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深淵聖女(ディープマリア) ~転生魔王は勇者ご一行~  作者: 恩谷
JUPITERIAS(ジュピタリアス) 第一章 ~二人の真祖~
11/61

11.酔いどれ天使とクリスタルオーヴ

今年初投稿です。今年もよろしくお願いします。

 



[プラチナ凍土 天界の牢獄(てんかいのろうごく) 最上階]




 地殻断崖の西側に平行する深淵峡谷は魔霧(ミスト)の濃い谷で、深淵峡谷から更に西側もそのミストに包まれていた。地殻断崖の上から西を見下ろすと雲のようにミストの雲海が広がっていることから、かつてそれを目にした者は魔大陸(ミストレムリア)とそう呼んだ。


 そのミストの雲海を北側へ進むとミストレムリア八景のうちのひとつ「プラチナ凍土」という広大な氷の銀世界が広がっている。その広大な凍土の一際高く盛り上がった台地の天辺には空洞の入り口があり、その穴だらけの高台は一見建物のようで、階層に分かれているようにも見える。


 魔人たちはその遺跡を天界の牢獄と称し、魔人城としていた。



「………以上が報告です」



「わかった、ラグロスに伝えろ。次の新月の夜、ディアステラルートで侵攻を開始せよと。但し今まで以上に慎重にな」



「かしこまりました、リディアス様」



 言伝を預かり、一本角の土色の肌をした魔人の女性が床と同化して飲み込まれて消え行く。魔人の中でもデスガイア族は土系統の魔法やスキルを得意とし、特に大地と同化し瞬時に移動する特性から伝達魔として活躍していた。



「…まったく厄介な状況だ。グランゾーラめ、最後の最後に面倒事を残しおって」



 魔王城最上階の中心に設置された大きな玉座に腰を掛けた悪魔が呟く。その黒き魔人の見た目は魔王軍第一将グランゾーラの見た目と酷似しており、グランゾーラ程の巨体も豪腕もなく一回りほど小さい。しかしながら、その漆黒の二本角はグランゾーラのよりも太く長く、その眼光はより苛烈だった。


 一言で言い表せば魔人の美青年ともいえる彼こそが、現魔王リディアス・レゥ・ゾランその者だった。



「そう言わずにあげてください、リディアス様。グランゾーラも予想すら出来なかったのでしょう。彼だけではありません、我々の中の誰に予想できたでしょうか。魔王軍第一将たる彼がたった一度の侵攻で滅されるなどと…」



 リディアスの傍に仕えし全身白き魔人の女性がそう告げた。その肌と長き髪ですら真っ白の麗しき魔人は、クリスタルの透明で太い二本角を額からではなく、顔の側面、耳の上辺りから生やしている。裸に近いその姿は、魔人というよりは妖精を連想させる。その名も妖精王イクシリス・ファウラという。



「イクシリスよ、お前はヤツには甘いな。そもそも私はラグロスにしか人界侵攻を許可していなかった。勝手に先走ったあ奴は愚か極まりない」



「リディアス様、あのラグロスですら人間どもとの戦いでそれなりに苦戦しています。彼や私よりも圧倒的な力を持つグランゾーラが、人界の前線ですらない場所を奇襲したのに滅せられたとなると、やはり信じ難いとしか」



「警戒せざるを得なくなったな。もしかしたら人界は最前線である帝国よりも奥地に住む者の方が力を持っているのかもしれない。今まで帝国しか警戒していなかったが、他も警戒する必要性が出てきた。しかもあ奴は難度50前後の魔物を数十匹引き連れて行ったはずだが、そのいずれもが全滅している。由々しき事態だ」



「グランゾーラは難度70程。彼を含めた全ての魔物を殲滅しうる程の人間が帝国よりも奥に潜んでいると……… とても信じ難いですね」



「だが信じる以外にないだろう。あ奴に保険で憑けていたシャドウオブウィスプが計測したダメージからして、グランゾーラは恐らく火炎系の天位魔法以上の攻撃で殺されている。神位魔法の可能性すらあるぞ……… 信じられるか!?!?」



「………リディアス様。今ご自身で信じる以外にないと仰られたではありませぬか…」



「ぐぬぬ………」



「人界の帝国のお抱え大魔導師ロンベル・ギニアスですら上位魔法のアルターマギアまでしか詠唱できないとされてますね」



「ああ、あの物凄く醜い見た目のババアか。4年前だったかな… 途中までは大した相手ではなかったが、終盤にあ奴の常に顔を覆い隠しているローブが取り払われた時の狂乱っぷりはヤバかったな。上位魔法とはいえ最高クラスのものを連発しうる人間がいることの方が驚きだ。イクシリス、美しき貴様が奴の眼前に立ったら奴の狂乱っぷりが見れるはずだぞ」



