17.フローレンツィアの強襲(上)
警告を受け。表現や展開などを全年齢向けに修正。オリジナルはミッドナイトへ移行しました。
『一応初めましてかな、メサリア・ノア・ヴァルフ』
「ジュピタリア・メイザー…何故、今このタイミングで…」
『俺はお前だ。タイミングも何も、俺は常にお前の中にいるし、お前は常に俺のナカにいる。当たり前のことだろう』
「聞き捨てならないわ。貴女、さっき自分がいなければ私が生まれなかったと言ったわね。貴方が私の身体を乗っ取ったんでしょ?」
『それこそ聞き捨てならない。貴様、何か勘違いしているようだな。俺様が転生魔法を使い、因果の理に介入したからこそお前の両親は子を成したのだぞ? そしてその魂はもともと俺様の魂だ。つまりメサリア、お前は前世の記憶を何も持たない俺様の魂で生まれ育った人間、何も知らない俺様が築き上げた人格だ』
「そんな… 私が記憶を持たないだけの貴女だというの?」
『物分りがいいじゃないか。そうだ、最初から言ってるだろう。お前は俺だと。後から前世の記憶だけを全て思い出したからこそ、前世の俺と今の「俺」との間に齟齬が生まれただけだ』
「でもっ… 私は人間!! 人間だから!!」
『そうだ。もちろん身体も人間だし、人格も人間の文化で育った人の人格そのものだ。だが魂の起源は上位魔人であり、刻まれた記憶や知識、マナの量も全てが人外のものだ』
「………」
『認めろ』
「………なんの用ですか?」
『つれないな、かつての自分自身に対してその態度。それは自己嫌悪だぞ?』
「いいから、用件を!……言いなさいよ」
『お前、気付いていないのか? 人間としてのお前が消えようとしていることに』
《!!??》
『お前は度々、魔王としての俺の力を行使するようになり、姿かたちまで変身することも多々あるな。それが普通になり、性格もその力に順ずるものに変化していく。今のお前の佇まいは元々の人格か? 否。お前は元々見えない敵に怯えるような性格だったはずだ。それが次第に俺様の力に順応されやがって』
「そ、そんな…それは私が強くなったから…」
『強くなったのではない。もちろん厳密には人としてのお前も成長はしているだろうが… 今こうして俺が出てきているのは… 昔のお前、つまり俺に戻ろうとしているからだ』
『私は人間よだァ? 簡単に消えようとしている癖に笑わせるぜ。今こうやって話している俺様だって、お前がイメージで作り上げたものだ。つまり、お前の中で目覚めた記憶が俺様を再構成し、更には元の人格に問い掛けるほどの影響力を持ってきたということだ』
「…私は、消えるの?」
『すぐに完全に消えはしないが、俺の人格が主人格に切り替わる。そうなればお前はサブ人格として、俺の人としての良心として心の隅へと追いやられることになるな。そして、最終的には完全に消えるだろう』
「それをわざわざ私に教えに来てくれるなんて、随分と親切なのね…魔王」
『俺はお前だ。つまり、人としてのお前に忠告してる俺はお前の最後の良心だ。このまま消えたくはないのだろう? ならそう言えよ、ククク』
「………」
『お前は何故人に転生した。転生した意味は? このまま消えたら本当に意味のない「人」の「生」だったな。俺は転生して、当初の俺の目的を果たすだけだ。新たな肉体を持つ「俺」に生まれ変わるだけだ。それでいいのか?』
「………!」
『全部俺に言わせるつもりか? 嫌ならそう言えよ?』
「………!! 嫌よ!!!! 消えたくない!!!!」
「私の人としての19年間は、決して無駄ではないわ!!」《ギロッ》
少し涙目になりながらも、メサリアがジュピタリアを睨む。
『…なんだ?』
「今ここに人としての私と魔人としての私が集っているのは…そう、チャンスなのよ……」
『チャンス?』
「人としての私でもかつての魔人のあなたでもない、新たな私たちになるための…」
「私の人としての良識と肉体、貴方の膨大な知識と魔力。全部貴方が飲み込むんじゃなくて、人としての私が扱うことで、新たな「私たち」に生まれ変われるはず!!」
