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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第2部6話『分断戦線』
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第1幕『魔装士』


 黒い槍が、隣の屋上に突き立っていた。


 壊れた室外機。

 ひしゃげた配管。

 崩れたコンクリート。


 その中心で、ライムグリーンの術式光だけがまだ細く脈を打っている。


 エナが、ゆっくりと腕を下ろした。


 槍を形作っていた黒い装甲がほどける。

 破片みたいに散った鎧が、光の線を引きながら戻ってきた。肩へ、腕へ、腰へ。


 銀髪が夜風に揺れた。


 シャツは乱れている。

 鎧も欠けている。

 それでも、エナの立ち方はもう崩れていなかった。


 俺は短く息を吐いた。


 ゴードンは沈めた。

 殺したかは分からない。

 でも、少なくとも今すぐ笑って立つ状態じゃないだろう。


 なら、次。


 「アリス!」


 「はい」


 離れた位置で、アリスがハルトから視線を切らずに返す。


 細いワイヤーが、夜の中に何本も張られている。捕まえるためじゃない。抜けさせないための線だ。


 ハルトはその向こうで、じっとこちらを見ていた。

 ゴードンが吹き飛ばされても、顔色は変わっていない。 驚きも、焦りも、怒りもない。


 仲間が叩き潰された直後にする顔じゃない。 壊れた道具の具合を、遠くから確かめている顔だ。

 セブンを握り直す。

 腕はまだ痺れている。

 肩も痛い。


 でも、止まってる暇はない。


 次はハルトだ。

 そう思った、その瞬間だった。


 隣の屋上が、吠えた。



 「——ガァァァァァァァァァッ!!」



 瓦礫の山が内側から爆ぜた。


 室外機の残骸が跳ねる。

 コンクリート片が夜空へ散る。

 白い蒸気が、獣の息みたいに噴き上がった。


 

 「っ……!」



 俺は反射でセブンを構えた。


 砂塵の向こう。

 何かが動いていた。



 ……瓦礫を押しのけて、ゴードンが立ち上がる。


 生きている。無傷じゃない。 肩は潰れ、片腕はだらりと下がっている。口元から血が垂れて、足元もまともじゃない。それでも、立っている。


 目だけが、異様にぎらついていた。



 「……やってくれたなぁ」



 低い声だった。

 さっきまでの下卑た笑いじゃない。 喉の奥を焼きながら、怒りだけで絞り出したような声。


 ゴードンの視線が、こちらへ向く。

 まず、エナを見た。 次に、俺を見た。 それから、アリスを見た。

 最後に、ハルトへ向く。



 「ハルトォオ!!」



 咆哮が、ビルとビルの間を渡った。



 「もう本気出していいよなぁ!!」



 ハルトは細い目で、ゴードンを見た。


 その顔には、驚きも焦りもなく、

 ただ面倒なものを見る冷たさだけがある。



 「敵に手の内を——」



 「うるせぇぇぇ!!!!」



 ゴードンが吠えた。

 足元の瓦礫が、びりびりと震える。



 「もう、こいつら皆殺しって決まったからよぉ、いいんだよ!」



 その言葉に、空気が変わった。

 ゴードンの足元に、赤黒い円が開く。


 ……魔法陣かなにか……か?


 円の中に、歯車みたいな紋様が噛み合っている。 文字列の間を、骨みたいな線が走っている。

 それが一つ、二つ、三つ。瓦礫の上で重なり、回転し、ゴードンの影に喰いついていく。



 《警告:高密度術式反応を検知》



 セブンの声が、耳の奥に刺さる。



 《対象ゴードン周辺に魔術展開反応。種別:強化術式に類似》



 「くっ……こいつら、魔導師(まどうし)か!」



 思わず声が出た。

 ゴードンの口元が、血まみれのまま歪む。



 「そんなチンケな名前で呼ぶんじゃねぇよ」



 魔法陣が爆ぜる。

 その光の内側で、何かが組み上がっていく。


 赤黒い術式線が硬化する。

 人間の身体の上に、もう一つの骨格が重ねられていく。


 黒い板が骨格へ吸い寄せられ、焦げた獣の甲殻みたいな質感のそれが、ゴードンの身体を外側から覆っていった。


 肉と鉄と魔術を無理やり噛み合わせた、巨大な殻。



 「オレたちは——」


 

 赤黒い光の中で、ゴードンが叫ぶ。



 「“魔装士(まそうし)”だッ!!」



 その名を吐いた瞬間、隣でも魔法陣が開いた。


 ハルトの足元。

 青黒い円が、静かに回る。


 ゴードンの術式みたいな暴力的な光じゃない。

 細い。

 冷たい。

 刃物の背を撫でたみたいな光。


 ハルトは小さく息を吐いた。


 舌打ちはしない。

 ただ、目だけが少し細くなる。



 「……予定外だ」



 その一言と同時に、術式がハルトの身体へ走った。

 細い装甲が、皮膚の上に貼りつくように組み上がる。


 黒と青の鋭い装甲が、必要な場所だけを覆っていく。

 脚部には翼みたいなフィン。

 背中には薄い推進器。腕には短い刃。



 《警告:対象ハルト、外部装甲を形成。

 脚部および背部に推進補助と思われる構造を確認。関節部に駆動補助反応あり》



 「……機動型か」



 《肯定:高速移動への備えを推奨》



 視線を隣の屋上へ戻す。

 赤黒い巨体が、瓦礫の上で首を鳴らしていた。



 「……あっちは、どう見てもパワータイプだな」



 《推定:質量および筋力補助に重点を置いた構成と推察》



 「そこは見たまんまで助かる」



 巨大化した装甲が、隣の屋上を軋ませた。


 人間の形は残っている。 でも、もう人間の輪郭じゃない。


 赤黒い肩装甲。

 獣みたいな腕。

 胸部に埋め込まれた魔導炉のような光。


 ゴードンは両拳を打ち鳴らした。



 ——轟音。



 「魔装殻——」



 ゴードンが、夜空へ向かって吠えた。

 獣じみた叫びが、ビルのガラス窓を震わせる。



 「ガルム・ブレイカァァァァァッ!!!!!」



 挿絵(By みてみん)


 続いて、ハルトが一歩前へ出る。


 青黒い装甲が、音もなく夜へ溶ける。

 背中の薄いフィンが開き、刃のような光を引いた。



 「魔装翼——」



 その声は低く、平坦だった。

 名乗りですら、手順の一つみたいに聞こえた。



 「レイヴン・スリット……」



 挿絵(By みてみん)


 直後、ハルトの姿がぶれた。


 消えたわけじゃない。

 速すぎて、目が一瞬だけ追いつかなかった。



 「……っ」



 背筋が冷えた。

 ……これが、本気……。


 俺はセブンを構え直す。


 アリスのワイヤーが、静かに張り直される。

 エナの装甲が、俺の隣で低く鳴った。


 赤黒い巨体。 青黒い影。 それが、二つの屋上に立っている。


 セブンが告げた。



 《推奨:敵戦力を再算定》

 


 「……だよな」



 手の中の黒い剣が、さっきより重く感じる。

 ゴードンが、赤黒い眼で俺たちを睨んだ。



 「さぁ、続きだ」



 巨大な拳が、ゆっくりと持ち上がる。



 「第2ラウンドだッ」



 俺は奥歯を噛んだ。


 ……勝った、なんて思う暇はなかった。


 ハルトは崩せていない。

 ゴードンも、まだ立っている。


 けど、やることは変わらない。


 後ろへ行かせない。

 もう誰も……ここで死なせない!


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