27.最高峰の戦い
かなりのボリュームに膨れ上がりました。一応書きたかった展開の2つ目のピークです。
[魔大陸ムーンレフテン陸島東 ギュフテリッヒ岬]
(来た…)
森の端の茂みの中に、外をみつめるつぶらな瞳があった。その瞳は目先の開けた岬の上空へと視線を向けている。しばらくすると上空から5人の者たちが魔法の翼を生やしながら降下してきた。
(人間? と2人は亜人か?)
常に右の片目を閉じている金眼の女は前屈しながらそう言うと、額から生えている2本の触覚をピンと張る。女は肩にかかるくらいの長さの桃色髪を半分程後ろで結わいており、全身迷彩色の服装のお尻から槍型の尻尾を生やしていた。
『あーあー、こちらイクシリス軍 南東偵察隊副長アーリア・リア・クレシェント。聞こえますか部隊長、只今反応にあった例の侵入者を目視、確認致しました。3名の恐らく人間と2名の亜人と思われます。どうぞ』
プロルトアーリマンという一眼の球体の身体にコウモリの翼を生やしただけの魔物の上位種、魔人アーリマンのアーリアは、ひそひそ声で片手を耳にやる。
『あーあー、こちらイクシリス軍 南東偵察隊部隊長ゼーペ・ユール・ヴィショップ。聞こえているぞ副長。やはり人間共だったか、恐らく俺一人で対処可能だろう。俺が行くまで監視し続け待機! ちなみに亜人2名の種族はなんだ?』
『ハッ、かしこまりました。亜人は…一人は中年男性のシルフ、恐らく戦士ではありません。もう一人は…血色悪いウェーブがかった黒髪長髪前分けの目を瞑った長身の男…額から白い一本角』
『一本角!? 魔人ではないのか?』
『わかりませんが魔人に該当種族はなし。しかし耳も尖っており、魔人に見えなくも…ないですね。ドラキュラみたいです』
『了解だ。なんにせよこのご時世に我らミストレムリアへ乗り込んでこようとは、無謀な人間共め。とっつ構えて拷問だ』
『ハッ! しかし私、人間は初めてでございます。確かに見栄えのない身体的特徴をしていますね』
『そりゃあ俺だって初めてだ。この数百年間で人間と接触しているのはラグロス軍くらいだからな』
『そうですね。…あ、人間と思われますが1人だけ全身をローブとガスマスクで完全武装の挙動の怪しいクリーチャーがいるとだけお伝えしておきます』
そう言うとアーリアは眼前に降り立った怪しげなクリーチャーをみつめた。全身が微妙に振動しているように見える。
『なんだソイツは! まぁいい、とりあえず直ぐ向かう。監視しつつ待機だアーリア副長! 貴様の左眼で観たものを全て記録しろ!』
『ハッ!』
通信が途切れると、アーリアは更に前のめりになり対象の監視を続ける。
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「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛~~着゛い゛た゛ぁ゛~~」《シュコー》
「あぶねぇあぶねぇ…空中でメサリア嬢ちゃんがウィングオブセラフ唱えて俺が舵取りして…滞空時間が長くて助かったぁぁ」
「そりゃ長いですよ、地殻断崖の頂上からですからね。ネイサさん大丈夫?」
「大丈夫、で、です!」
「はっはっは、中々のアトラクションでしたねぇ」
5人が着いたのは岬の先だった。地殻断崖の真横ということもあり、少々暗がりが多い。少し霧がかかっており、近くに森が茂っていることだけは見て分かる。
「ここはムーンレフテン陸島ですね」
「陸島?」
「はい。ミストレムリアの大地の東の端。マナヘイズ深淵峡谷から聳え立つ台地です。魔大陸とは何千メートルも地下の谷底で陸続きですが、言ってしまえば陸の孤島です」
「ということは旧魔王城の目と鼻の先ね」
メサリアが顎に指を添える。
「ま、魔王城ですか!?!?」
「旧よ旧! 旧魔王城!」
驚くネイサをメサリアが落ち着かせる。