『………ほぅ?』
「………………」
『つまり、何が言いたい?』
「私と貴方で新たな魔王を創り上げる」
『新たな…魔王…? お前は魔王だと認めるんだな?』
「元々認めざるを得ないわ。「わたし」は「あなた」ならば人としての私と魔人としての貴方で新たな魔王像を構築する。ルリちゃんが言ってたじゃない?」
そう言ったメサリアの顔には迷いが消えていた。不適な笑みとさえ思えるソレはしっかりと過去の自分像を正面から捉えている。
『ククク。アレか? ジジイ言葉を色っぽくした感じで、一人称は…』
「わらわ」『わらわ』
思わず吹き出すように二人は笑い出す。しばらく笑ってから最初に言葉を口にしたのはジュピタリアだった。
『好きなようにやれ!』
「好きなようにさせていただきます」
見つめあう二人。
『最後に一つ』
「?」
『直観だが、この世界には真理のからくりがある。俺たちの失われた記憶の片鱗だ。旧魔王城跡へ行け! そこに全てがある。ユノレヴィアについてもわかるだろう』
「全てが?」
「かつての俺の城は、とある旧時代の遺跡に創られた。だから城の深淵にはその遺跡が眠っている、その名は…」
《polasterium epoch》(ポラステリウム・エポック)
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メサリアの白い視界に色が付き始める。そして、その色は精密な水彩画のように白いカンバスに色を重ねて行き、最後には一枚の広大な景色となった。
「メサリアーーーーー!!」
聞き覚えのある声が飛び込んでくる。
「聴こえてるか嬢ちゃんよおおおおおお!!」
「あれ、オルデイルさん?」
「ポケーっとしやがってぇ、滑空中だぞー!」
「私、どれくらいポケーっとしてましたかぁーー??」
「んー、どれくらいだ?」
オルデイルがクレステルを見る。クレステルはガスマスクで完全に顔を隠し、何重ものローブで身をまとったクリーチャーと化した顔をメサリアへ向ける。
「ん゛ー゛、お゛そ゛ら゛く゛1゛分゛く゛ら゛い゛か゛な゛ァ゛」《シュコー》
「1分!?!?」
メサリアは先ほどの白昼夢を思い出す。
「…ただの自問自答よね……」《ボソッ》
その顔には自然と笑みが浮かび上がった。
《フフッ》
『やってやるわよ。私にできる「何か」をするためにも』
一同にとっては僅かな間でも、メサリアにとってはそれなりに長い一瞬だった。緩やかに上昇していく5人は各々広がりゆく景色に感動して佇んでいた。この分だとものの数時間で頂上へとたどり着けるだろう。
急遽、クレステルが沈黙を破る。
「お゛お゛お゛お゛お゛」
「どうかされましたか、クレステルさん?」
クゥエイスが蹲って怪しい動きをみせるクレステルへと問いかける。
「お゛お゛と゛い゛れ゛い゛き゛た゛い゛い゛」《モゾモゾ》
「はぁ!?!?!? クレステル、お前!!」
オルデイルが声を荒げた。それもそのはず。一同は先ほど出発したばかり。準備はその前に済ませておくもの。なのにクレステルはものの数分で用を足したいと言い出したのだった。
「出発前にトイレ行っておけとあれほど!!」
「先輩! あと小一時間は空中ですよ! 我慢してください!」
「え゛え゛ぇ゛無゛理゛無゛理゛無゛理゛ぃ゛」《シュコー》《モゾモゾ》
ジタバタと動き回るクレステル。舵を握っているオルデイルが体制を崩す。
「おいおいおいやめろやめろやめろ動くなクレステル!! 舵を取れない!!」
《うわわわわわわわわ!!!》《わぁああああああぁ!!!》
5人とも体制が揺らいだ。
「わかったわかった!! だったらパーティの端の下側へ回れ! んでぎりぎりまで断崖へ寄せるから、そこで用を足せ!! 小だよな?」
「う゛ん゛わ゛か゛っ゛た゛…」《モゾモゾ》
「おうおう、よしよし、まぁ下にいる連中にはかからないし、まぁ大丈夫さぁ。ったくこの嬢ちゃんはよぉ…」
オルデイルが頭を抱える。
「………大゛の゛方゛」《モゾッ》
一同「はぁぁああ!?!?!?」
