第2幕『責任の置き場所』
車輪の音が、廊下にひっかかっていた。
石床の継ぎ目を越えるたび、椅子が小さく跳ねる。
そのたびに胸の奥が軋んで、俺は息を細く吐いた。
医務官は最後まで反対していた。
「出席など論外です。発熱も残っていますし、肋骨の固定も終わったばかりです。証言だけなら、この場で聞き取りを——」
そう言っていた医務官の顔を、俺は覚えている。
年配の女の人だ。
目の下に皺があって、袖口には薬草を刻んだ青い染みが残っていた。
怒っているというより、呆れていた。
けれど、廊下の向こうから来た軍の伝令は、医務官の顔色より紙の方を見ていた。
「当事者証言が必要とのことです。議長名義での召喚状です」
——召喚状。
俺はその単語を聞いた瞬間、少しだけ笑いそうになった。
召喚された異世界人が、今度は会議に召喚される。
笑えない冗談だ。
セレスが、車輪付きの椅子を押してくれている。
「無理なら、今からでも戻すわ」
背中越しに聞こえる声は硬かったけど、車椅子を押す手は慎重だ。
段差の手前で一度止まり、身体に響かない角度を探してから、ゆっくり進む。
「戻ったら、どうなる?」
「私が一人で証言する。あなたの発言は後日書面で提出。医務官の診断書を添付して、欠席理由は成立する」
「で、向こうは?」
セレスは少しだけ黙った。
「……あなたたちが、都合の悪い場を避けた、と言う人間は出るでしょうね」
「だろうな」
腹が立ったわけじゃない。
……いや、立っていた。
でも、それより、身体の奥が冷える。
俺は膝の上に置かれた左手を握った。
右腕は布で吊られたまま、ほとんど動かせない。
セブンは車椅子の右側に固定されている。
黒い刀身が布に巻かれ、ただの長い荷物みたいに見えた。
《補足:現在のユーザー状態で長時間の着席は非推奨》
「知ってる」
《再検討を提案》
「却下。漢字二文字で却下」
《評価:非合理》
「三文字で返すな」
セレスが小さく息を吐いた。
「二人とも、会議室に入る前から揉めないで」
「揉めてねぇよ」
《訂正:当ユニットの認識は意見交換》
「それを世間では揉めてるって言うの」
廊下の先に、重い扉が見えた。
扉の前には衛兵が二人。
槍を持って、こっちを見ている。
その視線が、俺の顔から右腕へ落ちる。
次に、セブンへ移る。
警戒。
同情。
あと、ほんの少しの面倒臭そうな気配。
——それが、妙に現実的だった。
扉が開く。
熱がこもった空気が、こちらへ流れてきた。
部屋の中は広かった。
けれど、広さより先に、匂いが来た。
蝋燭の油。
乾いた羊皮紙。
濡れた外套を部屋の隅で乾かしているような、少し重い布の匂い。
長い卓が置かれ、その上には地図と書類が重なっている。
俺たちが入ると、会話が一瞬だけ止まった。
エルド将軍が、いちばん先にこちらを見た。
白く混じった髭を撫でる手を止め、眉間の皺を深くする。
「……その状態で、キミが呼ばれたのか」
低い声だった。
議長席に座っていた神経質そうな文官が、書類をめくる手を止めた。
たぶん、この会議をまとめる立場なのだろう。
けれど、顔色はまとめる側というより、揉め事の真ん中に置かれた人間のそれだった。
「当事者証言が、必要と判断されましたので」
「医務官の許可は?」
「限定的な出席です」
エルド将軍の問いに答えたのは、セレスだった。
椅子を俺の席まで押し、脇に立つ。
姿勢が変わる。
医務室で俺に蜂蜜入りの薬草水を置いていった人とは、別の顔だ。
「王国軍監察局直属、特命監察官セレス・ヴェルスタン。現場責任者として出席します」
その声で、部屋の空気が少しだけ締まった。
卓の向こう側に、女の軍人が座っていた。
銀縁の眼鏡越しに、セレスを見る。
髪はきっちりまとめられ、指先で書類の角を揃えている。