「もったいなきお言葉。その場合、私めが前線に出ないほうが我が軍にとっては得策かと」



「クハハハハ!! 違いないな!」



「あとは人類最強と呼ばれているアダマンタイト級冒険者のエスタリザ・クロノス、彼女だけは未知数です。帝国との戦いにも参戦しないですからね。恐らく人との全面戦争にならないと出てこない可能性もあります」



「あの『時の番人』と名高い人の雌か。そやつに関しては二つ名以外の情報がない。時間でも司るというのか? また人類最強だからといって人類のために常に前線にいるってことはないのだな… そやつは自由な身の冒険者なのだろう」



「仮に時の魔法を使えたとして、最悪の場合が天位魔法コキュートスの万物対象時間停止などが挙げられます。神の御業ですがね」



「時間を止められたら余でも敵わんぞ…」



「私でもです… まぁですがやはり、人間ごときが天位魔法や神位魔法を操れるとは到底思えません。そうなると人間以外の可能性の方がまだ信じれますね」



「我々魔人の中に裏切り者がいると、そう言いたいのかイクシリスよ」



「左様で。しかしそのような者、いれば我々幹部クラスに他ならないかと」



「しかしあの時幹部クラスは全員ここにいたがな。イクシリスよ、お前は神位魔法を使えるか?」



「いいえ、不可能ですね。私は氷系天位魔法オルゾラスが限界です。リディアス様は?」



「余も炎系天位魔法ワルキューラが限界だ。グランゾーラは名の通り炎のゾーラ系の天位魔法が限界だったはずだな。クゥエイスは雷系天位魔法クゥエイサーが限界だ」



「ハッ。つまり我々幹部の中でも火炎系の天位魔法を扱えたのはリディアス様とグランゾーラのみでございます。ラグロスに至っては強化魔法系統の上位魔法までが限界ですので論外かと」



「ということは、イクシリスよ」



「ハッ、如何様で?」



「グランゾーラの奴、自滅したのか?」



「いやいやいやそれは流石にないかと、リディアス様」



「ぐぬぬ」



 魔王リディアスと魔王軍第二将イクシリスは、この二年間なんども繰り返したであろうやり取りを再び繰り返す。



「ルーンよ、貴様はどう思う?」



 リディアスが先ほどから黙って聞いていた3人目に声を掛けた。ルーン・フレイオンというイクシリスの部下で、最近になって彼女の部下のトップへと上り詰めた碧い鱗混じりの魔人で優秀な若い男だ。



「ハッ、リディアス様。逆にお聞きしたいのですが、火炎系の天位魔法ないし神位魔法を扱える、または扱えた種族の名前を挙げるのが早いかと思われます。私は上位魔法が限界ですので…」



「なるほど、実に理にかなっているな。人間で天位・神位魔法を扱える者はいないと信じたいので除外するとして、亜人ではハイエルフなら神位魔法まで行使できるはずだ。しかしハイエルフはここ数百年見ておらぬ。(ドラゴン)であれば神龍クラスが神位魔法まで行使できるが、天災そのものとされる神龍があの小島に赴いたのであれば、あんな小島粉々に消し飛ぶはずだ。よって竜も除外する」



「あとは魔物であればミミッククイーンが雷系の、ケルベロスが炎系の上位魔法を扱える程度で、いずれも天位以上は行使できないので除外する」



「残るはやはり魔人だが… 天位魔法を扱えるのはグラティオロス種の余、零魔(れいま)のイクシリス、ニブルヘクサ種のクゥエイス、ヒューラ種のリーブラ」



「結構いますね…」



「まぁな、魔皇四天王一角のクゥエイスは第四将でもある。ラグロスだけは腕力でその地位を獲得した例外みたいなもので、元々四天王になるためには天位魔法を行使できるのが条件みたいなものだ」



「グラティオロス種は余に今は亡きグランゾーラと余の父上が天位魔法を行使できた。ニブルヘクサ種はクゥエイスだけだったはずだ。魔法に長けたヒューラ種は参謀のリーブラ以外にも3人ほど天位魔法を行使できたはずだが、どの道あの種族が扱えるのは闇属性だけだ。同じ理由でイクシリス、零魔のお前のところは」



