14.アルペンフットとダークエルフ
投稿再開します。もともと考えてたプロットから脱線しすぎて辛い。
[クルス・オグナ 砂の海 塔の遺跡]
夕焼けも地平線の際へと追いやられ、空は紺色のベールに包まれていた。夕焼けの方を覗くと、その地平線は少々歪で山脈であるかのような錯覚に陥る。その理由は、ウルバニア半島西側の地域であるこの土地において、西の地平線とは即ちオデュッサイル地殻断崖のことだからだ。その高度は山脈というには平坦で均一だが、やはり地平線にしては違和感は拭えない。
メサリアたちの故郷であるウルバニア東の地域まで行くと西の地平線は地殻断崖ではなくなるが、西へ近づけば近づく程に断崖の重圧が風景に圧し掛かってくる。特に、間近で生活を送る者たちは、常に視覚的に断崖を意識せざるを得ないのであった。
《グツグツグツグツ》
静寂の空に鍋で煮込む音が微かに響き渡る。あたりには食欲を湧きたてるようなスープの匂いが漂っていた。かつては賑わったであろう居住区画の跡地は、そのほとんどが天井を失い、民家の壁は人の背の半丈程にまで風化している。そんな見通しの良い区画の中央には、薪で火を起こし鍋で食材を煮込むオルデイル・コサックの姿があった。
「クレステル! そろそろ出来上がる頃だぜ。メサリアちゃんもそろそろ戻ってくるんじゃねぇか?」
「んほぉぉぉおおっ!! いい匂い!! んまそぉぉぉお!!」
クレステルが鍋へと近づいた。あたりに若干酸っぱさの混じった臭いが紛れる。
「うっ… クレステル、やべぇぞお前。俺の鍋の匂いをもう少しで相殺しそうだ。食う時は少し離れて食ってくれ!」
「うがあああああああああ! お風呂に… お風呂に入りたいいぃいいい!!」
ジタバタと地面で転がり喚くクレステル。それだけの音源があれば、メサリアがその位置を特定するのは容易であった。メサリアとクゥエイスは鍋のある居住区画跡地の広場へ辿りついた。オルデイルとクレステル両名が視線を向けてくる。
「お、おかえり、メサリアちゃ……ん!?!?」
「おい、メサリアちゃん後ろ! 後ろに誰かいるぞ!!??」
慌てふためく2人の視線は、メサリアの後方に控えるクゥエイスを捕えていた。その者は長い黒髪に白い一本角と肌の男で薄汚い灰色マントをまとっている。その目元にはクモの巣のような肌のひび割れがあり、少々不気味だ。そう、クゥエイスは人寄りの姿へと変身していた。メサリアは落ちついて話し続ける。
「紹介するわ。私の古い知り合いのクゥエイスよ… クゥエイス、こちらがクレステル先輩と、オルデイルさん」
「皆さんはじめまして」
つられてクレステルとオルデイルも軽く会釈をする。
「私の名前はクゥエイス_____
クレステルとオルデイルが視線をクゥエイスに固定した。
_____魔王軍、魔皇四天王第4将 メデューサのクゥエイス・ルフタでございます」
「ん?」
「!?!?!?!?ま、魔王軍!?!?!?!?!?」
「な………んだと………!?!?!?」
「ハァーーー??? お前何言ってくれちゃってんのぉぉーー??!!」
メサリアがクゥエイスの胸倉を掴んで激しく揺すった。クレステルとオルデイルは目を見開いて固まっている。メサリアはクゥエイスを亜人の知り合いで済ます予定だった。しかし、これではどう足掻いても魔王軍の幹部との知り合いってところだけは言い逃れができない。
「事実でございますから」
今思えば、これまでもうっかりの連続だったとメサリアは愕然とした。そもそもかつての部下を今の仲間に紹介する上で、事前に打ち合わせすらしてなかったのが悪い。良くも悪くも今のメサリアは人間ベースなのだと思い知った。仲間を護る力を持っていていざという時に行使できないのも、自分の正体を隠す上で致命的なミスを犯してしまうのも、全てはメサリアがメサリアであるが故。かつての魔王であったら、そのような凡庸なミスを犯すことはなかった。