感情のない動作だった。
「……フェルゼン少将」
セレスが小さく頭を下げる。
……コルティア・フェルゼン少将。セレスの上官。
軍部の中でも完全に管理派。俺たちを危険因子とみなしてる筆頭だ。
「挨拶は後でいいわ。座りなさい」
冷たい声。
でも、セレスを立たせて晒すつもりはないらしい。
その隣にいた、妙に袖口の飾りだけ目立つ男が、鼻で笑った。
「随分と手厚いことですな。
監察局は、情に厚い部署になったようで」
年は三十代半ばくらい。
服は整っているが、袖口の飾りだけが妙に目立つ。
その指が、羽根ペンの先で机を軽く叩いていた。
「彼は、技術監査官付副官、アドラ・ベイラム」
セレスが小声で教えてくれる。
管理派の一人だって言ってた奴か……。
アドラの隣には、氷柱みたいな女がいた。
白に近い金髪を首の後ろでまとめ、ほとんど瞬きをしない。
卓の上の数字だけを見ている。
書記が「戦略室主任、エステラ・リューネ」と読み上げた時も、彼女は顔を上げなかった。
奥の席では、文官らしい男が薄い手袋を直している。
ローレンス・ディルク外務調整官。
帝国との折衝を担当している、と誰かが囁いた。
その反対側には、大柄な将軍が椅子を軋ませて座っていた。
バルトラム・グレイヴ中将。
胸の勲章が多い。
多すぎて、歩くたびに鳴りそうだった。
向かいにはひとり。
魔導機関の人間らしく、濃紺の長衣を着ている。
袖口から覗く指先に、黒いインクが残っている。
「王立魔導機関、技術解析局。主幹研究員、ヴェイル・ノクス・ルーンヴァイス」
書記がそう読み上げた。
「……ルーンヴァイス?」
その家名に少し、引っ掛かりを覚える。
……正直、全員の肩書きはもう覚えきれない。
だが、分類はできた。
俺たちを危険物みたいに管理したい連中が三人。
魔王戦に使いたい軍人が一人。
帝国を巻き込みたい外交屋が一人。
そして、何を考えてるのかよく分からない魔導機関の研究者が一人。
味方らしい味方は、エルド将軍だけ。
——今は、それだけ覚えておけば十分だ。
そこで、議長が咳払いをする。
「では、緊急査問を始めます。議題は、北東街道沿いの村落域における集団失踪事件、および未確認境界層への侵入、戦闘、民間人死亡に関する——」
「議題が多すぎますな」
アドラが、いきなり遮った。
議長の手が止まる。
紙が一枚、ずれた。
「まず確認すべきは一つです。特命監察官セレス・ヴェルスタンと召喚者一行は、なぜ任務外の未知領域突入を実施したのか」
部屋の空気が、そこへ吸い寄せられた。
エルド将軍の眉が動く。
バルトラム中将は腕を組んだまま、興味深そうに笑った。
ローレンス外務調整官は、ため息をつくように顎を引いた。
セレスは動かなかった。
「当該突入は、私の現場判断です」
その声は、揺れなかった。
アドラの羽根ペンが止まる。
「ほう。では、命令違反を認めると?」
「いいえ。失踪調査任務の延長です」
セレスは淡々と答えた。
「現場では、失踪地点と同座標上に未知の位相異常が確認されました。失踪事件との関連性が極めて高いと判断し、調査を優先しました」
「そして、召喚者を戦闘へ投入した」
「当初の目的は調査です。
敵性存在との接触は想定外でした」
「結果、死者が出た」
胸の奥が、ひゅっと縮んだ。
ルカの顔が浮かぶ。
あの小さな身体。
アリスの腕。
母親の声。
俺は左手で椅子の肘掛けを握った。
セレスは一拍だけ黙った。
でも、目を逸らさなかった。
「はい、死者が出ました」
部屋の中で、ペンの音が止まる。
「その事実は記録すべきです。ただし、その場で突入しなければ、救出された村人の一部も死亡、あるいは未回収となっていた可能性が高い。