「はい。私と弟のロクスが行使できるのは氷系の天位魔法のみでございます」



「であるな。クゥエイスは雷系の天位魔法を行使できるだけ。残るは、余の知らぬ魔人だけだが、余が知る限りですら天位魔法行使者がこれだけしかおらぬのだ。そんな奴が隠れておるものなら気がつくものだがな! 可能性は非常に低い」



「なるほど。となるとリディアス様、グランゾーラ様を屠ったのは魔人ではないと」



「おそらくな、ルーンよ。そもそも我々魔人の象徴みたいな火炎系の神位魔法となると現時点で扱えるものはおらぬ。神位魔法行使者が魔人におらぬ。グランゾーラが神位魔法で屠られたとすればの話だが」



「リディアス様、炎の魔人であるグラティオロス種が炎系の魔法で跡形もなく滅されたとなると、やはり天位魔法でも生ぬるいかと。神位魔法でなければ焼き尽くせませんよ」



「イクシリスよ、それはわかっている。わかっているのだ!」



「申し訳ございません」



「いやよいのだ… 余でも困惑しているからな。結局炎系の神位魔法を行使できた魔人は先代の魔王だけだ。まぁ余は生まれてなかったので会ったことはないがな」



「先代、魔王ジュピタリア様ですね」



 《ピクリ》



 イクシリスが先代魔王の名を口にすると同時に、ルーンの身体がピクリと反応を示した。



「ジュピタリア………あの紅き魔人がだけが神位魔法を?………」



「!!?」



「ん? ルーンよ、貴様先代との面識でもあるのか? いやいや、貴様はまだ300歳ほどだったはず。余もイクシリスも400歳前後で先代との面識がある奴はこの魔王軍にはクゥエイスだけだったはずだが」



「いえ、すみません。面識は勿論ございません。しかし一瞬脳裏にそのお姿が写ったような気がしました」



「脳裏に写ったか… 貴様は時たま不思議なことを口走ることがあるな。特に人についてやけに詳しいような気がする。実際に人界に潜入でもしたことがあるのか?」



「いえ、そのような大胆な行為に出られるほど、私に力はございません」



「そうか。まぁ先代の姿の特徴は後世に伝わっておるからな。漆黒の魔牛の二本角に燃え盛る炎のような紅き髪、豊満な乳房にそれを覆う第一翼と腰から生える大きな第二翼、鍛え抜かれた腹筋と太もも、麗しき肌と紅き体毛。その上最強のハイデビルときた。そのようなおなご、抱いてみたいものだ」



「私では不十分でしょうかリディアス様」



 白く麗しき妖精のような魔人の女が魔王へ憂いの視線を向ける。



「ええい、そんなことはないぞイクシリス。ただ、我々魔人の真祖たるウル・アルティオロス種、一度で良いからそのお姿を拝みたかったというだけだ」



 リディアスは一通り語り終えると目を閉じ、すぅっと一息深呼吸をする。そして目を開いた。



「話を戻すぞ。結論からいうと、グランゾーラを滅し得た者は今も昔もジュピタリア様のみ、あとは本当に我々の知らないぽっと出の新たな脅威、この二つだけだ。そして前者は既にお亡くなりになっているからな、残るは後者のみだ」



「ハッ!」「ハハッ!」



「…そうだ、考えてみればその真祖たる我が先代と相撃ちするほどの勇者が人にいたという事実。それを鑑みれば、グランゾーラが人に倒される可能性もあるということだ」



「リディアス様、それではラグロスがかなり危険では?」



「先ほどデスガイア族のミレイスに通達したではないか、今まで以上に慎重になれとラグロスに伝えてくれるはずだ。それにあ奴は勇敢な男よ。いかなる脅威が人界に潜もうとも、前線の危険をその一身に受ける覚悟で挑んでいる。余はあ奴のそういうところも気に入っておる」



「グランゾーラは気に入らなかったようですね、嫉妬でしょうが」



「リディアス様、ラグロス様は少しマゾっ気があるというか」



「ええい。とにかく今後は今まで以上に慎重にならざるを得なくなった。ラグロスの侵攻に先立ってこちらからも人界へ情報を探らせてる」



「既に刺客を送り込んだのですか?」



「そうだ。我々魔人と直接対立していない亜人国家クルス・オグナという国があるな? 参謀のリーブラがそこの国境警備を強化させることに成功している。そして北と東に張り巡らされた国境に注意が注がれている隙に、警戒の薄い南西から亜人のふりをした我々の同胞を既に送り込んでいる」