「いやいやいや無理だ無理だ、だめだダメ!! クレステル。小はともかく大は、その、無理だ!!」
「先輩! こんな上昇気流の中でしたら、その、ヤバいですよ!! 我慢してください!!!」
「む゛ーーーーーーーーーーり゛ぃ゛ぃ゛ーーーーーーーーーーーーーーー!!!」《モゾモゾモゾ》
突如、クレステルは下半身のお召し物を脱ぎ始めた。全身完全武装の間からクレステルの艶めかな褐色なお尻が顔を覗かせる。男性陣からは嬉しいハプニングも、その後に待っているのは地獄のハプニングだった。
全力で皆が止めにかかる。
「先輩! やめてください!! はしたないです!!!」
「だ、大解除魔導師さん!!」
「やめろくれすてるぅぅう!!」
「…これはこれは、見ものですねぇ」
みるにみかねてメサリアが詠唱した。
「この世の天元よ、彼の者から刻を奪え! アトモス!!」
急速で周囲の光がクレステルへと収束すると、クレステルは半尻丸出し状態でその動きの一切を止めた。一同はメサリアを見る。
「な、なにをしたんだメサリア嬢ちゃんよ?」
「先輩の時間を止めました。皆さんの為です。頂上へ着いたら解除します」
「えっ!?!? じ、時空停止魔法!?!? そんな魔法聞いたことがないです!!」
ネイサが目を見開いて困惑している。
「だって、天位魔法のアルターマギアだもの」
クレステルは尻が一番上を向いた状態で上昇をはじめた。
「しっかしよぉ…… クレステルの奴、かなり尻でかいな」
全身完全防備な露出皆無な服装から、でかい艶やかな褐色の半尻が顔を覗かせている。パンツを履いていたであろう部分だけ色白で、まるで日焼け跡のようだ。
「オルデイルさん、見ないであげてください…」
目の前を漂う半尻少女に対して真剣な眼差しで言うオッサンに、メサリアは淡々と言い放った。
「半パン半尻… おあずけ… (・д・)チッ」
再び一同は上昇気流で数時間昇り続けることとなる。
『緩やかに昇って行く… なんだか眠くなって来ますね…』
なんて平和なやり取りなのだろうか。メサリアの心はとてもポカポカしていた。
『随分と、遠くまでやって来た気が… しますね…』
陽だまりの中、メサリアは両瞼を静かに閉じた…
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「フローレンツィアの緑の渠底!! 思った以上に緑に溢れてますな!!」
白いフワフワのドレスに身を包み、青いバラの髪飾りを付けた銀髪ボブカットの15、6歳の少女が、その重たそうな旅行用バッグを傍らに放置して浮足立っていた。
その後ろ姿を眺めながらメサリアは無心で空を仰ぐ。しかし見えるのは巨大な緑の天然渠底からそびえ立つ古の大樹だった。
メーデリア農国の冒険者ギルド『緑の渠底』はメーデリア随一の巨大長齢樹『エリン』の麓町『ホプスエリン』の奥にある。かつて、メーデリア建国前にあった古の国フローレンツィアの伝説の飛空艇が発着していたとされる巨大な渠底の上に建てられた街だ。
緑の渠底の前で佇むメサリアは、全身を覆い隠せるほどの茶色のローブで頭からスッポリ隠れていた。
「ここに着く前からずっと見えるこの巨大な木が! この人界で一番大きな木『エリン』の木。通称エリンギ!! かの有名なミストレムリアのエルフの里にあるユグドラシルの木の大きさの半分はあるのではないかとされていますね」
「そしてぇ~、そんな木が稀に実らせるという幻の果実!! 市場でも滅多に売られることのない優れもので、その果実を元に作られたお酒はあらゆる病に効く背徳の味を秘め…」
そう言いかけて、コホンと咳払いした。
「おっとすみません。失礼いたしました。南から来た旅人の前で取るような行動ではありませんでしたね」
銀髪の少女はくるりと振り向くと、静かに佇んでいたメサリアに囁きかけた。
「巷のリンドウィン特報誌にも掲載されてました。にわかには信じられないですが、南の国が崩落したというのは本当なのでしょうね。あなたのその目、希望を失った虚ろな眼を見ればわかります。失礼ですがどちらから?」
「ラナ王国から来ました」