判断の妥当性と結果責任は、分けて検証すべきです」
「便利な言い方だ」
アドラが笑う。
「失敗した時だけ、結果と判断を分ける。いかにも女らしい他責的な処理ですな」
隣で、セレスの指がわずかに動いた。
眼鏡の縁へ触れかけて、止まる。
先に声を出したのは、コルティア少将だった。
「アドラ副官」
冷たい一言だった。
アドラの笑みが少しだけ固まる。
「監察局の人事評価に、技術監査官付副官の所感は不要です」
「しかし、少将。これは——」
「不要です」
二度目は、もっと短かった。
コルティア少将は書類を閉じた。
薄い音が、卓上に落ちる。
「セレス・ヴェルスタン監察官の判断に不備があったかどうかは、監察局が検証します。
あなたの興味が彼女の性別に向いているなら、それは事件調査ではありません」
部屋が、少しだけ静かになった。
セレスは何も言わない。
ただ、背筋を伸ばしたまま、膝の上の書類を押さえていた。
「それで」
バルトラム中将が、重い声で割り込んだ。
「召喚者は、まだ戦えるのか。後遺症は?」
視線が俺に来る。
いや、俺じゃない。
俺の使い道を見ている。
「この負傷が回復すれば、魔王討伐作戦に投入可能か。
あの黒い剣も含めてだ」
《警告:当ユニットの運用判断に、当ユニットの同意が含まれていない》
セブンの声が、布の中から響いた。
議長がぎょっとする。
ローレンス外務調整官が目を細める。
バルトラム中将は、むしろ笑った。
「セブンは俺の持ち物じゃない」
思ったより低い声が出た。
胸が痛む。
でも、止まらなかった。
バルトラム中将の目が、面白がるように細くなる。
「少年。戦争では、使えるものを使う」
「人も、ですか」
「当然だ」
即答だった。
その一言で、この人とはたぶん分かり合えないと思った。
「グレイヴ中将」
エルド将軍が低く言った。
「この場は作戦会議ではない」
「ならば何の会議ですかな、エルド将軍。
責任者を吊るす会議か。民間人の死を悼む会か。どちらにせよ、戦争は終わらん」
ローレンス外務調整官が手袋の皺を伸ばした。
「終わらせる方法ならあります。王国単独で抱え込むから話が歪む。帝国との共同調査、および軍事協定の再交渉を——」
「帝国に借りを作れと?」
バルトラム中将が鼻で笑う。
「借りではありません。現実的な調整です。未確認境界層、魔装士、女性型ゴーレム。王国単独で説明不能な事象が連続している。
ここで面子にこだわる方が危うい」
「帝国に情報を渡せば、魔王軍より先に王都の喉元を測られるぞ」
「では、突如あらわれた召喚者と古代兵器に頼るのですか?」
言葉が、卓上でぶつかる。
魔王。
帝国。
責任。
命令違反。
技術漏洩。
監察局。
魔導機関。
誰も、ルカの名前を言わなかった。
誰も、あの母親の声を知らない。
いや、知る必要がないのかもしれない。
この人たちには、紙に書けるものだけが必要なのだ。
「そもそも」
ローレンスが、また手袋を弄る。
「敵国工作と決めるには証拠が薄い。魔導事故として処理するには規模が大きすぎる」
アドラは羽根ペンを回した。
「あるいは魔王軍ですかな」
エルド将軍が言った。
「前線では見たことのない技術だが」
アドラが肩をすくめる。
「未知の兵装、未知の空間、未知のゴーレム。魔王軍の新戦力と言われても否定はできません。
違法研究の線もあるが、そうなると責任は王国内部へ向く。であれば、まず現場の逸脱行為を確定させるのが筋だ」
「つまり、俺たちのせいにしたいってことか」
部屋の視線が、俺に集まった。
言ったあとで、少しだけ後悔した。
でも、引っ込める気にはならなかった。
アドラが口元を歪める。
「被害者意識がお強い」
「違う」
俺は息を吸った。
胸が痛い。
声が少し掠れる。