「メサリアさん…」
クゥエイスが目を見開いてメサリアに視線を送る。
「分かってるわよ。えぇ、例の気配だけど、間違いなくこちらへ向かっているわね。目標は私たちと考えて問題ないようね」
メサリアとクゥエイスが先ほど降りて来た地殻断崖の頂上の方を見上げる。
「な、なにが追ってきているの?」《シュコー》
「確認するが、俺の里から追ってきているのか?」
メサリアはオルデイルに頷き返す。
「ひとつ、考えられるのは帝国からの追手です。私たちはネイサさんを攫った形になりますので」
「…というか明らかに攫われましたよね僕!?」
「その場合にまずいのは、私や先輩が冒険者だとバレることです。極めつけにこちらには素性を隠せない魔王軍の幹部もいます」
「私は見た目を偽ってはいますが…まぁ魔人だとはバレるでしょうねぇ、時間の問題かと」
「勿論ネイサさんが弁解してくださるのがベストですが、そもそも私たちへの疑念がまだ晴れてないでしょうし」
メサリアはネイサを見上げる。ネイサは少し困った顔をしながら答えた。
「…疑いが無いと言えば、まだそれは嘘になるかもしれませんけど。僕の中ではあなた方がいい人たちであることは、もう大分理解できていますよ。恐らく僕が本気で解放してくれと望めば、あなた方が渋々そうしてくださるだろうことも含めて」
その言葉にホッとするメサリアとクレステル。しかし、直ぐに緩んだ表情を強張らせた。
「なので皆さん。乗り切れるかどうかは分かりませんが、ここはひとつ、このまま芝居を打ちましょう! 劇団メサリアです」
5人はひそひそ打ち合わせを始めた。森の茂みから覗いていたアーリアが目を凝らす。
(何を話しているのか全く聞こえない! 私は目は良いけど耳は普通なのよ!)
アーリアが更に前屈姿勢に前のめりになると、遥か上空からの存在に気が付いた。
(なっ…新手??)
「来たわ!!」
《ゴォォォォォォオオオオオオオ》
風の音が峡谷に響き渡る。そこに顕れたのはブカブカの大きな黒い魔女帽を被り、全身黒の装束を着た白髪の魔女だった。彼女は箒代わりの大きな鉈に優雅に腰かけている。その氷のような眼でメサリアたちを見下した。
遅れて頭上から2人の男女がそれぞれ背中に光の羽根を生やしながら、やっとの思いで岬の岩場へと着地を果たす。2人はよっつんばいになって上がった息を整えている。魔女だけが上空で静止したままだった。
「断罪さま!?」
ネイサが驚いて声を上げる。
『これは帝国からの追手で正解のようね』
ネイサの反応を見て、メサリアは少々うつむいた。
「おや? おやおやおやこれはこれは、ロニエの教え子の…。攫われた人間というのはテメェのことでしたか」
ネフィルロッツェはネイサを観察し考え込む。
『攫われたのに拘束されていない? 任意同行か? いや、しかし…』
「だ、断罪の?? や、やばいかも」《シュコー》
「誰ですか先輩??」
「だ、断罪のネフィルロッツェ。クリスタル級冒険者の」《シュコー》
「断罪のネフィルロッツェ!?」
メサリアが目を見開いて宙のネフィルロッツェをみつめる。
「ふむ。どうやら彼は無事のようですね。シルフの追放者にベルゼバブ…あぁアレか、あと魔王軍の幹部はそこの白い角の、そして白い修道女…どういう組み合わせですかこれは」
「アタシはネフィルロッツェ・エリン・ファウラ。シルフの長老からテメェらが帝国の青年を攫いやがったことは聞いてるです」
「は? 長老から!?」
メサリアが驚いて、そして顔を曇らせた。
『あんにゃろおお』
「いるのでしょう? そこのテメェが…魔王軍の幹部でやがりますね」
ネフィルロッツェはクゥエイスを睨みつけた。クゥエイスの目が見開かれる。
「そこまで知っているのであれば仕方がないですね。私が魔王軍魔皇四天王第4将のクゥエイス・ルフタです」
(えええーーー!?!? アレがクゥエイス様!? なんでここに!?!?)