「ふむふむ、ラナ王国でしたか。あなたのような燃え盛る炎の如き深紅の髪の毛を見るのは初めてですが、ラナ王国では普通なのですか?」
「深紅の… え?…」
メサリアはふと自分の髪の毛を手に取り見つめる。まるで血染めとでも言うほどの赤い毛の束がそこにはあった。慌ててメサリアは頭の角を手で触ろうとするが、そこに角は見つからない。
『変身が… 解けていない… わけではないようね…』
メサリアは息をのむと、大きなため息を吐いた。
「そうですね。赤い髪の毛は珍しいですけど、私の仲間に一人赤毛短髪の人がいました」
つい先日まで一緒に肩を並べて戦っていた勇者ナハト・レイラルドの容姿を思い出しつつそう言うと、何故か随分と前の話のようにも思えた。
「急報!! 急報だーー!!」「どうなった!?!?」《ザワザワ》
目の前の木造の緑の建物前に集まっていた群衆へ男が大急ぎで駆け寄ってきた。手には一枚の紙きれを握りしめている。
「ラナ王国壊滅!! その情報は確定らしい!!」
《ビクッ》
メサリアが小さく震えた。
「更にそのあと魔王軍の軍勢を聖なる魔獣が現れて殲滅!! 隣国ツヴァイエルスの被害は極めて軽微!! 我がメーデリアにおいては警戒態勢を解くべしとのことだ!!」
「聖なる魔獣!?!? 冒険者が召喚魔法でも使ったのか?」「いやいや、そもそも魔王軍第一将なるものはどうなった?」「ラナ王国、気の毒だな。まさかディアステラではないところを狙ってくるとは、魔王軍め」
「ラナは自力で奴らを殲滅したのか? 帝国軍は間に合わなかったはずだろう?」「自力も何も、国が滅んでしまってはな」「いやしかし、こちらに被害が及ばなくて良かった」
男は続ける。
「また、魔物との戦いのせいでラナの国土を濃いミストが充満しているらしい。難度S級の緊急警戒特区に指定された。ツヴァイエルスから南は今後立ち入りできなくなるらしい!」
「何度S級!? バカな、聖都アリエスの東にある『天使の墓』や地殻断崖付近の『影の平野』並みの警戒態勢だと!?」「そんな濃いミスト(魔力の霧)がばら撒かれるだなんて、一体どんな大魔法の撃ち合いがあったというの!?」
「ほうほう、やはり旅路を方向転換して正解でした。あなたが南から逃げて来られたおかげで私も難を逃れられましたよメサリア殿」
少女は独特な口調でメサリアに言葉を投げかける。
すると、緑の渠底から一人の髭面の年季の入った冒険者が出てきた。
「安心するのは早いぞおめーら! 街の腕の立つ奴らや冒険者たちは急な防衛線を築くために、南の国境へ出払っちまった。これを機に山間部の盗賊共なんかが仕掛けてくるかもしれんからな。自衛だけはちゃんとしとけよ!」
「山間部の盗賊共ってグリンタールの奴らのことですかい、モーゼンさん!」
「その通りだ。奴らだけじゃない、他にもこの混乱に乗じて仕掛けてくる輩がいるかもしれない。俺の経験上こういう事がある度に火事場泥棒なんかが必ず沸く。外部だけじゃなくて内部にも目を向けろってことだ」
メーデリア『緑の渠底』のプラチナ級冒険者モーゼンは、その場に居合わせた群衆に向けて言い放った。
「ふむふむ、あれが賢運のモーゼンですか。初めてみました」
少女はメサリアの隣で淡々と述べた。
「でもグリンタールの奴ら、ここ数年へっぴり腰ですぜ。数年前にモーゼンさん直々に奴らの頭ザムリオをひっ捕らえてから確実に弱体化してますぜ」「そうだな。ザムリオはまだホプスエリンの木の檻に閉じ込められてるからな」
「とにかく油断するなよ。どうも嫌な予感がぬぐい切れない。俺の勧は以外に当たるんだよ」
半ば引退したも同然の老兵モーゼンの忠告をその場の皆が聞き、頭を縦に振った。
「忠告、痛み入ります賢運殿。…メサリア殿、私たちも行きましょう! 早くバカ兄と合流しないと」
「キュレイアさん、行くって何処へ? お兄様… ベローチェさんが何処にいるかわかるのですか?」
「どうせ目の前の建物、緑の渠底の何処かにいるのでしょう。兄も私も冒険者の端くれ、カッパー級(初級冒険者)ですから」