メサリアはクレステルたちの方に振りかえる。クレステルは今までにないほど困惑し、疑いの目を向けてくる。
「ふ、古い知り合いなの? 魔王軍の四天王と?」
「う…」
「な、なんでその四天王がメサリアちゃんに従順な風なの?」
「うぅ…」
「……………」
クレステルはうつむき押し黙った。その表情は伺えなくともわかった。彼女の小さい身体が小刻みに震える。
「あ、アタシは、アタシたちは2年前、魔王軍の手によって国を滅ぼされ、街のみんなを殺され、同じチームの冒険者を6人も殺された… それまで直接相対してなかった魔王軍への怒りもその時にようやくアタシのものになった。それでも、メサリアちゃんが怒りの根源たるグランゾーラを討ち取り、街に放たれた魔物を一掃してくれたおかげで、アタシは怒りも悲しみも落ちつかせることができた。なのにそんなアナタが魔王軍の幹部と知り合いって…」
「………話して」
クレステルは真剣な眼差しでメサリアを正面から見つめた。いつものヘラヘラした先輩はそこにはいなかった。
今まで何度か正体を明かす局面はあった。メサリアは2年前のミイルダ・ドイトルへの告白を思い出す。決して正体を明かしたからといって、仲間に受け入れられないとは決まっていない。しかし、もし受け入れられないのであれば、ここで先輩とはお別れしなくてはならない。そうはなりたくない…
でもヴァナンの街で先輩と約束を交わした以上、ちゃんと先輩には自分の正体を明かして認めてもらいたい。メサリアは先輩を信じて口をゆっくりと開く。
「私、2年前の勇者御一行の任命式の時に、前世の記憶が戻ってしまったんです」
「ぜ、前世?」「ほぅ、前世と来たか」
クレステルとオルデイルが前のめりに聞き入る。
「どうやら私、前世で死ぬ前に転生魔法を使ったみたいなんです」
「て、転生魔法?」「ソイツはすげぇな」
「勇者との戦いで、お互い瀕死の状態で転生したんです」
「ゆ、勇者との… えっ、勇者との戦い??」「ほほぉ、勇者と戦って瀕死に、なるほどなるほど」
_____私、前世ではジュピタリア・メイザーと名乗ってました_____
「じゅぴ……… ふ、ふぇえぇええええええええええ!?!?!?」「ふむふむ、ジュピタリアか良い名だな」
「先輩。私、先代の魔王の生まれ変わりなんです。身体も精神も人ですけど、魂は魔人なんです」
「め、メサリアちゃんが… 先代魔王!?」「すげぇな、魔王ねぇ… ん、魔王?」
「なんだってええええええええええええええええええ!!!???」
オルデイルのオッサンが時間差で気付いて吹き出した。口を大きく開き唾が隣のクレステルに降り注ぐ。目玉を見開き過ぎて、文字通り目が飛び出ていた。クレステルはそれでも真剣にメサリアを見つめている。
次いでクゥエイスが口を開いた。
「わたくしは、現魔王リディアス様にグランゾーラを倒した脅威を突きとめろとの命令を受け、この地へ密偵としてやってきたのですが、この遺跡で身を潜めている時に強大な魔力を感知しました」
「これ程の魔力、グランゾーラを滅する人物に相当すると思ったわたくしは、恐れ多くも先ほどメサリアさんを強襲したのですが、まんまと返り討ちに遭いまして。わたくしは死を覚悟しましたが、名前を呼ばれてビックリ致しました」
「メサリアちゃんがあの500年前の因果法帝ジュピタリアスだって!? マジかよ。た、確かに俺のクリスタルオーヴを2日で充填するほどのマナ量、それなら辻褄が合うけどよぉ…」
「先輩?」
「…メサリアちゃん。さっき精神と肉体は人って言ってたよね?」
「はい。記憶に目覚めても、人格は人のままでした」
「…そっか。ちょっと安心…した。それに、2年前にアタシたち皆メサリアちゃんに救われてるものね。それとこの数週間旅を共にしててわかったもの_____