アーリアが心の中で叫ぶ。
「アイツが… ディライサ様とやり合ったとされるメデューサ本人!!??」
メルトが目を見開いてクゥエイスを凝視するが、直ぐに視線を逸らした。
「おや? 私がメデューサだということを知っている者がいるとは驚きですね。大丈夫ですよ、石化の視線は使うつもりはないので……!?!? 貴様は!?」
終始落ち着きを払っていたクゥエイスがメルトの恰好を見て驚く。メサリアがクゥエイスに駆け寄る。
「どうしたの??」
「見てください… あの恰好とあの風貌… そっくりじゃないですか」
「アレは… 技法師メル・ファーバー!?!?」
「わ、私の祖先の風貌を知っているのか? 何者!?」
「白い修道女、テメェはなんですか? 魔王軍の幹部と仲良しさんでやがいますか? 随分と胡散臭いです…ね!!」
突如ネフィルロッツェが2人目掛けて詠唱を放つ。
「光で闇を滅せよ、ザイオン!!」《カァッ!!》
「アンチフォトン!」
ネフィルロッツェの大鉈から放たれた光のレーザーが、メサリアの手前で拡散して弾け飛んだ。クレステルが掲げた右手の平を下ろす。
「何あのガスマスクのクリーチャー。ネフィの魔法を容易く打ち消した?? 奴も魔王軍か!」
「い、いいいきなり攻撃するなんて酷いじゃないですか! この人ならともかくなんで私まで!」
メサリアはクゥエイスを指さしながら抗議する。
「チッ、解除魔法でやがりますか。どうやら悪の手先を2人も手懐けてやがるようですね、修道女」
ネフィルロッツェは地上のメルトと合流する。
「違います!! 私はただの人間です!!」(エコー)
「………」
「……………」
言っていて馬鹿らしいとはメサリアも思ったが、その場の誰もが信じてはくれなかった。仲間含めて。
「最初はそう思いましたよ? 攫われたのは一人という話なのに、人の風貌の者がもう一人いる。しかし少し観察すれば違和感に気付きます。テメェは集団の中心に存在している」
ネフィルロッツェが大地に降り、大鉈をメサリアへと向けた。メサリアの表情に焦りが生まれる。
「それを言うならネイサさんも拘束されてないでしょうに…」
メサリアはネイサに視線を送る。ネイサはネフィルロッツェを見た。
「断罪さま。僕は無理やり連れて来られたわけではありません!」
『うわっ、物凄く嘘だ。無理やり攫われて契約魔法までかけられて、何を言っているんだ僕は! どうかしている!!』
「どうかしちゃったんですね、わかります。とりあえず術者っぽいそこの魔王軍と蠅の王を先に片付けますか」
ぱっと見メサリアご一行の中では一番悪者っぽい風貌をしているのがその2人だとネフィルロッツェは目星を付けていた。大鉈を持ちながら堂々と歩みを進めて距離を詰める。その口元には笑みすらあった。
「随分と私も甘く見られたものですね…人間風情がこの私に敵うとでも?」
クゥエイスは鋭く目を見開いた。
「敵いますよ。アタシはちょっと普通じゃねーですから」
そう言うとネフィルロッツェは不敵な笑みを浮かべた。クゥエイスの表情には余裕がない。
『あの修道女、本当に何者ですか… ネフィの言う通り、あの集団の中で一番訳がわからない存在…』
メルトはメサリアを横目に捉えつつ、ドゥラクと共にネフィルロッツェから距離を取った。
『何なに? あの人間共、クゥエイス様とやり合おうというの? というかクゥエイス様と一緒にいる奴らは何??』
森の茂みの中のアーリアは傍観に徹するため、前のめりに寝そべった。
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時刻は逢魔が時。夕方だというのに濃いミストのせいで、あたりは不思議な光に包まれた暗がりのようだ。遥か上空に日が出ているのは感じ取れる程度で、すぐ脇にある峡谷には闇が広がっている。
視界もそれほど広くはなく、近くに森の入り口があるのが見える程度だった。時たま吹く風によって視界が開けたり、狭まったりしている。
「さぁ、始めますよ」
この場の誰もが感じ取っていた。ネフィルロッツェの存在がその場を支配する。先ほどまで会話していた時とはくらべものにならない程の圧倒的な存在感を放つ。
