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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第2部3話『不穏な影』
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第5幕『痕跡のない痕跡』


 家を出ると、昼の光が少しだけ強く感じられた。

 さっきまでの室内の空気が、じわりと背中に残っている。


 

 井戸のそばまで歩いて、ようやく足を止めた。


 水桶が二つ、縁に寄せて置かれている。

 中身は減っているが、干上がってはいない。


 ……使われてはいる。

 でも、回ってない。



 「……整理しましょうか」


 

 セレスが、手帳を開いたまま言った。

 さっきまでの聞き取り内容を、すでに頭の中で並べ替えている顔だ。


 

 「失踪は四日前の夜から、翌朝までの間のどこか。

 争った形跡なし、物音もほぼなし。

 唯一の証言が、“車輪の音”」


 

 淡々としているが、端的だ。

 俺は軽く頷く。



 「獣や魔物の線は薄い。

 あれだけの人数が消えて、痕が残らないのはおかしい」


 《補足:これまで収集した、魔王軍の行動パターンの分析とも一致しない》


 

 セブンが短く差し込む。

 アリスが続いた。


 

 「複数家屋で、生活動線が一致していません。

 自発的な移動とは考えにくいです」

 


 俺は腕を組んで、井戸の中を覗き込む。


 ……水面は揺れていない。



 「盗賊……って線も、一応あるけど」


 

 口に出してみる。



 「でもそれなら、もう少し雑になると思う。

 物は荒れるし、誰か一人くらいは抵抗する」


 

 セレスも小さく頷いた。


 

 「ええ。

 やり口が、静かすぎるのよね」


 

 そこで一度、全員の視線が交わる。

 答えは、まだ出ていない。

 だが、“なにかおかしい”という感覚だけは揃っている。


 俺は、そのまま言葉を続けた。


 

 「で、だ」



 一歩、井戸から離れる。



 「このまま一か所で考えても、あんま意味ない。

 情報は揃ってるけど、決め手がない」



 セレスが顔を上げる。


 

 「……どうするつもり?」



 「分けよう」


 

 即答した。


 

 「セレスは、このまま聞き取り続けてほしい。

 さっきの家、まだ何か隠してる感じあっただろ」


 

 一瞬だけ、セレスの目が細くなる。

 俺の意見を、否定はしない。


 

 「……そうね。

 言ってないこと、あるわね」


 「そこ、もっかい詰めてみてほしい。

 俺たちは外を見て回る」



 村の奥へと視線を向ける。

 坂の先、家と家の間の細い道。


 

 「痕跡、まだ拾えるかもしれない」



 セブンがすぐに反応する。

 


 《推奨:村外縁部および街道接続路の調査を優先。

 重量物の移動痕は、時間経過後も残存する可能性がある》



 アリスも頷く。

 


 「ワイヤーによる高所観測、実施可能です。

 争った痕跡や導線の偏りを確認します」


 

 エナが一歩前に出た。



 「じゃあ、あたしも一緒に行きますっ!

 もし何かあっても、守れますし……!」



 言いかけて、少しだけ声が落ちる。



 「……まだ、終わってる感じ、しないです」



 俺は、軽く頷いた。



 「……だな」



 セレスが手帳を閉じる。

 


 「分かった。

 私は村の中を回る。残ってる人、何人か当たってみるわ」


 

 一拍。


 

 「……ただし」


 

 視線が、俺に向く。



 「変なこと見つけても、勝手に突っ込まないで。

 “訓練中”って立場、忘れないでよね」


 「善処する」


 「信用ならない答えね」



 ため息混じりだが、口元はわずかに緩んでる。



 役割は、決まった。


 俺たちはそのまま、村の外れへ向かう。

 セレスは、逆方向へ歩き出した。


 背中越しに、声が飛ぶ。


 

 「あとで、必ず合流すること!帰らないでよ!

 ……勝手にいなくなったら、報告書に、『置いていかれた女の悲哀』を記録するから!」


 「公文書に感情のページ混ぜんな!!