「まさか、その同胞とは…」



「うむ。古の魔人たるニブルヘクサ・メデューサの… クゥエイス・ルフタだ_____






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[カフェテリア・デ・ヴァナン南 青空食堂]




 メサリアとクレステルは料理長ガリアン奢りのホイル焼きと瓶ビールをもちながら一通り食堂を見て回った。朝で閑散としていることもあって人探しは容易であったが、西北東の席を見て周った2人はシルフらしき客には出くわさなかった。


 最後の頼みは南側の青空食堂(あおぞらしょくどう)だけだ。名前の通り天上のシーツもほぼ掛かっておらず、青空を仰げる外席が主体の客席だ。木製のテーブルと椅子が乱雑に並べられている。解放感があるので夏場は人気だが、秋や冬になると肌寒いので不人気らしい。


 しかも今はまだ早朝だ。やはりそれなりに肌寒かった。



「早くホイル焼き食べないと冷めちゃうぅ~~」



「先輩、それよりも風呂じゃなかったんですか? 我慢できるんですか?」



「だ、大丈夫。朝風呂の場所が分かっただけで一安心。とりあえず、その呑んだくれの客と一杯交わすわよ、うしゅしゅ」



「右手に摘みと左手に瓶ビール、猫背でふらふらであほ毛が沢山。私もですけど、少し臭いますし… どっからどう見ても伝説のハイエルフじゃないですよね先輩」



「むぅ… 知っての通りあ、アタシは人里で育ったの。アナタと同じ故郷の、今は亡きラナ王国。今更エルフの女王たる種族と言われても、そんな甲斐甲斐しさあるわけない…」



「俗世に染まった生ける伝説ですねぇ」



「あ、ほらタリアちゃん、あそこ。このエリアあの人しかいないみたいだからアレじゃないの? シルフっての」



「行ってみましょう!」





「あ゛~~ 世知辛いんじゃあ゛~~」



 朝の誰もいない食堂に、情けない中年親父の声が響き渡る。その声から伝わる無念は、行き場を失い何処となく空へと消えていった。情けなくテーブルに伏したその背中からは、およそその人物には似つかわしくない透明の綺麗な蝶にも似た羽根が生えている。そのだらしなく伸びた左手はノグルシア産の徳利(とっくり)という変わった酒瓶を持ち、片や右手には同じくノグルシア産のお猪口(おちょこ)という酒飲みの小さき器を持っている。


 この世界には沢山の種族がいるが、およそその種族の容姿に似つかわしくない姿というのはやはり存在している。先ほどの料理長ガリアンは凶悪なオークの見た目に似つかわしくない程の気前の良い親父だった。そしてここでもまた、美しき羽根のシルフに見合わない泥酔男がいる。言ってしまえは酔いどれ天使ってところだ。



 《ドンッ》



「んあっ?」



 クレステルがアガッヘビール瓶をシルフの相席に叩きつけるようにして着席した。そのビール瓶は先ほどまで満杯だったはずなのに、既に3分の1も減っている。



「アンタがシルフ?? さぁ飲むわよ、あ、アタシの話し相手になりなさい!」



「せ、先輩いつの間にそんなに飲んで…」



 クレステルの眠たそうな半開きの目は、更に眠たそうな表情へと変わっていた。



「だっ、誰だお前等。勝手に俺の相席に座るんじゃねぇよ。俺ぁー飲まずにはいられねーんだ、飲まねーとやってられんにょ… ひっく」



 泥酔男が伏した顔を上げると、白い無精ひげを生やした白髪の中年親父がそこにいた。その顔は完全に泥酔しており、頬は赤らみ、目は半開きだった。そして息が物凄く酒臭かった。



