騎士の誇り
慌てて窓に駆け寄る私を見て、西方騎士団の面々もゾロゾロと窓辺に集まって来た。
騎士団長ローレンスは私の隣で窓に手を掛け、目を細める。
「あの少年は確か、パンジャール殿の息子だったな…。」
「何を呑気な事を言っている…」
私は込上げる怒りを露わにして、騎士団長を睨み付けた。
「アンタ達は、たった一人で大軍に立ち向かう、あの小さな背中を見て何も思わないのか!」
騎士達は俯き、押し黙ったまま、強く拳を握り締めている。
「大の大人が雁首揃えて、何が騎士だ!あの少年の方が、よっぽど騎士に相応しい。その鎧は飾りか?その剣は玩具なのか?あんな小さな背中に護るべき物全部背負って、強い信念と誇りを勇気に変え、強大な敵を前にたった一人で立ち向かっているんだぞ!」
騎士達は奥歯を噛み締め、肩を震わせている。
私の叫びが彼らに届いたのかは分からない。
しかし、ラキ少年の雄姿を見詰める彼らの瞳に、小さな炎が煌めくのを感じた。
「アンタ達は精々そこで指を咥えて見てるんだな。エギル、ヘンリー、ラパン、ジェフリー、私達も出るぞ!」
微動だにしない騎士達を押し退け、私達は指令室を出て階段を駆け下りた。
慌ただしく私達が去って行った後、指令室に暫しの沈黙が訪れる。
「団長殿、我々は…」
騎士団長ローレンスは、曇天の空を仰いで小さく頷き、燻る闘志に再び火を点けた騎士達へと振り返った。
「諸君、あの少年の雄姿、その双眸に確と刻んだか?」
「はい!!」
「我々は誇り高き西方騎士団である。パンジャール殿の無念を目にし、護るべき物を見失っていたようだ。今こそ我々の手で忌々しいフェニキアのキツネ共を追い払おうぞ!」
「はい、騎士の誇りに賭けて!!」
「よし!すぐに出陣出来る軍馬の数は?」
「二千騎程かと!」
「ならば、大型弩弓を全門東へ展開せよ!重装騎兵二千で出陣し、残りの者は長槍を持って騎兵に続け!」
「はッ!!」
「それと、北と南の砦にも伝令を送れ。この戦、必ず勝つぞ!!」
騎士団長ローレンスの命令を受けた騎士達は一斉に行動を開始する。
こうして、誇りを取り戻した西方騎士団がレナード領奪還作戦における最大の友軍となるのだった。
一方、レナード領北砦の横を通過し、東砦に差し掛かった傭兵団アルタイルは奇妙な光景を目の当たりにする。
一人の少年が東砦から飛び出し、猛進する2万の軍勢の行く手を阻むように向かって来るのだ。
「なんやアレは?じゃりン子一人で何をするつもりや?」
筋肉質の赤毛の女は、驚いた顔で不思議そうに少年を凝視している。
「馬に轢かれて死んでまうぞ?しゃーない、優しいワシが行って退かして来るわー」
派手な鎧を着た男が馬の速度を上げ、独りで少年の元へ駆けて行った。
「あかん、あのじゃりン子、いっちょ前に長槍持っとるやんか。ド突かれても知らんでー」
赤毛の女の忠告が耳に入っていないのか、派手な鎧の男は一直線に少年に駆け寄り、少年の目の前で騎馬を止めた。
「おー少年、ワシは傭兵団アルタイルの団長ヴァレリーや。何でか知らんが、そんなトコにおったら死んでまうで?」
「オレは勇者パンジャールの子、ラキ!お前らフェニキアのキツネ共を止めるためにここに来た。退くつもりはない!」
そう言って少年は、身の丈に合わない長槍を器用に構え、馬上に聳えるヴァレリーに対して鋭い視線を向けた。
「パンジャール!?おいおいホンマかいな。あのバケモンの子やったら梃子でも動かんとちゃいますのん?」
「その通りだ!」
「あちゃー、無駄足やったわ。ほな、子供を殺すのは好かんけど、成仏したってやー」
「待て!逃げるのか、臆病者め!」
隊列に戻ろうと後ろを振り返ったヴァレリーは、暗く歪んだ表情で、再びラキ少年に対峙する。
「…あぁん、逃げる?臆病?このワシに向って聞き捨てならんなー!ガキばらが言葉を弁えんと、ブチ殺すぞ?」
ヴァレリーは腰の長剣をスラリと抜き放ち、ラキ少年に向って大きく振りかぶる。
その時、2本の矢がヴァレリーに襲い掛かり、瞬時に反応した彼は振りかぶった長剣で薙ぎ払った。
「なんやワレぇ!」
ヴァレリーが怒りの視線を向けた先には、弓を構えた4人の王都守備隊とアイリスの姿があった。
「レナード領の次代の勇者を殺させる訳にはいかん、私達が相手だ!」
「なんやとコラ!たった5人でワシら2万と戦るつもりかボケェ!」
「5人じゃない、オレを入れて6人だ!」
「糞ガキばらが、調子に乗りくさって!皆殺しや、このワシが皆殺しにしたる!」
この時、もう既に土煙を上げる2万の軍勢が目の前まで迫っていた。
「お前達、ラキ少年を連れて東砦に退け!」
「いや、オレは戦う!」
「良いから黙ってここは退け!言ったろ?本当の戦いはこの後だ。ここで無駄死にする事は無い。」
「…分かってる、でも、このままじゃアンタだって無駄死にだ!」
聞き分けの無いラキ少年、そして容赦無く迫り来る2万の軍勢に、最早手の打ちようは無い。
私は王都守備隊の4人に、無理にでもラキ少年を連れて退却するよう指示を出し、術式の展開を始めるのだった――
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