「俺たちの判断が全部正しかったなんて言ってない。ルカが死んだのも、俺が判断を間違えたからだって、何度も考えた」
「っ……! リクくん!」
セレスが、こちらを見る気配がした。
俺は見返さなかった。
「でも、まだ帰ってない人がいる。女の人が三人。死んだって決まってない。
なのに、なんで先に責任の置き場所を探してんだよ」
誰もすぐには答えなかった。
エステラ主任が、初めて顔を上げた。
氷みたいな目が、こちらを見る。
「捜索には人員が要ります。境界層への再侵入手段は不安定。敵戦力の残存も不明。死亡推定の高い対象に、現時点で兵を割く優先度は低い」
「死亡推定って」
「数字の話です」
「人の話だろ」
エステラ主任は瞬きしなかった。
「戦略室では、数字として扱います」
その言い方は、冷たかった。
でも、嘘はなかった。
だから余計に腹が立った。
「人道的捜索は必要だ」
エルド将軍が言った。
ゆっくりと、だがはっきり。
「救出された村人の証言を軽んじれば、今後、辺境域の協力は得られん。
遺体の回収も同じだ。死者を置き去りにする軍を、民が信用すると思うな」
「情緒論ですな」
アドラが言う。
「兵站論だ」
エルド将軍の声が、少し低くなる。
「民が逃げ、村が閉じ、街道が荒れれば、軍は動けん。
死者を弔うことも、生存者を探すことも、戦略の外にある話ではない」
部屋の空気が、少し変わった。
——その時。
「一点、よろしいでしょうか」
静かな声がした。
ヴェイル・ノクス・ルーンヴァイスだった。
彼は今まで、ほとんど発言していなかった。
卓上に置かれた金属片を、細い器具で軽く叩いている。
音を聞いているようにも見えた。
議長が、ほっとしたような顔で頷く。
「ルーンヴァイス主幹研究員。どうぞ」
「責任の所在は、後で構いません」
アドラの眉が動いた。
「後で?」
「はい」
ヴェイルは顔を上げた。
目立つ声ではない。
けれど、不思議と部屋の端まで届いた。
「民間人の犠牲、責任の所在も重要です。ですが、今回の事案で最も"異常"なのは、それらではありません。
同一座標上に、異界都市を模倣した"境界層"が形成されていたことです」
サンドボックス・シティ。
あの空っぽの街。
信号。
ガラスの建物。
意味の通じる文字。
でも、生活の抜け落ちた場所。
俺は背中に汗が滲むのを感じた。
「境界層?」
ローレンス外務調整官が眉をひそめる。
「既存転移とは違うのかね」
「違います。転移は座標間の接続です。今回の報告では、座標そのものは村の十字路と一致している。
ずれているのは、位置ではなく層です」
ヴェイルは、卓上の紙に指を置いた。
何かを書き込むのではなく、紙を二枚重ねるように動かす。
「こちらの紙と、こちらの紙。穴を開けて移動したのではなく、重なった紙の隙間へ足を踏み入れた。
そういう現象に近い」
分かりやすい。
でも、簡単にされたせいで、余計に気味が悪かった。
「それと魔装士に何の関係が?」
コルティア少将が問う。
「現時点では断定できません」
ヴェイルはすぐに言った。
「ただし、ゴードン、ハルトと呼ばれる二名が展開した"魔装"という技術。
加えて、女性型ゴーレム、アニエス・ソレル。いずれも現行の魔導兵装の設計思想から外れています」
アドラが身を乗り出す。
「既存技術ではないと?」
「少なくとも、公開系統ではありません」
「では、非公開系統なら?」
その言葉に、部屋の何人かが動いた。
コルティア少将は表情を変えない。
エステラ主任は書類に視線を戻す。
議長は喉を鳴らした。
ヴェイルだけが、淡々としていた。
「その場合、ここで責任者探しをしている全員が、調査対象になり得ます」
部屋が、静かになった。
アドラの顔から、笑みが消える。