「大地の怒りよ…」
ネフィルロッツェの周囲のミストが赤く熱を帯び始めた。大鉈の切っ先に炎がまとわりつく。
「ファイアーストーム!!」《ゴォッ!!》
人5、6人は余裕で飲み込める程の幅の炎がクゥエイスに向かって解き放たれた。クゥエイスが咄嗟にこれをかわす。炎は後ろの地殻断崖の壁に当たると土を溶かした。
「火炎魔術師ですか…それも相当な!」《ギィン》
クゥエイスの目が金色に光ると彼の黒いウェイブがかった髪の毛の束の先端部分が無数の蛇の頭に変化する。
「なっ… 私の石化の視線が効かない!?!?」
「闇に潜みし冷気よ…」
今度はネフィルロッツェの周囲に無数の氷の結晶が浮かび上がると、鉈の切っ先に巨大な氷を形成した。
「アイスクリスタル!!」《ヒュオッ!!》
クゥエイスが避けるが、避けた先の地面に巨大な氷の塊がめり込んだ。
「炎と氷のデュアルソーサラーですか!?」
クゥエイスがネフィルロッツェの方を振り返るとそこには既に次のエレメントが収束されていた。
「なっ!?」
「母なる星の恵みよ!!」「吹きすさぶ風の精霊よ!!」
水元素と風元素が同時に収束し、クゥエイス目掛けて迫って来る。最初の水を避けたところで次の剛風が彼の身体を襲った。
「グハァッ……… 馬鹿な、4属性だと!?」
尻もちを着いてそう言いつつ、彼が目を向けた先には激しく放電している大鉈が宙に浮いていた。
「断罪の雷よ!!!」《ゴゴゴゴゴゴゴ》
ネフィルロッツェが一際大きく叫ぶ。
「まさか、全属性!? これ程の人間、500年前の勇者共にすら…」
「クゥエイス!!」
メサリアが迫真の表情で叫んだ。
「斬り裂け」《ズカッ!!》
一際眩い稲妻が天から走ると、宙にある大鉈へと着地した。放電で金色に輝く大鉈が高速移動で宙を舞い、そして稲妻の軌跡でクゥエイス目掛けて放たれた。
《ズゥゥゥゥウウウウンッッッ!!!》
強烈な稲妻の光の爆発とともに辺りのミストが吹き飛ばされる。視界が開けると、巨大な鎧の右腕がネフィルロッツェの処刑人の大鉈を指で摘むように受け止めていた。
その腕の持ち主の右目は黒く染まり赤い瞳が眼光を放っている。雷の衝撃で両サイドの髪のリボンが吹き飛び、彼女のブロンド髪は妖しく揺れていた。メサリアは言い放つ。
「私の仲間を傷つけないでくださいますか?」
「アタシの断罪の雷が…止められた!!?」
ネフィルロッツェが初めて動揺する。
「ネフィ!! 恐らくアレは、巨人の剛腕です!! 700年前に滅んだ巨人の召喚魔法に近い…!!」
メルトが迫真の表情でネフィルロッツェに解説する。
「何者ですかあの修道女。それに、さっきから何ですか…」
メルトはポーチに入っている魔王の指輪の鼓動を感じていた。冷や汗が止まらない。
やがてメサリアの腕を纏っていた剛腕が消えると、ネフィルロッツェは大鉈を引き戻した。
「やはりテメェが親玉でしたか、白い修道女。いや白い悪魔」
「驚きましたよ。人間で全属性を操る魔女がいただなんて。あなた、クリスタル級冒険者って嘘でしょう? あなたの実力はアダマンタイト級のエスタリザ・クロノスを上回ってますよ?」
淡々と言うメサリア。
「そのクロノスを上回る私の攻撃を受け止め、力量を正確に推し量れるとは。テメェは何者でやがりますか? 名乗れ!!」
「いきなり襲い掛かってきて、その上名乗れと命令口調。不愉快極まりない…」
メサリアの雰囲気が突然変わる。目つきは鋭くなり、先ほどまでの陽気はミストに消え去った。
「改めまして。アタシはメーデリア農国、緑の渠底所属のクリスタル級冒険者ネフィルロッツェ・エリン・ファウラ。人呼んで断罪のネフィルロッツェ」
『ファウラ? まさか…』
少し考え込んでからメサリアが名乗る。
「今は亡きラナ王国、真紅の槍刃が第二魔術師にして、夜光の祭典所属のクリスタル級冒険者メサリア・ノア・ヴァルフ。人呼んで深淵のメサリア…」
メサリアは木と宝石でできたマジックロッドを掲げた。
「参ります」
「深淵の!!??」「深淵のメサリア!?」「あの娘が!?」