_____メサリアちゃんはメサリアちゃんだって!」
「先輩…」《グスッ》
「言い辛かったよね? 話してくれてありがとう! メサリアちゃん!!」《ガバッ》
「先輩~~! 信じてましたよ先輩なら、受け入れてくれるって~~!」《ふぇえん》
2人は涙して抱き合った。しかし長くは続かなかった…
「臭ぁぁぁあぁぁっッッッ!!!!」
メサリアがもの凄い勢いでクレステルから飛び退いた。
「えっ、何これ」
メサリアが身体に着いた異物をパンパン手で払い落す。土埃と思ったが、全く違うものだった。
「ゲッ!!! 蚤ぃぃいい!?!?」
「や、やべぇぞクレステル。まさかそこまで。俺らも同じ状態なのに、なんでお前だけそんな劣悪になってるんだよ!!」
クレステルは大きく反応せずに静かに泣いた。
「皆さん、グランゾーラは我々魔王軍の中でも過激派でした。恐らくは人を滅ぼそうと考えていたのも彼ぐらいです。リディアス様の命令も聞かずに人界を襲ったのは彼の暴走でした。言い訳ながらも、一応リディアス様の名を汚しかねないので、皆さんだけには弁明致します」
「同胞の暴走を止められず、申し訳ない…」
「…わかったわよ」
クゥエイスの謝罪にクレステルが小さく呟いた。
「あ、アナタがどんな魔人なのか、話してて少しわかったし、何よりかつてのメサリアちゃんの部下ということだし。…アタシの信じるメサリアちゃんの部下のアナタを信じるわ!」
異臭を放ちながらクレステルが立ちあがった。その顔はスッキリしない表情だった。恐らく自分の悪臭に対してだろうが…
「この場におられる人は魔王様、いえ、メサリアさんだけですか?」
「ええ、そうよ。そこのオルデイルさんがシルフ、先輩はハイエルフだからね」
「は… えええ!? ハイエルフですか??? この方が!?」
「種族鑑定魔法でそう出たから、間違いないわね」
「こんなに臭いハイエルフがいたもんだなぁ、全く」
「風呂!! 風呂おおお!!あああ゛あ゛あ゛!!」
するとクゥエイスが驚きの表情でクレステルを見つめた。
「なるほど、どおりで。納得がいきました。かつての魔王様の友人であらせられましたハイエルフと雰囲気も性格も良く似てらっしゃるなぁと」
「クゥエイス? ハイエルフの友人??」
「ええ、覚えておられませんか? 魔王軍ではありませんでしたけど、ジュピタリア様が個人的に良く魔王城へ招いてお話されてた… ユノレヴィア様です」
《ドクンッ》
クレステルの心臓が一瞬大きく跳ね上がった。
「先輩?」
「いや、なんか懐かしい響きだなって思ったのよ…」
クレステルはしんみりと地面を見つめた。
「俺らにはわからない、ハイエルフ同士での親近感とかあるのかねぇ」
_____メサリアは不思議に思った。ユノレヴィアという名前には心当たりがあった。というよりも、魔王時代にはそうとう絡みがあった近しき人物であった。それにも関らず今の今まで思い出せずにいたのであった。
ジュピタリアというハイデビルとユノレヴィアというハイエルフの2人組は当時は結構有名だったはずだ。魔人の真祖とエルフの真祖という、片や攻防補助魔法に長けたハイデビルと、片や特殊・回復魔法に長けたハイエルフ。違う種族ながらも、何故か心を許した友であったのを思い出した。お互いに共通の『何か』があったはずなのだが、靄がかかって拭いきれない_____
「そうね…なんで忘れてたのかしら。記憶からすっぽりと抜け落ちていた感じがするわ。転生魔法の影響なのかしら」
「わたくしは転生などしたこともございませんから何とも言えませんね。そもそも転生魔法なるものの存在も、それを魔王様が使えたという事実も知りませんでしたから。そういえば…」
クゥエイスが間をおいてメサリアに向き合う。
「あの日、勇者フレイダたちと我ら魔王軍幹部がぶつかり合った最終決戦の日、ユノレヴィア様は魔王城を訪れていましたが、その後どうなされたのでしょうか」
