対話の決裂
時は遡り、決戦の日の早朝。
ヨルゴ爺さんの納屋で夜を明かした私達は、例の寂れた市街地の門へと向かった。
約束通り、ラキ少年が私達の到着を待っていたようだ。
「よー、ラキ少年!待たせちまったか?」
「いや、オレも今来たところだ。」
「そうか、そりゃ良かった。そんじゃ早速出陣しようか!」
「こんな早朝から、どこへ向かうのですか?」
エギルが目を擦りながら私に疑問を投げかけて来る。
本隊は日の出と共に進軍を開始する予定になっているので、実際に布陣が敷かれ戦闘が始まるのは正午近くになる筈だ。
にも拘らず、今はまだ朝日が顔を出してさえいない。
敵陣の背後から奇襲する予定の私達が、行動するには早過ぎると思ったのだろう。
今から戦場となる場所に向かったところで奇襲にはならないのだ。
「まずは東砦に向かう。」
「東砦ですか?」
「ああ、ダメ元で西方騎士団を説得してみるつもりだ。ラキ少年、頼めるか?」
「無駄だとは思うけれど、約束だからな。」
「それに、南砦から戦場に出る方が早いが、敵の補助戦力が残っている可能性が高い。敵に見付かっちまったら奇襲にはならんだろ?そんな訳で、私達は東砦から回り込んで戦場に向かう。」
「我々だけで奇襲を行うおつもりですか?」
「いや、私独りで行く。オマエ達は東砦で待機だ。」
「しかし、危険過ぎます!」
「オレも行くぞ!父の意志を継いでフェニキアのキツネ共を追い払うのはオレの役目だ。」
「ダメだ。」
「協力し合う約束だぞ!」
「ああ、その通りだ。だが、今回は東砦で待機してもらう。」
「なぜ!」
「今回は広域殲滅魔法を使う。巻き込まれて死にたいのか?」
「そんな…」
「そう落ち込むな、南砦での戦いは前哨戦に過ぎない。本当の戦いはその後だ。父の仇を討ちたいんじゃないのか?」
「ああ、討ちたい。憎きゼルギウスをこの手で倒す!」
「ならば今回は東砦で待機だ、良いな?」
「…ああ、分かった。」
何とかラキ少年を説得した私達は、市街地沿いに東砦を目指した。
そして東砦に到着する頃には、どんよりと曇った東の地平線から朝日が顔を出す。
ララス山脈の南側で待機していた本隊も動き出す頃だろう。
ラキ少年の話では、東砦を守護する西方騎士団の中に、騎士団を率いる団長がいるという。
ラキ少年の父、勇者パンジャールが団長だった訳ではなく、騎士団長は別に存在しているというのだ。
前線で戦う事を本望としていたパンジャールは、常に危険に晒される自分が団長を務めるのを良しとせず、副団長の地位に甘んじていた。
パンジャール亡き後も西方騎士団が瓦解しなかったのは、団長が健在だったためである。
これは不幸中の幸いだろう。
私達はラキ少年の口添えで、すんなりと団長に会う事が出来た。
勇者パンジャールの名は、例え息子であっても絶大な信頼を持っている証だろう。
砦の最上階にある指令室に通された私達は、装飾など全く無い武骨な作りのテーブルに着いた。
私達の正面に座る初老の男が恐らく騎士団長だろう。
その両脇には、10人程の屈強な男達がずらりと席に着いている。
彼らは西方騎士団の各部隊長といったところだろうか。
「ようこそおいで下さった。私は西方騎士団長のローレンスと申します。」
やはり正面の初老の男が騎士団長らしい。
重苦しい空気を割いて、最初に言葉を発したのは彼だった。
「王都から遥々いらっしゃったという事ですが、何用ですかな?」
「はい、我々はレナード領を救援に参りました。」
「救援ですか…。失礼ですが、貴殿達は何処の部隊の所属ですかな?」
「申し遅れました。私はアイリス、第24代目ウォーロック、神炎のアイリスと申します。」
ウォーロックという言葉を聞いた騎士達は驚いた表情で顔を見合し、騒めき出した。
「私達は宰相フェスター卿の指示で、王都守備隊2万と共に参りました。」
私の言葉に、騎士達の騒めきが一層大きくなる。
「諸君、静粛に!」
団長ローレンスの一喝で押し黙った騎士達は、一斉に好奇の目を向けながら私達の会話に耳を傾けている。
「貴殿達、トラキア戦役の英雄と王都守備隊の噂は耳にしている。しかしながら、その程度の戦力で救援など、勝算はあるのですかな?」
「もちろんです。」
「ほう、既に国内に流入したフェニキア傭兵は20万を超える。更に続々とやって来るフェニキア傭兵に、たった2万の戦力でどう立ち向かうおつもりか?」
「既に流入した20万の傭兵と正面から戦うつもりはありません。我々の目的はレナード領を奪還し、これ以上の敵戦力の増強を阻止する事です。」
「…レナード城は難攻不落、そしてこの地に駐屯する傭兵達も手練手管の猛者が集まっております。一筋縄では行きますまい。」
「ですから私達は、貴殿ら西方騎士団に協力を仰ぎに参った次第です。」
「我々とてこの現状には憤慨しております。しかしながら、家族を人質に取られているような今の状況では砦を守護するのが精一杯、ゼルギウス卿に逆らう事など出来ませんな。」
「そのゼルギウス卿を打倒せねば、貴殿らの家族は愚か、王国の未来も危ういのです!」
「もし失敗すれば、そのどちらも失ってしまう。迂闊に動く事は儘なりませんな。」
「しかし…」
その時、勢い良く指令室の扉が開け放たれ、血相を変えた兵士が膝を付き、声を上げた。
「急報です!」
「何事かね?」
「はッ、南方ララス山脈の麓より所属不明の数万の兵が現れ北上中です。そして北東からも傭兵団と思われる軍勢が、こちらに向かって南下中との事!」
「北東から軍勢!?数は?」
「はッ、推定2万程かと思われます!」
「南の軍は私達王都守備隊の本隊です。」
「北東の2万は援軍といったところか…。まったく、余計な事をしてくれましたな!」
「北東の2万が合流してしまえば、我々王都守備隊とて壊滅してしまいます!」
「これでも西方騎士団は強力して頂けないんでしょうか?」
「これは貴殿達が勝手に行った戦です。我々に協力する義理はございませんな。」
「では救援に訪れた我々に死ねと仰るのですか?」
「我々レナードの民の為に無駄死にする事も無いでしょう。ここは軍を退かれては如何ですかな?」
「そうは参りません、この地の戦は王国の命運を握っております。ここは我々だけでも戦います!」
「そうですか、それは結構。しかし、我々には無関係の事ですので、そこは重々お忘れなきよう。」
「スンマセン、アイリス様…ちょっと良いですか?」
「どうした、ヘンリー?」
「あの少年の姿が見当たりませんが、どこに行ったんですかね?」
「ラキ少年が!?まさか!」
私は勢い良く席を立ち、指令室東方の窓に駆け寄った。
眼下には既に、北東からの援軍2万が猛進し、すぐそこまで迫っている。
そして、一人の小さな戦士が、猛進する2万の軍勢に立ち塞がるかのように、気炎を燃やし佇んでいた――
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