ネフィルロッツェとメルト、そしてドゥラクが驚きの声を上げる。
「クククッ、あはははッ! そうでしたかやはりテメェでしたか深淵の! テメェとは一度、全力でやってみたかったんですよ!!」
ネフィルロッツェはメガネと帽子を取り外す。クリスタルの二本角がメサリアの視線を釘付けにした。
「クリスタルの角!? まさか本当に!?」
メサリアが驚く。
突如あたりに冷気が流れ込む。氷の結晶を纏いしその冷気は急速にネフィルロッツェの周囲へと収束し出した。ニヤリと微笑を浮かべると牙のような八重歯が口から姿を覗かせる。彼女は大鉈を持つ右腕を天に掲げた。
「嗚呼! この世のありとあらゆる影に潜みし温もり亡き闇よ、主に集いて祝福せよ!!」
急速に集まる氷の結晶。ネフィルロッツェの身体は白く発光し、その身体は6から8等身程へと引き延ばされる。ロングストレートな白髪は更に長さを増し、クリスタルの角も長く太いものへと変貌する。
身体を前に反らせると、彼女のお尻から4本の巨大な尻尾が生えて揺らめいた。服装も予め仕込んでおいた魔人の衣で淡い青の神秘的な衣装へと変化を遂げた。
誰もが目を見開いた。そこに顕れたのは伝説にうたわれる妖精王。先ほどまでの人の姿の時に内包していた凄みが全て表へ顕現し、膨大なマナのオーラの揺らぎが全身を纏っていた。その者は不敵な笑みを浮かべてメサリアを見下す。
一同「なっ!?!?」「バカな!!?」「嘘でしょ!?」《シュコー》「おいおいおいおいおい!!」
クゥエイスが見開いた。
「気配が似ているとは思いましたが、やはり零魔とは!」
「ファウラ………カミラ・ファウラの子孫か!! 人界の冒険者が魔人!?!?」
「断罪さまが、魔人!?」
困惑するネイサに語り掛けるネフィルロッツェ。
「帝国の青年よ、我はハーフデビルだ。ロニエもそのことは知っている」
「ハーフデビル!?」
驚くネイサ。すると先ほどまでずっと黙っていたオルデイルが慌てふためく。
「おいおい!! 俺が喋ると話がややこしくなるから黙ってろと言われたが、もう限界だ!! なんだコイツは、ハーフデビルだか半分デビルだかしらねぇが、もうただの魔人じゃねぇか!!」
『ええええええええええええええええっ!?!? イクシリス様!? いや、でも似てる、というか零魔!?!?』『クゥエイス様と見知らぬイクシリス様の親族!? 何よあの連中!!』
森の際で監視を続けているアーリアが物凄く動揺して混乱し始めた。
「この姿になるつもりはなかったが、テメェの強さに敬意を払って全力でお相手するぞ。まぁ我の相手が務まるとは思ってはおらぬがな」
そう言うと、演技口調に代わったネフィルロッツェはメサリアへと手をかざした。
「エレメンタル・ハチェット」
ネフィルロッツェの頭上に大鉈が静止し、切っ先の周りを輪っか状に全属性(光・闇・氷・水・風・土・緑・炎・雷)の凝縮体が回転し始める。
「皆さん、避難を!!」
メサリアが他の4人へと必死に叫ぶと、慌てて他の4人は森の方へと走って距離を取った。
「安心せよ。我の攻撃は貴様だけを狙う。それに、貴様を片付けたら他の奴らも始末してやるから問題ない」
「随分と横暴ですね、ネフィルロッツェさん。聞く耳持たずですか!」
「我を説得したくばそれ相応の力を持って相対せよ、深淵のメサリア!」
ネフィルロッツェが腕を振り下ろすと、光り輝く大鉈がたちまち9つに解れた。それぞれの属性を纏った大鉈9本は、ネフィルロッツェの意思で宙を自在に高速移動し、そしてメサリア目掛けて収束した。
《ゴォォォォォォオオオオオオオッッ!!》
衝撃の際の眩い光が次第に消え、元素による大地の多少の抉れはあるものの、そこにあったのは衝撃的な光景だった。
「…な…テメェ………何者でやがりますか…」
先ほどまで不敵な笑みを浮かべていた半魔形態ネフィルロッツェが冷や汗を浮かべる。その表情は驚きに支配されていた。
「アタシの最大の切り札が…」
彼女が見たのは、大鉈を素手で掴み受け止めている白いローブの聖女の姿。しかし、その目は黒に染まり、瞳は深紅の輝きを放っている。その恐るべき瞳がネフィルロッツェを捕らえた。
「クッ…」