「臭っ!! おじさん臭いよ!!」



「うるせぇ、臭さでいったらお前もかなり臭う…ぞ。なんだこれ、めっちゃツーンと臭い発酵臭がする。浮浪者か? シルフは鼻が利くんだぞおお??」



「今から朝風呂入りに行くの! 臭いとか言うなぁー!」



「いやいや、臭えって言ったのはお前が先だぞ… ってあんた同胞か!? いや違うか、同胞かと思ってびびったじゃねーかよぉ。エルフか??」



「ハイエルフだぁ!!」



 もはや伝説の種族であることを言いふらしていく先輩であった。



「ハイエルフだとぉ?? 馬鹿言うなよ、こんな臭ぇー伝説のハイエルフ様がいてたまるかよ。お前がハイエルフなら俺ぁーハイシルフだ!! うぇっへへへ!!」



 もはや使い物にならない先輩と飲んだくれのおじさんじゃ埒があかなかった。メサリアが酔っ払いの会話に割り込む。



「飲んでるところすみません。私達はシルフを探してまして、あなたがシルフならば話をお聞きしたいのですが」



「おおっ、そっちの嬢ちゃんは凄い別嬪さんだなぁ…いや、こっちの臭いのも臭くなけりゃそれなりに綺麗だが。俺ぁーシルフだぞ。追放者だけどな! くそったれめ」



「追放者?」



「なぁにおじさん、一族を追放になったの? 何やらかしたのよ?」



「うっせぇよ。お前等に話してもどーにもならねぇことなんだよぉ。ひっく」



「ヤケ酒に付き合うって言ってんのよアタシぁー、おじさん話しなさい!」



「なんだ臭ぇの、俺なんかに付き合ってくれると言うのかぁー? いい奴かよ!」



「そうよ、アタひはいい奴よ!!」



「……………」



「お前等、これを知ってるか?」



 シルフの中年男は手持ちの袋の中から物を取り出すと、二人の眼前に突き付けた。大きなエメラルド色のクリスタルだった。



「もしかして、クリスタルオーヴ??」



「なんだぁ、そっちの嬢ちゃんは知ってるのかよ、博識だな。そうさ、コレはクリスタルオーヴ。我がシルフ一族の宝のひとつだ」



「…ほぇ~~」



 先輩がその綺麗なクリスタルを見つめてうっとりとする。



「このクリスタルは大量の魔法力を蓄えることが出来る賜物でよ、一族が長年培ってきた強大なマナを貯め込んでたのよ。しかし、ある出来事があって俺がそのマナを大放出してしまったからスッカラカンさ。」



「おまけに放出時の爆発で宝物庫にあった貴重な薬草やアイテムが一部消失してしまったのと、爆発時のミストの大放出によって周りの環境に多少影響を与えてしまったから、周りの種族に警戒されてシルフの交易が一時的に麻痺してしまった。俺ぁー責任とって、このクリスタルオーヴに沢山のマナを溜め込むまで帰省は出来なくなってしまったんだよ」



「ほぅ、つまりはこのクリスタルに大量のマナを注ぎ込んで補充すれば貴方は故郷へ帰れると」



「そうだよ、だがそれが不可能だから事実上は一族を永久追放されたようなものなんだよ。だから俺ぁーもうやってられねぇんだ、酒がなけりゃあ今頃おっちんでるわ」



「よぅし。おじさん、私がこのクリスタルにマナを限界まで溜め込んであげます。5日もあれば満タンになりますよ。なので交換条件としてシルフのミストレムリアへの移動手段をお聞きしたい」



「ハァ??? 角娘よなぁにを言っておるか、我々シルフの賢者クラスが何百年と掛けて蓄えてきたマナを、ものの数日で補充するとは馬鹿げている!」



「私の一族は魔力に長けてまして、このクリスタル… みたところ10000kz(キロザイオン)程だと思うので。私が言ったことの信憑性に関しては1日経った時点でこの石に貯まった私のマナ量を確認していただければ良いかと。違いますか?」



「いやまぁそうだが、詐欺としか思えんぞ?? 1日経って5分の1も貯まっていたら信じてやろう。貯まってなければその時点で話は終わりでいいな?」



「ノリがいいですねおじさん。では交換条件の方は?」



「俺としても、可能性には幾らでも賭けたいくらいだからな、一日待つだけでこちらは損もしないし。交換条件…ミストレムリアへの道か? お前らなんでそんな危ない橋を…まぁシルフが持っている特有のルートがあること自体は世間に広まってるからな。いいだろう、一日経って本当だとわかったら、その時に詳細を話す」