「えっ? 私が覚えているのは、最後に残った私とフレイダの一騎打ちまでよ。あの時点で私はもう2人だけしか生存者はいないと思っていたから…」
「……………」
転生前の記憶のあやふやな部分が露呈してきたように思えた。メサリアには確実に転生前後の記憶の一部に靄がかかったように思い出せない部分があった。
「いやぁ、なんつぅか500年前の話? 途方もねぇ話だよなぁ… そんな会話を間近で聞けるなんてスケールでか過ぎるわ」
「…め、メサリアちゃんがあの伝説の魔王かぁ。これって、ミストレムリアの冒険が一気にしやすくなったんじゃないの? というか最強じゃない?? 楽勝じゃないの!!?」
「まぁ、私がマナヘイズ深淵峡谷の探索任務に乗ったのも、実際にミストレムリアに明るかったからですし。クゥエイス、どのルートでこちらへ?」
「わたくしは、かつてジュピタリア様が自力で這い上がったという亀裂を上って、地殻断崖の上からは落下してきました」
一同「落下ぁ!?!?」
もはや魔人のエリートクラスになるとなんでもありであった。
「わかったわ。とりあえず皆、当初の予定通りにシルフの里の風の回廊から地殻断崖を這い上りましょう。それから私の魔法なりなんなり使って峡谷をゆっくり地底まで降りて行きましょうか。クゥエイスにはとりあえず案内役としてそこまで同行してもらって、その後のことはその時考えましょう? オルデイルさんはシルフの里でお別れかしらね」
「そうだなぁ、とりあえず一族が俺を赦してくれるかはわからんけど、行くだけ行ってみるしかねぇよなぁ」
「わ、わかった。もうなんでもアリじゃない。アタシ、この任務で最悪死ぬ覚悟もしてたけれども、その覚悟もしなくて済みそうな程の心強い味方ができたわ」
「大丈夫ですよ、先輩もクリスタル級冒険者なんですから! 仮に私がいなくてもそれなりに生き延びれるはずです」
「そ、そうは思えないわよぉ… ミストレムリアは人界の者全てにとっての未知なる世界なんだからね。それから、メサリアちゃん、アナタもうクリスタル級でもアダマンタイト級でもないわよ。じ、人類最強でしょ…多分」
「そ、それは…」
「一応言っておきますが、わたくしたち魔人にとってもミストレムリアは未だに未開の土地が多いですからね。精密な地図などが欲しいくらいですよ。魔王軍で把握しているのはミストレムリアの北東と南東くらいです」
「えっ? い、意外。くぅ…えーと、クゥエイスさんだっけ?」
「はい、クゥエイスと呼び捨ててくれて構いませんよ、クレステル様」
「様はつけなくていい」
「わかりました、クレステル様」
《談笑》
「しっかしすげぇな。ハイエルフにメデューサにシルフに人間、またはハイデビルが同じ空気を吸ってるなんてよぉ…」
オルデイルが夜空を見上げながら告げた。
「案外政治や国、種族云々言わなければ、異文化コミュニケーションとれるもんなんじゃねぇかな。幸い使っている『言語』も共通だしな」
世にも奇妙な異種族混合パーティの4人は、オルデイルの手作り鍋の煮を突きながら夜の談笑を始める。
その様子は、本当に平和「そのもの」だった_____
-------------------------------------------------------------------------------------
[南西部クルス・オグナ 高層集落アルペンフット 入口]
メサリアとクレステルがノーブルムースを旅立ってから1カ月程が経過した。一行はついにクルス・オグナ南西にあるシルフの里、高層集落アルペンフットの入口まで辿り着いた。
地殻断崖の麓の地域、影の平野にあるアルペンフットは、午前中の数時間しか陽を浴びることがない非常に住みにくい地域だ。更には地殻断崖麓の溝などを巧みに利用し居住区画としている稀に見る風変わりな高層集落で、横よりも縦に長い。乱雑に積み重なった家々は絶妙なバランスで崩れずに保たれている。言ってしまえば居住区画の迷路だった。