ネフィルロッツェが大鉈を引き戻そうとするが、大鉈はメサリアの素手から離れない。
「この鉈は後で返してあげますよ? しばらくお預けです」
メサリアはヒョイと大鉈を持ち上げると、地面に落として足で踏みつけた。大鉈が地面にめり込んで固定される。
「ネフィ!! ソイツヤバい!! 私のマジックアイテムが悲鳴を上げてる!!」
「わかってますよメルト!! しかし!!」
余裕をなくしたネフィルロッツェの口調は完全に元に戻っていた。彼女はメサリアを睨みつける。
「そう睨まないでくださいよ。心が痛いです」
あたりを黒い霧のような靄が漂い始める。
そこにいる誰もが見ていた、そして目を疑った。先ほどまでそこにいた金髪の聖女の髪の毛が、燃え盛る炎のような真紅に染まりあがる。
両手両足は火竜のような鉤爪のものへと変化し、肉つきの良い太ももと股ぐらから下半身は紅い体毛に覆われ、両目は鋭くつりあがり、口からは牙が生える。純白の薄着が引き裂かれると、大きな乳房が現れ、妖艶な魔獣の容姿へと変化した。
身体をのばすと、生まれたての雛が羽を伸ばすかの如く、黒い大きな翼竜の翼が背中の腰あたりから姿を現す。そこには神話にしか登場しないであろう妖艶で美しくも猛々しい魔人の姿があった。
《ドサッ》
ネフィルロッツェはその場で膝を着いて唖然とする。
「なんだ… その姿は………?」
すると、メサリアは不敵に笑いネフィルロッツェに話しかけた。
「なんじゃ、わらわの姿がそんなに珍しいのかぇ? 貴様も先ほど変化しおったではないか。変化返しじゃ、単なるやり返しじゃわい」
メサリアは地を蹴ると、宙を羽ばたいて静止した。大鉈を宙で操り、ネフィルロッツェの眼前へと投げ返す。
「ほれ、貴様の棒切れじゃ。受け取るがよい」
大鉈が大地へと突き刺さる。ネフィルロッツェは未だに半ば放心状態だ。
『何よアレ… あんな魔人見たこともない… だけどどう見てもイクシリス様、いや、リディアス様と同等、…いや、それ以上の!?!?』
森で監視を続けていたアーリアは酷く動揺してその場で後ずさる。メサリアの姿に驚愕し、驚きを越えて恐怖を覚えた。
「さて、貴様。先ほどはわらわの話も聞かずに、問答無用でわらわの配下たちを殺すと言っておったのぅ? もう一度言ってはくれぬかのぅ? もしかしたらわらわの聞き間違いかもしれぬ」
「………です」
「なんじゃ、聞こえぬわ! はっきりと喋らぬか小娘や!」
「………嘘…です。そんなつもり…ないです…」
力なくネフィルロッツェが答える。
「なんじゃ小娘。ほらを吹いたのかぇ? じゃったらうぬら3人とも罰じゃ。断罪じゃ! カカカッ!!」
するとメサリアは首に下げているマジックアイテム、魔王の証をそのゴツイ手で触れた。黒翼を羽ばたかせ、上昇する。もう片方の手を天に掲げると詠唱を始めた。
「深淵なる黒炎よ、生者を憎みし終焉の炎よ、魂の輪廻まで焼き尽くせ!! 神位火炎魔法、エルブリア・ゾディエート!!!」
黒い炎の塊がその手の上で激しい轟音と共に渦巻いている。メサリアがその手を振り下ろした時が最後だった。
「神…位魔法………!?!?」
ネフィルロッツェはただただ見つめるだけしかできない。
「ジュピタリア・メイザー!!!!」
轟音の中、突如ネフィルロッツェの後方にいたはずの導師が、メサリアの脇で地面に両手を着いて叫んだ。その周りには、いつの間にか光る大きな魔法陣が設置されている。
「…小娘。わらわの正体を知って…!?」
《ドクンッ》
不意にメサリアの体勢が崩れる。
「なんじゃ力が… 何をした貴様!」
「まさか生きていたとはな!! 我が先祖、そしてその仲間たちの仇!! 今、ここで!!」
メルトは地に設置した魔法陣に触れる両手に力を込めた。
「ファーバー家秘奥義。禁断魔法の37、ルバリエの断食!!」
メサリアの直下に大きな光の魔法陣が現れると、次第にメサリアから光を吸収し始めた。
「マナの根源を絶つ魔法かぇ? しかし、ここまでの効力はないはずじゃ…」
メサリアはよろめきながら、メルトの指にはまっている一つのマジックアイテムの存在に気付いた。
「貴様、それはわらわの指輪!?」