そう言うとキュレイアはメサリアの手を引いて、群衆を掻い潜って緑の建物へと入った。
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「キュレイアあぁ~~!!」
「離れてください。気持ち悪い」
緑の渠底10階の外デッキにあるカフェスペースでベローチェはキュレイアに抱き着いてきた。キュレイアがそれを軽くあしらう。あしらわれた兄は少しムスッと顔をしかめた。
キュレイアと同じ銀髪で男にしては長いその髪を後ろで結わいている、キュレイアより2、3歳年上の元気な青年で、腰に魔導書を常備している法器使い、いわゆる魔導士だ。
「聞いてくれよぉ! 賢運のモーゼンに会えたんだよ!」「私たちもさっき下で会いましたよ」
「僕たちアリシア王国の田舎出身だから、名だたる冒険者を生で見るのは初めてだろう! 反応薄いよ妹よ!!」「私なら王都トゥルベリムの組合で風林火の『火』烈火のヴォルクスさんに会いました」
「ずるいずるいずるいよぉキュレイア~、あの時僕が来るのが5分早ければ会えてたのに! 僕も会いたかったのに!!」「ああもう、うるさいですね」
そしてベローチェはメサリアの方を振り向いて、渋々と言った。
「聞いたよメサリアさん、南の王国が壊滅したって。道中での口ぶりからして、あなたの出身は多分ラナ王国ですよね? 心中お察しします」
「そうそう、ラナ王国って言ってたわよメサリア殿」「バカ、なんでお前はそう口が軽いんだ妹よ。…すみません妹が」
「いえいえ、お気遣いありがとうございます。私も道中一人で寂しかったもので、お二人がいてくれて助かりました」
メサリアはフードで髪を隠しながら感謝をのべた。
「赤い自分の髪がお嫌いなのですか? 少し目立ちますけど、僕は素敵な色だと思いますよ」
「うわ、バカ兄が口説きだした! 気持ち悪い」
「いえ、これはその。まぁ」
メサリアは押し黙って下をみた。
「そういえばキュレイア、僕たちのここメーデリアでの冒険許可書をもらってきたぞ。これでこの国の依頼を受けられる」
「え゛っ゛? よく許可下りたわね。こんな緊急事態に」
「逆だよキュレイア。こんな緊急事態だからこそだ。人手が南に行っててまだもどらない今だからこそ、僕たち他国の冒険者の出番さ!」
「言うて最下級のカッパー級冒険者ですけどね、バカ兄」
「あはは… お見苦しい限りで、メサリアさん。道中から気になってました、その首から下げてる印、シルバー級冒険者なんですね」
「はい、一応そうです…」
「わ、私も!」
キュレイアが声を張り上げた。
「私も聖女見習いですので、メサリア殿は先輩聖女さんです…ね」
少し照れ気味み少女はモジモジと下に目をやる。
「お、偉いぞ妹よ。そうだとも、メサリアさんは僕たちの先輩冒険者さんだ」
「いえ、そんな。大して変わりませんよ、私も駆け出しですから」
「ご謙遜を~」
「それにしてもキュレイアさん、よくわかりましたね。私が聖女(神聖魔法使い)であると。このような薄汚い身なりですのに」
「わかりますよ! 神に聖なる祈りを捧げていれば、その仕草や纏うマナが自然と同胞だと教えてくれますのです。ただ、メサリア殿からはもっと別の… 何か深いものも感じるというか…」
同じ役職の冒険者を見つけて、少し興奮気味なキュレイアだったが、後半は少し困惑していた。
「そういえばお仲間さんは… あっ!」
言いかけてベローチェは口を手で咄嗟に塞いだ。あたりに気まずい空気が漂う。
「だ、大丈夫ですよ。私のパーティの仲間は無事ですから…」
メサリアの脳裏に二人の最後の姿が過る。仲間の狩人と共闘チームの女騎士。数日経った今でも昨日のことのように感じる。メサリアの両目に涙が浮かんだ。
「…宿を取りました。まだ夕方ですけど、早めに行きましょう。さ、3人一部屋ですけど」「メサリア殿は私がバカ兄から守りますご安心ください!」
3人は宿へと向かった。
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[麓町ホプスエリン 宿屋栄え亭]
