぎる。


 “話してない”じゃない。

 “出さなかった”。


 つまり……信用されてない。


 いきなり来た外の人間に、村の全部を預ける理由なんてない……ってのはわかる。


 だけど、何人も消えてる状況で口をつぐむっていうのは……"出したくない"何かがあるってことかもしれない。



 「ええ。でも無理に崩す必要はないわ」



 セレスが先に言った。

 俺の思考をなぞるみたいに。



 「開くのに時間が必要なタイプよ、ああいうのは。

 今は優先順位が違う」



 強引に崩しに行かない。

 かといって見逃してるわけでもない。


 状況を見て、優先順位を切り替えてる。


 ……今朝までの"アレ"と同一人物とは思えないくらい、“使える側”だ。



 「で、二つ目」



 セレスが指を立てる。



 「別の家の住人から証言がひとつ」



 少しだけ視線を落とす。



 「失踪の前夜。窓から“馬車みたいなもの”を見たって」


 「……みたいな、って?」


 「暗くて断言はできない。でも……」



 一瞬、間。



 「“馬が繋がれてなかったように見えた”って」



 思わず、手に力が入る。

 ……なら、それは馬車じゃない……?



 「この村、人の出入り自体が少ないのよ。

 だから変だとは思ったらしいけど……夜だったから追わなかった。

 翌朝、村長に聞こうと思ってらしいわ。

 で、そのままこの失踪事件」



 俺は地面を思い出す。

 あの轍。



 「……轍はあった。でも……」



 一拍。



 《確認:当該領域において、蹄状圧痕は検出されていない》


 「そうだ、蹄の跡。たしかに……無かった」



 ……俺はバカか。


 この世界の荷車は当然、馬かロバに引かせるのが前提だ……

 元の世界の車輌のイメージが、無意識に頭の中に残ってたせいで、“轍がある=移動手段は車輌”で止まってた。


 セレスが腕を組む。



 「魔導式の車両だったのかもしれない……」


 「そんなのあるのかよ」


 「あるにはあるわ」



 首を振る。



 「でも、上流階級か、軍か、魔導機関。

 要するに、“普通の連中”が使うものじゃない」



 ……つまり。

 盗賊とか、通り魔とか、そういう話じゃない。


 もっと、でかい。

 それも、嫌な方向に。



 「で、三つ目」



 セレスの声が少しだけ落ちた。



 「これは……妙な話なんだけど」



 俺は無言で続きを促す。



 「失踪した人の一人。

 かなり高齢の女性なんだけど……」



 一拍。



 「前の晩に、一緒に住んでる娘に言ってたらしいの。

 “黒いヒビが見える”って」



 ——ヒビ?


 言葉が、妙に引っかかる。



 「でもその娘には、何も見えなかったんですって。

 ……壁にも、床にも」



 静かに言い切る。



 「疲れてるんだろうって、その日は寝かせて……

 で、朝に彼女はいなくなってた」



 沈黙。


 セレスは肩をすくめた。



 「ただの錯覚かもしれないわ。

 証言としての信頼性は高くない」


 

 普通に考えれば、そうだ。


 でも……一瞬、頭の奥で別の光景が重なる。

 俺が転送される前に、元の世界でみた"俺にしか見えなかった空中のヒビ"。



 ——いや……さすがに、こじつけがすぎる。



 状況が違いすぎるし、証言も曖昧だ。

 ここでそれを口に出しても、混乱させるだけ。


 俺は小さく息を吐いて、その考えを引っ込めた。


 ……でも、妙な引っかかりだけは残る。



 風の音だけが、少しだけ通る。



 「……他にも、似た話は?」



 気づけば、俺の方から聞いていた。



 「今のところはこれだけ」



 これで、一旦の情報は出揃った。


 ……繋がりそうな欠片はある。

 でも、まだピースが足りない。

 組み上がりそうで、形にならない。


 セレスも黙っていた。


 視線は落ちているが、止まってはいない。

 ……たぶん、同じことを考えてる。


 

 「村長の家、あったでしょ」



 不意に、セレスが口を開いた。

 少しだけ迷ってから続ける。



 「家の中、椅子が多かったでしょ?

 家族の人数に対して、ね」


 

 頭の中で、あの家の中が繋がる。

 靴。食器。寝床。



 ——子どもの気配が、あった。

 でもいなかった。



 無意識に奥歯に力が入る。

 消えてるのは、“数”じゃない。"人"だ。


 昨日まで当たり前にいた家族が、いなくなった。

 しかも、前触れも痕跡もなく。



 ——付近では、殺されたような跡はなかった。

 ……でも、"だから良かった"とはならない。



 殺されてない“可能性がある”ってだけで、

 いつそうなってもおかしくない場所に連れてかれてるのかもしれない。


 ……時間が経てば経つほど……取り返し、つかなくなる。


 俺は、ゆっくり息を吐いた。



 「……セレス」



 「なに?」



 「あんまり、余裕ないかもしれない」



 セレスは即答しなかった。

 数秒だけ考えて……小さく頷く。



 「ええ。わたしもそう思う」



 その声は、迷いがなかった。



 「だからこそ、焦って外すわけにもいかない」



 視線が、まっすぐ合う。



 「あなたたちは、どう動く?」



 俺は一度、村の奥を見る。



 「……セレス、これさ」



 言いかけて、少しだけ言葉を選ぶ。



 「消えた人たちが、“どこに行ったか”で考えるの、やめた方がいいかもしれない」



 セレスの眉がわずかに動く。



 「……続けて」



 「"居なくなった"ってのに、引っ張られすぎてる」



 口に出しながら、自分でも整理されていく。


 殺されたのか。運ばれたのか。まだ生きてるのか。

 全部、消えた人たちが“今どうなってるか”を追いかける考え方だ。



 「先に見るべきは、そっちじゃない気がする。

 ここで、“何が起きたか”だ」



 視線を上げる。



 「“ここに誰が来たか”、そして消えた人たちは“そのとき何をされたか”ってのを、探った方が良い」



 視線を上げる。

 口に出した瞬間、すっと腑に落ちた。



 「……なるほどね」



 セレスが小さく頷く。



 《相棒の提案は、妥当と評価》



 セブンが割り込む。



 《提案:“移動痕”ではなく、“作用痕”の探索》



 一拍。



 《具体的には、来訪者の痕跡。および、何らかの術式およびツール・デバイスの使用痕》



 ……要するに。

 “誰かが何かをした痕”を探すってことだ。


 アリスが続く。



 「では、同一点の再調査を実施します。

 外部より持ち込まれた成分。

 何かが使用された痕跡を中心に微細分析が可能です」



 少しだけ、間。



 「……さっきは“動線”を追いましたが、今回は“点”で見ます」



 エナもすぐに続く。



 「あたし、“ここに来た何か”を見ますっ!」



 セレスがわずかに目を細める。



 「……来てた側?」



 「はいっ! ここに来てた人たちが残した感じですっ!」



 一瞬だけ考えて、



 「“この村の人じゃない人”が、何かした感じとか……

 それと、“普段やらない動きの痕”を探しますっ!」



 セレスが、小さく息を吐いた。



 「いいわ」



 一歩だけ前に出る。

 視線が全員を順に見る。



 「わたしは、証言の位置と照合する。

 車輌を目撃した家を基点に、来訪者の動線を絞る」



 一拍。



 「その方針でいきましょう」



 視線が一瞬だけこちらに寄る。


 任せる、じゃない。

 でも、任せてる。


 俺は頷いた。



 「オッケー。じゃあ、“起きた場所”から当たろう」


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