「ご名答です。コレは我が先祖メル・ファーバーが500年前に貴様の魔王城から持ち去った、魔王の指輪だ。このマジックアイテムのおかげで、私の魔法は補完できる!!」
「ぐっ……」
メサリアは神位魔法を解き、大地へと降り立った。
「メサリアさんが…あの伝説の魔王、ジュピタリア・メイザー!?!?」
後方で観ていたネイサは酷く驚愕し、その目はメサリアに釘付けにされていた。
「滅されよ!! 人類の仇!!」
《パリィィン!!!》
突如、メルトの魔法陣が砕け散るエフェクトと共に消失した。
「何故!?!?!?」
メルトが驚いて振り向くと、そこにはガスマスクを付けたクリーチャーが怪しげな踊りを舞っていた。黒い靄がクリーチャーの周囲を取り巻いている。
《シュコォォォォオ!! 我が眷属たちよ、蠅の王の名において命じる! 彼の者を解き放て…エグゾダス!!》
「ガハァッ……… 中位の解除魔法…だと……!?」
その場で力なく地に伏せるメルト。先ほどまで心を支配していた怒りや復讐心などの強き意思が、根こそぎメルトから解き放たれた。
「ぬぅ… その力、500年前に貴様の先祖メル・ファーバーがもしわらわたちとの戦闘に加わっておったら…危うかったかもしれぬわ」
メサリアはネフィルロッツェの前へと歩み寄ると、突き刺さった大鉈を手に取った。その切っ先をネフィルロッツェの喉元へと突き出す。
「やれやれ。まさかこんなに直ぐに終わりを迎えるとはねぇ…」
遥か後方で佇むドゥラクは、死を覚悟して地面をみつめた。
「ネフィ………逃げてください…」
メルトが突っ伏しながら力を振り絞ってネフィルロッツェを眺める。その目からは涙がこぼれ落ちた。
「…すみません、メルト、ドゥラク。アタシの力不足です。あの世で私を恨んでくださいね…」
そう言うとネフィルロッツェは優しくメルトへ微笑みかけた。その瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
「…バカ言わないでよ… 恨んだりするわけ…ないでしょ? …バカ」
3人は目を閉じた。世界が闇に包まれる…
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《カランッ》
大鉈が地面へと落とされる。メサリアがネフィルロッツェの目の前で尻もちを着いて肩を落とす。その両手は後ろで地面を着き彼女の身体を支えていた。
「なんてね。冗談よ冗談。あははは……… あぁ~疲れたぁ………」
メサリアが魔人の姿で地面にへ垂れ込む。
「わ、わだすもぉ、疲れたぁ、うへへぇ…」
蠅の王はそのガスマスクを投げ捨てて、クレステルへと変貌を遂げた。クレステルも地面に突っ伏す。
「お疲れ様でございます、メサリアさん。クレステルさん」
ややボロボロの姿のクゥエイスが二人を労いにやって来た。
「お、俺の出番なんてなかったな!」
オルデイルが普段と打って変わって大人しい。
「メサリアさん」
「はい、なんでしょうネイサさん?」
メサリアは座り込んだままネイサへと振り返る。ネイサはやや怖がりつつもメサリアへと質問を続けた。
「メサリアさんは魔王なのですか?」
「もと…ね。私自身は人間よ。でも2年前に気付いちゃったの… 私が… かつての魔王ジュピタリアの転生後の姿だと」
3人「ええええええええええええええええええ!?!?」
振り向くと、そこには力尽きたように脱力に支配された3人が精一杯驚いてみせただけの抜け殻があった。
「…何故、アタシたちを殺さないので…やがりますか?」
もうほとんど目の前のメサリアに対して、脱力と共に疑問を投げかけるネフィルロッツェ。すると数十センチ手前にまで顔を寄せ、メサリアは答えた。
「だって私、人間だもの」
彼女はニッコリと笑う。その笑みには人の優しさしか感じられなかった。
ネフィルロッツェはその笑顔に心奪われながら、少しして返事を返した。
「アタシだって、人間ですから」
そう言ったネフィルロッツェは少しふてくされていた。伝説にうたわれるような魔人の中の魔人のような姿かたちの2人が、お互いに人間だと言い張る。