 しかも内容が地味にリアルで嫌だわ!」



 軽く返して、足を進める。



 ——分かれた。



 情報を拾う側と、痕跡を追う側。

 どっちが先にヒントに触れるかは、まだわからない。



 セレスの背中が、家々の向こうに消える。

 見えなくなったのを確認して、俺は一度だけ息を吐いた。


 腰に差したセブンに、軽く触れる。



 「ここからは、いつも通りにいこう」


 《了承。制限解除》



 短い返答。

 それだけで、空気が切り替わる。


 アリスが小さく頷く。


 

 「行動制約、解除します」


 

 エナも一歩前に出る。


 

 「はいっ……!」


 

 声は少し抑え気味だが、芯はある。


 アリスが、わずかに首を傾げる。


 

 「提案します。

 調査対象を分担した方が、効率的と推察します」


 

 視線が、村の中と外へと順に向く。



 「わたしは家屋内部の確認を担当、

 生活痕と動線の不整合の検証が適任と献策します」



 「オッケー、アリスは細かいとこ頼む。

 俺は外周を見る。

 エナは……」



 一瞬だけ間を置く。



 「“変だと思ったこと”、全部教えてくれ」


 

 エナが、真剣な顔で頷いた。



 「はいっ」



 それぞれが散る。


 

 ——調査開始。



 村外れに出る。


 草が踏み分けられているだけの、細い道。

 人の出入りは、もともと多くないはずだ。


 

 《報告:村外縁部、北東方向。車輪痕を検出》



 俺は足を速める。

 村外れ、草の踏み分けられた先。


 地面は乾いている。

 ぱっと見では、ただの土の道だ。


 

 「……どこだ?」


 《視認による通常の観察では、確認困難な程度の痕跡》



 なるほど。

 言われてみれば、わずかに沈んでいる……ような気もする。


 しゃがみ込む。


 指でなぞると、確かに段差がある。



 「車輪、か」


 《肯定。複数の軌跡を検出》



 複数。


 俺は目を細める。



 「……何台分?」


 《往復路の重複を考慮し、二両》


 

 ……二両?


 俺は、地面を見たまま考える。



 「十人以上、だよな……」


 

 消えた人数を思い出す。


 家族単位じゃない。

 バラバラに、あれだけの人数。



 「二台で、全員運んだってことか……?」



 一瞬、頭の中で荷車のサイズを思い浮かべる。


 大人を、何人乗せられる?

 横に寝かせて、重ねて——



 「……完全に不可能、ってわけじゃない……か」


 

 ぎゅうぎゅうに詰め込めば、乗らなくはない。

 雑に扱えば、だが。


 俺は一歩下がって、全体を見直した。



 「行きと帰り、分かるか?」


 《解析:往路・復路に相当する軌跡の分類試行完了》


 「早っ…!

 ……で、どっちがどっちだ?」


 《回答:判別不能》


 

 「……は?」



 思わず声が出る。


 

 《補足:輪跡形状の差より、二輪が往復したことは確定。しかし両軌跡とも、沈下深度に差異なし》


 

 地面を見る。


 ……同じ、か?


 

 「いや、でもそれ……」


 

 言いかけて、止まる。


 人を攫ったなら、帰りは重くなる

 ……十人をぎゅうきゅうに乗せたなら、なおさらだ。


 あるいは、その逆。

 何かを運んできたなら、軽くなる。


 だから、沈み方に差が出る……はずだ。



 「……なんでだ?」


 

 口に出してみても、すぐには答えが出ない。

 俺は、少しだけ眉を寄せた。


 

 「たまたま……降ろしたものと、載せたものの重量がピッタリ同じ……ってわけじゃ、ないよな」


 《可能性は否定しない。だが、統計的には低確率》


 「……だよな」


 

 じゃあ……なんだ?