「……言葉には気をつけられた方がよろしいかと」
「気をつけています」
ヴェイルは、金属片を布の上へ置いた。
「だから断定していません。必要なのは、現場保存、境界層の再観測、救出者証言の保全、未回収者の捜索です。
死亡推定の高さは、調査打ち切りの根拠にはなりません。むしろ、何が起きたかを確定するための理由になります」
初めて、この部屋でまともなことを聞いた気がした。
いや、エルド将軍もセレスも言っていた。
でも、ヴェイルの言葉は違う場所から来ていた。
助けたいから探す、ではない。
真相に近づくために探す。
冷たいようで、でも、今はそれでもよかった。
「しかし、兵を割く余裕はない」
エステラ主任が言う。
「前線補充の遅延が出ています。境界層への再突入には護衛、観測班、回収班、治療班が必要です。最低でも一個小隊規模。さらに失敗時の政治的責任が——」
「また責任かよ」
口から漏れた。
今度は、誰も笑わなかった。
議長が両手を重ねる。
汗ばんだ指が、紙の端を少し濡らしていた。
「本件については、捜索隊編成を……保留とします」
エルド将軍が目を細めた。
「保留?」
「現時点では、追加調査の必要性は認めつつ、兵力配分および指揮責任の整理が未了です。したがって、次回協議まで——」
「その間に死ぬかもしれないだろ」
俺の声だった。
思ったより大きかった。
胸が痛んで、息が詰まる。
セレスが一歩動きかけた。
でも、俺は左手を上げて止めた。
「三人、まだ生きてるかもしれない。なのに、次回協議まで待てって?」
議長は俺を見ない。
書類を見ている。
「可能性の問題です。生存可能性と、救出可能性と、作戦成功率は別に——」
「別にしてる間に、人は死ぬだろ」
静かになった。
左手が震えていた。
怒りのせいか、熱のせいか、分からない。
セブンが、布の中で淡く鳴る。
《警告:ユーザーの心拍上昇。発熱傾向増加》
「分かってる」
《再度、退室を提案》
「まだだ」
セレスが俺の肩に触れた。
押さえつけるでも、止めるでもない。
ただ、そこに手を置いた。
「リクくん」
仕事用の声じゃなかった。
小さい声だった。
「ここでは、これ以上は通らない」
その言葉が、いちばん痛かった。
戦えば、勝てるかもしれない。
走れば、届くかもしれない。
でも、ここでは違う。
正しいだけでは通らない。
怒っても通らない。
泣いても通らない。
コルティア少将が、セレスを見た。
「ヴェルスタン監察官。負傷者を医務室へ戻しなさい」
「……はい」
セレスは椅子の持ち手に手をかけた。
アドラが、最後に小さく言った。
「感情優先の非論理的な証言でしたな」
セレスの手が止まる。
俺が何か言うより早く、コルティア少将の声が飛んだ。
「アドラ副官」
「はい」
「次に同じことを言えば、あなたの発言記録を監察局へ提出します。技術監査官付副官が、負傷した当事者証人を挑発した記録として」
アドラの口が閉じた。
コルティア少将は、こちらを見ない。
書類へ視線を落としたまま、続ける。
「ヴェルスタン監察官。早く」
「はい」
セレスが椅子を押す。
扉へ向かう途中、ヴェイルと目が合った。
いや、合った気がした。
彼は俺を見ていたのか、セブンを見ていたのか分からない。
ただ、その手元の金属片だけが、蝋燭の光を受けて鈍く光っていた。
扉が開く。
廊下の空気は、会議室より少し冷たかった。
車輪が石床の継ぎ目を越える。
胸が痛む。
頭も熱い。
それでも、俺は左手を握ったままだった。
何も決まらないまま、俺は会議室から追い出された。
いや、違う。
決まったことはあった。
生きてるかもしれない三人も、死んだ村人たちも、まだ置き去りにされている。
そして王国は、それを「保留」と呼んだ。