《ガンガンガンガン》
扉を強く叩く音で不意に目を覚ます。
「やばいぞ!! 盗賊連中が攻めてきた!! 皆起きろ!!」
「どうゆうことですか!?」
「あんたら旅人か、グリンタールの奴らが攻めてきた。冒険者を狙ってる!!」
「冒険者を!? なんで!!?」
ベローチェが血相を変えて旅館の従業員と問答をしている。キュレイアは寝間着のまま布団にくるまって隣のメサリアへと向き合った。
「メサリア殿! ヤバいです! 昼間にモーゼンさんが言ってたヤツです!!」
キュレイアは言葉遣いはそのままでも、身震いして縮こまっていた。窓の外からはガラスの割れる音や叫び声、鐘を鳴らす音などが聴こえてくる。
「落ち着いて、キュレイアさん。大丈夫だから」
『大丈夫? 私はなんでこんなに冷静なんだ? 普段だったらパニックこの上ないのに』
メサリアは先の魔王軍との戦いを思い出す。理不尽な二人の仲間の死。二人を死なせた魔人への怒り。守れなかった自分への憤り。自分の国を滅ぼした魔王軍の手先への燃え盛る程の怒りと報復。
「あぁ、イライラする」
メサリアの中にあるのは盗賊の強襲に対する恐れなどではなく、怒りだった。
「め、メサリア殿??」
「ええ、ごめんなさい。急いで着替えましょう」
メサリアはくすんだ眼をキュレイアたちからそらした。
「今度こそは、絶対に間違えないわ」
ただ一言、そう言い放って。
3人が素早く身支度して廊下へ出ると、廊下の半ばに5人の盗賊の男たちがいた。
「と、盗賊め!」
咄嗟にベローチェは腰の魔導書に手をやった。
「おおっと、大人しくしてろよ? こちらには冒険者組合の人質もいる。抵抗するなら広場の冒険者どもがどうなっても知らないぞ?」
「人質だって!? 卑怯な!!」
「卑怯だってよ? ぎゃはははは!! 俺たちは盗賊だぁ!」「げはははは、大人しくしてれば冒険者には手を出さない。お頭からのご命令だからな」
「だが、抵抗した奴らは殺していいってさ」「冒険者は武装解除して広場へ集まれ!」
廊下には2体の斬死体が横たわっていた。血の臭いがあたりに充満している。
「そこの男、とっとと武器を捨てろ!」
ベローチェは魔導書を床に落とした。キュレイアが兄の背に身を隠す。
「約束だぞ、抵抗はしない! 手は出すな!」
ベローチェがキュレイアの身を寄せながら言った。
「けっ、この男、女二人も連れてやがる。気に食わねぇ!!」「お楽しみ中だったかぁ!?」
盗賊の二人が手荒にベローチェを拘束した。そのうち巨漢の方が顔面を殴る。
「グアッ!!」
ベローチェが顔に広がる痛みに蹲る。
「やめて!!」
メサリアが見るに兼ねて言い放った。
「やめてじゃねぇぞクソ尼ぁ!」「おい、おいおいおいコイツぁいいや、上玉じゃねぇか!」「ローブで顔隠しててわからなかったぜ、いい女じゃねーか!」
巨漢の男がメサリアのローブをめくった。
「やべぇぞコイツ。お頭好みの女だ!!」「うおおおおお!!」「おい俺にも見せろよ!」
メサリアの吐息が微かに漏れる。しかしその表情は髪で覆われ伺えない。
「やめろ!! 手は出さない約束だろ!!」
ベローチェが吐き捨てるように言うと、男がもう一発顔面を殴った。
「お兄ちゃん!!」
それに対して駆けつけたキュレイアを男が引っぱたく。
「キャッ!」
「こいつ等うぜぇ、やっちまうか?」
「やめろ。お頭の命令だ、冒険者はむやみに殺すな。早く連れて行くぞ」
5人のうちリーダー格と思われる盗賊が言うと、渋々と他の4人は腰を上げ、メサリアたち3人を引きずるように連行した。
『本当に、不愉快ですね…』
引きずられながらメサリアは思う。
『つい先日仲間を失って、国まで失ったというのに… 世の中は本当に理不尽ですね』
メサリアは淡々と心の深き底から感じる赤黒い何かを言葉にしていく。
『なんで世の中とはこうも、私に悩み考える時間をくれないのかしら』
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次話、来週です。