 

 俺は一度立ち上がる。


 

 「一旦戻ろう。

 他の情報と合わせた方がいい」


 《了解》


 

 ある程度回ってから、三人で合流した。

 村外れの、少し開けた場所。


 アリスが、先に口を開く。



 「報告します」


 

 相変わらず、無駄がない。


 

 「村内および周辺において、血液反応が確認できませんでした」


 

 一拍。



 「加えて、暴力行為を示す物理痕も未検出です」


 

 具体的に並べていく。



 「家具配置の乱れ、床面の擦過痕、衝突痕。

 いずれも、顕著な異常は見られません」



 俺は腕を組む。



 「……やっぱ、抵抗があった形じゃない、ってことか」


 「はい」


 

 アリスは続ける。


 

 「また、周辺環境の変化も限定的です」


 

 視線が地面へ向く。


 

 「遺体が放置、もしくは埋設された場合、

 昆虫および小動物の活動が活性化します。

 しかし、本地域ではその兆候が見られません。

 土壌の乱れも、ごく限定的です」


 「……てことは」


 「はい。少なくとも、この付近での殺害・処理は、行われていません」


 

 なるほど。

 つまり……"だとしても"ここじゃない。



 エナが、少し遅れて口を開いた。

 


 「……あの」



 声が、いつもより控えめだ。



 「ごめんなさい……

 これっていうの、なにも見つけられなくて……」


 

 肩が、ほんの少し落ちる。

 "らしくない"。



 ——でも、だからこそ引っかかる。



 エナは、“違和感”を拾うのがうまい。

 さっきの家でも、誰より先に気づいた。

 

 そのエナが、何も気づかなかった。


 ……本当に見つけられなかったのか。

 それとも、引っかかるようなもの自体が"ない”のか。



 俺は軽く息を吐いた。



 「……いや」


 

 首を振る。

 地面を見ながら、言葉を探す。



 「さっきの家もそうだし、外もそうなんだけどさ」


 

 一拍。


 

 「ここ、“変なとこ”が逆に見つからなさすぎるんだよな」


 

 エナが、少し顔を上げる。


 

 「……あ」



 そこで、俺は地面を指す。



 「で、車輪の跡。

 ……セブンが見つけたやつ」


 《補足:往復軌跡を確認》


 「普通さ、こういうのって、

 行きと帰りで……重さ変わるよな?」


 

 言いながら、確かめるように地面を見る。



 「でも、変わってない。

 ……これ、変じゃないか?」



 アリスが、わずかに目を細める。



 「つまり、なにも運び入れていないし、なにも持ち出してない……不自然です」


 

 「じゃあ、だとしたら……やっぱ転移、とかか?」


 

 口に出してみる。



 「白衣の男とか、魔王が使ってたやつ。

 ああいうので、一気に持っていった可能性」


 

 セブンが、間を置かず応じる。



 《否定寄り評価》


 「早ぇな、オイ」


 《補足:既知の転送事例においては、いずれも局所的な量子場の断層が観測されている》



 淡々と続ける。



 《当該地点では、それらの痕跡を検出できない。

 時間経過による減衰の可能性は否定しきれないが、断定には至らない》


 

 エナが、小さく頷く。



 「……あの男のやつ、ぐにゃ〜ってなるじゃないですか」


 

 両手で空間を歪ませるような仕草をする。


 

 「ここ、そういう“感じ”も残ってないです」


 

 ……なるほど。



 「……うーん」



 小さく呟く。



 「じゃあ少なくとも、“あれ”じゃない。

 転移だとしても、別のやり方だ」


 

 一拍。


 俺は一度、地面に視線を落とした。

 ……セブンがみつけた、車輪の跡。



 「それに」


 

 足元を軽く踏む。



 「転移ってなら、そもそも轍が残るのもおかしいよな……」


 

 わざわざ地面を走る理由がない。



 俺は、村の方を振り返る。

 家々は静かだ。


 何も壊れていない。

 そして……


 

 「“残るはずのもの”も、残ってない……か」


 

 轍も、血も、腐臭も。

 エナの“違和感”も含めて。



 ——全部が、きれいすぎる。


 

 俺は、ゆっくりと息を吐いた。



 単なる失踪じゃない。

 “跡を残さないこと”まで含めて、やってる。

 そんなやつらが、相手だ。


 ほとんど痕跡がない。

 なのに、たしかに人は消えてる。


 ……これ。


 本当に、面倒なやつかもしれない。


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