「フフッ」
メサリアとネフィルロッツェは笑い声に振り向くと、そこにはメルトがいた。
「なんだ…メサリアさんも、ネフィと同じですね」
「いや、同じじゃないわよ。私は転生後とは言え、列記とした魔王本人なのだから。あなたには憎まれて当然よ」
「いいえ、もう、そんな気もないです。あなたが悪い人じゃないって感じることができるし、それにもう、最近はこういう事に慣れてしまったもので」
そう言うと、メルトはネフィルロッツェの肩に手をやった。ネフィルロッツェの顔が少し赤く染まる。
《パチパチパチパチ》
「いやはや凄いものを見せてもらったよ!」
ドゥラクがいつものように手を叩いて近づいてきた。
「相変わらずですねドゥラク」「いやほんとにドゥラク殿ったら」
ドゥラクはメサリアの前にやってくると、軽くお辞儀をした。
「お会いできて光栄ですよ、深淵のメサリアさん。いやジュピタリアさんと言った方がいいのかな。僕はドゥラク・ヤクシジ、薬師だ」
「薬師ですか、珍しいですね」
「いやはや、まさか伝説の魔王と因縁のある2人のガチの腹を割った話し合いが見れるとはね…」
ドゥラクがふら付く。
「最近は歴史に残るような伝説の瞬間に居合わせすぎて…なんというか… 頭が追い付かな………」
《ドサッ!!》
言い終える前にドゥラクはぶっ倒れた。
「ドゥラク!?」「ドゥラク殿!?」
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「な…んなのよあの連中…」
アーリアは腰を抜かして完全に動けずにいた。
「人間かと思ったらあのお姿…魔人の…それもかなり高位な存在!?」
『イクシリス様になんて報告すれば…』
そうこう考えていると通信が入る。
『あーあー、こちらゼーペ・ユール・ヴィショップ。聞こえるかアーリア副長! 今到着した、直ぐに例の人間共に接触する。お前はそこで待機だ! それでは…』《プツッ…ツー…ツー…》
「あ゛ッ゛!?!? 部隊長、ちょっと………!?!?」
ゼーペはアーリアの応答を待たずに通信を切ってしまった。報告を怠って戦いを観戦していたアーリアも悪いが、応答を待たずに一方的な通信をした部隊長も軍人の風上にも置けない。
「あーあ… もうしらない!!」
そう言うと、アーリアはそっとコウモリの羽根を広げて、低空飛行でその場を離れた。
「おい人間共!! 待たせたな!! ミストレムリアに人間の分際で立ち入るとはいい度胸をしているな!!」
ゼーペは岬に佇む8名の内、手前にいる2名へと怒鳴りかけた。慌ててやってきたので、姿かたちすら確認を怠る。
「脆弱な人間風情が! 噂に聞いた通りの風貌だな!」
ゼーペは二人をみつめた。
「その立派な角に、大きな翼、美しい4本の尻尾… 魔力もきょうだいで… みるからにうつくしく… いあつかんの…ある… え…… アレ???」
目の前にいたのは伝説にうたわれるような美しくも凍てつくような真っ白い零魔の妖精王と、見たことのない猛々しく燃え盛る炎のような妖艶なフォルムのアルティオロス種の上位魔人。
「人間は?」
2人「あ゛あ゛ん゛!?」「人間だぁ???」
魔人2人がゼーペを睨め付ける。
「何じゃ貴様!! わらわたちに何用じゃ!!」
「ええと、私はイクシリス軍、南東偵察隊部隊長ゼーペ・ユール・ヴィショップで…あります。あ、あなた方は??」
委縮し出すゼーペ。かなり混乱しているようだ。
「貴様、我らが誰か知らないだと? 無礼者が!! 見て分からぬか!?」
「し、失礼しました! 見るからに…その… 幹部の方々ですよね!?」
「小童よ、わらわたちが幹部の者か…じゃと?? このうつけが、わらわのこの鉤爪が貴様を引き裂く前に消え失せるがよいわ!」
「ハッ! しっ…失礼いたしましたぁぁーーー!!」
慌てて飛び去る部隊長ゼーペ。彼は恐怖で涙目だった。
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次話、来週予定です。
需要感じられなくてモチベ下がりペースも落ち気味。
評価と感想ほしいです!!




