封印、絶望の闇
――ついに、封印されてしまった……か。
――ああ、あ。何も無い空間だ。真っ暗な。
――地面と壁を伝ってこの空間を調べてみた。
6畳くらいのワンルーム。何も無くて暗い以外は割と普通の部屋だ。
だいたい床の中央のあたりに仰向けに寝転ぶ。
――俺、このまま、どうなっちゃうんだろう。
――グゥ〜。
――お腹、空いたなあ。何か食べたいなあ。
そんな呑気なことを思っていたのは、もう何時間、何日間、いや何十日間前のことなのだろうか。
今まさに、闇の真の恐怖を体感していた。
陽の光が存在しない空間で、時の感覚は狂ってしまった。
実は、これは長い長い夢の中で、目覚めると、封印された時から、まだほんの一瞬しか経っていないのではないかと、本当にワケが分からなくなっていく。
真の闇であると同時に、ここには、自分以外から発せられる音が存在しない。
自分が発する音が反響して数十倍の大きさになって耳に入り込むのだ。
乱れた呼吸音が、四方八方に反響し合って、つむじ風の中にいるようだ。
心拍数が上がる。痛みに胸を抑える。深呼吸を試みて、肺が弾けそうになる。
――もう、ダメだ。
鼓動が拡大して、空間全体が振動しているようだ。
全身が痙攣する。もう、意識が途切れそうだ。ああ、これでやっと楽に……。
楽になれたと思ったのに。
気がつくと、悪夢から目覚めたような気分だった。本当に夢だったのではないかと疑うほどに、自分の体は健康体で生きている。
脳が修復されたので、まともな思考が可能になった。
恐らく先程の死因は、栄養失調、飢餓……。そんな所か。
封印された空間の中には、食料なんて当然ながら存在しない。水もない中、俺は何日間ほど生きていたのか。
ああ、俺はこのままずっとただただ空腹と死を繰り返すだけの時を過ごさねばならぬのか。
俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は………………。
楽になりたいだけなのに。
何故か怒りの感情が湧き起こった。死んでも死なない自分に対する怒り。こんな体に改造した王国への怒り。俺を裏切った戦士に対する怒り。そもそもの切っ掛けである魔王に対する怒り。そして、やるせなさ。
俺がこの場でどれほどの燃え盛る怒りをあげようと、それは誰にも届かないのだ。誰も知りえない、俺の存在を。俺の感情を。俺の、俺の俺の俺の、俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の俺の!!!!!!
「うあああああああああああああああああああ!!!」
その感情の奔流は自分自身にしか向けられなかった。その身を激情の赴くままに任せた。怒りは自身の思考とは切り離されたひとつの生命体であるかのように振る舞い、自身の理性の届かぬ高みへ昇って行った。
腕の筋肉が、指先の神経が、細胞が、俺の首を絞めようと動き出す。
鋭い指先が喉に食い込む。爪が引っかかり、血が溢れる。その瞬間から、傷が修復されていく。それを上回るように、指に力を込める。。
「うるあああァァァ!!!」唸り声は、それが自身の喉から発せられているのだと思えないモノだった。
僅かに残されている生存本能が、抵抗を試み、脚をばたつかせたり、体を捻ったりふる。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。俺、死ね!
親指が喉仏を碎く。再生。上回る破壊。
気道が押しつぶされる。破壊。呼気が微かに漏れる。そして、最後に首の骨が砕け散った。
酷い悪夢だ。夢なら、覚めてくれ。
意識はとてもはっきりと明確だ。覚醒し切っている。
喉仏に触れる。摘んで、押し潰した。痛みに顔をしかめる。のも束の間、喉仏は元通りの形に再生された。
もうどれほどの時間が経ったかは分からない。また、飢餓状態になってきた。
気がついたら、自分の足を貪っていた。齧られた跡が見る間に修復されていく。糸が紡がれるように皮膚が再生される。
自分の顔を殴り始めた。顎の骨が砕けた。脳が震えた。一瞬で元通りに。
殴る。砕ける。飛び散る。再生。殴る。砕ける。飛び散る。再生。
頭を壁に打つ。砕ける。飛び散る。再生。打つ。砕ける。飛び散る。再生。打つ。砕ける。飛び散る。再生。
怒りの突沸。もう一度、自分の首を絞める。声は出る間もなかった。もう生存本能は麻痺していた。一瞬で俺は死んだ。俺は俺に殺された。
目覚めた。突沸。また起き抜けに首を絞める。先程よりも、明らかに簡単に殺せた。
馬鹿みたいに目覚めた。ケロッとしている。
慣れたから? 慣れる訳はない。死なんて味わっても味わっても飽きない。
怒りか。人間は怒りの感情によって、その人間本来の力が発揮されることがある。火事場の馬鹿力的な要因か。
もう一度、殺してみた。
やはり、そうだ。明らかに簡単に殺せるようになっている。
そうして、ようやく思い当たる。
『ステータス・オープン』心の中で詠唱する。
――――――――――――
ヒューマン Lv.58
総合身体能力 A
筋力値 523
瞬発力値 542
持久力値 493
筋持久力値 567
スクロールしてください
⇣⇣⇣⇣⇣⇣
――――――――――――
…………etc
これで確信した。
自身のレベルと共に、各種の値が上昇しているのだ。
まさに、魔獣や魔人を殺した時のように、そのレベルに応じた経験値を得られるように……。
俺は、自身を自身で殺すことによって、その経験値を得、レベルを上げていたのだ。
世界は、俺の事を魔獣や魔人と同じだって言うのか……。
戦士の言葉が蘇る。
――こいつは勇者ではありません。こいつの正体は、魔王であります! ――
…………その通りだったんだ。俺は、ただのカイブツ。人間にとっては、邪魔なモノ。
だって、殺されても死なないんだぜ。脳ミソ、ぶちまけても、死なないんだ。
そりゃそうだ。バケモノだ。
俺は見ないようにしてたのかもしれない。
俺は魔王城へ向かう道中で何度も仲間をかばって死んだ。
その姿を、吐きそうになりながら、忌々しげな表情や、おぞましいものを見たような表情で、見詰めていた仲間たちの目を、ふと思い出した。
俺はそれを見たくなかった。見ないようにしていたんだ。ただ魔王を殺すことだけを考えて、わざと仲間たちのことなんて眼中に入らないようにしていたんだ。
最初から、彼らは俺のことを…………。
絶望だ。深い深い絶望。
封印の外では、怪物魔王の俺を追いやって、世界は歓喜に暮れているのだろうか。
俺なんて、いないほうが、良かったんだ。きっと、そうだ。
死のう。
もう、死ぬんだ。世界は俺を必要としていない。生きている意味は無いんだ。役目なら終えた。魔王討伐という大役を。もう充分だろ。はやく、楽にならせてくれよ。
舌を出来るだけ前に出した。鋭い歯で、噛みちぎる。
『レベルアップしました』