それぞれの居住区の窓からは洗濯物やらが干されており、生活感が伺える。建造物同士は乱雑に鉄の棒のようなもので支えられていたり、繋がっていたりするようだ。縦型の溝が居住区にいくつか走っており、それらの間をシルフが羽根を使って行き来していた。遠目からみると、都会に住む妖精たちのようにも思える。
メサリアたちがアルペンフットの入口へ到達すると同時に、東から朝日が昇り始める。朝日に映し出された高層集落には影がくっきりと落とされ、街並みの陰影が顕著になると集落の迷路っぷりが際だった。
「そこのお前たち、止まれ!」
透明のシルフの羽根を生やし、甲冑に身を包んだ2人の衛兵がメサリアたちへと近づいてきた。メサリアたち御一行は足を止める。
「今クルス・オグナは警備強化中でな、我々シルフの里でも厳重警戒中だ。お前たちは何者だ?」
「ん?… き、貴様は追放者『オルデイル』!!?」
「何っ!?」
衛兵2人がオルデイルを睨みつつ声を張り上げた。
「そ、そうだ。俺は第2階層区28番街のオルデイル・コサックだぁッ!」
オルデイルの声は若干震えていた。
「貴様。我らシルフ族の長『エゥルリカ様』のご配慮を忘れたか!! 使命の旅を投げ出しおって!!」
「ちっ、違うんだ! 使命を果たしてきた!! こ、これを見てくれ!!」
オルデイルが荷袋の中からクリスタルオーヴを取り出して掲げた。
「何を世迷いごとを、お前如きが一生かけても取り戻しきれない程のマナの量だぞ、そんな数カ月で…」
「…どうしたブリッツ?」
「………馬鹿な! ありえねぇ!!」
「は? 何を言って……… なんだと!?!? あり得ん!!」
衛兵2人はクリスタルオーヴの取り戻した輝きをみて驚愕した。
「と、とにかくだ。ここにいる俺ら4人を通してくれよ。エゥルリカ様へ直接ご報告しなければならねーんだよ!」
「クッ…………… アゥヴァート、ここは任せる。俺はこいつ等を中央ホールの族長の元へ連れていく」
「ブリッツ! わかったが…アレはなんだ!? やばくねぇか?」
衛兵2人はオルデイルたち3人の遥か後方に佇む薄汚いマントの者へと視線を向けた。
《ヴヴヴヴッヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッヴヴヴ》
その者は、その身に数十匹もの蠅を纏い、劣悪な異臭を放ち、蒸気のような湯気みたいな靄を身体から発していた。マントを被った髪の毛は脂でテカリ無造作でボサボサ。時々怪しい挙動で身体を揺すりまくっては止まってを繰り返していた。
「オルデイル!! 貴様何を連れて来た!? まさか悪魔の力を借りて我らが秘宝のクリスタルオーヴを満たしたのか!?!?」
『あながち間違っちゃいない…』
「ブリッツ! あの蠅の量とこの異臭。まさかあ奴…蠅の王かっ!?!?」
『あながち間違っちゃいない…』
心の中でそう突っ込みを入れながらメサリアは傍観する。
「……………」
「…………………………」
「………………………………………」
「何故黙っている貴様ら! せ、説明しろ!!」
「いやまぁ、なんつーか、ここ数日触れずにいたんだが… 流石に限界突破って感じでよぉ」
「……………先輩がロードオブザフライ(蠅の王)」
「臭いモノには蓋って言うじゃねぇか~、なぁ? 流石に許容範囲を超えたからよぉ」
「はい。わたくしの灰のローブは消臭効果もありますからクレステルさんにはもってこいかと。しかし、よもや只ならぬ悪臭。ローブを着用しても臭いますね」
「せ、説明になっとらんぞ!」
「つまり……………」
メサリアがため息をついて言葉を発した。
「すみません。族長さんに会う前に先輩もとい私たちをお風呂に入れさせてもらえませんか?」