「ありがとうございます!」



「えっ、えええっ!?!? メ、タリアちゃん?? どういうこと?? このクリスタルの一万キロザイオンを5日で補充なんて…」



「私の魔力を注ぎ続けます。まぁまぁ、先輩は軽い気持ちで見ていてくださいな」



「あーっ、まともな話してたら酔いが冷めてきたぞ。それじゃあ今からこのクリスタルオーヴを一日お前さんに預ける。盗まれないように俺も一日一緒にいるが問題ねーだろ?」



「問題ありません。私たちも土地勘ある人に案内してもらった方が動きやすいですからね、先輩?」



「そ、そりゃそうだけど。まぁアナタの言うとおりにしてココまで辿り付けたのだから、もう信じるしかないけどね」



 何故か小さな先輩は顔を赤らめながら素直に納得してくれた。



「それよりも!! さぁ、飲んで喰うわよ!! タリアちゃん!!」《ドンッ》



「………え?」



「おお、いいじゃねーかエルフの娘っ子。とことん付き合ってもらうぞ!!」



「………私、まだ19歳なんですけど」



「それがどうかしたの?? どの世界の話をしてるのよ、この世界では成人は15よタリアちゃん!!」



「おうおう飲め飲め娘っ子たち! ケケケケッ」



「あれ? そうですよね、何言ってるんだろう私」



「俺ぁシルフのオルデイル・コサックだ。とりあえずよろしくたのむ」



「魔牛のタリアです、よろしくお願いしますオルデイルさん」



「魔牛っておいおい、確かに乳はでけぇがな!」



「オジサン何処見てるの、アタシはハイエルフのクレステル、よろしく」



「おお、よろしくな! ってまだハイエルフいうか! 嘘くせぇんだよ、っつーか臭ぇ!」



「も、もっと近くで嗅いでよろしくってよ!」(近づく)



 《ホゲェェェェエエエ!!!》



 朝から3人で宴会騒ぎのテーブルは、他に客がいないことで不自然に浮きだっていた。






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[亜人国家クルス・オグナ 国境北側 ヴァナンの関所]




「とにかくだ!! さっきから言っているが、その娘タリア・メリサがウル・アルティオロスの上位魔人だということは紛れもない事実だ!!」



「ハッ!」「ハッ、左様でございます!」



 リグナム、バリクック、バホックの3人は、ヴァナンの関所に設けられている簡易食堂でハヤシライスを食っていた。



「それで、その事実が確定したとして、我々にはどうすることも出来ない」



「全くもってその通りでございますな!」



 先ほどから同じやり取りの同道巡りだった。それはこの場にいる誰もが理解していたが、理解していても尚、繰り返さずにはいられなかった。繰り返していればいずれ結論へ辿り着くと信じていた。それほどの大事態だということだ。


 リグナムがハヤシライスをスプーンでひとすくいして口へと運ぶ。



「ちくしょう! 味がしねぇ!!」



「こんな事態ですからね、味わうなんて到底無理なんすよ」



「バホック、貴様さっきからそう軽々とバッサリ言いやがって」



「いやいやバリクック、どう考えてもどうにもならんだろ? 仕方がなくねーか? 上位魔人がこの国に紛れ込んだ。それは今朝の話だからまだヴァナンの街にいる可能性は高い。しかし上位魔人をとっ捕まえる武力もなければ度胸もない。逆に逆鱗に触れたりすればこんな国ひとたまりもない。だったら触らぬ神に祟り無しということ。しかし、ただ傍観することは出来ない。さっきからこの同道巡りじゃねーか!」



「ま、まぁな」



「我々は監視すら付けれぬのか。何がその娘の逆鱗に触れるかわからんからな、下手に打つ手がない…」



「リグナム様。しょーじきに言いますよ。あの子、多分本当にただの良い子ッス。悪意をもってしてこの国へ来たというなら、なんらか感じるはずですけどね、俺は放置してて大丈夫だと思いますね。それに一緒にいた大解除魔法師、彼女があのタリアちゃんの身の潔白を証明してくれてます。彼女と同行していることこそが潔白の証。違いますか?」



「むぅ、確かにそうだな。クリスタル級冒険者の破錠のクレステルと共に旅をしているというだけで、我々に仇なす存在とは到底思えないよな」



「……………」



「この情報、国の上層部に報告したとして、俺等みたいな混乱を招くだけだよなぁ。しかも、最悪俺等より悪手を打つ可能性すらある。国中に指名手配書でも配られた暁にゃ、ご本人の耳にも目にも入るからな! あぁあ~~!! とりあえず上層部に報告する義務は実はない… 俺は国境警備の全責任を担っている。俺の判断が国の判断になるということ!! 俺の判断が最善の判断だということ!!」



「もうそれなら報告しなくてもいい気もしますがねぇ。」



「そっすねぇ…」



「うむ。ということでお前ら、この件はここまでだ。今の話しは残りのハヤシライスと共にここだけで飲み込め!」



「ハッ!」「ハハッ!」



「…いつかこの話を笑いながら誰かに語れる日が来るのだろうか…」



「まぁ、ぶっちゃけ全然笑えない事態ですからね」






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