-------------------------------------------------------------------------------------
《シャアアアアアアアアアアアアアアァァ》
壁から突き出た鉄製パイプの先端の無数の小さな穴から温水が降り注ぐ。ラナ王国にはこのような技術は無かった。断崖と高低差のある縦型の集落アルペンフットだからこそできる芸当らしい。メサリアは、その『シャワー』と呼ばれる水噴出器から降り注ぐ温水で1ヶ月間の長旅の汚れを落とす。
『ふぅ。もうこりごりだわ。一体何度自分だけ飛翔魔法で先に街へ行って、風呂に入ろうと思ったことか…』
考えてみれば、もう魔王であることを明かしたのだから、全員私の魔法でとっとと街へ来ればよかったのだと、メサリアは後悔する。そうすればクレステルもあのような汚物になり果てることもなかったのだと…
「それにしても先輩… なんという新陳代謝。あんなに排出物まみれになる生き物を初めて見たわ。私とオルデイルさんだって同じ期間お風呂入ってなかったのに、多分先輩だけ5倍速位で…」
そう言って、メサリアは口に出していたことに気付くと咄嗟に口を手で塞いだ。隣の浴室にはクレステルがいるのだ。メサリアは素早くシャワーの蛇口なるものを閉めると、外へ出て先輩の浴室を気にかける。
「先輩~~? 大丈夫ですか~~? 私、身体洗い終えましたから、先輩のお背中流しましょうか??」
シャワーの浴室からは返事が返って来ない。そして、メサリアはおぞましいモノをみて軽く飛び退いた。
《ヒッ!》
幾つか並列して並ぶシャワーの浴室の水は、全て外の排出口へと流れ出す仕組みになっているが、クレステルの浴室から流れ出すソレの色がどす黒く濁っていたのだ。ひたすら黒い温水がクレステルの浴室から流れ出しては排出口へと吸い込まれていく。
《うげっ!》
温水のせいで、臭いがメサリアの鼻へと届いた。メサリアは鼻を片手で摘み、しかめっ面をしながらクレステルの浴室を開けた。
「先輩…身体流しますよって、ええええぇええぇええ!?!?」
「……………」
汚れを落とし切れていないのかと思いきやそういうわけではなさそうだが、クレステルの全身白く透き通るようだった肌が褐色に染まっていた。美しかった栗毛ブロンドの髪の毛は、温水を受けても相変わらずのボサボサの癖っ毛で頭が爆発したようになっている。
「せ、先輩いい!?!?」
「あら、メサリアちゃん。蠅の王として生まれ変わったアタシの姿は如何かしら? うしゅしゅしゅしゅ!」
「じょ、冗談言ってないで洗い落としましょう!! ……え? ………ええっ!? 何これ全然落ちない。色が染みついてる??」
「メサリアちゃんが魔王だったとあれば、アタシも闇落ちしなきゃと思ってね。魔王と蠅の王、あらとぉーってもお似合い。ステキ♡ ウフフ♡ 何処までもお供するわァ」
クレステルは自暴自棄のカラ元気といった具合に明るくふるまってみせていたが、その目は虚ろで生者の輝きを完全に失っていた。
「私は闇落ちしたわけじゃないですから!! 先輩は闇落ちというよりはダークエルフへ種族チェンジした感じになってますよ!?!? あーもう、あんなに白くて綺麗だったのに!!!(いやまぁ、褐色の先輩も全然ありですけど) これ、落ちるかな… 先輩、我慢してくださいね~~!!」
《ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ》
《ギャアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!》
-------------------------------------------------------------------------------------




